岩沢雅美の幼馴染   作:南春樹

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第二十三話「住処をめぐる長い1日」

球技大会からしばらく経ったある日、俺たちは例のごとく空き教室で練習をしていた。

 

 

「いやほんと球技大会の時は冷や汗かいたよなー」

 

「いきなりマウンド上から消えたと思ったら、うめき声あげて岩沢先輩の後ろにいたんですもんね」

 

「昔っからの付き合いだけど、あんな太一見たことなかったからなぁ。いやほんと焦った」

 

 

……ごめんなさい、練習はしていなかったです。

 

みんなでお菓子食べてお茶を飲みながら雑談していました。

 

練習そっちのけでお茶会って、一体どこの放課後なんですかね?

 

 

「私も初めは状況が飲み込めなかったんですけど、次第に先輩が死んじゃうんじゃないかなって……」

 

「いや、私たちもう死んでるじゃないですか」

 

「こらーユイ、ここはそんな野暮なツッコミを入れる場面じゃないぞー?」

 

 

ごめんなさいしおりさん。

 

僕もユイと同じこと言おうとしちゃってました。

 

 

「でもあの時の太一本当に不謹慎だけどかっこよかったなぁ」

 

「あーそれはわかる。本当に命がけで岩沢を守ったんだもんな」

 

「そりゃまあ……愛する彼女が危機に晒されたら何よりも最優先で助けるよ」

 

 

一瞬みんなキョトンとしたかと思うと、全員徐々に顔を赤くしていった。

 

 

「お、お前よくそんな恥ずかしいセリフをさらっと言えるな……」

 

「へ?俺なんか変なこと言った?」

 

「気づいていないあたり天然ジゴロなんですねこの人……」

 

「待って俺ヒモになった覚えない」

 

「そうだな、この中じゃ一番学校からの支給額多いし」

 

「え?そうなの?」

 

「この学校は優秀なら優秀なほど支給額多いんだってよ」

 

「っていうかなんでひさ子そんなこと知ってるの?」

 

「遊佐から聞いた」

 

 

遊佐こわぁ……。

 

どっから情報持ってきてるんだよ……。

 

 

「ということは先輩は優秀だったんですか?」

 

「ああ、本当にとんでもなかったぞ。頭にsimカードでも刺さっててネットを使ってるんじゃないかっていうレベルだ」

 

「どんなレベルだよ……」

 

「いやマジで太一ならどこでもいけたぜ?」

 

「そんなこと言ったら雅美だって進路相談の時先生から『君の成績ならどこへでもいける』って言われてたじゃん」

 

 

俺公然の秘密扱いだったから進路相談受けてねえけど。

 

 

「えぇー!?岩沢先輩もそんなに頭よかったんですか!?」

 

 

しおりが声を上げる。

 

 

「いやいや、私はそんなでもないって。ほら、音楽にしか興味なかったし」

 

「ほー。数式とか年号とかを楽譜に置き変えるっていう謎技術を駆使して毎回学年トップ10入りになってたのはどこの誰でしたっけ?」

 

「お前流石にそれは音楽キチすぎだろ……」

 

 

流石のひさ子も引いている。

 

 

「だって普通に覚えるより効率いいじゃんか!コード進行の勉強にもなるし、一石二鳥だろ?」

 

「い、意味がわかりません……」

 

 

みゆきも引いた。

 

 

「岩沢先輩の頭ってどうなってるんですか……?」

 

 

しおりも。

 

 

「さっすが岩沢先輩です!憧れちゃいます!」

 

 

……若干一名アホが混ざっておりました。

 

 

「っていうかそのテスト太一が1位だったじゃん。っていうか太一1位以外取ったことないじゃんか」

 

「え、そうだっけ?」

 

「いつも成績発表の時先生たちがバツが悪い顔してたの覚えてない?」

 

「いっつも俺がいるとバツが悪そうな顔してたからなぁ。特に覚えてないね」

 

 

先生に限った話じゃないんだけどね。

 

 

「先輩……辛くなかったんですか?」

 

 

しおりから純粋な疑問が飛んできた。

 

 

「もうその頃には慣れちゃってたね。それよりずっと一緒にいた雅美も変な目で見られるようになっちゃった方が辛かったかな」

 

「太一……そういう風に思っててくれていたのか……」

 

「そりゃあ俺にとって本当に特別な存在だったからね」

 

「太一……」

 

「雅美……」

 

 

お互いの目を見つめ合い、良い感じのムードになった。

 

なんで急に?と思うかもしれないが、俺たちの間では割とよくあることなので特に誰もツッコミを入れない。

 

しかし。

 

 

「はい、そこまで」

 

「っ!?」

 

「て、天使!?なんでここに……!?」

 

 

戦線の宿敵、天使が現れた。

 

 

「あなたたち宛に複数の生徒からクレームがきてるわ」

 

「クレーム?一体なんの?」

 

 

代表してひさ子が問う。

 

 

「あなたたちが男子寮によく潜り込んでいるというクレームよ。これ以上続けるようなら生徒会権限であなたたちの交際をやめさせるわ」

 

「なっ!?そんなことはさせないぞ!」

 

 

雅美が声を荒げる。

 

 

「ルールはルールよ。破れば罰則がつくのは当たり前じゃない」

 

「そんな……私先輩と離れ離れになるなんて嫌だよぉ……」

 

「それじゃ、注意はしたわ。今後は気をつけて」

 

「あ、ちょ、おい!待て!」

 

 

ひさ子の制止にも応じず、天使は帰ってしまった。

 

 

「くそっ!」

 

「こりゃあやべぇな……なんか良い案はないか……」

 

「ひとまずゆりっぺ先輩と椎名先輩にも報告しましょう!」

 

「そうだね……とりあえずみんな校長室に行こっか」

 

 

俺の一言に全員が頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

という訳で移動してきました校長室。

 

あ、ユイはこの件と関係ないから今日は自主練習ってことになったよ。

 

 

「さて……詳しく聞かせてもらいましょうか」

 

「詳しくも何も、さっき話した通りだよ。天使が現れてこれ以上みんなが男子寮に出入りするなら生徒会権限で交際を辞めさせるって言われた」

 

「あさはかなり……」

 

「そうね……本当にあさはかね……」

 

 

多分椎名は本当にあさはかだと思って「あさはかなり」とは言ってないと思う。

 

というツッコミは心の中にとどめておこう。

 

 

「ん〜、でも別に良いんじゃないですか?天使がなんと言おうと付き合い続けちゃえば」

 

「そ、そうですよ!天使になんと言われようと関係ないです!」

 

 

確かにしおりの言うことも一理ある。

 

天使になんと言われようと無視を決め込めば良いのではないか。

 

 

「そうもいかないのよ……」

 

「どういうことだ?ゆりっぺ」

 

「生徒会権限でということは私たちを更生させようとしているってことでしょ?今はまだ武力を行使してないけど、最悪の場合それもありえるわ」

 

「つまりそれって……」

 

 

恐怖からか、涙目になるみゆき。

 

 

「そ、常日頃から私たちは天使に狙われるかもしれないってこと」

 

「そ、そんなの嫌です〜!せんぱ〜い!なんとかしてください〜!」

 

「い、いや俺もなんとかはしたいけどさ……流石にこの人数全員を守るとなると物理的にも不可能というか……」

 

「あら、太一くんにも物理的に不可能とかあったの」

 

「あるよ!人間だものあるよ!」

 

 

全く……失礼な彼女だ。

 

まあそこが可愛いところでもあるんですけどね。

 

 

「しっかし、そうなるとますます厄介だなー」

 

「そうですよね……まさか全員でずっと固まって移動するわけにもいかないし……」

 

「なに辛気臭い顔してんのよ。対策案ならもうあるわ」

 

「えぇ!?本当ですかゆりっぺ先輩!?」

 

「どんなのだ!?何をすれば太一と一緒にいれるんだ!?」

 

 

みんながゆりに言い寄る。

 

対してゆりは得意げな表情だ。

 

 

「要は私たちが男子寮に出入りしているってことが問題でしょ?それならいっそうのこと寮から出ちゃえば良いのよ」

 

「おお!さすがゆりっぺ先輩!まるで揚げ足をとるかのような回答!」

 

「へっへーん…………いまの褒めてる?」

 

「多分しおり的には褒めてるんだと思うよ」

 

「……まあ悪気がないなら良しとしましょうか」

 

「いやいや、若干の悪意も含めましたよ!」

 

 

バチコン!

