TALES OF THE ABYSS Re:Birth   作:ばっしー171

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Episode 0-3 幕間

乾いた風が通る訓練場。

 

石壁に刻まれた傷跡が増えている。砂埃の匂い。

 

「遅い!」

 

低い怒声。その直後、何かが地面に叩きつけられる音が響いた。

 

体が転がる。受け身は取った。だが、勢いまでは殺しきれていない。

 

「立て」

 

ラルゴは大鎌を肩に担いだまま、表情一つ変えない。

 

「……今倒れたばっかだろ!」

 

「立てるなら倒れていない」

 

「意味分かんねえよ!」

 

叫びながら、それでも立ち上がる。脚は震えている。腕には痣。服も土まみれだった。

 

「来い」

 

再び踏み込んでくる巨体。速い。その質量からは信じられないほど速い。

横へ飛ぶ。避ける。転がる。起きる。

 

「……っ!」

 

譜銃を抜く。

乾いた音。

ラルゴの肩口を狙った弾は、大鎌の柄で弾かれた。

 

「遅い」

 

次の瞬間には目の前にいる。

 

「うおっ!?」

 

慌てて剣を抜く。火花。押し返される。

 

「力むな」 

 

「無茶言うな!」

 

「考えるな」

 

「だから無茶だって!」

 

吹き飛ばされる。また転がる。

 

「……くそったれ……!」

 

その時だった。

 

「相変わらず騒がしいわね」

 

澄んだ女の声。

訓練場の入口。リグレットが立っていた。

ルークの顔が一気に明るくなる。

 

「リグレット!」

 

「助けに来たわけじゃない」

 

即座に切り捨てる。

 

「……まだ何も言ってねえ!」

 

「顔に書いてある」

 

リグレットは視線だけでルークを見て、それからラルゴへ向けた。

 

「一ヶ月。様子を見に来た」

 

ラルゴは大鎌を下ろす。

 

「見れば分かる。土まみれで、痣だらけで、口だけは達者」

 

リグレットの視線がルークに刺さる。

 

「順調ね」

 

「どこがだよ!?」

 

叫ぶルークを無視して、リグレットはラルゴの横へ歩く。

 

「剣筋は?」

「粗い」

「判断は?」

「遅い」

「根性は?」

 

一拍。

 

「ある」

 

ルークが固まる。

 

「……え?」

 

ラルゴはそれ以上言わない。

リグレットの口元が、わずかにだけ緩んだ。

 

「珍しい評価ね」

 

「事実だ」

 

「褒めてるようには聞こえないけどな!」

 

「褒めてはいない」

 

「じゃあ言うなよ!」

 

「うるさい」

 

リグレット。

 

「なんで俺が怒られんだよ!?」

 

訓練場に、珍しく少しだけ軽い空気が流れる。

リグレットはルークの手元を見る。剣。腰の譜銃。擦れた手袋。

 

「……譜銃は?」

 

「前よりマシになった」

 

ラルゴが答える。

 

「抜くのが遅いが、撃つのは躊躇わなくなった」

 

ルークは少しだけ黙る。

 

「……そりゃ、撃たなきゃ俺が痛い目見るからな」

 

「良い理由だ」

 

リグレットは淡々と言う。

 

「生き残る理由としては十分」

 

一瞬だけ、ルークの顔から不満が消える。

リグレットはラルゴを見る。

 

「死なせてないようね」

 

「まだ使える」

 

「物みたいに言うな!」

 

「物以下だった頃よりは進歩した」

 

リグレット。

 

「お前も言うのかよ!?」

 

ラルゴは背を向け、大鎌を担ぎ直す。

 

「休憩は終わりだ」

 

「はあ!?」

 

「一ヶ月やって来たんだろう」

 

リグレットが腕を組む。

 

「なら、成果を見せなさい」

 

ルークの顔が引きつる。

 

「……帰ってくれねえかな」

 

「無理ね」

「無理だ」

 

声が重なる。

 

「なんで息ぴったりなんだよ……!」

 

ルークの悲鳴と共に、再び訓練場に乾いた音が響いた。

 

---

 

神託の盾本部、廊下。

昼下がり。人の往来は多い。

 

その一角で、カンタビレが壁にもたれ、楽しげに書類をめくっていた。

 

「へえ……」

 

口元が緩む。目だけが笑っている。

 

「ラルゴ預かり、一ヶ月」

 

紙をひらりと返す。

 

「骨折なし。意識喪失二回。打撲多数。剣損耗三本」

 

くすり、と笑った。

 

「思ったより保ってるじゃない」

 

足音が近づく。

 

振り向かずとも分かる。

 

