「ちょっと! ニュース見た?!」
放課後スイーツ部の部室には、かぐやとカズサたち五人が集まっていた。
議題はもちろん、超シュガーラッシュに突如降りかかってきた、ビッグニュースへの対応についてだ。トリニティの中でも、すでに騒ぎになり始めている。
「どうすんの、これ……」
「こんな大きな舞台……私たちじゃ、いくらなんでも……」
カズサは頭を抱え、アイリは気後れしている。
キヴォトスミュージックフェス。それは、キヴォトスの全校から選りすぐりのグループが集まり、その腕のしのぎを削るフェスだった。ネット配信や雑誌掲載、さまざまなメディアに取り上げられる、音楽を志すものなら、一度は夢見る舞台。
しかし彼女たちの本業は、放課後スイーツ部なのだ。副業の方で、そんな大きなステージにお呼びがかかるなど、思ってもないことだった。
「……トリニティのイベントで披露した初音ミクのカバーが、SNSで話題になった、って……」
「奇貨、と言えばいいのかな」
ヨシミは現実離れした展開に呆然としており、ナツはいつも通り飄々としていた。
「みんな、フェスに出るのイヤなの?」
かぐやは無垢に問いかける。
他の四人は、なんとも言えない表情を浮かべた。
「いやまあ……嫌じゃないんだけど、さ。こういうの、心の準備が必要じゃん。私たち、トリニティ以外で演ったことないんだよ?」
「メジャーになりたいってわけでもないし……」
カズサも、ヨシミでさえ、フェスへの参加には及び腰だ。
かぐやは顎に手を当てて考え込む仕草をーーしなかった。彼女は大きく頷いた。
「よし、みんなでフェス出よう!!」
「はぁ?!!」
カズサはかぐやに詰め寄って、彼女の制服の襟を掴んで首をがくがくと揺らす。
「私たちの話聞いてた!? かぐや、そんなに目立ちたいの?!」
「だって、嫌じゃないんでしょ? じゃあ絶対出た方が楽しいよ! 私たちの歌で〜……世界を虜にしてやろうぜぇ〜♡」
ららら〜と、かぐやは歌い出してしまう。
かぐやは大舞台が相手とあっても、少しも臆していなかった。
フェスとなれば、先日のイベントとは客の入りが二桁は違う。
周囲からの期待やプレッシャーは、相当なものになるはずだ。
「カズサ、ヨシミ、アイリ、ナツ。周りからどう見られるかって、そんなに大事かなあ?」
かぐやは悪びれもせずに答えた。
みんなはもう、放課後スイーツ部で、シュガーラッシュで、カズサがキャスパリーグだった事実は変えられないわけでしょ。
「やりたいか、やりたくないか、それしかなくない? 私は、この五人でおっきなライブをしたら、絶対楽しいと思う!」
「それはともかく、最後のやつ言う必要あった?」
カズサがかぐやを吊し上げる。
カズサのネックハンギングツリーで宙に浮いたかぐやは、足をバタつかせて暴れていた。
確かにかぐやの言う通り、変えられない事実は存在するが、迂闊に触れてはいけないセンシティブな過去もあるのだった。
「まあ……滅多にない挑戦ができる、チャンスなのは間違いない、か」
「……私はまだちょっと、気が引けるけど」
ヨシミは自信なさげに笑う。
超シュガーラッシュの話題性が評価されたのは素直に嬉しい。しかし、そこに自分たちの演奏の価値を見出されているのだろうか。
「ヨシミが言いたいこともわかる。でも、主催者に招待されたのが全てじゃないかな?」
ナツは促した。運営側に評価されたからこそ、招待された。それが実力かそうでないかは、主催者にしかわからない。
それならば参加者の立場であれこれ考えたところで、詮なきことだ。
回答の期限は近付いている。全員一致でなければ、フェスへの参加はできない。
「アイリはどう思う?」
「正直言うとね、最初は気が引けてた。みんなとライブするのは楽しくて、もう今までの自分は変えられたんだって、私は思ってたんだ」
アイリは手元に目を落として、それでもはっきりした口調で続ける。
「わがままを言ってもいいなら……みんなと、かぐやちゃんと挑戦してみたい。この機会を遠慮、しちゃったらずっと、あの時ああしていたらって、後悔すると思う。それなら私は、前向きでいたいんだ」
「アイリ……」
アイリはかぐやの手を取って高らかに宣言した。迷いの色は、ない。