 

ゆりがしおりの頭を殴った。

 

 

「いったぁ〜……!」

 

「今のは流石にしおりんが悪いよ……」

 

「あさはかなり」

 

 

痛がるしおりをその場にいた全員がやれやれという感じで眺めていた。

 

っていうかしおりがそういう態度取るのってひさ子にだけじゃないんだ。

 

 

「ふん、まあいいわ。今は何よりも住む場所を探しましょ」

 

「そうだな。とりあえず出せる案を片っ端から出していこうぜ」

 

「ここじゃダメなのか?」

 

 

雅美が問う。

 

 

「ここ?」

 

「校長室」

 

「流石に定例会とかあるし……というか全員が集まるところをそういう場所にしたくないわ」

 

「そっか……まあそうだよな」

 

 

当たり前ではあるが校長室は却下。

 

 

「そんじゃあさ、ギルドとかは?」

 

「ギルドねぇ……。あ、そうだ、チャーに返事するの忘れてたわ」

 

「ああ、俺がギルドの助っ人になるってやつ?」

 

「そ。まあその返答も兼ねて一回行ってみましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうわけでやってきましたギルド。

 

なんだかんだで久々だったりする。

 

 

「おう、どうしたお前ら、今日は揃いも揃って。まさか……一致団結して篠宮をギルドに入れさせない気か?」

 

「違うわよ。太一くんがギルドに入ることは特に問題ないわ」

 

「おお!篠宮がギルドに入ってもいいのか!」

 

「ちょこっとだけよ。彼一応本職は陽動なんだから」

 

「はぁ?こいつが陽動なのか?ゆりっぺ、流石にそれは宝の持ち腐れってやつじゃねえか?」

 

「何言ってんだ、太一の歌唱力を生かさないなんてそれこそ宝の持ち腐れだ」

 

 

雅美からの援護射撃。

 

いや別に俺は宝ってほどのもんじゃないんだけどな……。

 

 

「おい、今は別に太一をどこに配属するかの話じゃないだろ?」

 

「ああそうだったわね。ありがとうひさ子さん。実は……」

 

 

かくかくしかじかでと説明をするゆり。

 

 

「ほぉ、そんでギルドの一角を住処にさせて貰えないかと相談に来たわけか」

 

「ま、そんなところね。ダメかしら?」

 

「篠宮の通勤時間が短くなるって考えたら悪い提案ではないが……」

 

「なにか問題でも?」

 

「言っちゃあれだが、お前たちがイチャイチャしているのを間近で見せつけられると砂糖を吐きそうになる」

 

「なっ!?そんな人前でイチャイチャなんかしないわよ!」

 

「んじゃなんでお前らどこかしら篠宮の身体に抱きついてんだよ」

 

「べ、別にそれくらい普通でしょ!?」

 

「ほれ。それが普通ってことは本気出したら何をしでかすかわからん」

 

「何もしないわよ!」

 

「じゃあ夜の営みは一切ないんだな?」

 

 

チャーがにやにやしながらゆりを攻撃する。

 

ぶっちゃけ俺もできなくなるのはキツイ。

 

 

「そ、それは……」

 

「な?というわけでギルドに住むのは勘弁してくれ。どうしても解決できないって言うなら相談にも乗るがな」

 

 

と言うわけでギルドに住むと言うのは不可能となってしまった。

 

 

「まあそりゃそうだよね。普通に考えて職場をそう言うところにして欲しくないもんね」

 

 

我が発想ながら大変失礼な事をしてしまった。

 

 

「さて……ギルドは断られたし、どこ行く?」

 

 

ひさ子が全員に問いかける。

 

とりあえずと言う感じでギルドに来ていたので、その後のことはノープランだ。

 

……というかそれよりもですね。

 

 

「一旦みんな俺から離れない?そこそこ歩きづらいよ、これ」

 

 

そう、チャーに言われてもなお6人は俺から離れてくれないのだ。

 

俺だってできれば離れたくはないが、歩きづらいものは仕方ない。

 

 

「え〜……離れたくないです……」

 

「しおり、わがまま言わず頼むよ……」

 

「じゃあチューしてくれたら離れます!」

 

 

そんなものはおやすい御用と言わんばかりに頬にキスをする。

 

普段から結構やってるから恥じらいとかは薄くなって行くよね。

 

 

「もう……先輩は乙女心をわかってないですね!少しは戸惑ってくださいよ!」

 

「そうだぞ太一。もうちょっと恥じらえ」

 

「……なんでひさ子も加勢してるの……?」

 

「だいたい太一は女に慣れすぎなんだよ。もうちょっと異性に対して恥じらいというものをだな……」

 

「いやいや、こんだけ毎日囲まれてればそんなの段々薄くなっていくって」

 

 

ただでさえ生前から雅美と結構綿密な関係にあったし。

 

 

「……これは私たちも考えながら接さないといずれ飽きられるかもしれないわね……」

 

「えー!?太一私たちに飽きるのか!?」

 

「あさはかなり……」

 

「いやいやいやいやいやいや!飽きない!ずっと愛してるから!」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ!みゆきのこともずっと愛し続けるよ!」

 

「私は!?」

 

「雅美も愛し続けるよ!」

 

「わたし……」

 

「だぁー!もううるせえうるせえ!お前らさっさと他のところ行け!唾液がガムシロップになっちまうわ!」

 

「あ、ご、ごめん!みんな、いこ!」

 

 

チャーにそこそこキレられてしまった。

 

そそくさと逃げるようにして俺たちはギルドを出た。

 

今度菓子折りかなんか持って謝りに行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「困ったわねぇ……どこ行こうかしら」

 

「パッとなんて思いつかねえよなぁそんなところ」

 

「ならば私の修行場はどうだ」

 

「椎名の修行場?」

 

「あそこなら雨風をしのぐ場所はたくさんある」

 

 

雨風をしのげればいいっていう発想がなんかもう椎名っぽい。

 

 

「現に私はあそこで何百年と過ごした」

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

いやいやそんなドヤ顔で言うことじゃないっすよ。

 

多分みんなの感情はドン引きに近いものだろうと思われる。

 

 

「……ま、まあ、行ってみる?他にあても無さそうだし」

 

「そうね。とりあえず行ってみるだけ行ってみましょうか。椎名さん、案内よろしくね」

 

「まかせろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、言うワケで椎名の元住処現修行場。

 

俺も入り口までなら来たことがあるが、中に入るのは初めてだったりする。

 

 

「ひゃ〜!夏場なのに結構中寒いんですね!」

 

「風邪引いちゃいそうです〜……」

 

「懐かしいわー。確かここで椎名さんと出会ったのよね」

 

「ああ、そういえばあの時は済まなかったな。いきなり襲ったりして」

 

「あはは。まだ気にしてたの?済んだ話だし大丈夫よ」

 

 

なんだろうその話。

 

そこそこ気になる。

 

 

「ねえ、その話詳しく聞きたい」

 

「今度話すわよ、戦線の結成秘話」

 

