TALES OF THE ABYSS Re:Birth   作:ばっしー171

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Episode 0-3 引き金の先にあるもの(4/20改訂)

導師イオン急逝。

 

その報せは、本部に重い沈黙を落とした。

 

誰も大声を出さない。

 

誰も走らない。

 

誰もが何かを失った顔をしているくせに、誰も本気で悲しんではいないようにルークには見えた。

 

形式だけの沈痛。

 

整えられた哀悼。

 

綺麗すぎる空気だった。

 

腹が立った。

 

訓練場へ向かう。

 

木剣を取る。

 

振るう。

 

振るう。

 

振るう。

 

打ち込みが荒いと叱責されても止めなかった。

 

「死体みてえな顔してるぞ」

 

背後から声。

 

振り向くと、リグレットが腕を組んで立っていた。

 

「うるせえ」

 

「口の利き方」

 

「今さらだろ」

 

リグレットは少しだけ目を細める。

 

「……泣かなかったのね」

 

「泣く理由ねえ」

 

即答した。

 

だが、声は少し掠れていた。

 

リグレットはそれ以上追及しない。

 

代わりに紙を一枚投げて寄越す。

 

「次の配属よ」

 

ルークは受け取り、目を通す。

 

そこに書かれていた名を見て、眉をひそめた。

 

「……ラルゴ?」

 

「ええ」

 

「何であんただめなんだよ」

 

「教師冥利に尽きる言葉ね」

 

棒読みだった。

 

「私は基礎担当。ここから先は別の人材が向いている」

 

「知らねえよ」

 

紙を握り潰す。

 

「行きたくねえ」

 

「行きなさい」

 

「嫌だ」

 

「却下」

 

反射的に顔をしかめる。

 

聞き慣れた言葉だった。

 

リグレットは少しだけ笑った。

 

「戦場を学びなさい、ルーク」

 

「もう戦ってる」

 

「遊びの範囲でね」

 

その一言だけ、やけに冷たかった。

 

翌朝。

 

指定された訓練区画は、本部外れの石造倉庫だった。

 

人気がない。

 

兵士たちも近寄らない。

 

扉を開ける。

 

中には、一人の男がいた。

 

大きかった。

 

最初に目へ入るのは、それだけだった。

 

岩のような肩。

 

柱のような腕。

 

ただ立っているだけで空間が狭く見える。

 

髭面の奥の目だけが、妙に静かだった。

 

男はルークを見る。

 

それだけで、ルークは本能的に一歩下がりそうになった。

 

踏みとどまる。

 

「……あんたがラルゴか」

 

男は頷いた。

 

「ルークか」

 

低い声だった。

 

床が震えた気さえした。

 

「そうだよ」

 

「細いな」

 

「喧嘩売ってんのか」

 

「事実だ」

 

会話が終わった。

 

ルークは待つ。

 

説明を。

 

訓練内容を。

 

予定を。

 

何もない。

 

ラルゴは壁際の武器棚へ歩き、木剣を一本投げて寄越した。

 

受け取る。

 

「で?」

 

「来い」

 

次の瞬間だった。

 

視界が揺れた。

 

気づけば床へ転がっていた。

 

息が詰まる。

 

何をされたのか分からない。

 

ラルゴは同じ位置に立っている。

 

「……は?」

 

「遅い」

 

「何が!」

 

「全部だ」

 

ルークは飛び起き、木剣を握り直す。

 

踏み込む。

 

速さには自信があった。

 

リグレットにも褒められていた。

 

横薙ぎ。

 

避けられる。

 

突き。

 

受け流される。

 

足払い。

 

逆に崩される。

 

また床へ転がった。

 

「くそっ!」

 

三度。

 

四度。

 

五度。

 

そのたびに転がされた。

 

汗だくになった頃、ラルゴが初めて近づいてくる。

 

「お前は速い」

 

「知ってる」

 

「軽い」

 

「……」

 

「怒ると前しか見えん」

 

返せなかった。

 

全部当たっていた。

 

「戦場では死ぬ型だ」

 

その言葉だけ、やけに重かった。

 

昼。

 

