TALES OF THE ABYSS Re:Birth 作:ばっしー171
七年目が終わった翌朝。
本部の空気は、妙に静かだった。
誰もシンクの名を口にしない。
旧療養区画の廊下はいつも通りで、食堂も訓練場も変わらず動いている。
それでも、何か一つだけ確実に欠けていた。
その欠けた場所を、皆が見ないふりをしている。
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中庭。
ルークは木剣を振っていた。
打ち込みは鋭い。
だが雑だった。
「集中してない」
ティアが腕を組んで言う。
「してる」
「してない」
「してるって」
「苛立ちを振ってるだけ」
ルークは木剣を止める。
「……あいつのことだろ」
ティアの表情は動かない。
「誰のこと?」
「最近消えた、仮面かぶる前の面倒くさいやつ」
「具体性が雑ね」
「シンクだよ」
風が止まった気がした。
ティアはしばらく黙り、それから小さく息を吐いた。
「あなた、意外と気にしてたのね」
「別に」
「嘘」
「……別に、だ」
視線が逸れる。
ティアは少しだけ口元を緩めた。
「素直じゃない」
「お前にだけは言われたくねえ」
その時、兵士が駆け込んできた。
「ルーク殿。ヴァン主席より召集です」
ティアの背筋が凍る。
来た。
未来が動く音がした。
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執務区画。
広い部屋の中央で、ヴァンは書類へ目を通していた。
窓から朝日が差し込んでいる。
まるで何事もなかった朝のように。
「呼びました?」
ルークが気軽に入る。
ティアはその後ろへ立った。
ヴァンは顔を上げ、穏やかに笑う。
「来たか、ルーク」
「何すか急に」
「任務だ」
即答だった。
ルークの目が少しだけ鋭くなる。
遊び半分の顔ではない。
仕事の顔。
「内容は」
「キムラスカ王国への同行任務」
部屋の空気が変わる。
ティアの指先が震えた。
「王国?」
ルークが眉をひそめる。
「俺が?」
「お前だからだ」
ヴァンは机上の封書を指でなぞる。
「ファブレ公爵家への親書を届ける。表向きはそれだけだ」
「表向き?」
「察しがいいな」
ルークはため息をつく。
「そういうの嫌いなんだけど」
「知っている」
ティアが一歩前へ出た。
「別の者を行かせて」
ヴァンは視線だけで妹を見る。
「理由は?」
「……適任じゃないわ」
「剣、譜銃、譜術。現地対応力も高い。適任だろう」
「そういう話じゃない!」
珍しく声が荒れた。
ルークが振り向く。
「お前、どうした」
ヴァンは静かに椅子から立ち上がる。
「ティアも同行しなさい」
沈黙。
今度はルークが固まった。
「は?」
「監督役だ」
「俺一人で十分だろ」
「私も反対よ」
「二人とも息が合うな」
ヴァンは笑った。
それがティアには寒気しかなかった。
「出発は明朝」
「急だな」
「情勢は待ってくれない」
ルークは舌打ちし、小さく肩をすくめた。
「了解」
ティアは何も言えない。
止められない。
また同じように。
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部屋を出た後、長い回廊。
ルークが歩きながら言う。
「何なんだよ、お前」
「何が」
「さっきから変だ」
「元からよ」
「そういう意味じゃねえ」
立ち止まり、まっすぐ見る。
「王国行き、そんなに嫌か」
ティアは視線を逸らした。
嫌なのではない。
怖いのだ。
この先を知っているから。
「……行きたくないなら、俺一人で行く」
ルークがぶっきらぼうに言う。
「無理して来なくていい」
その言葉に、胸が痛んだ。
未来でも、あなたはそうだった。
自分が傷つく時ほど、人を遠ざける。
「行くわ」
即答した。
ルークが少し驚く。
「そう」
「あなた一人じゃ危なっかしいもの」
「感じ悪っ」
「事実よ」
「はいはい」
歩き出す背中が、少しだけ軽く見えた。
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夕方。
整備棟の裏。
カンタビレが腕を組んで待っていた。
「聞いたわよ。王都派遣」
ルークが肩をすくめる。
「耳早いな」
「本部で秘密なんて半日しかもたないわ」
彼女は小さな包みを押しつけた。
弾薬手入れ用具と保存食だった。
「持っていきなさい」
「母親かよ」
「誰が」
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少し沈黙。
それから、カンタビレはいつもより静かに言う。
「……無事に帰ってきて」
ルークは軽く笑う。
「大げさだな」
「いいから」
「分かったよ」
ティアは少し離れた場所で、そのやり取りを見ていた。
胸の奥が、少しだけざわつく。
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夜。
出発前の空は高く、星が近い。
ティアは一人で中庭に立っていた。
七年前にも、こうして空を見た気がする。
違うのは、今度は知っていること。
明日、兄は動く。
明日、運命は始まる。
明日、ルークは――
「……今度こそ」
背後から声。
「何が今度こそだ?」
ルークだった。
「盗み聞き趣味悪いわね」
「普通に聞こえた」
彼は隣に立ち、空を見る。
「明日、早いんだろ」
「ええ」
「寝ろよ」
「あなたも」
「言われなくても」
しばらく、二人で黙って星を見た。
静かな夜だった。
けれどその静けさは、嵐の前のものだ。
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翌朝。
王都行きの馬車が本部門前で待っていた。
ヴァンが穏やかに見送る。
「行っておいで」
ティアはその笑顔を見返せなかった。
ルークは気づかないまま荷物を投げ込む。
「じゃ、さっさと終わらせて帰るか」
その言葉が、ひどく遠く聞こえた。