「ま、いまはそれより住む場所だな」

 

 

ひさ子が話を戻す

 

 

「ここじゃダメか?」

 

「う〜ん……はっきりは言いにくいんだけど……ダメね」

 

 

結構はっきり言ったね。

 

 

「さっき関根さんと入江さんが言った通り空調が問題ね……流石に風邪引いちゃうわ」

 

「そうか……」

 

 

シュンとしちゃったよ。

 

 

「でも私はここで何百年過ごしたが、風邪なんて一度も引かなかったぞ?」

 

「それは椎名さんが異常なだけ。普通の人は1日も保たないわ。保つとしたらあとは太一君くらいよ」

 

「あー、保ちそう保ちそう!」

 

 

そこまで笑いながら同意するところじゃないですよ雅美さん。

 

 

「じゃあここは私と篠宮専用の空間ってことでいいのか!?」

 

「別にいいけど、俺的には普通の空調のところがいいなぁ」

 

 

別に風邪は引かないけど寒さは感じるし。

 

 

「そ、そうか…………」

 

「あ〜、先輩女の子を落ち込ませましたね〜?」

 

 

しおりがニヤニヤしながらからかってくる。

 

 

「いーけないんだいけないいんだー!せーんせに言っちゃーお!」

 

「子供か!」

 

 

即座にツッコミを入れてくれるひさ子。

 

こう言う時本当に頼りになる。

 

……っていうか誰だよ先生って。

 

 

「ま、ここが2人の専用の空間になるかどうかは置いておいて、先に7人の専用の空間を探しましょ」

 

「まあ、そっちが先だよね」

 

「それならばいいところがあります」

 

「「「「「うわあああぁぁぁぁ!?」」」」」

 

 

椎名を除く5人が叫びをあげた。

 

 

「どうしたんですか。そんなに驚いて」

 

「ゆ、遊佐……急に現れたらそりゃ誰だって驚くよ……」

 

「急になんて現れてませんが」

 

 

嘘つけ。俺でも全く気づかなかったぞ。

 

 

「せんぱ〜い……怖かったです……」

 

「あー、よしよし。怖かったね」

 

 

俺もビビったけどな。

 

 

「そうか……怖がれば入江みたいに頭撫でてもらえるのか……」

 

「いやもう雅美の性格わかってるから」

 

 

怖がられても「演技だな」ってなるから。

 

 

「じゃあ撫でてくれ!」

 

「いやなんでだよ」

 

「いい加減にしてください。いちゃつかないでください」

 

「それは無理な注文だな。常にいちゃついてないと死んでしまう」

 

「…………死ね、リア充どもめ」

 

 

こっわ!こっわ!

 

多分他の6人には聞こえてないけど!

 

俺バッチリ聞こえた!

 

マジで背筋凍った!

 

 

「冗談です」

 

 

また俺だけに聞こえるように言ってきた……。

 

冗談ならいいんだけどさ……。

 

 

「さて、話を戻しましょ。今日は脱線しすぎだわ」

 

「軌道修正ありがとうございますゆりっぺさん」

 

「遊佐のいう『いいところ』ってどこなんだ?」

 

「まあ、付いてきてください。来ればわかりますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊佐に案内されて俺たちが来たのは学校の裏にある森の中。

 

裏といっても結構学校からは離れている。

 

そんでもってそこそこ険しい道のりではあった。

 

俺にとっちゃ問題ないんだけど、彼女たちがね。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

「き、きつい……」

 

「疲れた〜!!」

 

 

ね?

 

獣道というよりは道無き道という表現の方がピッタリだもの。

 

そんでもってこれ普通に登山だもの。

 

登山家に見せたら「アホか」って一蹴されるような格好で来ましたよここまで。

 

 

「ていうか遊佐さんはなんでそんなに涼しい顔できんのよ」

 

「普段から鍛えてますから」

 

「第一線の私より鍛えてるオペレーターってなんなのよ……」

 

 

息を切らしながらツッコミを入れるゆり。

 

確かにオペレーターがそこまで鍛える必要はあるのか?

 

 

「あります。誰よりも迅速にメンバーの動向を把握しなければならないのですから」

 

「あの……勝手に心の中読まないでもらえます?」

 

「顔に同意と疑問の表情が浮かんでいたので推測しました。心は読めません」

 

「まあ太一顔に出やすいもんな」

 

「え?ほんと?」

 

 

あんまり自覚ないんだけどな……。

 

 

「はーい、うるせえリア充ども」

 

 

嗚呼、遊佐の機嫌があからさまに悪くなってる。

 

 

「とりあえず、私が紹介するのはこの物件です」

 

「へぇ、森の中にこんな小屋があったのね」

 

「この間屋上から眺めていたら見つけたものです」

 

「へぇ……この世界の先住民が作ったものかしら」

 

「なんだか怖いです……」

 

「大丈夫です。以前中を確認しましたが、特に異常はありませんでした」

 

「そう、じゃあ中に入ってみましょうか」

 

 

ゆりの合図により、全員で小屋の中に入っていく。

 

 

「へー、結構綺麗じゃん」

 

「発見当初から埃等はありませんでした」

 

「ということは人が住んでいる形跡がある……?」

 

「それか幽霊の仕業だったりして!」

 

「し、しおりん……そう言うこと言うのやめようよ」

 

「そうそう。幽霊とか軽々しく口に出しちゃダメ」

 

 

重々しくでもダメだけど。

 

 

「せんぱ〜い……」

 

「あーよしよし」

 

「そうか、ああすれば私も抱きしめられながら撫でてもらえるのか」

 

「いやだから雅美の場合は演技だってバレバレだから」

 

「じゃあやってみるか?」

 

「へ?」

 

「せんぱ〜い……」

 

「………………」

 

 

上目遣いで少し目を潤わせる雅美。

 

いつもはサバサバとして、どちらかといったら男っぽい幼馴染が、突如として甘えん坊な後輩へと変身した。

 

これはアレだ、なんていうか……。

 

 

「…………」

 

 

ついぎゅーっと抱きしめて頭を撫でてしまった。

 

だめだ、頭で考えるより先に体が動いてしまった。

 

 

「えへへぇ〜……」

 

「おい見てみろ、あの岩沢があんなだらしない顔をしているぞ」

 

「はい、バッチリ見ましたとも」

 

「私もあんな顔になってる時とかあるのかしら……」

 

「ありますよ」

 

「えっ!?」

 

「というか、みなさん大体あんな顔になられてます」

 

「「「「「「………………」」」」」」

 

 

全員が息を飲んだ。

 

もしかして遊佐、俺らの情報を握っている……?