休憩と言われ、水だけ渡された。

 

パンもない。

 

肉もない。

 

「飯は?」

 

「帰って食え」

 

「ここまで来るの遠いんだよ!」

 

「鍛えられる」

 

「ふざけんな!」

 

ラルゴは相手にしない。

 

座ったまま武器の手入れを始める。

 

無骨な手つきだった。

 

だが無駄がない。

 

ルークは舌打ちしながら水を飲んだ。

 

「……あんたさ」

 

「何だ」

 

「何でこんなとこいるんだ」

 

少し沈黙。

 

「必要だからだ」

 

「答えになってねえ」

 

「十分だ」

 

会話が切れる。

 

イオンならもう少し話した。

 

リグレットなら皮肉が返ってくる。

 

この男は違う。

 

言葉を使わない。

 

午後。

 

今度は荷物を背負わされた。

 

砂袋だった。

 

重い。

 

しかも二つ。

 

「走れ」

 

「は?」

 

「山道三周」

 

「訓練じゃねえのかよ!」

 

「訓練だ」

 

ルークは罵声を吐きながら走った。

 

一周目で息が上がる。

 

二周目で脚が鈍る。

 

三周目の途中で転んだ。

 

起き上がろうとした時、目の前に影が落ちる。

 

ラルゴだった。

 

「立て」

 

「……無理だ」

 

「戦場でそう言うのか」

 

ルークは歯を食いしばる。

 

膝が笑う。

 

肺が痛い。

 

それでも立った。

 

ラルゴはそれ以上何も言わない。

 

ただ先へ歩く。

 

追え、ということだった。

 

夕方。

 

ようやく終わった頃には、全身が鉛のようだった。

 

「殺す気か……」

 

「まだ死なん」

 

「死ぬわ!」

 

「なら弱い」

 

ルークは石を投げた。

 

避けられた。

 

「元気だな」

 

「うるせえ!」

 

帰り道。

 

珍しくラルゴが隣を歩いた。

 

夕焼けが巨体を赤く染める。

 

「何でイオン様のとこから俺なんだよ」

 

ぽつりと漏れた本音だった。

 

ラルゴは少しだけ考える。

 

「考える顔を覚えた」

 

「は?」

 

「前は噛みつく顔しかなかった」

 

「誰のせいだ」

 

「次は、生き残る顔を覚える」

 

ルークは黙った。

 

意味は分からない。

 

だが、少しだけ背筋が冷えた。

 

数日後。

 

訓練はさらに過酷になった。

 

重い荷を背負って移動。

 

狭所での組み伏せ。

 

複数相手の逃げ方。

 

暗所での気配察知。

 

剣技より、泥臭いものばかりだった。

 

「こんなの騎士の訓練じゃねえ」

 

ルークが吐き捨てる。

 

ラルゴは短く答える。

 

「騎士は飾りだ」

 

「……は?」

 

「死ぬ時は皆同じだ」

 

その言葉が妙に残った。

 

ある日。

 

倉庫裏で若い兵士数人がルークを笑っていた。

 

「総長のお気に入り」

 

「今度は大男の玩具か」

 

「子供は楽でいいな」

 

ルークは木剣を抜きかける。

 

その前に影が落ちた。

 

ラルゴだった。

 

兵士たちは一瞬で青ざめる。

 

「何か問題か」

 

低い声。

 

誰も答えない。

 

「ないなら失せろ」

 

蜘蛛の子を散らすように去っていく。

 

ルークは呆然と見ていた。

 

「……あんた、庇ったのか」

 

「違う」

 

ラルゴは歩き出す。

 

「うるさかった」

 

それだけだった。

 

だが、その背中は妙に大きかった。

 

夜。

 

宿舎の寝台で、ルークは天井を見る。

 

イオンの笑顔。

 

リグレットの銃声。

 

ラルゴの背中。

 

次々と浮かぶ。

 

気づけば、自分は誰かに育てられている。

 

その事実が少し癪で、少しだけ心強かった。

 

翌朝。

 

倉庫へ入るなり、ラルゴが言った。

 

「明日から外へ出る」

 

「外?」

 

「任務同行だ」

 

