アオイロカグヤ!!   作:ゴータロー

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#6 『少女I』

 

「ちょっと! ニュース見た?!」

 

 放課後スイーツ部の部室には、かぐやとカズサたち五人が集まっていた。

 議題はもちろん、超シュガーラッシュに突如降りかかってきた、ビッグニュースへの対応についてだ。トリニティの中でも、すでに騒ぎになり始めている。

「どうすんの、これ……」

「こんな大きな舞台……私たちじゃ、いくらなんでも……」

 カズサは頭を抱え、アイリは気後れしている。

 キヴォトスミュージックフェス。それは、キヴォトスの全校から選りすぐりのグループが集まり、その腕のしのぎを削るフェスだった。ネット配信や雑誌掲載、さまざまなメディアに取り上げられる、音楽を志すものなら、一度は夢見る舞台。

 しかし彼女たちの本業は、放課後スイーツ部なのだ。副業の方で、そんな大きなステージにお呼びがかかるなど、思ってもないことだった。

「……トリニティのイベントで披露した初音ミクのカバーが、SNSで話題になった、って……」

「奇貨、と言えばいいのかな」

 ヨシミは現実離れした展開に呆然としており、ナツはいつも通り飄々としていた。

「みんな、フェスに出るのイヤなの?」

 かぐやは無垢に問いかける。

 他の四人は、なんとも言えない表情を浮かべた。

「いやまあ……嫌じゃないんだけど、さ。こういうの、心の準備が必要じゃん。私たち、トリニティ以外で演ったことないんだよ?」

「メジャーになりたいってわけでもないし……」

 カズサも、ヨシミでさえ、フェスへの参加には及び腰だ。

 かぐやは顎に手を当てて考え込む仕草をーーしなかった。彼女は大きく頷いた。

 

「よし、みんなでフェス出よう!!」

「はぁ?!!」

 

 カズサはかぐやに詰め寄って、彼女の制服の襟を掴んで首をがくがくと揺らす。

「私たちの話聞いてた!? かぐや、そんなに目立ちたいの?!」

「だって、嫌じゃないんでしょ? じゃあ絶対出た方が楽しいよ! 私たちの歌で〜……世界を虜にしてやろうぜぇ〜♡」

 ららら〜と、かぐやは歌い出してしまう。

 かぐやは大舞台が相手とあっても、少しも臆していなかった。

 フェスとなれば、先日のイベントとは客の入りが二桁は違う。

 周囲からの期待やプレッシャーは、相当なものになるはずだ。

「カズサ、ヨシミ、アイリ、ナツ。周りからどう見られるかって、そんなに大事かなあ?」

 かぐやは悪びれもせずに答えた。

 みんなはもう、放課後スイーツ部で、シュガーラッシュで、カズサがキャスパリーグだった事実は変えられないわけでしょ。

「やりたいか、やりたくないか、それしかなくない? 私は、この五人でおっきなライブをしたら、絶対楽しいと思う!」

「それはともかく、最後のやつ言う必要あった?」

 カズサがかぐやを吊し上げる。

 カズサのネックハンギングツリーで宙に浮いたかぐやは、足をバタつかせて暴れていた。

 確かにかぐやの言う通り、変えられない事実は存在するが、迂闊に触れてはいけないセンシティブな過去もあるのだった。

 

「まあ……滅多にない挑戦ができる、チャンスなのは間違いない、か」

「……私はまだちょっと、気が引けるけど」

 ヨシミは自信なさげに笑う。

 超シュガーラッシュの話題性が評価されたのは素直に嬉しい。しかし、そこに自分たちの演奏の価値を見出されているのだろうか。

「ヨシミが言いたいこともわかる。でも、主催者に招待されたのが全てじゃないかな?」

 ナツは促した。運営側に評価されたからこそ、招待された。それが実力かそうでないかは、主催者にしかわからない。

 それならば参加者の立場であれこれ考えたところで、詮なきことだ。

 回答の期限は近付いている。全員一致でなければ、フェスへの参加はできない。

「アイリはどう思う?」

「正直言うとね、最初は気が引けてた。みんなとライブするのは楽しくて、もう今までの自分は変えられたんだって、私は思ってたんだ」

 アイリは手元に目を落として、それでもはっきりした口調で続ける。

「わがままを言ってもいいなら……みんなと、かぐやちゃんと挑戦してみたい。この機会を遠慮、しちゃったらずっと、あの時ああしていたらって、後悔すると思う。それなら私は、前向きでいたいんだ」

「アイリ……」

 アイリはかぐやの手を取って高らかに宣言した。迷いの色は、ない。

 