 

 

「まずゆりっぺさん、校長室の机の引き出しの中に篠宮さんの写真を入れて、時折眺めてニヤニヤするのは端から見ていて少し不気味です」

 

「なっ……!」

 

 

おお、ゆりの顔がみるみるうちに赤くなっていく。

 

っていうかいつのどんな写真持ってるんだろ。

 

入手ルートはどこだろ。

 

 

「べ、別にいいじゃない!業務中はわがまま言えないんだから写真くらいいいでしょ!?それに!恋人の顔を見て笑顔になる彼女なんて普通よ!」

 

「なあゆり、その写真私にも焼き回ししてくれなか?」

 

「いやそのお願い絶対今じゃ無いだろ岩沢……」

 

 

う〜む、相変わらず幼馴染様はマイペースである。

 

 

「次にひさ子さん」

 

「な、なんだよ……」

 

「枕を篠宮さんに見立てて抱きしめながら寝る姿、非常に可愛いです」

 

「可愛いですってなんだよ!罵るなら罵れよ!恥ずかしいだろ!」

 

「いやぁ、確かに可愛いね」

 

「太一も同調しない!」

 

「だって可愛いし」

 

 

寝るときは髪を解くから余計に可愛い。

 

 

「〜〜〜〜〜っ!!!!」

 

 

ぽかぽかと顔を真っ赤にしながら俺の腕を叩いてくるひさ子。

 

やっぱり可愛い。

 

 

「っていうか私たちにプライベートはねえのかよ……」

 

「これはこの物件も没ね。7人で住むには狭すぎるし、何よりプライベートが確保できないわ」

 

「そうですか」

 

「っていうか太一と岩沢と椎名と関根と入江の情報はねえのかよ?私とゆりだけ暴露されるとか不公平だぜ」

 

「篠宮さん以外の情報でしたらお話できます」

 

「はぁ?なんで太一のだけ教えてくれないんだよ?その……一番知りたいのに……」

 

 

あ、可愛い。

 

 

「うどんの食券30枚でどうだ?」

 

 

わお、この幼馴染買収に走ったよ。

 

 

「いりません」

 

「ガビーん!?」

 

「オノマトペを自分で言うなよ……」

 

「とにかく、ここは没よ。太一くんの情報はまた後で聞き出すとして、早急に住む場所を探すわよ」

 

 

あ、また後で聞き出すんですね。

 

 

「でも今日はもう無理っぽく無いですか?日も傾き始めたし、ここから下山したら多分もう夜ですよ」

 

「確かに関根さんの言う通りね……ひとまず今日のところは諦めましょ。また明日以降ね」

 

「えー!?それじゃあ下山したら今日はもうお別れなのか!?」

 

「仕方ないでしょ。今日太一くんの部屋に行ったのがバレたらもうそれこそずっとお別れになるわよ」

 

「うっ……それは嫌だな……」

 

「でしょ?なら今夜くらいは我慢よ」

 

 

流石の雅美も黙る。

 

俺だってバレて今後一緒にいられなくなったら嫌だもん。

 

 

「あの〜……それなら」

 

「ん?どうかした?入江さん」

 

「それなら今夜だけ空き教室で寝るって言うのは……その、なんか修学旅行っぽくないですか?」

 

「修学旅行……」

 

「いいじゃんみゆきち!修学旅行!」

 

「修学旅行か……そういや行ったことねえな」

 

「あれ?ひさ子高校はともかく中学の時に行かなかったの?」

 

「純粋に風邪引いちまってさ。行けなかったんだよ」

 

「ああ、それは残念だったね」

 

 

運がなかったとしか。

 

 

「そう言う太一は?」

 

「俺は行っても周りの空気悪くなるだけだし、行かなかったよ」

 

「私も太一が行かないなら行かないって言って行かなかった」

 

 

なんだそのゲシュタルト崩壊しそうな文面。

 

結論として行かなかったです。

 

 

「ちなみにゆりは?」

 

「私も行けなかったわ。椎名さんは……」

 

「あさはかなり」

 

「言わずもがなね。遊佐さんは?」

 

「私も行けませんでした」

 

「えー!?と言うことは先輩方全員修学旅行行ったことないんですか!?」

 

「まあ、そうなるね」

 

「それじゃあみんなでやりましょうよ!修学旅行!」

 

「正確には『修学旅行の夜っぽいこと』だけど……」

 

「良いんだよ!修学旅行のメインって地味に夜の部屋だったりするじゃん?」

 

 

へえ、そういうもんなんだ。

 

てっきり2日目か3日目辺りにある自由行動かと思ってた。

 

 

「そこまで言うなら……ちょっとやってみたいね」

 

「お!さっすが太一先輩!ノリがいいですね!」

 

「まあ楽しそうだし、やってみるかな」

 

「ひさ子先輩もさすがです!」

 

「それじゃあ私も参加で」

 

「私も参加するわ。楽しそうだし」

 

「あさはかなり」

 

「やったー!遊佐先輩はどうしますか?」

 

「私は恋人同士の空間に割り入る度胸はないので遠慮しておきます」

 

 

そんなに度胸はいらないとは思うが……。

 

まあ、そんなこんなで今夜はいつもの空き教室で7人で一緒に寝ることになった。

 

下山をして寮の前に戻ってきた時にはすでに午後7時になっていた。

 

登山という一般人にはそこそこハードであろう運動をしたということで俺、椎名、遊佐以外の4人は結構な汗をかいていた。

 

このままではニオイが気になるということで一旦解散し、着替えやお風呂を済ませて8時ころを目処に食堂前に集合しようという話になった。

 

 

「ただいまー」

 

「にゃー」

 

「おお〜よしよし」

 

 

部屋に帰るとサクラが出迎えてくれた。

 

いつものごとく抱き上げると喉をゴロゴロ鳴らしてきた。

 

 

「んにゃ!んにゃ!」

 

「あ。はいはい、ご飯ね」

 

「にゃ〜♪」

 

 

案外現金なやつだったりする。

 

パパッとできるご飯といえば……まあネギトロ丼か。

 

とは言ってもネギは使わないけど。

 

冷凍庫からご飯を取り出し、レンジで温める。

 

その間に刺身用のマグロをミンチ状にしてほんの少量の醤油を垂らす。

 

本当に少量だから。もう0.3gとかそのレベルだから。

 

そうこうしているうちに冷凍ご飯の解凍が終わった。

 

しかし、このままでは熱いので、ある程度うちわで冷ます。

 

そして少量のお米の上にネギトロ改めマグロの叩きを乗せる。

 

この時お米を盛りすぎないように注意。

 

あんまりあげすぎると太っちゃうからね。

 

これにてサクラの夕食完成。

 

 

「はーい、できたよー」

 

 

そう声を出すと、自分の住処からサクラがトタトタと走ってきた。

 

 

「にゃっ」

 

「はいはい、召し上がれ」

 

 

コトッと床に皿を置くとガツガツと食べ始めた。

 

……あんまり急いで食べて吐かないでよ?

 

まあ吐くほどの量は作ってないけどさ。

 

 

「おいしい?」

 

「まーう」

 

「そ、良かった」

 

 

にしても可愛いなぁ。

 

ずっと見ていられるよ。

 

 

「食べ終わったら一緒にお風呂入ろっか」

 

「んにゃ!」

 

 

サクラは猫としては珍しく、お風呂が好きらしい。

 

ほぼ毎日、俺が風呂に入ろうとすると一緒に入ってくる。

 

それは俺以外の誰かと入るときも同じだ。

 

……ただし、椎名を除いて。

 

そういえば今後他の6人と一緒に住むとなったら、サクラと椎名も一緒に住むことになるんだよな……。

 

サクラだけこの部屋に残すっていうのはあまりに可哀想だ。

 

 

「ねえサクラ」

 

「にゃ?」

 

「椎名とは仲直りしないの?」

 

「……」

 

 

バツが悪そうに目を逸らした。

 

まあようだよね。

 

だけど俺としては2人とも仲良くしてくれた方が気を遣わなくていい。

 

無理なら無理でまた色々考えるけど、とりあえずサクラからも話を聞かないことには始まらない。

 

 

「にゃ〜……」

 

「あ、そうなの?」

 

「んにゃ……」

 

「んー……そんなことないと思うけどなぁ……」

 

 

なんだ、そこに関しては杞憂だったか。

 

 

「にゃ〜」

 

「多分それは触れ合いたいだけだって」

 

「…なにしてんだ?」

 

「お邪魔するぞ」

 

「うわっ!?日向!?野田!?入るならチャイム鳴らしてよ!」

 

「いや、鳴らしたぞ。でも反応ないから勝手に入った」

 

 

住人の反応がないから入るってどうなのさ。

 

手口としては空き巣だよ……。

 

 

「ちなみにいつ入ってきたの?」

 

