「「えええぇ〜〜〜っ!!?」」
かぐやたち五人は、スタッフから説明された内容に、驚きのあまり叫び声を上げた。
「私たちが……!」
「大トリに変更!?」
スタッフも困り果てていた顔だった。
何やら、昨日のリハで出演者のブッキングが発覚し、スケジュールの変更が急遽行われたらしい。
と言っても、それなりに名の知られたグループが多い中、すでに発表済みかつ、チケットも販売済みのタイムテーブルを調整するのは難しい。
その結果、ほぼ新人で発言力が皆無に等しい超シュガーラッシュに白羽の矢が立ち、フェスのステージと、出演順の変更が行われたのだった。
「リハや集客はこれからでも手伝います、と言うのはありがたいが……」
「なんか、本当にすごいことになっちゃった……」
アイリは呆然としている。
フェスのトリ、というのは一長一短だ。
お目当てのグループを観にチケットを購入した観客は、ずっと会場に残っているとは限らない。
むしろピークは最終日の昼から午後辺りになることが通常で、最終盤はよほど音楽通の客しか残らないことだってある。
つまり、かぐやたちは貧乏くじを引かされたと言えないこともない。
しかし一方では、他のライブが併催されない状況で、全ての集客を独り占めすることもできる。
ハイリスクハイリターンな出演順、それがフェスのオーラス……最終の出演者なのだった。
「みんな! これはすっげ〜〜〜チャンスでしょ!!」
かぐやはいつも通り、超前向きだ。
「ヤッチョもそう思うな〜。シュガーラッシュのみんななら、目の前のファンが一人でも、一万人でも、きっといつもと変わらず全力でライブする。そうでしょ?」
ヤチヨはカズサたちとライブ練習を共にしている。彼女たちが押しかけるファンの前で見せる、魂を燃やすようなパフォーマンスをちゃんと見ていたのだった。
「……今さら考えても、仕方ないもんね」
「ここまで来て、逃げ出すわけにもいかないし」
カズサとヨシミは、やれやれと首を振った。
それにヤチヨの言う通り、もともと彼女たちは挑戦者。失うものは何もない。
ならばこそ、自分たちにできる最高のライブを、ただひたむきに、真っ直ぐに演奏するだけだ。
「……精一杯演ろう! みんな!!」
「全くもう……ずっと変わらないよね、かぐやは!」
かぐやは二本の指を前に突き出した。
向かいに立つ、ヤチヨもそうする。
「全部思い出したんだ、この後どうするか!」
かぐやとヤチヨに倣って、カズサたち四人も指を前に出す。
十二本の指は六つの頂点を作って、大きな星を形作る。
かぐやが流れを説明すると、カズサは恥っず、と照れも露わに笑った。
六人は指をすっと後ろに引いて、両隣に立つ相手と指の頭をくっ付ける。そのまま斜めにした指を互いに差し入れ、交互に指を組んだ。
最後に、三本の指でキツネの頭を作って、それを輪の中心で口付けするように重ねる。
かぐやとヤチヨが、彩葉と数えきれないほど繰り返した、仲良しのやつ。
しかしこのメンバーでは、ファーストライブがそうだったように、仲良しで、大成功のやつにする。
「よーし!! さらにやる気出てきたー!」
心は決まった。
あとは、赴くまま。
「超シュガーラッシュ?」
「聞いたことないけど……」
会場を駆け回っているのは、あの日超シュガーラッシュの練習を訪れていた、トリニティの一般生徒たち。
彼女たちは手分けして学校や会場周辺で、トリに回された超シュガラの宣伝をしていた。
誰からも強要されたわけではない。
ただ、自然発生的な行動だった。
会場のキャパシティからすれば、超シュガーラッシュだけでラストステージの入り込みを埋めるのはかなり厳しいように思われる。
彼女たちは、自分たちに少しでもできることを考え、実行していたのだった。
超シュガーラッシュのポストを宣伝し、口コミで周囲に広め、即席のビラを作って、道行く人に配布する。
熱を持った行動に興味を持ってくれた人もいたが、いかんせん稼働している人数には限界がある。
それでも、彼女たちは諦めなかった。
一枚でも多くチケットを売って、一人でも多く、超シュガラのライブに呼び込む。
ファン活動に全力で打ち込むそれは、紛れもない一つの青春の形で、迸る熱狂の発露だった。
「……どう?」
「悪くないけど……」
会場内で足を止める人は限られている。
声をかけても、見向きすらされない時もある。
それでも、それでも、それでも……。
少女たちは、けして止まらない。
自分の好きを、絶対に否定しないために。
「私にも……一枚、いただけますか?」
だから、奇跡はきっと起きる。
その生徒は、ビラを取る立ち居振る舞いまで優雅だった。
「ナギサ、様……」
思わぬ人物の登場に、唖然として、生徒の手から離れたビラを、空中で掴み取った髪の長い少女。
「まあ……私たちも、出来る限りイブキを楽しませたいですからね」
宣伝、お手伝いしますよ、みなさん。
万魔殿の名に賭けて。
ナギサとイロハは共犯者じみた視線を交わす。
ーー配信よりは、生で観た方がいいに決まっていますからね。
「うわわ……」
観客がーー多い!!