ルークは目を見開く。

 

「実戦か」

 

「見学だ」

 

「つまんねえ」

 

「生きて帰れたら文句を言え」

 

低い声だった。

 

その瞬間、胸の奥で何かが鳴った。

 

---

 

遊びは終わる。

 

そう理解した翌朝は、空気の味まで違って感じた。

 

まだ夜明け前だった。

 

本部の外門前には荷車が二台、武装した兵士が六人、そしてラルゴが立っていた。

 

冬の朝靄の中でも、その巨体だけははっきり見える。

 

「遅い」

 

開口一番、それだった。

 

「まだ時間前だろ」

 

「来るなら先に来い」

 

「意味分かんねえ」

 

「分からなくていい。覚えろ」

 

ルークは舌打ちした。

 

眠い。

 

寒い。

 

腹も減っている。

 

それでも胸の奥だけは妙に熱かった。

 

初任務。

 

見学だろうと何だろうと、訓練場の外へ出る。

 

それだけで血が騒いでいた。

 

目的地は本部から半日ほど離れた山道だった。

 

街道を通る商隊が、近頃何度も襲われている。

 

相手は野盗崩れ。

 

統率も装備も甘いが、数だけはいる。

 

「討伐じゃなく護衛だ」

 

道中、ラルゴが言う。

 

「逃げる奴を追うな。荷を守れ」

 

「倒した方が早いだろ」

 

「子供の発想だ」

 

「うるせえ」

 

「敵を倒して荷を失えば負けだ」

 

ルークは黙る。

 

イオンの言葉に少し似ていた。

 

守るべきものを見失うな、という理屈。

 

山道へ入る頃には日が昇っていた。

 

荷車の車輪音。

 

馬の鼻息。

 

兵士たちの短い会話。

 

全てが張り詰めて聞こえる。

 

ルークは木剣ではなく、初めて実剣を腰に下げていた。

 

重い。

 

だが心地よい重さだった。

 

「抜くなよ」

 

ラルゴが前を見たまま言う。

 

「何でだよ」

 

「抜きたがる顔をしている」

 

図星だった。

 

しばらく進んだところで、鳥が一斉に飛び立った。

 

次の瞬間。

 

矢が飛ぶ。

 

一本が荷車の板へ突き刺さる。

 

「伏せろ!」

 

兵士の怒号。

 

左右の林から男たちが飛び出してくる。

 

粗末な剣。斧。棒。

 

目だけが飢えていた。

 

ルークの身体は先に動いた。

 

剣へ手がかかる。

 

だが、その手首を掴まれる。

 

ラルゴだった。

 

「見る」

 

「離せ!」

 

「見るんだ」

 

低い声が胸へ落ちる。

 

ラルゴはそのまま前へ出た。

 

一人目の斧を、踏み込みだけで間合い外へずらす。

 

返しの拳で顎を砕く。

 

二人目の剣を腕で受け流し、腹へ膝。

 

三人目の肩を掴み、後ろの男へ投げつける。

 

無駄がない。

 

派手でもない。

 

ただ、圧倒的だった。

 

兵士たちも応戦する。

 

短い怒号。

 

金属音。

 

馬のいななき。

 

混乱は十分も続かなかった。

 

野盗たちは散り散りに逃げた。

 

「追うな!」

 

ラルゴの声が飛ぶ。

 

数人の兵士が足を止める。

 

ルークだけが止まれなかった。

 

逃げる背中が見えた。

 

勝てる。

 

そう思った。

 

走る。

 

林へ飛び込む。

 

一人の野盗が振り返る。

 

若い男だった。

 

痩せている。

 

怯えた目をしていた。

 

ルークは剣を抜く。

 

男も短剣を構える。

 

「どけ!」

 

叫びと同時に突っ込んだ。

 

浅い一閃。

 

男の腕が裂ける。

 

悲鳴。

 

その声に、ルークの足が止まる。

 

訓練では聞かなかった音だった。

 

男は涙目で短剣を振るう。

 

滅茶苦茶な動き。

 

避けきれず、頬が切れる。

 

熱い。

 

反射的に、二撃目を振った。

 