「一緒にお風呂入ろうって言ってたあたりだ」

 

 

あー……、ご飯を食べるサクラを見るのに夢中になっていたあたりか。

 

そりゃ気づかないわ。

 

 

「ところで、何用?」

 

「いやさっきゆりっぺから聞いたんだけどよ、近々引っ越すらしいじゃん?お別れの挨拶にと思ってさ」

 

「俺は廊下で日向と会ってその話を聞いてな。せっかくだからと思って来たわけだ」

 

「耳が早いねぇ。ま、住処が見つかったら引っ越すっていう感じだからまだ先になると思うよ?」

 

「タイミングとかどうでもいいんだよ。その……善は急げ!ってな」

 

「そっか、ありがとね」

 

 

別に戦線から抜けるわけでもないし、毎朝定例会で顔は合わせると思うが、まあそこに突っ込むのは野暮だろう。

 

せっかくこうして来てくれたんだから、厚意は素直に受け取っておくとするか。

 

 

「んでよ、さっきなんで独り言をぶつくさ言ってたんだ?」

 

「独り言?」

 

「なんか『あ、そうなの?』とか『そんなことない』とか言ってたじゃんか」

 

「かなり不気味だったぞ」

 

「ああ、サクラと話してたんだよ。椎名と仲直りできないかって」

 

「あー、そう言うことか!なら納得……ん?」

 

「ん?」

 

「……お前、サクラちゃんの言ってることがわかるのか?」

 

「わかるよ。って言うかみんなもなに言ってるかわかるでしょ?」

 

「わかんねーよ!なんでわかるんだよ!Why!?」

 

「にゃっ…………」

 

「日向、そのWhyってやつやめて。サクラが片頭痛起こしてる」

 

「ああ悪い……って!今の議題はそこじゃねーんだよ!お前がサクラちゃんの言ってることがわかるってところだよ!っていうかそもそも猫って片頭痛になるのか!?」

 

「同じ哺乳類だしなるんじゃない?知らないけど」

 

「そっか、なるほどな……って!ちっがーう!」

 

「日向、落ち着け」

 

 

野田が日向をなだめると言う珍しい構図だ。

 

 

「まあアレだよ、俺生前は雅美以外友達いなかったじゃん?人間には怯えられてたけどさ、動物には好かれてたんだよ。それでさ、野良猫とかと仲良くしてたらいつの間にか言ってることがわかるようになったんだよね」

 

「いやどんだけ密な触れ合いをしたらわかるようになるんだよ……まあいいか。それよりサクラちゃんと椎名っちになんかあったのか?」

 

「いや以前にかくかくしかじかでさ」

 

 

日向と野田に前あった出来事の経緯を説明する。

 

 

「そうか……知らなかったって言うのも仕方ないが、サクラちゃんも大変だったなぁ」

 

「いやさ、案外サクラの方はそこらへん許してるんだよね。知らなかったのは仕方なかったし、お腹が空いてどうしようもなかった時に毎日ご飯をくれたのは感謝してるって。あと、その場ですぐに謝ってくれたからその件に関してはもう水に流したつもりなんだってさ」

 

「ほーん、そんじゃ、なんでまだ仲直りできてないんだ?」

 

「日中暇な時間に椎名のところに行くと獲物を狩る目で近寄ってくるんだって。それが怖くて近寄れないみたい」

 

「なんじゃそりゃ!」

 

「容易に想像できるな……」

 

 

日向は笑い、野田は青ざめた。

 

 

「グルルル……んにゃ!」

 

「いまサクラちゃんなんて言ったんだ?」

 

「笑うな!こっちは死活問題だ!だってさ」

 

 

っていうかサクラあんな感じの野太い声出せるんだね。

 

それを聞いてさらに日向は笑った。

 

 

「まあまあ、そこらへんは俺がうまく間とりもつよ。多分、椎名はかわいいものに目がないから本当に触れ合いたいだけなんだと思う」

 

「にゃ〜……」

 

「俺に任せなさいって」

 

「にゃ」

 

「よしよし。それより早くご飯食べな?俺そろそろお風呂入るよ?」

 

「にゃー!」

 

 

忘れてたー!と言ってガツガツ残りのご飯を食べ始めた。

 

 

「結構がっつくタイプなんだな、サクラちゃん」

 

「いんや、今日はたまたまだよ。いつもは結構味わいながら食べてるよ」

 

 

日向と野田とそんな雑談を交わしていると、あっという間にサクラはご飯を食べ終わった。

 

 

「にゃ〜」

 

「はい、お粗末様。お皿洗ってお風呂の準備してくるからちょっと待ってて」

 

「んにゃ!」

 

 

いい返事だ。

 

サクラの返事を聞くと、俺は皿を洗いに台所へと戻った。

 

洗うものといえばお皿とまな板と包丁くらいなもので、直ぐに台所を後にし、お風呂にお湯を張った。

 

あとは待つだけということで、再びリビングへと戻ってきた。

 

 

「んにゃ〜」

 

「お〜かわいいなぁ!」

 

 

日向と野田がサクラと触れ合っている。

 

 

「相変わらず人懐っこいな、サクラちゃん」

 

「お、俺にまで懐いてくれるぞ」

 

「まあねー。人にも慣れてるし、お風呂も嫌がらないし、言うこともちゃんと聞いてくれるし、本当にいい子だよ」

 

「ナ〜」

 

「ちょ、そこはいいでしょ!いやありがたいけど!」

 

「なんて言ったんだ?」

 

「えっと……その……」

 

「んにゃ!」

 

「急かさないの!その……よ、夜も彼女と一緒の時は集中できるように静かにしてるでしょって……」

 

「はは〜ん」

 

 

ニヤニヤしながら見てくる日向。

 

 

「べ、別に付き合ってるんだからいいでしょ!」

 

「……お前、そこまで進展してたのか?」

 

「え、いやまぁ付き合い始めて結構経つし……」

 

 

とは言っても付き合いたての時もみんな雅美に続けって感じでやってたけどさ。

 

 

「そうか……あ、いや、ゆりっぺが幸せならそれでいいんだ」

 

 

……なんか気まずいよこの話題。

 

 

「野田もさっさと諦めつけろよなー。もうゆりっぺは篠宮のもんだぜ?心も体も」

 

 

体って……。

 

まあ間違っちゃいないんだけどさ。

 

 

「アホか!諦めなどはとっくについている!」

 

「へー、そうなのか」

 

「話題を振ったのならせめて興味あるように相槌を打たんか!」

 

 

右から左へと受け流す日向。

 

 

「まあ、なんだその……今後ともゆりっぺを頼むぞ」

 

「言われなくとも幸せにするよ」

 

 

いやいや保護者か!と日向からツッコミが飛んで来た。

 

確かに会話の内容はそんな感じだったね。

 

 

「ところで日向。お前最近あのユイってやつといい感じだともっぱらの噂だが、実際どうなんだ?」

 

「はぁ!?なんであいつと!」

 

 

おっと、動揺してる?

 

 

「あ、そういえば今日だって一緒だったんでしょ?」

 

「一緒は一緒だが、ただあいつがギターの練習するっつうからオーディエンスになってやっただけだ!」

 

 

……結構いい感じじゃ……?