ティアが立ち止まった。

 

「……何を見ているの」

 

「機密資料」

 

即答だった。

 

「堂々と言うことではないわ」

 

ティアは小さく息を吐く。

 

「違う違う。現場報告書よ。拾ったの」

 

「なお悪いわ」

 

ティアの視線が書類へ落ちる。

 

一枚目、訓練記録。

二枚目、実戦報告。

三枚目、医務室搬送履歴。

 

「……」

 

無言になる。

 

「顔、怖いわよ」

 

「怖くもなるわ」

 

ティアは一枚抜き取った。

 

肩部打撲。左肋部打撲。裂傷軽度。過労による失神。

 

「……何をしているの、あの人は」

 

「育成」

 

「破壊の間違いでは」

 

「紙一重ね」

 

カンタビレは楽しそうだ。

 

「でも見て」

 

別の紙を差し出す。

 

近接対応速度向上。抜銃反応時間短縮。敵意感知改善。

 

「ちゃんと伸びてる」

 

ティアは黙る。それが余計に腹立たしい。

 

「……だからといって、やり方があるでしょう」

 

「あるでしょうね」

 

「止めないの?」

 

「私が?」

 

カンタビレはきょとんとした顔をする。

 

「面白くなってきたところなのに?」

 

「……あなたに聞いた私が悪かったわ」

 

ティアは額に手を当てた。

 

カンタビレは声を殺して笑う。

 

「だって、あなたも気になるんでしょう?」

 

「別に」

 

即答だった。

 

「へえ」

 

「別に」

 

二度目は少し早い。

 

「毎日訓練場の近く通ってるのに?」

 

ティアの動きが止まる。

 

「……偶然よ」

 

「ふふ」

 

「その笑い方、やめて」

 

カンタビレは書類を閉じた。

 

「安心しなさい。ラルゴは壊す時と育てる時を間違えない」

 

「……本当に?」

 

珍しく、ティアの声が小さい。

 

「本当に壊す気なら、報告書なんて上がってこないわ。今はまだ、“育てる側”」

 

ティアは視線を落とした。少しだけ肩の力が抜ける。

 

「……そう」

 

「でも」

 

カンタビレがまた笑う。

 

「泣き顔で医務室に運ばれてた日は傑作だったらしいわよ」

 

「……」

 

ティアの目が据わる。

 

「どの日?」

 

「そこ食いつく?」

 

「どの日」

 

声音が低い。

 

カンタビレは肩を震わせた。

 

「ふふ、やっぱり心配なんじゃない」

 

「違うわ」

 

「じゃあ何?」

 

ティアは少しだけ黙る。

 

それから、そっぽを向いた。

 

「……確認よ」

 

「何を?」

 

「ラルゴに文句を言う理由の確認」

 

カンタビレはついに声を上げて笑った。

 

廊下に、珍しく明るい音が響く。

 

ティアは不機嫌そうに歩き出す。

 

その背中を見送りながら、カンタビレは呟いた。

 

「ほんと、退屈しないわね」

 

風聞は、まだしばらく尽きそうになかった。

 

二 報告

 

神託の盾本部、総長執務室。

 

重い扉が閉まる。

 

室内には静かな空気だけが満ちていた。

 

机の向こう、ヴァン・グランツが書類から顔を上げる。

 

「来たか」

 

その前に立つのはリグレット。

 

「報告に参りました」

 

「ルークの件だな」

 

「はい」

 

ヴァンは椅子にもたれ、指を組む。

 

「聞こう」

 

「基礎体力は向上しています。剣の握りも安定しました。踏み込みも以前より深い」

 

「譜銃の扱いも最低限の水準には達しています」

 

ヴァンの目が細まる。

 

「ほう」

 

「ただし、抜銃判断は遅めです」

 

「迷いがある?」

 

「はい。躊躇というより、“考える癖”です」

 

ヴァンは小さく笑った。

 

「らしいな」

 

「剣筋は素直です。変な癖も少ない。吸収は早い。だが感情が動くと粗くなる」

 

「怒れば前へ出る。焦れば視野が狭くなる」

 

「……若いな」

 

「根性はあります。痛みには強い。折れても立つ。叩けば伸びる類です」

 

「だが」

 

「だが?」

 

「他人を切った夜、眠れていません」

 

室内がわずかに静まる。

 

「吐いていました。手も震えていた」

 

「……そうか」

 

短い返答。

 

「未熟です」

 

「当然だ。今、完成されても困る」

 

リグレットの眉がわずかに動く。

 

「迷いも痛みも必要だ」

 

ヴァンは立ち上がり、窓際へ歩く。

 