「やろうよ! かぐやちゃん! 今までで一番頑張るから、絶対良いライブにしよう!」
「もっちろん! 私たちならできる!!」
かぐやはアイリをハグして、ぐるんぐるんと振り回した。
狭い部室の中ではどこにでも当たってしまいそうで、危なっかしくてしょうがない。
カズサ、ヨシミも観念した表情を浮かべる。
ここまで来たら、放課後スイーツ部の部員たちは一蓮托生だ。
「やるしかない、初めからわかっていたけれど」
「あーあ、ナツの言う通りになるなんてね……」
フェスまでの期限は短い。
セットリストをどうするか、どの練習に時間を割くか、新曲を入れるか、考えなければならないことは多岐に渡る。
「いっちばん大事なのは、何があっても楽しむこと! そうでしょ?」
「かぐやみたいに超前向きなら、ずっとハッピーでいられそ」
「いま悪口言われた?」
「褒めてんの」
カズサはかぐやの頭に手を置いて、髪の毛をわしわしと撫でた。
金の髪はさらさらと滑り、手の端から艶めいた房となって溢れていく。
「やれるだけやる、みんな、それで良い?」
「「おーっ!!」」
今こそ、彼女たちの挑戦が始まったのだった。
超シュガーラッシュの快挙はトリニティでも大いに話題となり、なんと旧校舎丸々全体の使用許可まで出てしまった。
大きな会場に慣れられるよう、体育館や講堂を自由に使って構わないとの思し召し付きだった。
超シュガラへの配慮をしたのは、ナギサ率いる生徒会、ティーパーティーである。
しかし、それは一長一短な側面もあった。
「ギャラリー多いな……」
「それは慣れるしかないね。本番はもっと大変なはずだろうから」
練習場所とした体育館のドア付近には、そわそわとした生徒たちがたむろしている。
要するに、ナギサはファン活動まで本校で行われては、他の生徒に影響を及ぼしてしまうと推測していたのだった。そして彼女の予測は正しかったことがいま、証明されている。
「あ、あはは……こんにちは〜」
アイリが生徒の集団に控えめに手を振ると、黄色い歓声が上がって、お互いの声も聞こえないほどになる。
グループとして、応援してくれるファンがついてくれるのは嬉しい。しかし彼女たちはあくまでバンド。アイドルではなかった。
同年代の生徒との、適切な距離感に悩んでいたのである。
けれども、そのあたりは全部、かぐやが仕切って解決してしまった。
「かぐやっほー!! みんな! 見学は自由だけど、練習中は静かにしててね! 個別に話があったら、DMで送ってくれたら嬉しいな!」
謎の挨拶は唐突に思い出したらしい。この頃になると、他の四人は、かぐやの記憶はアイドルや配信者のような、人前でアピールするものだったのではないかと内心疑っていた。
ギャラリーのざわめきがある中、適度な緊張を覚えながらの練習が始まった。
初めは音合わせから。
時間がない分、全ての基礎練習を疎かにはできない。
それに、ルーチンワークは自分たちのペースを取り戻すために必要な過程でもある。
一度楽器に集中すると、各々の頭の中からは、聴衆が見ていると言う意識は霧散していった。
ただ目の前の音を追って、そこに自分を落とし込んでいく作業。
「ちょい遅れかも」
「ん」
放課後スイーツ部のメンバーは気付いていなかったが、その素振りは既にいっぱしのミュージシャンとなっていた。
経験と練習が、彼女たちを少しずつグループに変えていたのだった。
「入るよー」
「オッケー」
演奏を曲の頭に戻して、リードボーカルのかぐやが入る。生音は箱で反響具合が変わる。
会場ごとに変わる自然のリバーブに翻弄されないよう、十分に注意しなければならない。
通しをしない練習風景は、思ったより地味なものだ。
シュガラの動きの少なさ、退屈さに、失望した顔で帰っていく、にわかじみた生徒もいる。
しかしそれは一部だけで、ほとんどの生徒たちは熱っぽい視線を五人に送っていた。
そこにあったのは、紛れもない憧れの感情。
自分にはないものを持っている少女たちに送る羨望と、応援、少しばかりの嫉妬。
だからこそ、彼女たちから目が離せない。
「すごいね……」
「うん……」
臆さずに大舞台に向かう五人の少女たちを、生徒たちは祈るような気持ちで見つめている。
ファンだった。
