岩沢雅美の幼馴染   作:南春樹

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第二話「配属」

「ま、雅美なのか!?」

 

 

「本当に太一か!?」

 

 

校長室に、俺と雅美の声が響いた。

 

いや、響いたというより、ほとんど叫び声だったと思う。

 

仕方ないだろう。

 

だって、目の前にいる。

 

もう二度と会えないと思っていた雅美が、今、目の前にいるのだ。

 

 

「日向、この二人ってどういう関係なんだ?」

 

 

「俺に聞くなよ!」

 

 

音無、そりゃあ日向に聞いても分からないと思うぞ。

 

むしろ、俺だって今の状況がよく分かっていない。

 

死後の世界に来たと思ったら、戦線に入ることになって、校長室でハルバード男を投げ飛ばして、その直後に雅美と再会した。

 

うん。

 

自分で整理しても意味が分からない。

 

 

「ちょっと二人共落ち着いて。こっちも状況がわからないわ」

 

 

「あ、ごめん……」

 

 

「……そうだな、まずは落ち着くか……」

 

 

ゆり、ナイス助言。

 

今の俺たちは、多分まともに会話できる状態じゃない。

 

 

「とりあえず二人共ソファーに座りなさい。そんでもってお茶でも飲んで頭を整理しなさい」

 

 

「ああ、ありがとう……」

 

 

「サンキュ、ゆり」

 

 

俺と雅美は、言われるまま向かい合うようにソファーへ座った。

 

改めて目の前に雅美がいるのを見ると、胸の奥が変な感じになる。

 

嬉しい。

 

信じられない。

 

泣きそう。

 

色々な感情が一気に押し寄せてきて、正直何から言えばいいのか分からなかった。

 

しばらくすると、金髪のツインテールの女の子がお茶を運んできた。

 

表情はあまり変わらない。

 

いや、ほぼ無表情だ。

 

 

「ゆりっぺさん、お茶を持ってきました」

 

 

「あら、ありがとう」

 

 

「あの……そちらは?」

 

 

「ああ、この人は遊佐さん。この戦線のオペレーターよ」

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

遊佐さんは、ぺこりと頭を下げた。

 

俺も思わずつられて会釈する。

 

なんだろう。

 

死後の世界って聞いていたのに、こうしてお茶を出されると、妙に普通の部室みたいに思えてくる。

 

 

「さ、落ち着いた?」

 

 

「まあ……さっきよりは」

 

 

「落ち着いたよ」

 

 

正直、完全に落ち着いたとは言えない。

 

でも、少なくとも叫び続けるような状態ではなくなった。

 

 

「それじゃあ改めて二人の関係について教えてもらえるかしら?」

 

 

ゆりにそう言われて、俺は少しだけ息を整えた。

 

何から話すべきか迷ったけど、隠しても仕方がない。

 

この力のこと。

 

雅美との関係。

 

周りからどう扱われていたか。

 

そして、俺がどうやって死んだのか。

 

話し始めると、思っていたより言葉が出てきた。

 

途中から、雅美も我慢できなくなったのか話に入ってきた。

 

俺が曖昧にしようとした部分を、雅美が補足する。

 

俺が軽く済ませようとしたところで、雅美が少し怒る。

 

それが妙に懐かしくて、少しだけ胸が痛くなった。

 

三十分くらい経っただろうか。

 

俺と雅美の話は、ようやく終わった。

 

 

「つまりあなたたちは幼馴染で、岩沢さんが先に死んで、それを追うように篠宮くんも死んだと」

 

 

「まあ、大体そんなところかな」

 

 

「それにしても、雷に左右された人生だったのね……」

 

 

「そりゃあ神を恨むわな」

 

 

ゆりと日向が、同情の眼差しを向けてくる。

 

そういう目を向けられるのは、正直少し苦手だ。

 

でも、不思議と嫌ではなかった。

 

そこにあるのが哀れみだけじゃなくて、ちゃんと俺の話を聞いた上での感情だと分かったからだ。

 

 

「なんで周りの奴らは太一を避けたんだろうな。こんなに良いやつなのに」

 

 

日向の言葉に、俺は思わず苦笑した。

 

 

「ははっ……仕方ないよ……だってこんな力があれば誰だって怖がるさ……」

 

 

そう言うしかなかった。

 

実際、そうだった。

 

俺の力を見た人は、みんな距離を取った。

 

近づいてきてくれる人なんて、ほとんどいなかった。

 