「何も感じず斬る者は使いやすい。だが、壊れやすい」

 

「感じながら斬る者は遅い。だが、芯が残る」

 

背中越しの声が落ちる。

 

「ルークには後者でいてもらう」

 

「承知しました」

 

「ラルゴの評価は?」

 

「口数は少ないですが、“立っているなら問題ない”と」

 

ヴァンは笑った。

 

「高評価だな」

 

「そうなのですか」

 

「奴にしてはな」

 

「今後は実戦比率が増えます。傷も増えるでしょう」

 

「構わん」

 

ヴァンは振り返る。その眼だけが鋭い。

 

「死なせるな」

 

「……はい」

 

「それと。ティアには伝えるな」

 

「気づいているようですが」

 

「気づかせておけ。まだ、な」

 

リグレットは一礼した。

 

「失礼します」

 

扉へ向かう背に、ヴァンの声が落ちる。

 

「よくやっている、リグレット」

 

足が止まる。

 

「……任務ですので」

 

振り返らずに答える。

 

「そういうことにしておこう」

 

その言葉に、ほんの僅かだけ表情が揺れた。

 

扉が閉まる。

 

一人残ったヴァンは窓の外を見た。

 

「急ぐな、ルーク。お前は、まだ育つ」

 

三 眠れない夜

 

夜。灯りは落としてある。

窓から差す月明かりだけが、部屋の輪郭を薄く照らしていた。

 

ルークは寝台に仰向けになったまま、目を閉じていない。

 

眠れない。最近はずっとそうだ。

 

「……」

 

腕を持ち上げる。

 

暗がりの中でも、自分の手の形は分かる。

 

前より、軽い。

 

力が入る。

 

握って、開く。

 

それだけの動きが、前よりずっと自然だった。

 

「……動くな」

 

小さく呟く。

 

足もそうだ。

 

踏み込む時にもつれなくなった。転んでも起き上がれる。避ける時に、体が勝手に反応することがある。

 

この前まで出来なかったことだ。

 

「……あいつらの言う通りかよ」

 

リグレット。ラルゴ。

 

腹の立つことばかり言う二人。

 

けれど、間違ってはいない。

 

痛い目を見て、転がされて、立たされて、また転がされて。

 

その繰り返しで、体は少しずつ覚えていた。

 

「……」

 

嬉しい、と思った。

 

少しだけ。

 

前に進んでいる気がした。置いていかれていない気がした。

 

その瞬間、頭の奥に別の感触が蘇る。

 

剣が何かを裂いた感触。骨に当たる硬さ。譜銃の反動。倒れる音。

 

「……っ」

 

喉が詰まる。

 

目を閉じる。余計にはっきりする。

 

血の匂い。荒い息。地面に崩れる人影。

 

「……俺」

 

指先が震える。

 

「……殺したんだよな」

 

誰に聞かせるでもない声。

 

返事はない。

 

あいつらは襲ってきた。こっちだって死ぬところだった。撃たなきゃやられていた。斬らなきゃ倒されていた。

 

理屈は分かる。

 

何度も頭の中で並べた。

 

それでも。

 

「……だからって」

 

胸の奥が重い。

 

正しかったと言い切れない。仕方なかったと飲み込めない。

 

ラルゴは言った。

 

嫌だと思うなら忘れるな、と。嫌だと思わなくなった時が終わりだ、と。

 

「……あんたは簡単に言うよな」

 

天井を見る。

 

怒っているのか、縋っているのか、自分でも分からない。

 

「……でも」

 

拳を握る。

 

あの時体は動いた。

 

怖かったのに。足がすくみそうだったのに。動けた。

 

それは、あいつらに叩き込まれたからだ。

 

「……くそ」

 

嬉しくなる資格なんて、あるのか。

 

強くなって喜んで、その力で人を斬って。

 

そんなもの、胸を張れるわけがない。

 

けれど。

 

弱ければ、もっと何も出来なかった。

 

守るとか、守らないとか、そんな前に終わっていた。

 

「……分かんねえよ」

 

本音だった。

 

強くなることも。人を斬ることも。それで進むことも。全部、分からない。

 

ただ一つ。

 

止まりたくはなかった。

 

何も出来ないまま、置いていかれるのだけは嫌だった。

 

「……」

 

握った拳から力を抜く。

 

手は、まだ少し震えている。

 

それでも、前より確かに強く握れる。

 

「……明日も行くか」

 

小さく呟く。

 

罪悪感は消えない。きっと、簡単には消えない。

 

それでも。

 

明日、また立つのだろう。

 

眠れない夜の中で。

 

少年は少しだけ、前へ進んでいた。

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