アオイロカグヤ!!   作:ゴータロー

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#8 『前夜祭』

 

「ーーぐや! かぐや!!」

 

 自分の名前を呼ぶ声に反応して、横になっていたかぐやは目を覚ました。

「かぐや! お帰り!」

「遅いわよ、まったくもう!」

 かぐやが目を開けると、四人の少女が顔を覗き込んでいた。その顔には、安堵の色が濃い。

「……みんな! ちゃんと戻って来れたんだ!」

「ああ……本番直前だけどね」

「え゛」

 視界に映るのは、トリニティの制服を着たカズサたち。場所は別れた時のまま、旧校舎のようだ。

「かぐやちゃん。今日にはもう、フェス会場に移動しないといけないんだ」

「えっ、ちょっ、練習は!?」

 かぐやは慌てて立ち上がろうとする。

 その手を、白く細い腕が引いた。

「大丈夫、かぐや。かぐやが起きるまで、私が代わっておいたよ」

「ヤチヨ! 体が……ある!?」

「私の方が早く来れたんだよね〜。キヴォトスもいいかも〜」

 ヤチヨもトリニティの制服を着ていた。ツインテールにヘアスタイルを変えている。

 分霊なのもあって、普段より少し幼い雰囲気になっているだろうか。

「ヤチヨさん、めちゃくちゃ歌上手いじゃない。もう少しでかぐやのポジションを奪えるねって話してたんだよ」

「感謝感激、雨アラモード〜! でも、この物語の主人公は、かぐやだから!」

 かぐやは惚けた表情でヤチヨを見た。

 まだ、状況が飲み込めていないのだった。

 ヤチヨはかぐやにこっそりと耳打ちした。

 

 かぐやがここに戻ったのは私の、八日遅れだったんだ。

 誰も悪くないし、誰も気にしてないよ。

 私たちがやらかした八千年の早出に比べれば、なんてことのない誤差だよ!

 みんな、かぐやは絶対来るってわかってたから。

 

 カズサがかぐやに向けて端的に説明する。

「あの人が、かぐやが帰ってくる時間を教えてくれたんだよ。超シュガーラッシュのことも全部お見通しみたいで、ホントなんなんだか」

「そっか、向こうの私たちにメッセージをくれたのは……」

 先生。

 カズサたちからも、話には聞いていた。

 まだ直接会っていないが、彩葉の伝言もある。顔を目にする機会はあるだろうか。

 そうだ、カズサとは、一番最初に取り決めたことがある。

「あ、カズサ……私。自分の目的を思い出しちゃったよ。それに、もう、一度帰った後で言うのも……カズサに怒られるかもしれないけど、やっぱり、嫌だ。カズサたちと一緒にライブしたいよ。カズサ……」

 

 ーーアンタが目的思い出して帰るまで、それまでだからね!

 

 カズサは自分がかぐやに言ったことを思い出し、一瞬天井を見上げてから、薄目で、かぐやの雨が降り出しそうな顔色を窺った。

 今更、もう遅い。とっくに、彼女なしの日常なんて、せっかく得た色を失う日々がつまらないのは、カズサにも十分わかりきっていた。

「いいよ。好きなだけ、かぐやの好きにしたら?」

「カズサっ! ぃやったあっ!! カズサも大好きっ!」

 光る雫を瞳に浮かべ、むぎゅーと抱きついたかぐやを、カズサは鬱陶しそうにする。

 しかし、自分からそれを離そうとすることはなかった。

 

「さあ、かぐや。泣いても笑っても、明日にはフェスだ。私たちが通しで合わせられる機会は、リハも含めてあと一回程度だろう」

「かぐやちゃんは帰ってきたばかりで実感がないと思うけど、私たちがどれだけしんどい気持ちで練習をしてきたか……良いライブにしようね」

「ご、ごめん! アイリ! このとーり!!」

 かぐやは両手を合わせて謝る。

 アイリは固く結んでいた口をふっと歪めて、冗談だよ、と言った。

 かぐやは、ほっと息を吐いた。アイリは、精一杯の悪戯が成功したことに、満足げな表情を作っている。

「かぐやちゃんを待ってる間に、ヤチヨさんから、簡単な事情は聞いたよ。彩葉さんとは、きちんと話をして来たんでしょ?」

「うん……彩葉のおかげで、もう一度この場所に来れた! みんな! ご心配をおかけしました!!」

 かぐやはぺこりと頭を下げた。

 それを見ていたヨシミがかぐやの頬を両手で挟み、顔の形を変える。

「かぐやにそんな殊勝なの似合わないわよ! いまは、荷物まとめて会場に移動しましょ!」

「……おっけー! みんな、行こう!」

 