 

 

「ナ〜」

 

「だよね?」

 

「だよね?じゃねーよ!大方「あれ?いい感じじゃね?」とかって言ってんだろ!」

 

「お、正解」

 

「俺とユイは本当にそんな関係じゃないですから!」

 

「本当に〜?」

 

「ま、素直になれよ」

 

 

野田がポンと日向の肩に手を置く。

 

 

「くそッ……篠宮はまだしも、野田にやられると腹がたつな……。まあいい」

 

「なぜ俺はダメなんだ!?」

 

 

頭をボリボリ掻く日向。

 

 

「それよりお前、早く風呂入んなくていいのか?今夜奴らと待ち合わせしてるんだろ?」

 

「あ!そうだった……ってなんで日向が知ってるの?」

 

「ゆりっぺが嬉しそうに喋ってたぜ。みんなでお泊まり会だーって」

 

「にゃ〜」

 

「意外とね」

 

「……そんな感じで会話が成り立つお前らが羨ましいぜ……」

 

 

ちなみに今のは「いつも怖そうだけど、結構乙女なところあるんだね」と言っていた。

 

 

「そんじゃ、俺はここらでお暇するぜ。また住むところ決まったらみんなで引っ越し祝いしてやっからよ」

 

「楽しみにしとけよ」

 

「うんありがと」

 

 

そう言って日向と野田は部屋を後にした。

 

時計を見てみると結構いい時間。

 

今からお風呂に入って着替えたら丁度いいくらいだ。

 

 

「そんじゃ、入るか」

 

「にゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂前。

 

 

「お、来た来た」

 

「お待たせーってみんな早いね?」

 

 

食堂前には既に6人が揃っていた。

 

 

「早いねって、もう10分前だぞ」

 

「いや早いでしょ」

 

「いいこと太一くん、彼女との待ち合わせには最低1時間前行動よ」

 

 

……不可能じゃね?

 

 

「冗談よ、私たちが早く来すぎただけ」

 

 

ですよね。

 

 

「でも太一なら頑張ればできるだろ?」

 

「できないよ」

 

 

ひさ子は俺のことなんだと思ってるんだ。

 

 

「って言いつつ実は〜?」

 

「できません」

 

「ちぇ〜」

 

 

訂正、しおりもだ。

 

 

「いくら太一でも不可能くらいあるぞ」

 

「例えば?」

 

「えっと……鼻から鳩を出すとか?」

 

「そのレベルかよ」

 

 

雅美のフォローがフォローになってない。

 

 

「まぁまぁ、そういう話は夜布団の中でじっくりするとして、早くご飯食べちゃいませんか?私お腹空いちゃいました」

 

「あさはかなり」

 

「確かにそうね。さっさとご飯済ませちゃいましょうか」

 

というわけで7人揃って食堂へ。

 

ちなみにサクラは部屋でちょっと待ってもらっている。

 

いくらお風呂好きとはいえども、猫を食堂に連れ込むのは衛生的にマズイからね。

 

抜け毛とかさ。

 

食堂に入ると、各々好きなメニューを頼んだ。

 

そして各々席に着いた。

 

 

「いただきます」

 

「「「「「いただきまーす」」」」」

 

 

ここに関してはいつもと変わらない風景だ。

 

他愛もない世間話をしつつ食事を摂る。

 

しかし、今日は少し違っていた。

 

 

「そういえばまだホラー映画の鑑賞会やってませんでしたよね?」

 

 

俺とみゆきの手が止まった。

 

 

「ナ、ナンノコトカナー」

 

「おい太一誤魔化すな」

 

「そういや、まだだったっけな」

 

 

なーしてこの後輩はこげなタイミングで思い出すっかね。

 

 

「あ、今日みんなで寝るついでに鑑賞会やっちゃいましょうか?」

 

「いいですねそれ!賛成です!」

 

「私も賛成だ!」

 

「岩沢と関根に同じく賛成」

 

「あさはかなり」

 

「やったー!賛成多数により可決よ!全体の2/3が賛成してるから、一度否決されても強行採決できるわ!」

 

 

いや否決する衆議院役は誰だよ。

 

っていうか椎名の返事は肯定かどうかわかんないよ。

 

 

「せんぱ〜い……」

 

「……俺も同じ気持ちだよ……」

 

 

みゆきが潤んだ目で俺を見てくる。

 

俺だってこの状況はなんとか打破したい。

 

 

「ねえ、それって今日じゃなくても……」

 

「ダメよ。思い立ったが吉日って言うでしょ?」

 

「俺にとっては凶日なんですが……」

 

「わ、私もです……」

 

「約束は約束でしょう?それに、入江さんもあの時は賛成してたじゃない」

 

「うぅ……」

 

 

がんばれみゆき!今の所味方はみゆきだけなんだ!

 

 

「確かに賛成って言いましたけど……」

 

「みゆきち!ここで見たいって言えば先輩の怖がっている貴重な姿が見れるんだよ!?もう二度とないかもしれないチャンスじゃん!」

 

「確かに……」

 

「いやいやいやいや!そこ折れちゃダメでしょ!折れたらしばらく鏡を直視できない生活になるんだよ!?」

 

「鏡を直視できないって……プッ」

 

「しおり!笑わないでよ!」

 

 

精神的に来る生活なんてまっぴらごめんだよ……。

 

 

「それじゃあ今夜は上映会ね」

 

「話聞いてた!?」

 

「聞いてないわよ。太一くんの怖がる顔が見たいだけ♪」

 

 

あれ、いつものSっ気が……。

 

 

「みゆき〜……助けて……」

 

「お、レアな太一」

 

「確かにレアだな」

 

「レアですね〜」

 

「あさはかなり」

 

 

ここまでレアならもう許してくれるんじゃね?

 

という淡い期待を胸にこの路線で猛プッシュを畳み掛けよ……

 

 

「でも上映会中や後ならもっとレアな先輩が見れるんですよね!」

 

「ああ、確実に見れるぞ」

 

「それなら……見たいかも……です」

 

 

終わった。

 

淡いが完全な無色になった。

 

 

「やったー!みゆきちがこっちサイドに寝返ったー!」

 

「さぁ太一くん、これであなたの味方はいなくなったわよ?」

 

 

Sっ気たっぷりの笑顔を向けてくるゆり。

 

もう諦めるしかないのか……。

 

 

「…………わかった。約束は約束だしね」

 

 

両手を上げて降参を表す。

 

それと同時に6人から「おおっ!」という歓声が上がる。

 

 

「但し!あんまり怖くないのにしてよ……?」

 

「お、またレア」

 

 

こうして悪夢へのカウントダウンを進めるとともに夕食も進んでいった。

 

明らかにテンションが下がり顔色が悪くなった俺をからかう彼女たちはいつもより輝いているように見えた。

 

って言うかみんな意外とSっ気あるのね。

 

そんなこんなで本日の夕食は終了。

 

またもや一旦解散して椎名を除く5人は図書館へ、俺と椎名はサクラを迎えに行くことに。

 

 

「ほ、本当にサクラと会って大丈夫なのか?」

 

「大丈夫大丈夫、あの件に関してはもう許してるって言ってたから」

 

 

そう、椎名とサクラを仲直りさせる為だ。

 

 

「って言うか時々椎名のところにも顔だしてるんでしょ?」

 

「ああ……でも追いかけるとすぐに逃げられてしまってな」

 

「サクラが言ってたよ。『獲物を狩る目で追いかけてくるから怖い』って」

 

「わ、私はそんなつもりは……」

 

「大丈夫、そんなつもりじゃなくてただ触れ合いたいだけだってわかってるから」

 

 

椎名の頭を撫でる。

 

 

「だからさ、誤解を解きに行こ?」

 

「う、うん!」

 

 

柄にもない返事をする椎名。

 

若干赤くなった頬と相まって可愛さは抜群だ。

 

動物の可愛さトークで盛り上がっていると、すぐに寮の前に着いた。

 

 

「んじゃ、ちょっと待ってて。すぐに戻ってくるから」

 

「なんだ」

 

「ん?」

 

「窓から出入りしないのか」

 

「普段はやんないよ……」

 

 

あの時は「見つかったらやばい」っていうことでやってたからね。

 

普通の時は普通に出入りしますよ。

 