袖から覗き込んだ超シュガーラッシュの六人は、動揺を隠しきれない。
超シュガラのステージ前は、主催者の想定を遥かに超える入り込みを見せていた。
物販は当然完売。
キヴォトス三大校の二つ、トリニティとゲヘナの生徒会のサポートが入ったのだから、それも当然だった。
フェスというのは面白いもので、ステージに人が増えると、興味を惹かれた観客がさらに続いて会場入りしてくる。
正の連鎖が続いた結果、今ではトリニティとゲヘナ以外の生徒や観客も、大勢がステージの始まりを待っていた。
トリのメリットが、最大限に発揮された形だ。たとえ知らないバンドでも、最後を任されたからには観客も期待してくる。
当て擦りのように回された順番であっても、歌唱力と技術の担保がなければ、そもそも選ばれることすらないのだ。
かぐやたちの持ち曲は三曲。
シュガーラッシュのオリジナルの『彩りキャンバス』、初音ミクのカバー『メルト、』、そして新曲の『ココログラデーション』。
三曲目は、ファーストライブの披露時に弦が切れるトラブルがあった曲だった。
ヨシミ、カズサは入念に楽器の弦をチェックしている。スタッフの厚意で、予備のベースとギターも借りることができた。
本当に怖いのは、失敗ではない。
「みんな! 楽しもう!」
「かぐや……みんな! 最高のライブに!」
「私たち、全力で行くよ!」
「今だけは遠慮なんてしないで……!」
「私たちの、本気を出す時だ」
「みんなならーー絶対大丈夫! ヤッチョが保証します! 楽しんできて!」
本当に怖いのは、恐れること。
未知に飛び込もうとするその勇気が、挑戦する心が、萎れてしまうこと。
(でもーーこの五人なら、絶対上手く行くよ!)
ヤチヨは舞台の袖で手を振って、ステージに駆け出す五人を満面の笑顔で送り出した。
観客の大歓声が、眩いばかりのスポットライトが、刺激の洪水となって、フェス会場を包んだ。
ライトが五人の服を映し出す。
いつもと同じで、ちょっとだけ違う、おろしたてのライブTシャツ。
『超シュガーラッシュ』のライブが、始まる。
「次の曲は〜……ココログラデーション! 会場のみんな! 応援頼むよ〜!!」
一曲目、二曲目とアップテンポな二曲は大いに盛り上がった。
集団で参加しているトリニティとゲヘナのオーディエンスのパワーは演者に届く力強いものがあり、五人は何度も彼女たちに感謝の気持ちを込めて、視線を送った。
打って変わって三曲目は、少ししっとりしたテンポの曲だ。
リスクを考えると、土壇場で構成を変える判断はできなかった。
それにこの曲ならトリに相応しい、しっかりと聴衆の心に染み入る曲になってくれるだろう。
キーボードのイントロが始まり、カズサとヨシミがメロディを作っていく。
額から汗を流したかぐやがボーカルを乗せると、観客から静かなざわめきが起きた。
初聞きの聴衆からすれば、元気MCかつパワーボイスのかぐやが曲調を変えたことで、意外に感じられたのだろう。
ここまでブレない、ナツの安定感も大したものだった。
ドラムはバンドの屋台骨ーーその飄々とした性格で、三曲通して大崩れしないのが、ナツの強みだった。
捉えどころのない性格で、カズサやヨシミとは衝突も多かったが、ナツはバンドにおける自分の役割をよくわかっていた。
ベースを器用にこなすカズサとドラマを淡々と刻む仕事人のナツが、シュガーラッシュのライブパフォーマンスを縁の下から支えていたと言ってもいい。
間奏に入ると、かぐやのMCが始まった。
今度はコードを途切れさせない。
ヨシミの気迫のギターピッキングが始まる。
ヨシミはどちらかと言えば努力型だ。
彼女は誰にも言わないでいたが、前回のライブで弦が切れたことを一番気にしていた。
だから、みんなに隠れて必死に練習した。
後悔を残さないように、足を引っ張らないように、爪をぼろぼろに痛めながらも、練習をやめなかった。
そんな彼女が、ここぞの大一番で失敗するはずがない。
曲の合間に設けられたギターソロパートを乗り切って、ヨシミは会心の笑顔を浮かべた。
アイリのソロパート。彼女は、本来控えめな性格だった。
しかし、バンドで演奏している時だけはそれが鳴りをひそめ、大胆な振る舞いを見せる。
アイリは自分を変えたいと願っていた。
言葉にできない、自分だけの何かをずっと探していた。
それでいい、それがいい。
そのために、私はーー挑戦する!