 すでに荷物は楽器を含め、ほとんどまとめてあった。

 かぐやが合流し、六人となった超シュガーラッシュの面々は、トリニティを後にする。

 

 そんな彼女たちを、静かに付け狙う視線があった。

 視線の主は、フルフェイスのヘルメットを被っていた。

 

 

 

「うおお……でっけ〜!!」

 

 超シュガーラッシュのメンバーが会場入りしたのは、夕方近くになってからだった。

 このフェスは大規模な屋外フェスで、物販、飲食、様々なブースが立ち並び、お祭りのような賑わいを生み出している。

 そこかしこに立つのは制服やライブTを着た、若いファンが多い。全員が肩に銃を担いでいるのがキヴォトスらしかった。

 フェス会場特有の、体に響く重低音が流れてくる。スタートの早いグループは、すでにステージが始まっているのだ。

 会場に漂うエネルギッシュな空気は、かぐやたちを大いに昂らせた。

「本当に、こんなところで演奏できるんだ……」

「夢じゃないよね?」

 カズサとヨシミは目を白黒させている。

 六人は事前に発行されていたパスを、出演者専用の入口でスタッフに提示する。ヤチヨはマネージャー扱いとして通してもらった。

 会場併設の施設は、宿泊も可能なリゾート施設のようだ。

 案内された控室は、もちろん冷房の効いた個室だった。

 テーブルには人数分の弁当とペットボトル飲料まで置いてある。至れり尽せりだ。

 鏡のついた化粧台まで完備されている。

「今日はリハだけなんだよね?」

「ああ。本番は明日の午後だ」

 かぐやたちは室内に置かれた椅子に座った。

 六人が面と向かって顔を突き合わせると、少しだけ沈黙が訪れる。

 みんな、何か言いたそうにしていた。

 移動時間でも十分はしゃいできたが、刻一刻と出番が迫るに連れて、改めて大舞台に登壇する実感が湧いてきたのだった。

「なんか……すごいことになっちゃったね」

「学園祭に合わせて始めたバンドが、ここまで来るなんて……」

 かぐやが参加してからの飛躍は凄まじかった。彼女には華があり、スター性があった。

「ねぇ、かぐや。みんな、かぐやの話が聞きたいんじゃないの?」

「ふぇ? ふぉーなの?」

 かぐやはマイペースに弁当を広げて、もぐもぐと口を動かし食べていた。うまいうまいと言いながら食べ切ったそれを、ペットボトルのお茶で流し込む。

「ま、当然の説明義務ってやつよね」

「ヤチヨからの言葉だけじゃなく……かぐやから直接、君が何者なのか聞きたいのさ」

 全員がかぐやを見ている。

 短い時間だったのに、彼女を取り巻いて色々なことが起きすぎた。

 騒動の当事者からしたら、疑問の反対給付を求めるのは必然と言えるだろう。

「うーん……かぐやは、かぐやなんだよね。それじゃダメっすか?」

「もう一声」

 咳払いをしてから、かぐやは得意げに捲し立てた。

 

「かぐやは月からやってきたお姫様で〜、いろPと超ラブラブで〜、一回卒業したけど超有名ライバー! だから歌も踊りもゲームも上手い! なんでも盛り上げる! あと料理もめちゃくちゃできるよ〜、今度みんなにもラーメンでも寿司でもなんでも作ったげるね〜」

 それからそれからーーかぐやの自己紹介は早口言葉のようになり、ぺらぺらぺらぺらとよくも口がこんなに軽く動くものだと全員が観念する頃になって、ようやく終わった。

 

「……だってさ、みんな?」

 にこにこ笑うヤチヨとは対照的に、スイーツ部の四人はぴくぴくと顔面を強張らせていた。

「別に記憶喪失だったからとかじゃなくて……」

「マジでずっとそんな感じなのね、アンタ……」

 カズサとヨシミはこめかみを抑えて、頭痛を堪えているかのようだった。

 アイリとナツでさえ、苦笑いのような困り顔のような、どちらともつかない表情を浮かべている。

「えー? だってカズサたちと最初に会った時に言ったじゃん! かぐやは楽しいことが好き! カチコチ難しいのはムリ! ハッピーエンド大好き! バッドエンドは絶対許せねー! それが……私、かぐやだよ!!」