「やろうよ! かぐやちゃん! 今までで一番頑張るから、絶対良いライブにしよう!」

「もっちろん! 私たちならできる!!」

 

 かぐやはアイリをハグして、ぐるんぐるんと振り回した。

 狭い部室の中ではどこにでも当たってしまいそうで、危なっかしくてしょうがない。

 カズサ、ヨシミも観念した表情を浮かべる。

 ここまで来たら、放課後スイーツ部の部員たちは一蓮托生だ。

「やるしかない、初めからわかっていたけれど」

「あーあ、ナツの言う通りになるなんてね……」

 フェスまでの期限は短い。

 セットリストをどうするか、どの練習に時間を割くか、新曲を入れるか、考えなければならないことは多岐に渡る。

「いっちばん大事なのは、何があっても楽しむこと! そうでしょ?」

「かぐやみたいに超前向きなら、ずっとハッピーでいられそ」

「いま悪口言われた?」

「褒めてんの」

 カズサはかぐやの頭に手を置いて、髪の毛をわしわしと撫でた。

 金の髪はさらさらと滑り、手の端から艶めいた房となって溢れていく。

「やれるだけやる、みんな、それで良い?」

「「おーっ!!」」

 

 今こそ、彼女たちの挑戦が始まったのだった。

 

 

 

 超シュガーラッシュの快挙はトリニティでも大いに話題となり、なんと旧校舎丸々全体の使用許可まで出てしまった。

 大きな会場に慣れられるよう、体育館や講堂を自由に使って構わないとの思し召し付きだった。

 超シュガラへの配慮をしたのは、ナギサ率いる生徒会、ティーパーティーである。

 しかし、それは一長一短な側面もあった。

「ギャラリー多いな……」

「それは慣れるしかないね。本番はもっと大変なはずだろうから」

 練習場所とした体育館のドア付近には、そわそわとした生徒たちがたむろしている。

 要するに、ナギサはファン活動まで本校で行われては、他の生徒に影響を及ぼしてしまうと推測していたのだった。そして彼女の予測は正しかったことがいま、証明されている。

「あ、あはは……こんにちは〜」

 アイリが生徒の集団に控えめに手を振ると、黄色い歓声が上がって、お互いの声も聞こえないほどになる。

 グループとして、応援してくれるファンがついてくれるのは嬉しい。しかし彼女たちはあくまでバンド。アイドルではなかった。

 同年代の生徒との、適切な距離感に悩んでいたのである。

 けれども、そのあたりは全部、かぐやが仕切って解決してしまった。

「かぐやっほー!! みんな! 見学は自由だけど、練習中は静かにしててね! 個別に話があったら、DMで送ってくれたら嬉しいな!」

 謎の挨拶は唐突に思い出したらしい。この頃になると、他の四人は、かぐやの記憶はアイドルや配信者のような、人前でアピールするものだったのではないかと内心疑っていた。

 ギャラリーのざわめきがある中、適度な緊張を覚えながらの練習が始まった。

 初めは音合わせから。

 時間がない分、全ての基礎練習を疎かにはできない。

 それに、ルーチンワークは自分たちのペースを取り戻すために必要な過程でもある。

 一度楽器に集中すると、各々の頭の中からは、聴衆が見ていると言う意識は霧散していった。

 ただ目の前の音を追って、そこに自分を落とし込んでいく作業。

「ちょい遅れかも」

「ん」

 放課後スイーツ部のメンバーは気付いていなかったが、その素振りは既にいっぱしのミュージシャンとなっていた。

 経験と練習が、彼女たちを少しずつグループに変えていたのだった。

「入るよー」

「オッケー」

 演奏を曲の頭に戻して、リードボーカルのかぐやが入る。生音は箱で反響具合が変わる。

 会場ごとに変わる自然のリバーブに翻弄されないよう、十分に注意しなければならない。

 通しをしない練習風景は、思ったより地味なものだ。

 シュガラの動きの少なさ、退屈さに、失望した顔で帰っていく、にわかじみた生徒もいる。

 しかしそれは一部だけで、ほとんどの生徒たちは熱っぽい視線を五人に送っていた。

 そこにあったのは、紛れもない憧れの感情。

 自分にはないものを持っている少女たちに送る羨望と、応援、少しばかりの嫉妬。

 だからこそ、彼女たちから目が離せない。

「すごいね……」

「うん……」

 臆さずに大舞台に向かう五人の少女たちを、生徒たちは祈るような気持ちで見つめている。

 ファンだった。

 それが、ファンという生き物なのだった。

 