首筋へ入った。

 

男が崩れる。

 

血が地面へ広がる。

 

音が消えた。

 

風の音だけが残る。

 

ルークは剣を落とした。

 

手が震える。

 

「……は」

 

呼吸が浅い。

 

目の前の男は動かない。

 

さっきまで生きていた。

 

怒鳴っていた。

 

怯えていた。

 

それが、もう何もない。

 

胃がひっくり返った。

 

その場で吐いた。

 

背後で枝が鳴る。

 

ラルゴだった。

 

何も言わず、倒れた男を見る。

 

次に、吐き続けるルークを見る。

 

「……追うなって言ったろ」

 

責める声ではなかった。

 

ルークは返せない。

 

喉が焼ける。

 

涙まで出た。

 

「俺……」

 

言葉が続かない。

 

「殺した」

 

ラルゴは頷きもしない。

 

否定もしない。

 

ただ、近くの木へ寄りかかる。

 

「そうだ」

 

短い肯定だけだった。

 

ルークは地面を睨む。

 

「こんなの……」

 

「綺麗だと思っていたか」

 

返事はない。

 

「思ってなくても、初めてはこうなる」

 

ラルゴは水袋を投げて寄越した。

 

口をすすぐ。

 

手がまだ震えている。

 

「吐いたら終わりか」

 

「……え?」

 

「次に立てるかどうかだ」

 

ルークは顔を上げる。

 

ラルゴは遠くを見ていた。

 

「吐くのはまともだ」

 

低い声だった。

 

「何も感じん方が壊れている」

 

その言葉は、救いにも呪いにも聞こえた。

 

荷車のもとへ戻ると、兵士たちは何も聞かなかった。

 

頬の傷だけ見て、包帯を投げてくる者がいた。

 

「初陣でそれなら上等だ」

 

茶化すように笑う。

 

ルークは笑えなかった。

 

帰路。

 

荷車の揺れが気持ち悪い。

 

目を閉じれば、あの男の目が浮かぶ。

 

若かった。

 

自分と大差なかった。

 

腹が減っていたのかもしれない。

 

誰かを養っていたのかもしれない。

 

知らない。

 

知らないまま斬った。

 

「考えすぎるな」

 

隣のラルゴが言う。

 

「無理だ」

 

「なら考えろ」

 

「どっちだよ」

 

「次に同じことをする時、少しでも間違えんためだ」

 

ルークは黙った。

 

夜、本部へ戻る。

 

寝台へ倒れ込む。

 

眠れない。

 

剣を振る感触。

 

肉を裂く手応え。

 

喉の奥の吐き気。

 

全部残っている。

 

扉が叩かれた。

 

ティアだった。

 

「顔色、最悪ね」

 

「うるせえ」

 

彼女は黙って椅子へ座る。

 

少しして、水差しを置いた。

 

「……死んだ?」

 

ルークは答えなかった。

 

沈黙が答えだった。

 

ティアは目を伏せる。

 

未来で知っているルークは、もっと慣れた顔をしていた。

 

だが今は違う。

 

まだ、壊れていない。

 

「眠れないなら、眠らなくていい」

 

「は?」

 

「その代わり、明日も起きなさい」

 

イオンに似た言い方だと、ルークは思った。

 

腹が立った。

 

少しだけ、楽にもなった。

 

翌朝。

 

また夜明け前。

 

門前にラルゴが立っている。

 

「来い」

 

「……今日もか」

 

「今日からだ」

 

ルークは顔をしかめる。

 

昨日までが前座だったとでも言うような声だった。

 

「お前、吐いたな」

 

「……だから何だ」

 

「良かった」

 

ルークは目を見開く。

 

ラルゴはそれ以上言わない。

 

ただ背を向け、歩き出す。

 

その背中を追いながら、ルークは少しだけ呼吸がしやすくなっていることに気づいた。

 

まだ終わっていない。

 

終われない。

 

そういう場所へ来てしまったのだと理解した。

 

---

 

訓練は続く。

 

任務も続く。

 

昨日一人斬ったからといって、今日の敵が消えるわけではない。

 

吐いたから終わりでもない。

 