「まあ……かぐやらしいと言えば、らしいのかもね」

 カズサは色々と考えていたことを諦めたようだった。かぐや本人がこの調子なのだから、周囲が今更気を揉んだところで、きっとかぐやはこのままなのだ。

 かぐやたちがなんでもない話を続けていると、時間が経ち、スタッフに呼ばれ、リハの準備が始まった。

 全員が積んで来た練習と、ヤチヨのサポートが良かったのだろう。

 箱の豪華さによる緊張はいくらかあったものの、かぐやたちはしっかりと最後まで音を出し切った。

 その出来栄えは間違いなく、過去一のものとなりそうだった。

 

 

 

 

「みんな、準備はできてるな?」

 

 がちゃがちゃと隠しきれない硬質な音が、夜のフェス会場に響き渡る。

 フルフェイスのヘルメット、防弾ベストに、突撃銃、果ては戦車に装甲車と、重武装した集団が、身を潜めてその時を待っていた。

「リーダー、ホントにやるんですかぁ?」

「当たり前だ! 食べ放題でズルする店を、我々は許さない!」

「別にどっちでも誤差だと思うけどな……」

 リーダーと呼ばれた少女は、赤いヘルメットを被っていた。集団の指揮を取っているのは彼女のようだ。

「それに、このフェスには我々の行動を邪魔した奴らが出ている! 仲間たちを傷付けておきながら、呑気にライブなんて許せるわけがないだろ!」

「は〜い」

 やる気に満ち溢れたリーダーの少女とは裏腹に、集団の戦意はさほど高くないようだ。

 それでもこうやって展開するだけの兵力が集まっているのは、指揮官のカリスマによるものなのだろう。

 彼女たちヘルメット団は、フェス会場の露店の襲撃を目論んでいたのだった。

 制裁、あわよくば売上金の強奪。

 彼女たちからすれば、店側に不当にせしめられた代金を回収するだけだと信じているのだから、タチが悪い。

 いま、ヘルメット団の総攻撃は、赤ヘル少女のゴーサインを待つばかりだった。

 彼女が合図すれば戦車砲の火蓋が切られ、ステージや露店には甚大な損傷が出るだろう。

 何人かが手元のスマホで時計を見た。そろそろ口火が切られる頃合いだ。

 

「よーし……砲弾落とせ! 点火索を切れ!」

 赤ヘルの少女がそう合図した瞬間ーー彼女たちは上空から明るく照らし出された。

 遅れて音が届く。

 無数の照明弾が、夜空に打ち上げられていたのだった。その明るさは、白昼ほどもある。

 ばたばたと足音が迫ってきて、銃を持った多数の生徒がヘルメット団を取り囲んだ。

「なっ……どう言うことだ!」

 ヘルメット団は砲も打てず、混乱に陥る。

 

 フェスに乗じて会場を襲撃する作戦が漏れていたーー!?

 

 赤ヘルの少女の疑問は、意外な形で氷解することとなる。

 キュラキュラと重たげな履帯の音を立てて、暗がりから一台の戦車が進み出てきた。

 機体に刻印された校章はーーゲヘナ学園。

 搭乗口に立つのは、ボリュームのある長髪の少女ーー棗イロハだった。

「どうも、ゲヘナの万魔殿です。随分面白そうなお話が聞こえましたので」

 ダメですよ、作戦中に平文で無線を使って、大勢のスマホの携帯を許したら。

 こんな風に、わかってる相手にはすぐ自分たちの位置がバレてしまいますから。

「なんでゲヘナがここに……!」

 動揺するヘルメット団の背後から、さらに足音。規律正しく隊列を組む集団が、立位で銃を構える。

 白い制服ーートリニティのものだった。

「そう言うことです。ヘルメット団の皆さん。できれば手荒な真似はしたくありません。投降を勧めます」

「リ、リーダー! トリニティまで出てきた! どうしてだよ?!」

「待て! チャンスかもしれないだろ!」

 犬猿の仲、ゲヘナとトリニティが手を組むなど、天地がひっくり返ってもあり得ないと思われていた。

 いや、実際にあり得なかった。

 ゲヘナも、トリニティも、ヘルメット団のその先ーーつまりお互いに憎悪を向けあっているようにも見える。

 戦況の変化を見て取ったナギサが、機先を制した。

 

「まずーー私たちの目的を説明しましょう。ここは中立区域ですが、明日のフェスには、我がトリニティ総合学園のグループが出演します。これは大変名誉なことです。故に私たちは自衛と彼女たちの防衛のため、あらゆる手段を尽くします。私たちトリニティは、彼女たちに危害が及ぶことを一切看過しません」

 ナギサが呼びかけているのは、ヘルメット団ではなかった。ゲヘナの軍勢を率いている少女、イロハに対してだった。

 彼女はナギサの意図を誤解しなかった。

 イロハはマイクを手に持って返答する。

「ゲヘナは故あって、委員長から明日の超シュガーラッシュのライブを死守するよう、厳命を受けています。決して私的な理由の軍事力の展開ではありません。いま、ティーパーティーの代表者が述べた話が真実であれば、トリニティと交戦する意思はこちらにありません」

 

 ーーイブキがライブを見に行きたいだと!!!