そんなこんなで再び戻って来ました俺の部屋。

 

 

「にゃ〜」

 

「お待たせ。さ、行こっか」

 

 

しゃがみながら手を広げると、そこを目掛けてジャンプしてくる。

 

 

「みんなのところに行く前にちょっと椎名と会って欲しいんだ」

 

「にゃっ……」

 

 

気まずそうに目を逸らす。

 

 

「大丈夫、今回は俺も一緒だから暴走しそうになったら止めるよ」

 

「にゃ〜……」

 

 

それなら、と渋々ではあるが了承してくれた。

 

 

「ありがと」

 

 

若干不安そうなサクラとは裏腹に俺は内心嬉しかった。

 

前々から気がかりだった2人の問題が解決されるかもしれないからだ。

 

お互いが仲良くなるかは当事者同士の判断ではあるが、まずはきっかけの場を設けれるだけでも相当嬉しい。

 

椎名はサクラと仲良くしたがっているし、サクラも椎名のことを嫌っている訳ではない。

 

むしろ感謝をしているとすら言っていた。

 

ならばお互いの誤解をなくせばいい関係になるのではないか。

 

そんなことを考えながら寮の外へ出ると、椎名が目を輝かせながら待っていた。

 

 

「にゃっ……」

 

「ああ、違うってサクラ。あれ獲物を狩る目じゃなくて可愛いものと触れ合いたい時の目」

 

 

とりあえず抱きかかえたサクラを地面に下ろして様子を見ますか。

 

 

「サクラ……」

 

 

椎名が両手をわしゃわしゃさせて目をギラギラさせながらジリジリ近づいていく。

 

確かに獲物を狩るように見えなくもない。

 

 

「椎名ストップ」

 

「む、なんだ」

 

「サクラが怯えてる」

 

「なぜだ!?」

 

「その近づき方じゃない?もっとこう……普通にさ」

 

「普通とは……?」

 

「とりあえず手のわしゃわしゃ止めなよ」

 

「ああ……すまない。無意識だった」

 

 

手を下ろしたところで再び近づいてくる。

 

 

「椎名ストップ」

 

「むっ、なんだ」

 

「目のギラつき抑えて」

 

「それはどうやって……」

 

「もっとこう……笑顔に笑顔に。目を見開かないように」

 

「こ、こうか?」

 

「そうそういい感じ」

 

 

そして再び近づいてくる。

 

 

「椎名ストップ」

 

「むむっ、なんだ」

 

「ジリジリじゃなくて普通に近づきなよ」

 

「ああそうか……。というか、他に直すところはあるか?」

 

「いや、今のところは大丈夫」

 

「よし」

 

 

ようやく獲物を狩らないようになった椎名はサクラの元に近づき始めた。

 

そして、サクラとの距離が1メートルくらいになったところで椎名が足を止めた。

 

 

「サクラ……本当に済まなかった」

 

 

90度の綺麗な謝罪。

 

 

「にゃ……」

 

 

サクラはちょっと困惑している。

 

そりゃそうか、自分的にはもう水に流したことを改めて深々と謝られたんだから。

 

 

「にゃ〜」

 

「椎名、頭を上げてだって」

 

「?」

 

「にゃっ」

 

「あの時の件は本当にもう大丈夫だってさ」

 

「ほ、本当なのか?」

 

「本当本当。サクラの目を見てみなって」

 

 

まっすぐと椎名のことを見つめている。

 

それを見て少しは信じたようだ。

 

 

「やはり私の近づき方か?」

 

「にゃ」

 

「その通りだってさ。確かにあれは怖いよ」

 

「そうか……だとすると、私はもうサクラに触れるのか!?」

 

「にゃ〜」

 

「普通に来てくれれば問題ないって」

 

 

その言葉を聞いて椎名は恐る恐るサクラの背中に手を乗せた。

 

その瞬間、椎名としては珍しい満面の笑みになった。

 

 

「サクラ〜!」

 

「ぎにゃっ!」

 

 

サクラを思いっきり抱き上げた。

 

 

「ん〜!サクラ〜!」

 

「にゃっ!にゃっ!にゃっ!」

 

「し、椎名!強く抱きしめすぎ!苦しんでる苦しんでる!」

 

「あ、ああ、済まない」

 

「にゃ……」

 

 

力が緩められてホッとするサクラ。

 

やっぱりいくら女の子とはいえ思いっきり抱きしめられたら苦しいんだね。

 

まあ椎名の場合はそんじょそこらの女の子より遥かに強いと思うが。

 

 

「と言うより篠宮」

 

「ん?」

 

「お前はなぜさっきからサクラの言うことがわかるのだ?」

 

「まあ、俺動物の言葉わかるし」

 

「へぇ……ん?」

 

 

椎名が怪訝な顔をする。

 

 

「なんだその羨まし能力……ずるいぞ!」

 

「ずるいって言われても……」

 

「私もわかるようになりたい!」

 

 

キラッキラした目を向けてくる。

 

 

「どうすれば良い?どうすればわかるようになる?」

 

「どうすれば……う〜ん……とにかく動物と触れ合うことかな?」

 

「篠宮はそうやってわかるようになったのか?」

 

「多分」

 

「多分とは?」

 

「気付いたらわかるようになっててさ。正直どうやれば良いとかわかんないんだよね」

 

「そうか……」

 

 

結構がっかりしている。

 

その証拠にサクラを地面に下ろした。もとい、落とした。

 

そしてちゃんと着地した。

 

さすが猫。

 

 

「その……ふ、触れ合っていればいつかわかるようになるよ!」

 

「そうか……」

 

 

同じセリフではあるが、明らかにニュアンスが違う。

 

 

「にゃっ……」

 

 

何かを感じ取ったのか、ジリッとサクラが一歩下がった。

 

 

「それじゃあ今日からサクラとたくさん触れ合うぞ!」

 

 

猫ですら反応できない速度でサクラを再び抱き上げた。

 

 

「ん〜♪」

 

「にゃ……」

 

 

サクラも「ま、いっか……」的な感じで諦めたようだ。

 

 

「今晩は一緒に寝ような!」

 

「頑張れサクラ……」

 

「にゃあ……」

 

 

そんなこんなでサクラと椎名の和解(?)が成立した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちが再び落ち合ったのは午後9時の校長室。

 

プロジェクターがあるのでここで見ようと言うことになった。

 

 

「サクラ、怖いのとか大丈夫?」

 

「にゃ〜?」

 

「まあ、そっか」

 

「にゃ〜」

 

「呑気だねぇ……後悔するかもよ?」

 

 

雅美を除く5人が不思議そうな目で俺を見て

くる。

 

 

「もしかして、太一くんサクラちゃんと話せたり……?」

 

「はい、話せます」

 

「「「「「「うわぁぁぁぁ!?」」」」」」

 

「こんばんは」

 

 

またもや遊佐が現れた。

 

 

「何やら面白いことをやるようでしたのでお邪魔させていただきます」

 

 

断じて面白くない。

 

って言うかそういうのに敏感になっているときにいきなり現れるのはやめてほしい。

 

 

「今のびっくりで太一くんがサクラちゃんと話せるって言う話題飛んじゃったじゃない……」

 

「それならば補足いたします。篠宮さんはサクラさんに限らず動物たちと会話をすることが可能です」

 

「学校の帰り道とかでよく猫とかと戯れてたからなぁ」

 

「へぇ、ちなみに今サクラちゃんはなんて言ってたのかしら?」

 

「怖いのは見たことないから大丈夫かどうかわからない、どう転がるか楽しみだってさ」

 

「にゃ〜!」

 

「その通り!だって」

 

 

雅美と椎名を除いた4人が目を見開いた後、少し呆れ顔になる。

 