眠れなかったから休みでもない。

 

それが戦場だった。

 

ラルゴの同行任務は増えていった。

 

商隊護衛。

 

山道偵察。

 

物資搬送。

 

掃討後の残敵確認。

 

どれも地味で、泥臭く、英雄譚から遠いものばかりだった。

 

「つまらねえ」

 

最初にそう言った時、ラルゴは鼻を鳴らした。

 

「生き残る仕事は大体つまらん」

 

「派手に勝つ方がいいだろ」

 

「派手に死ぬぞ」

 

返す言葉がなかった。

 

数週間後。

 

山間の補給路で任務があった。

 

小規模な荷車一台。

 

護衛兵三人。

 

ルークとラルゴ。

 

相手は盗賊崩れ数名との情報だった。

 

甘い仕事に見えた。

 

だがラルゴは出発前から機嫌が悪い。

 

「何だよ」

 

「少なすぎる」

 

「何が」

 

「情報も荷も敵もだ」

 

意味が分からなかった。

 

山道へ入って一刻ほど。

 

先導の兵士が叫ぶ。

 

「倒木!」

 

道を塞ぐ丸太。

 

荷車が止まる。

 

その瞬間だった。

 

左右の斜面から石が落ちる。

 

後方から矢。

 

前方から男たちが飛び出した。

 

伏兵。

 

しかも想定より多い。

 

「散るな!」

 

ラルゴの怒号が響く。

 

兵士二人が慌てて荷車の陰へ入る。

 

一人は矢を肩へ受け倒れた。

 

ルークは剣を抜く。

 

今度は迷わなかった。

 

正面から来た男の踏み込みを外し、膝裏を斬る。

 

崩れたところへ柄頭を打ち込む。

 

倒れる。

 

次。

 

横から斧。

 

受けるには重い。

 

半歩退いて避け、腹へ蹴り。

 

息が止まった男の顎へ追撃。

 

動かなくなる。

 

「後ろ!」

 

兵士の叫び。

 

振り向く。

 

矢が飛ぶ。

 

間に合わない。

 

その瞬間、巨体が割り込んだ。

 

ラルゴの腕へ矢が刺さる。

 

構わずそのまま射手へ突っ込み、岩のような拳で沈める。

 

「余所を見るな」

 

低い声だった。

 

「……悪い」

 

「後で言え」

 

戦闘は短く終わった。

 

敵は散り、二人逃げた。

 

追うか迷った兵士へ、ルークが叫ぶ。

 

「行くな! 荷車守れ!」

 

兵士が一瞬戸惑う。

 

だが従った。

 

ラルゴがこちらを見る。

 

何も言わない。

 

ただ、一度だけ頷いた。

 

それだけで胸が熱くなった。

 

帰路。

 

矢傷の手当てを受けながら、ラルゴは平然としていた。

 

「痛くねえのか」

 

「痛い」

 

「顔に出せよ」

 

「意味がない」

 

「可愛げねえな」

 

「お前に言われたくない」

 

少しだけ、笑った気がした。

 

その夜。

 

ルークは一人、倉庫で木剣を振っていた。

 

以前と違う。

 

速さだけでは足りない。

 

怒りだけでも足りない。

 

見ること。

 

守ること。

 

退くこと。

 

それらが少しずつ身体へ入っていく。

 

扉が軋む。

 

ラルゴだった。

 

「まだやるのか」

 

「寝れねえ」

 

「なら振れ」

 

短い答え。

 

隣へ立つ。

 

巨体が同じ型をゆっくりなぞる。

 

「肩に力が入っている」

 

「うるせえ」

 

「肘が浮く」

 

「細かいな」

 

「死ぬぞ」

 

結局、最後はそこへ戻る。

 

数日後。

 

若い兵士たちとの模擬戦が組まれた。

 

以前なら年上に押されていた相手だ。

 

開始の合図。

 

一人目の突進を捌く。

 

二人目の横撃を利用して一人目へぶつける。

 

三人目の足元を払う。

 

終わり。

 

兵士たちは呆然とした。

 

ルーク自身も少し驚いた。

 

「今の……」

 