 なんてことだ!! 絶対に守らなければ!!

 ーーわかっているな、イロハ!! イブキの期待を裏切ってはならない!!

 物販は全部買っておくのだ!!

 

 イロハはやかましい委員長の焦った顔を思い出していた。面倒な上司や先輩の尻拭いをするのは、結局現場で働く自分たちなのだ。

 当のイブキは、戦車の中ですやすやと眠っている。

 まあ、イロハにとっても無関係な話ではなかった。

 あのかぐやという少女が見せた突飛な行動、その理由を知るまでは肩入れしてもいいだろう。

 

「えーっと、つまり、どういうこと?」

「会場を荒らしたら、トリニティとゲヘナのトップに挟まれてタコ殴りにされるってことでしょ……」

 ヘルメット団の生徒は、戦意を喪失して銃をその場に置き捨て始めた。

 両校の生徒会を相手取るには、並の不良の集団では戦力も練度も差がありすぎる。勝ち目があるはずがない。

 外側の部隊がやる気を無くして、次々に両校に投降していく。それでも、赤ヘルの少女の周りは武装を解かなかった。

「リーダー、無理っすよこれは。降参して、大人しくライブ観ましょうよ」

「ど、どうせ私たちはこのままだとトリニティに捕まるんだぞ! 徒花咲かせるくらい、したっていいだろ!」

 ヘルメット団の会話に耳をそば立てていたナギサが、すっと目を細めた。

 火を見るより結果は明らかだが、彼女たちは暴発しようとしている。

 ならばこそーー予想される被害を抑えるのも、今ここに集った者たちの務めでしょう。

 

「ーー残念です。ヘルメット団の皆さん」

 

 戦闘指揮に移行したナギサは、一切容赦がなかった。

 彼女が右手を挙げると、上空から迫撃砲の精密な効力射がヘルメット団に降り注ぐ。

 赤ヘルの少女の言う通り、彼女たちがトリニティに対して一度害を成したことは、全くの事実だったからだ。

 武力を引き、みすみす何もしなければ、トリニティの威光を貶めることになってしまう。

 投降を受け入れないのならば、速やかに撃滅、制圧し、矛を収めるのが得策だとナギサは判断した。

「く……くそっ! 反撃しろ! 戦え!」

「そんなこと言われても包囲されてるし、退路はゲヘナの奴らに塞がれてますし……!」

 車両の影に隠れた部下たちが、泣き言しか言えないのも無理はない。

 花火大会のような絶え間ない砲撃と爆風に晒されて、ヘルメット団の少女たちは一人、また一人と無力化されている。

 対岸の火事のように眺めていたイロハは、イブキの付き添いに委員長が来ていなくて良かったと、本心から感じていた。

 火力支援を十分に受けたティーパーティーの生徒たちは、隊列射撃を行っては前進し、手際よくヘルメット団の残党を拘束していく。

 ナギサの指揮は手慣れたものだった。

 キルゾーンからなんとか逃げのびようとしてきたヘルメット団も、ゲヘナの生徒に放り投げられ、戦場に突き返されていた。

 イロハはゲヘナから銃を撃たないよう部隊に通達し、面倒に首を突っ込むのを、徹底的に回避した。

 もともと万魔殿とて、積極的に戦うつもりもない。委員長の要望通り、イブキの願いさえ叶えられれば良いのだ。

 

 およそ戦闘とも言えない一方的な蹂躙は、半刻にも満たないうちに終結した。

 トリニティの部隊は水際立った動きで撤退していく。

 イロハは優雅な指揮官に呼びかけた。

 

「あなたは、彼女たちのライブを見ていかないのですか?」

 ナギサは少し間を置いてから答えた。

「ええ、今は同時配信という、便利なものもありますから」

 

 ですが、本当は、たまには流行りの音楽もいいのかもしれませんね。

 

 イロハは夜空を見上げたナギサが、そう呟いたのを聞き逃さなかった。

 立場がある者の、責務なのだろう。

 どこの世界にも苦労ばかりする人種がいることを知って、イロハは少しだけ安心した。

 

「明日は……晴れですね」

 

 そう呟いたイロハの膝の上では、イブキが小さな寝息を立てていた。

 

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