わかってるから、動物と会話できるのがおかしいって言うのはわかってるから。

 

 

「ま、太一だしな」

 

 

どうせその一言で片付けられるだろうとも思っていましたよ。

 

 

「ま、いいわ。いつものことよ。いちいち驚いてるとこっちまで疲れるわ」

 

「一つ新しい顔を知れたのは良かったけどな」

 

「お、ひさ子先輩いいこと言いますね!」

 

「だろ〜?」

 

「たまにはですけど!」

 

 

ゴツっと鈍い音が響いた。

 

 

「いっつ〜っ……!」

 

「お前は一言いつも多いんだよ!」

 

「にゃ〜……」

 

「だよね」

 

「んにゃ?」

 

「俺はまだないなぁ」

 

「おい太一、1人で会話楽しむなよ」

 

「あ、ごめんごめん。えーっと、しおりが殴られて痛そう、俺はひさ子に殴られたことはあるか、だって」

 

「いやいや、私は関根以外は殴んねぇよ」

 

「何で私だけなんですか!」

 

「お前が生意気なことばっかり言うからだろ!」

 

「にゃ〜……」

 

「まあいつもあんな感じだよ」

 

「はーいストップ!映画見るのが遅くなっちゃうわよ!」

 

「にゃ?」

 

「あれもあんな感じ」

 

 

目の前で繰り広げられる彼女たちの日常を一つずつサクラに説明する。

 

思い返せばあんまりみんなでいるところに来たことなかったな。

 

 

「おっといけねぇ。関根、寝る前にたっぷりやるからな」

 

「歯磨きみたいに言わないでください!」

 

 

強く生きろ、しおり。

 

 

「さて、今日見るのはこれよ!」

 

 

ババーンという効果音が乗りそうな感で出したDVDのタイトルは「戦慄!夜の学校50選」。

 

 

「……なんでこんなチョイスを……」

 

 

俺は絶望の淵に立った。

 

 

「だって太一、作り込まれたホラー映画より日常に潜む系の方が苦手だろ?」

 

「なんで苦手なものを選ぶの…………」

 

「そっちの方が面白いだろ?」

 

 

爽やかな笑顔を向けてくる雅美。

 

 

「あぁ……もうやだ……」

 

「項垂れてるわね」

 

「項垂れてますねぇ」

 

「あさはかなり」

 

 

俺は普通にみんなと寝れればそれでいいのに……。

 

 

「項垂れてても進まないわ。早速見ましょ」

 

「ほら太一先輩!一番見やすい真ん中にどうぞ!」

 

「わ、わかったから引っ張んないで!」

 

 

しおりに案内されるがままに特等席へと座る。

 

 

「さ、サクラ……せめて膝の上に……」

 

「ダメ」

 

「し、椎名!?」

 

 

椎名に一蹴されてしまった。

 

 

「ほら、代わりに私が隣にいてやるから」

 

「ま、雅美ぃ〜!」

 

「そうすりゃ、怖がってる顔も近くで見れるしな」

 

「雅美!?」

 

 

大分ショックだよその発言。

 

 

「はーい、もういい?それじゃ、スタート!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜12時、いつも練習している部屋。

 

布団を7枚並べて全員が横になっている。

 

新しい住処探しでみんな疲れたのか、俺とみゆき以外の5人プラスサクラからは寝息が聞こえてくる。

 

俺はと言うと。

 

 

「んん……あぁ……」

 

 

先ほどの恐怖映像が頭から離れず、寝ることができずにいた。

 

 

「みんな寝ちゃいましたね……」

 

「そうだね」

 

「……怖かったですね……」

 

「…………そうだね」

 

 

みゆきもまた然りだった。

 

 

「み、みゆき、こっちの布団に来ない?その……一緒なら独りより心細くないし」

 

「そ、そうですね!それじゃあお邪魔します」

 

 

みゆきが俺の布団に入ってくる。

 

 

「せ、先輩……怖かったです……」

 

 

暗くてよくわからないが、おそらく涙目であろうみゆきが俺に抱きついてきた。

 

それに対し、俺はギュッとみゆきを抱きしめた。

 

 

「い、一緒なら怖くないでしょ?」

 

「はい……先輩は怖くないんですか?」

 

 

後輩の女の子、それも彼女に抱きつかれながら言われると少し見栄を張りたくなると言うのが男というものだ。

 

 

「うん、みゆきも一緒だし、怖くな……」

 

 

ガタン!と何かの物音がする。

 

 

「うわぁ!?」

 

「ひっ……!」

 

 

見事にビビってしまった。

 

それはもう物の見事に。

 

 

「…………こんな生活いやだー!」

 

「せ、先輩!?」

 

「みゆき!今から天使の部屋にいこう!直談判!」

 

「先輩!落ち着いてください!もう12時ですよ!?」

 

「高校生ならまだ起きてるって!」

 

「起きてるとかじゃなくて迷惑ですよ!この時間に行っても逆効果だと思いますよ!?」

 

「……それもそうだね」

 

 

みゆきから宥められて今のところは踏みとどまった。

 

でも明日の朝一にでも直談判しようという意思は固まった。

 

 

「先輩……私たちどうなっちゃうんですかね」

 

「大丈夫、俺がなんとかするよ。みゆきは安心してて」

 

「て、天使と闘うってことですか?」

 

「いやいや!暴力じゃ解決しないよ!俺暴力とか苦手だし……」

 

「ですよね!ごめんなさい、変なこと言って」

 

「ううん、気にしなくて良いよ」

 

 

みゆきの頭をぽんぽんする。

 

 

「あうぅ……」

 

 

すると、顔を真っ赤にしながら更に抱きついて来た。

 

やっぱり可愛いなぁ。

 

 

「先輩ほんとうに優しいですね……やっぱり大好きです」

 

 

改めて言われると照れるなぁ。

 

 

「俺もみゆきのこと大好きだよ」

 

「私は?」

 

「うあ!?ま、雅美?起きてたの?」

 

「そりゃあんだけ騒がれれば目も覚めるぞ?」

 

「あ、ごめん……」

 

「いいってことよ。こうなるだろうってことは大方予想ついてたしな」

 

 

なぜかドヤ顔を向けてくる。

 

 

「昔っから怖いの見た夜はちょっとした物音でビクッとなるんだよな」

 

 

ドヤ顔から一転、ケタケタと笑ってくる。

 

 

「もう岩沢先輩……私たちからしたら死活問題なんですよ!」

 

「っていうかなんでみんなそんなに怖くないのさ?」

 

「だってあんなの作り物だし、幽霊なんて現実にいるわけないじゃん」

 

「死んでる人がそれ言う?」

 

「逆に死んだ奴が集まる世界なら幽霊なんて存在しないだろ。死んだ奴が更に死ぬか?」

 

「確かに…………」

 

 

ちょっと納得してしまった。

 

 

「じゃあこの世界に幽霊はいないってことだね」

 

「ちょっと安心しました〜。これでゆっくり眠れそうです!」

 

「そりゃよかった。ゆっくり休めよ」

 

「うん、ありがとね。それじゃおやすみ」

 

「おやすみ……っとその前に」

 

「なに?」

 

「太一、私のことは?」

 

「なにが?」

 

「その……入江に大好きだって言ってたけど……」

 

「ああ、もちろん雅美のことも大好きだよ」

 

「よしっ!おやすみ!」

 

 

とても勢いよく布団に潜った。

 

 

「私たちも寝ますか」

 

「うん、みゆきも今日は疲れたでしょ?ゆっくり休んでね」

 

「はい!それじゃあ、おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 

俺とみゆきは布団に潜った。

 

さて、明日は天使に直談判だ。

 

俺もゆっくり休んで明日に備えよう。


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