雅美以外は。

 

 

「そんなことない!太一に怖いところなんてあるもんか!」

 

 

雅美の声が、校長室に響いた。

 

思わず目を見開く。

 

雅美があんなに大きな声を出すなんて、少なくとも俺はほとんど見たことがない。

 

雅美は悔しそうに拳を握りしめていた。

 

 

「雅美……」

 

 

「太一は一度も誰かに暴力を振るったことなんてないんだっ……! それなのに……それなのに……!」

 

 

その声には、怒りと悔しさが混じっていた。

 

俺のことなのに、俺よりもずっと本気で怒ってくれている。

 

昔からそうだった。

 

俺が諦めようとすると、雅美が怒る。

 

俺が自分を悪く言うと、雅美が否定する。

 

そのたびに、俺は何度も救われてきた。

 

 

「岩沢さん、大丈夫よ。ここのみんなは誰も篠宮くんを怖がってなんかないわ」

 

 

「ったりめーだろ。仲間を怖がるやつがあるもんかっつーの」

 

 

少し照れ臭そうに、藤巻がそう言った。

 

言い方は雑だけど、その言葉はかなり真っ直ぐだった。

 

 

「そうだよ!篠宮くんは悪い人には見えないよ!」

 

 

「うむ。話を聞く限り、悪人ではないな」

 

 

「あさはかなり」

 

 

椎名さんの「あさはかなり」は、肯定ということでいいんだろうか。

 

多分、いいんだと思う。

 

分かりにくいけど、悪い意味ではなさそうだ。

 

 

「みんな……」

 

 

駄目だ。

 

少し泣きそうになった。

 

生前、どれだけ望んでも手に入らなかったものが、ここにはある。

 

俺の力を見ても怖がらない人たち。

 

俺の話を聞いて、距離を取るどころか、仲間だと言ってくれる人たち。

 

そんなものを目の前に出されたら、耐えられるわけがなかった。

 

 

「ね? 大丈夫でしょ? 岩沢さん」

 

 

「……ごめん……少し熱くなった……」

 

 

「いいわよ。あたしだって岩沢さんの立場ならそうなるもの」

 

 

「ありがとう……」

 

 

あ、もう駄目だ。

 

泣くわ。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

 

「いや……仲間ってこんなに良いものなんだなって……」

 

 

声が震えた。

 

自分でも情けないと思う。

 

でも、止まらなかった。

 

 

「太一、もう大丈夫だ。太一は一人なんかじゃない」

 

 

そう言って、雅美が俺を優しく抱きしめた。

 

その瞬間、我慢していたものが一気に崩れた。

 

 

「うっく……ひっく……ゲホっ……! ゲホっ……!」

 

 

「よしよし、辛かったな」

 

 

普通なら、立場が逆なのかもしれない。

 

でも、今はそんなことを気にしていられなかった。

 

雅美の腕の中にいる。

 

周りには、俺を怖がらない人たちがいる。

 

嬉しさと安堵が、胸の奥を満たしていく。

 

十分後。

 

俺はようやく泣き止んだ。

 

 

「もう大丈夫か?」

 

 

「ごめん……ありがとう、雅美」

 

 

「いい。太一が少しでも楽になったなら、それでいい」

 

 

雅美の声は、いつもより少し優しかった。

 

その優しさがまた胸に来て、危うく二回戦に突入しそうになる。

 

でも、そこにゆりが手を叩いて割って入った。

 

 

「はーい、これにて暗い雰囲気はおしまい! ここからは明るく行くわよー!」

 

 

ゆりが場を明るくしようと声を張る。

 

それに合わせるように、周りのみんなも掛け声を上げた。

 

俺はまた泣きそうになったけど、ここで泣いたらゆりの頑張りが無駄になる気がして、なんとか堪えた。

 

本当に、変な人たちだ。

 

でも、悪くない。

 

いや。

 

かなり、良い。

 

 

「さあて、篠宮くんはどこに配属させようかしら」

 

 

「配属?」

 

 

聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 

入隊したばかりなのに、もう配属の話になるらしい。

 

 

「戦線には色々な役割をしている人がいるの。例えばオペレーターの遊佐さん、第一線で天使と戦う日向くんたち、武器などを製造するギルドメンバー、陽動部隊の岩沢さんたち、他にも様々な役割があるわ」

 

 

「へぇ〜……」

 

 

驚いた。

 

そんなにたくさんメンバーがいるのか。

 

