岩沢雅美の幼馴染   作:南春樹

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プロローグ

今日、雅美が死んだ。

 

最初は、何を言われているのか分からなかった。電話越しに聞こえてくる医者の声は妙に落ち着いていて、その落ち着きが余計に現実味をなくしていた。

 

雅美が死んだ。

 

そんなこと、あるわけがない。

 

だって、雅美だぞ。俺にとって、たった一人の仲間で、大切で、大切で、本当に大切な人だ。

 

そんな雅美が、いなくなるなんて。

 

嘘であってくれ。

 

頼む。

 

雅美……。

 

俺は気付いた時には、病院へ向かって走っていた。どれだけ走っても、体は苦しくならない。けれど、頭の中だけはぐちゃぐちゃだった。

 

道を走っている感覚も、周りの景色も、ほとんど頭に入ってこない。ただ、間に合ってくれと思った。まだ間に合うはずだと思いたかった。

 

けれど、医者の言葉は嘘ではなかった。

 

雅美は、本当に死んでいた。

 

一ヶ月ほど前から体調が悪くて入院していた雅美。でも俺は、どこかで信じていた。もしかしたら治るかもしれない。治ったら、また一緒に音楽をやって、うどんの食べ歩きに出かけて、くだらない話をして、いつもみたいに笑ってくれるかもしれない。

 

そう思っていた。

 

そう思いたかった。

 

けれど、もうそれは叶わない。

 

楽しかった日々を思い出すだけで、涙が止まらなかった。

 

 

「……ただいま……」

 

 

家に帰ると、母さんがこちらを見た。

 

その瞬間、母さんの肩がびくりと跳ねる。

 

 

「ひぃっ! お、おかえりなさいませ!」

 

 

……まただ。

 

母さんはいつも他人行儀だ。それは今に始まったことじゃない。でも今日は、いつも以上だった。

 

雅美が死んだ。

 

そのせいで俺が何をするか分からないとでも思っているのかもしれない。俺に関わったら、何をされるか分からない。そう思っているのかもしれない。

 

親なのに。

 

俺の母親なのに。

 

 

「……あのさ」

 

 

「は、はいぃ!」

 

 

「はぁ……」

 

 

声をかけただけで、こんな反応をされる。

 

もう慣れたはずだった。慣れたつもりだった。でも、今日は駄目だった。雅美がいない。それだけで、今まで何とか耐えていたものが全部崩れそうになる。

 

そもそも、どうして俺がこんな扱いを受けているのか。

 

理由は分かっている。

 

俺の力だ。

 

俺は、力が強すぎる。

 

五歳くらいの頃だったと思う。俺は雷に打たれた。普通なら死んでいてもおかしくない。でも、俺は生きていた。

 

そして、それを境にして、俺の力は異常なほど強くなった。

 

大型トラックを持ち上げることなんて朝飯前。地面を殴れば亀裂が入り、ジャンプすれば五十メートル以上飛び上がる。アメリカ軍が噂を聞きつけて、戦車と戦わせたこともあった。

 

結果は、俺の圧勝。

 

普通じゃない。

 

分かっている。俺だって、そんなことは分かっている。でも、俺はこんな力なんて欲しくなかった。

 

この力のせいで、俺は孤立した。

 

別に、誰かに危害を加えるつもりなんてなかった。むしろ、必死に練習した。力を抑えられるように、誰かを傷つけないように、普通に生きられるように。

 

それなのに、周りは俺に近づかなかった。

 

俺を恐れて、距離を取って、まるで見てはいけないものみたいに扱った。

 

俺の存在は、公然の秘密だった。みんな知っているのに、誰も触れない。誰も近づかない。誰も、普通には接してくれない。

 

雅美以外は。

 

 

「……母さん」

 

 

「ひぃっ! な、なんでしょうか!?」

 

 

「俺、またちょっと出掛けてくるよ」

 

 

「い、いいいい、いってらっしゃいませ!」

 

 

そんなにビクビクしないでよ。

 

親子なのに。

 

そう思ったけど、口には出さなかった。出したところで、きっと母さんはもっと怯えるだけだ。

 

俺は家を出た。

 

向かった先は、雅美との思い出の空き地だった。

 

ここは、俺にとってたった一つと言っても過言ではない安らぎの場所だ。

 

もっとも、それは隣に雅美がいればの話だけど。

 

 

「そっか……もう……雅美はいないんだな……」

 

 

言葉にした瞬間、また涙が溢れてきた。

 

分かっていた。病院で見た。もう認めるしかない。

 

それでも、どうしても受け入れられなかった。

 

 

「なんでだよっ……なんで死んじまったんだよっ……!」

 

 

叫んでも、返事はない。

 

いつもなら、雅美が隣にいた。呆れたように笑ったり、少し怒ったり、俺の話を聞いてくれたりした。

 

でも今は、何も返ってこない。

 

どれだけ泣いても、どれだけ叫んでも、雅美の声は聞こえなかった。

 

その日は、一時間ほどして家に帰った。帰ったところで、何かが変わるわけじゃない。でも、その場にい続けたら、本当に壊れてしまいそうだった。

 

そして、雅美の死からちょうど一ヶ月が経った今日。

 

俺は、再びその空き地に来ていた。

 

 

「ここで色んな話をしたよな……好きな音楽だとか……美味かったうどんだとか……昨日のテレビの話だとか……他愛もない、どうでもいい話とか……」

 

 

一ヶ月。

 

たった一ヶ月。

 

そんな時間で、唯一の仲間を失った傷が癒えるわけがない。むしろ、時間が経てば経つほど、雅美がいない現実だけがはっきりしていく。

 

もう会えない。

 

もう話せない。

 

もう一緒に音楽もできない。

 

もう、雅美は隣にいない。

 

……ふざけるな。

 

どうして雅美なんだ。

 

どうして俺から、雅美まで奪うんだ。

 

俺は空を見上げた。

 

何かがそこにいるような気がした。

 

俺たちにこんな理不尽な運命を押しつけた何か。

 

もしそれを神と呼ぶのなら。

 

 

「おい! 神! 聞こえているか! 俺はお前を恨む! 出てこい!」

 

 

俺は空に向かって叫んだ。

 

馬鹿げているのは分かっている。叫んだところで、神なんて出てくるわけがない。

 

でも、もう黙っていられなかった。

 

こんな力を与えたことも。そのせいで俺を孤立させたことも。それでも支えてくれた雅美を奪ったことも。

 

全部、全部許せなかった。

 

俺の中に溜まっていた恨みが、限界を超えた。

 

その瞬間だった。

 

さっきまで晴れていた空が、急に黒く染まり始めた。

 

風が強くなる。

 

空気が震える。

 

雲の奥で、何かがこちらを睨んでいるような気がした。

 

俺は笑った。

 

 

「こい! こんな世界、もううんざりだ! 俺を殺してみろ!」

 

 

次の瞬間、視界が白く染まった。

 

全身を貫く熱と衝撃。

 

五歳の時と同じ雷。

 

けれど、今度は違った。

 

今度こそ、俺の体は耐えられなかった。

 

立っているのか、倒れているのかも分からない。

 

意識が遠のいていく。

 

怒りも、悲しみも、痛みも、全部が遠くなっていく。

 

最後に浮かんだのは、やっぱり雅美の顔だった。

 

そして俺は、短い生涯を終えた。

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