それが、ファンという生き物なのだった。
「ね、ファンサってするべき?」
「……ああ、そうだろうね」
ナツが一際大きくスネアを鳴らして、曲を区切った。
全員の演奏が止んだのを確認する。
ナツはカズサとヨシミにアイコンタクトしてから、スティックでリズムよく四拍子を刻み、イントロから演奏を始めた。
ギャラリーから歓声が上がる。
通しの練習が始まったのだ。
リズムと音合わせに重点を置いていたかぐやは、早く全身全霊の力で歌いたくて、ウズウズしていた。
だから彼女は通しが始まると、躊躇いなくそうした。
スタンドマイクを握り締め、彼女たちを待つファンの元へ、全力のボーカルを届けた。
前髪に隠れた一般生徒たちの、一人一人の表情が見える。
誰かのために歌うこと。
聞いてもらえる相手がいること。
それだけで、かぐやには無限のパワーが宿ったような気持ちになる。
横を見ると、カズサとヨシミも口の端を上げて、微かに笑っていた。
二人も底抜けに高揚した気分で、ベースとギターの弦から、今まで以上の音を疾走させていた。
アイリも、ナツもそうだ。
決して四人はプロのような腕前ではない。しかし、軽やかに響き渡る音を聞けば、演者たちの心が弾んでいるのがわかる。
かぐやの額から流れ出て飛沫となった汗が、板張りの床を濡らしていく。
うだるように蒸し暑い屋内は、かぐやたちの熱とファンの人いきれが混ざり合って、むせ返るようだった。
演奏が終わると、自然と拍手が起きた。
瞳の端から涙を流している生徒もいる。
五人は彼女たちに手を振って感謝を伝えた。
練習は夜まで続いた。
その時間になると、さすがに他の生徒たちは帰途に着いていて、旧校舎には五人しか残っていなかった。
「そろそろ終わろうか?」
「ねえねえ! めっちゃ良くなってんじゃない?!」
かぐやは飛び跳ねて喜んでいる。
大体このようなテンションの際は、各々の脳内物質が出過ぎているのであり、冷静に録音や動画を見返すと、とんでもないことになっているのが常だった。
しかし、五人のモチベーションは高い。
練習効果が高かったのは、間違いなさそうだ。
タオルで滝のように流れる汗を拭くかぐやたちに、体育館の入口の方から声がかけられる。
見知らぬ相手だった。
「こ、こんばんはー!」
舌足らずの挨拶を五人にかけたのは……ゲヘナ学園の制服を着た小柄な生徒。
トリニティにいるのはかなり珍しい、というか犬猿の仲の学校であり、内容によってはその場で戦争が起きかねない。
「イブキ、もうちょっと静かに……」
彼女の後ろから出てきたのは、ボリュームのある長髪の、同じくゲヘナの制服を着た女の子だった。
困ったような表情をしている。
「こんばんは! かぐやだよー!!」
「ゲヘナ? 何の用?」
流石にカズサは剣呑な声を上げた。
「突然、すみません。この子ーーイブキがあなた方のファンだそうで、人がいなくなるのを見計らってから、なんとか忍び込ませてもらったんです」
ゲヘナですから、用事が終わればすぐ帰ります、と後ろに立つ少女は申し訳なさそうに話した。
「ファン?」
「うんっ! 初音ミクの曲、歌ってたでしょ? イブキね、ミクちゃん大好きなんだー!」
シュガーラッシュのメンバーは理解した。
確かにそれならば、他の学校にもファンはいるかもしれない。
折しもクロノスの報道で、超シュガーラッシュの名前は全校に知られてしまっていたから。
「ふっふっふ……私が初音ミクだ!」
「えー違うよー、お姉ちゃんはかぐやちゃんでしょ?」
「子ども相手に何言ってんの……」
イブキは懐に抱えたバッグから色紙を取り出した。
「サイン貰いに来たの! 超シュガーラッシュ、とってもファンです!」
サインなんて、ついぞ考えたこともなかった。
彼女たちは苦笑して、個々の名前を色紙に書く。署名を書き連ねただけのような、色気のないサイン色紙の出来上がりだ。
それでもイブキは大喜びしている。
「ありがとう! フェス頑張ってね!」
「どうも、イブキに代わってお礼申し上げます。ありがとうございました。私はーー」
ゲヘナ学園、パンデモニウムソサエティ所属の二年生。
ーー棗イロハです。
「…………イロハ?」
かぐやは呆然として、口を開いていた。