校長室にいる人たちだけでもかなり濃いのに、まだ他にもいるらしい。

 

この戦線、思っていたよりずっと大きい。

 

 

「わたし的には第一線で戦って欲しいのだけど……」

 

 

「まあ確かに篠宮がいたら心強いな」

 

 

日向が頷く。

 

確かに、力だけで考えれば前線向きなのかもしれない。

 

さっき野田くんを投げ飛ばしたばかりだし、説得力はある。

 

 

「基本的に篠宮くんの意見を尊重するわよ」

 

 

「お、俺の意見……」

 

 

そう言われると困る。

 

そもそも、今日この世界に来たばかりだ。

 

戦線のことも、天使のことも、まだほとんど分かっていない。

 

どうしようかと悩んでいると、ちらりと雅美の方が目に入った。

 

雅美は、じっとこちらを見ていた。

 

何も言っていない。

 

けれど、その目は分かりやすかった。

 

陽動部隊に来てほしい。

 

そう言っているように見えた。

 

……いや、見えたというか、多分言っている。

 

雅美は昔から、言葉にしなくても目でかなり語るところがある。

 

 

「陽動部隊で」

 

 

「……そう。楽器はできるの?」

 

 

「太一はこう見えてもめちゃくちゃ歌が上手いんだぞ」

 

 

俺が答えるより先に、雅美が言った。

 

少し得意げだった。

 

いや、なんで雅美が得意げなんだ。

 

 

「あー、ボーカルね」

 

 

「確かに男のボーカルはいなかったけど、それじゃあGirls Dead Monsterじゃなくなるんじゃないか?」

 

 

「ガールズデッドモンスター?」

 

 

音無の発言に、聞き慣れない単語が出てきた。

 

 

「ああ、私が組んでるバンド」

 

 

「へぇ〜、どんなバンドなんだ?」

 

 

「ガールズバンドだよ」

 

 

「いや、そりゃバンド名と話の流れからわかるよ」

 

 

もっともな返しに、日向が笑った。

 

雅美らしいと言えば雅美らしい。

 

説明が雑というか、必要最低限というか。

 

 

「曲はやっぱりオリジナルか? メンバーは何人? ライブの開催頻度は? あとそれと……」

 

 

「ストップ!」

 

 

「?」

 

 

思わず聞きたいことが溢れてしまった。

 

仕方ないだろう。

 

雅美がバンドを組んでいる。

 

それだけで気になることが多すぎる。

 

生前の雅美を知っている俺からすれば、聞きたいことなんていくらでもある。

 

 

「ゆり、百聞は一見にしかずって訳で太一を連れて行ってもいいか?」

 

 

「こちらとしては残念だけど……まぁいいわ」

 

 

ゆりは少しだけ肩をすくめた。

 

前線に欲しかったという気持ちは、本当にあるらしい。

 

でも、俺の希望を尊重するという言葉を曲げるつもりもなさそうだった。

 

 

「よし、そうと決まれば行くぞ」

 

 

「えっ? 行くってどこへ?」

 

 

「練習している教室だよ」

 

 

雅美が俺の手を引っ張る。

 

その手の感触が、懐かしかった。

 

昔と同じように、雅美が前を歩いて、俺が少し遅れてついていく。

 

それだけで、胸の奥が温かくなる。

 

 

「それじゃあまたライブの日程が決まったら教えてくれよな」

 

 

「ええ、分かってるわ」

 

 

ゆりと雅美が、笑顔で言葉を交わす。

 

どうやら、陽動部隊のライブも戦線の作戦に関わっているらしい。

 

ただ音楽をやっているだけではないのだろう。

 

まあ、雅美が音楽をやっているなら、それだけで俺としては十分すぎるくらい嬉しいけど。

 

 

「篠宮もこっちが良いと思ったらいつでも帰ってこいよー!」

 

 

日向が手を振りながら見送ってくれる。

 

 

「ああ、分かったよー!」

 

 

俺も手を振り返した。

 

来たばかりなのに、もう少しだけ居場所ができた気がした。

 

本当に、戦線の人たちは仲間と呼んで良いんだな……。

 

そんなことを思いながら、俺は雅美と一緒に本部を後にした。

 

向かう先は、雅美たちが練習している教室。

 

Girls Dead Monster。

 

雅美がこの世界で鳴らしている音を、俺はこれから聴くことになる。

 

そう思うと、自然と足取りが軽くなった。

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