彼女にあるのは、挑戦する心。
現状を俯瞰して、やりたいことを見つけ出す強い想い。
彼女がいなければシュガーラッシュも、超シュガーラッシュも生まれることはなかった。
ヨシミと同じように、ソロを笑顔で弾き切る。
観客が気付かないほどのミスはあった。
しかしそれも、またこれからアイリが一つ一つ成長するための因子にすぎない。
彼女はそれを、喜んだ。
ボーカルがかぐやとカズサに戻ってくる。
パワーボイスのかぐやと、ハスキーボイスのカズサ。
鼓膜を揺らす二人のシンクロした歌声は、超満員の観客を次々に虜にしていく。
かぐやの視界から、最前列に、『ファン』が見えた。
両手を組んで、祈るように、けれどずっと目は、ステージの上から離さない。
それは、ただの無名の一生徒だったのかもしれない。
しかし、かぐやも、カズサも、他のメンバーも、全部知っていた。
SNSで宣伝する彼女たちを、会場を駆けずり回る彼女たちを、トリニティとゲヘナが集う奇跡を起こした彼女たちの活躍を、ちゃんと見ていた。
ステージに立つかぐやたちの背中を押したのは、今ここにいる全員だった。
誰でもない、少女たちが作り上げた青春の群像だった。
余韻を残して、曲のアウトロが終わる。
かぐやが高々と右手を上げた。
耳をつんざく、津波のような轟音が彼女たちを包み込む。
「ありがとー!! みんな!! 本当にありがとー!!」
かぐやたちは何度も観客に頭を下げて、ステージを後にしようとしてーーそのコールは、必然的に発生した。
『アンコール! アンコール!!』
『アンコール!! アンコール!!!』
観客が叫ぶアンコールの大合唱に、五人は顔を見合わせる。
もう、超シュガーラッシュの持ち曲は、ない。
大トリだからこそ許される、本当に最後の一曲。
かぐやたちは舞台袖で大いに慌てた。
「そうだ! アンコール……ど、どうしよう?!」
「どうしようたって……同じ曲やるしかなくない?」
「急だったし、用意するなんて……」
「みんな、お困りかにゃ〜?」
そこに、ライブTシャツを着たヤチヨが現れた。手にはシンセサイザーを持っている。
かぐやは丸く目を見開いた。
ヤチヨが何をしようとしているのか、見当もつかないが、彼女は大変なことを考えている。
「ノンノン、せっかくのラストがそれじゃあ、つまらないでしょ!」
ヤチヨが指を鳴らすと、会場のライトが落ち、薄暗さが辺りを包む。
舞台袖には、観客の甲高いざわめきが聞こえてくる。
「最高のエンディング、目指しちゃおっ! 月見ヤチヨにお任せあ〜れ〜!」
ヤチヨは小さなヤチヨを何体も作り出し、それぞれがカズサ、ヨシミ、アイリ、ナツの頭上に乗る。
「私たち、ヤチヨの曲なんて知らないよーー?!」
困惑するカズサたちに、ヤチヨは悪戯っぽく微笑みかけた。
「ぜ〜んぶ大丈夫! 『ヤチヨインストール』!!」
ヤチヨがそう言ったかと思うと、分身のヤチヨたちが消失し、カズサたちの脳内にヤチヨの記憶、そして手業が流れ込んできた。
たった今まで知らなかったはずのコードが、メロディが、フレーズが、手に取るようにカズサたちの頭に浮かんでくる。
「な、何これーー?」
ヨシミは突然の出来事に動揺している。他の三人も同様のようだ。
「ちょーっとだけ、ヤチヨがみんなにインチキしたんだ。チートじゃないよ。これは、私からのお礼だよ!」
ーーさっ、観客のみんなが待ってる。
かぐやはヤチヨの選んだ曲がわかった。
いつか、彩葉とヤチヨとかぐやの三人で演じた、あの曲。
ステージ前面のモニターに映されていた超シュガーラッシュのロゴが、七色に煌めき、書き換えられる。
『Ex-SUGAR RUSH!!』
緑色のレーザービームが会場を乱舞し、アンコールに沸く客席の期待をさらに盛り上げていく。
暗いままのステージに登場したのは、ヤチヨを含めて六人。ヤチヨの担当は先程から手に抱えていたシンセサイザーだ。
六人は目配せして、頷いた。
泣いても笑っても、これが本当にラストの一曲。
「アンコール!! 最後まで、全力で着いてきて〜〜!! 『Ex-Otogibanashi』!!」
かぐやたちの瞳孔に、光が灯る。
EXの二文字が浮かび上がる。
大歓声が響き渡った。
圧倒的で絶対的で、無敵な超青春のライブが始まる。