「ね、ファンサってするべき?」

「……ああ、そうだろうね」

 ナツが一際大きくスネアを鳴らして、曲を区切った。

 全員の演奏が止んだのを確認する。

 ナツはカズサとヨシミにアイコンタクトしてから、スティックでリズムよく四拍子を刻み、イントロから演奏を始めた。

 ギャラリーから歓声が上がる。

 通しの練習が始まったのだ。

 リズムと音合わせに重点を置いていたかぐやは、早く全身全霊の力で歌いたくて、ウズウズしていた。

 だから彼女は通しが始まると、躊躇いなくそうした。

 スタンドマイクを握り締め、彼女たちを待つファンの元へ、全力のボーカルを届けた。

 前髪に隠れた一般生徒たちの、一人一人の表情が見える。

 誰かのために歌うこと。

 聞いてもらえる相手がいること。

 それだけで、かぐやには無限のパワーが宿ったような気持ちになる。

 横を見ると、カズサとヨシミも口の端を上げて、微かに笑っていた。

 二人も底抜けに高揚した気分で、ベースとギターの弦から、今まで以上の音を疾走させていた。

 アイリも、ナツもそうだ。

 決して四人はプロのような腕前ではない。しかし、軽やかに響き渡る音を聞けば、演者たちの心が弾んでいるのがわかる。

 かぐやの額から流れ出て飛沫となった汗が、板張りの床を濡らしていく。

 うだるように蒸し暑い屋内は、かぐやたちの熱とファンの人いきれが混ざり合って、むせ返るようだった。

 演奏が終わると、自然と拍手が起きた。

 瞳の端から涙を流している生徒もいる。

 五人は彼女たちに手を振って感謝を伝えた。

 

 

 

 練習は夜まで続いた。

 その時間になると、さすがに他の生徒たちは帰途に着いていて、旧校舎には五人しか残っていなかった。

「そろそろ終わろうか?」

「ねえねえ! めっちゃ良くなってんじゃない?!」

 かぐやは飛び跳ねて喜んでいる。

 大体このようなテンションの際は、各々の脳内物質が出過ぎているのであり、冷静に録音や動画を見返すと、とんでもないことになっているのが常だった。

 しかし、五人のモチベーションは高い。

 練習効果が高かったのは、間違いなさそうだ。

 タオルで滝のように流れる汗を拭くかぐやたちに、体育館の入口の方から声がかけられる。

 見知らぬ相手だった。

「こ、こんばんはー!」

 舌足らずの挨拶を五人にかけたのは……ゲヘナ学園の制服を着た小柄な生徒。

 トリニティにいるのはかなり珍しい、というか犬猿の仲の学校であり、内容によってはその場で戦争が起きかねない。

「イブキ、もうちょっと静かに……」

 彼女の後ろから出てきたのは、ボリュームのある長髪の、同じくゲヘナの制服を着た女の子だった。

 困ったような表情をしている。

「こんばんは! かぐやだよー!!」

「ゲヘナ? 何の用?」

 流石にカズサは剣呑な声を上げた。

「突然、すみません。この子ーーイブキがあなた方のファンだそうで、人がいなくなるのを見計らってから、なんとか忍び込ませてもらったんです」

 ゲヘナですから、用事が終わればすぐ帰ります、と後ろに立つ少女は申し訳なさそうに話した。

「ファン?」

「うんっ! 初音ミクの曲、歌ってたでしょ? イブキね、ミクちゃん大好きなんだー!」

 シュガーラッシュのメンバーは理解した。

 確かにそれならば、他の学校にもファンはいるかもしれない。

 折しもクロノスの報道で、超シュガーラッシュの名前は全校に知られてしまっていたから。

「ふっふっふ……私が初音ミクだ!」

「えー違うよー、お姉ちゃんはかぐやちゃんでしょ?」

「子ども相手に何言ってんの……」

 イブキは懐に抱えたバッグから色紙を取り出した。

「サイン貰いに来たの! 超シュガーラッシュ、とってもファンです!」

 サインなんて、ついぞ考えたこともなかった。

 彼女たちは苦笑して、個々の名前を色紙に書く。署名を書き連ねただけのような、色気のないサイン色紙の出来上がりだ。

 それでもイブキは大喜びしている。

「ありがとう! フェス頑張ってね!」

「どうも、イブキに代わってお礼申し上げます。ありがとうございました。私はーー」

 

 ゲヘナ学園、パンデモニウムソサエティ所属の二年生。

 

 ーー棗イロハです。

 

 

 

「…………イロハ?」

 

 

 かぐやは呆然として、口を開いていた。

 

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