「見えるようになったな」

 

壁際のラルゴが言う。

 

「前は自分しか見えていなかった」

 

「褒めてんのか?」

 

「半分」

 

「半端だな」

 

「まだ半端だからだ」

 

悔しいが、否定できなかった。

 

冬の終わりが近づく頃。

 

ヴァンから呼び出しがあった。

 

総長室。

 

相変わらず整いすぎた部屋だった。

 

「成長したようだな」

 

ヴァンは穏やかに笑う。

 

「別に」

 

「ラルゴも評価している」

 

ルークは少しだけ目を見開いた。

 

あの男が、そんなことを口にするとは思えなかった。

 

「次の配属を決めた」

 

嫌な予感がした。

 

「研究区画へ回れ」

 

「……は?」

 

「ディストの下につける」

 

即座に顔をしかめる。

 

「嫌だ」

 

「即答だな」

 

「変人じゃねえかあいつ」

 

「学べることは多い」

 

「ラルゴでいいだろ」

 

ヴァンは少し笑う。

 

「珍しいな」

 

「何が」

 

「人に残れと言うのは」

 

言葉に詰まった。

 

違う。

 

そういう意味じゃない。

 

ただ。

 

まだ終わっていない気がした。

 

総長室を出ると、廊下にラルゴが立っていた。

 

聞いていたらしい。

 

「嫌そうな顔だな」

 

「当たり前だ」

 

「行け」

 

「即答すんな」

 

「学べるうちに学べ」

 

「またそれかよ」

 

ラルゴは壁にもたれたまま、低く言う。

 

「剣だけでは足りん」

 

イオンの言葉がよぎる。

 

世界を学べ。

 

守る理屈を学べ。

 

今度は別の方向から同じことを言われている気がした。

 

「……あんたは」

 

少し迷い、口を開く。

 

「何で俺に構うんだ」

 

ラルゴはしばらく黙った。

 

やがて短く答える。

 

「似ている」

 

「誰に」

 

さらに沈黙。

 

「昔の馬鹿にだ」

 

意味は分からない。

 

だが、それ以上聞く気にはなれなかった。

 

別れの日。

 

倉庫の前には誰もいない。

 

見送りなど、この男らしくないと思っていた。

 

扉を開ける。

 

中でラルゴが武器の手入れをしていた。

 

「来たか」

 

「来たよ」

 

「遅い」

 

「最後までそれか」

 

ラルゴは棚から短剣を一本取り出し、投げて寄越す。

 

受け取る。

 

重心の良い、実用一本だった。

 

「護身だ」

 

「剣あるだろ」

 

「寝る時も持て」

 

「物騒だな」

 

「世界がな」

 

ルークは鼻を鳴らす。

 

「……世話になった」

 

言った瞬間、自分で驚いた。

 

ラルゴも少しだけ目を細める。

 

「聞こえん」

 

「二度と言うか!」

 

「そうか」

 

それで終わりだった。

 

倉庫を出る。

 

数歩進む。

 

背後から声が飛ぶ。

 

「ルーク」

 

振り返る。

 

ラルゴが立っていた。

 

夕日を背に、相変わらず山のようだった。

 

「死ぬな」

 

たった三文字だった。

 

だが、今までのどの長い説教より重かった。

 

ルークは口元を歪める。

 

「そっちこそ」

 

歩き出す。

 

もう振り返らなかった。

 

一年目で立つことを学んだ。

 

二年目で、人の上に立つ者の重さと世界の歪みを知った。

 

三年目で、血の温度と生き残る術を知った。

 

そして次に待つのは。

 

狂気と才覚の年。




4/20改訂

譜銃について

音素の力を弾丸のように撃ち出す武器

通常の火薬銃ではなく、譜術技術と銃器を組み合わせた兵装。

ジアビス世界では万物が音素で構成されています。
譜銃はその音素を制御し、圧縮、指向性を持たせる、射出することで攻撃に使用。

リグレットのレイジレーザー等、音素を取り込むことで効果、属性が変わるためルークでも同様なことができないか模索中。

超振動を銃で打ち出せたらやばいのでは(ロマン)

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