「よーし、じゃあ歓迎会は岩沢の部屋な」
「オーケー、待ってるよ」
「なに買って行こうかなぁ……」
「しおりん、一緒に購買寄って行こ?」
「もっちろーん!」
「ちょっと待って!」
思わず声が出た。
いや、出るだろう。
今、とんでもないことが当たり前みたいに決まろうとしていた。
「なんだよ」
「なんだよじゃないよ! なんで女子寮でやることが決定事項みたいになってるの!?」
女子寮に入れる。
それだけを聞けば、男子として嬉しくないと言えば嘘になる。
でも、さすがにまずいと思う。
校則とか、倫理とか、そういうものがまとめてこっちを睨んでいる気がする。
「……太一は、私の部屋に来るのが嫌なのか……?」
「い、嫌って訳じゃないけど……」
雅美よ。
そんな目をしないでほしい。
その顔をされると、何も言えなくなってしまうじゃないか。
「だって女子四人が男子寮に行くより、男子一人が女子寮に行った方が見つかるリスクが低いだろ」
ぐぅ……。
ひさ子の正論に何も言えなくなる。
確かに、人数だけで考えればそうだ。
いや、だからといって納得していい話なのかは別問題だけど。
「第一、篠宮先輩って今日来たばっかりだから、自分の部屋がどこか知りませんよね?」
入江のこの一言が、決定打となった。
そうだった。
俺、自分の部屋を知らない。
というか、今日来たばかりで住む場所の説明すら受けていない。
「ほらな? やっぱり女子寮でやるしかねえよ」
「……分かったよ」
負けた。
完全に負けた。
ただ、女子寮に行くとしても問題は残っている。
どうやって潜入するかだ。
普通に正面から入ったら、誰かと鉢合わせた瞬間に終わる。いや、死後の世界だから終わるという表現も変だけど、少なくとも面倒なことになるのは間違いない。
正面から行くのはリスクが高い。
となると、部屋に入る方法はドアか窓。
……窓?
「ちょっといいかな?」
「ん? どうした?」
「雅美の部屋って何階?」
「五階だよ」
五階か。
……よし、行けるな。
「雅美、部屋の窓を開けておいてくれる? ついでに雅美の部屋って分かるような目印もつけておいてほしい」
「? 別にいいけど……?」
「よし、そうと決まったら行こうか」
みんなと別れてから三十分後。
俺は女子寮の外にいた。
改めて見ると、普通に女子寮である。
いや、当たり前なんだけど。
ここに男の俺がいる時点で、かなり場違いだ。
「え〜っと……雅美の部屋は……あれかな」
五階に、窓の開いている部屋があった。
そこには、雅美のハンカチが目印のように揺れている。
……あれだな。
「ここの上か……よし」
地面を軽く蹴る。
体が一気に浮き上がり、五階の窓まで届いた。
あとは窓枠に手をかけて、そのまま部屋の中へ入るだけ。
普通ならありえない。
でも、今の俺にとっては、階段を一段飛ばしで上がるくらいの感覚だった。
「お待たせー」
「うわあああああぁぁぁぁ!?」
「し、篠宮! どこから入ってきた!?」
「えっ、窓からだけど」
「ここ五階だぞ! そんなの出来るわけ……」
ひさ子がツッコミの途中で言葉を止めた。
どうやら察したらしい。
「……そうか、その力を使って跳んだんだな?」
「御名答」
「はわわ〜……まさか本当に出来るなんて……」
入江が心底驚いたように言葉を漏らす。
まあ、普通は驚くよな。
俺も自分のことじゃなかったら、多分驚いている。
「た、太一……心臓に悪いぞ……」
「はははっ! ごめんごめん」
雅美が胸元を押さえながら、少しだけ睨んでくる。
怒っているというより、本当に驚いたらしい。
ちょっと悪いことをした。
「初めて見ましたけど、凄いですね〜!」
関根が目を輝かせながら俺を見てくる。
この子は怖がるより先に面白がるタイプらしい。
ありがたいような、少し怖いような。
「ま、まあこの話はここまでにして……」
「お、そうだそうだ。これは太一の歓迎会だった」
雅美が手を叩いて、空気を切り替える。
そうだった。
今日は俺の歓迎会だった。
窓から五階に入ってきたせいで、完全に何の集まりか分からなくなっていた。
「篠宮、何飲む?」
「なにがあるの?」
「コーラにジンジャーエールにオレンジジュース、あとはワンカップ大関だ」
「なんでお酒があるの!? 未成年だよね!?」
「篠宮先輩、今日は歓迎会ですよ?」
「そっか……なら大丈夫……なわけないよ!」
危ない危ない。
関根の妙な説得力に一瞬流されるところだった。
歓迎会だからといって、未成年の飲酒が許されるわけではない。
死後の世界だから法律がどうこうという話は少しややこしいけど、それでも駄目なものは駄目だと思う。
「それで、どれにするんだよ?」
「じゃあコーラで」
「ちぇっ! つまんねーやつだな」
なんでつまらない扱いなんだろう。
お酒は駄目だと思うんだけどな……。
「それじゃあ、みんな飲み物は持ったか?」
「ああ」
「持ったぞ」
「持ちました〜」
「しおりんに同じく!」
「それじゃあ……かんぱ〜い!」
「「「「かんぱ〜い!!」」」」
コーラを口に含む。
うん。
やっぱり美味しい。
これは生前も死後も変わらないようだ。
「あっ、お菓子食べます?」
「なにがあるの?」
「え〜っと、ポテトチップスと板チョコとポップコーンと飴とマシュマロとお煎餅です」
「じゃあポテチを貰おうかな」
「は〜い」
入江が袋を開けて、俺の方へ差し出してくれる。
丁寧だ。
なんというか、かなり良い子だ。
「入江は良い子だなぁ」
「なにをー! 私だって買ってきたんですからね!」
「じゃあ関根も良い子だね」
「ふっふっふっ〜、分かればよろしい」
「なんでそんな偉そうなの」
「あははっ! 篠宮先輩も言いますね〜!」
序盤は、そんな感じでかなり和やかだった。
飲み物を片手に、買ってきたお菓子を広げて、どうでもいい話で笑う。
死後の世界。
神への反逆。
天使との戦い。
そういう物騒な単語が並ぶ場所にいるはずなのに、今だけは普通の友達同士の集まりみたいだった。
少し前の俺なら、こんな場所に自分がいるなんて想像もできなかったと思う。
けれど。
歓迎会開始から一時間ほど経った頃。
状況は、大きく変わっていた。
「お〜ぅ、太一〜、太一はいい男だな〜」
「雅美……酔ってるの?」
「酔ってるわけね〜だろぉ〜!」
あーあ。
完全に酔っている人の台詞だ。
「太一〜!」
「ちょっ! 雅美、抱き着かれると動けないって!」
酔っ払った雅美が、後ろからぎゅっと抱き着いてきた。
悪い気はしない。
むしろ、悪い気がするわけがない。
けれど、酔いが冷めた時の雅美のことを考えると、このままにしておくのは少し危険な気がする。
力だけで言えば、引き離すのは簡単だ。
でも、雅美相手に乱暴なことはしたくない。
「なんだよぉ〜! 私が嫌だっていうのか〜!?」
「嫌じゃないけど、後で雅美が恥ずかしがるだろ」
「恥ずかしくないぞ〜。太一だし〜」
それはそれで破壊力が高い。
やめてほしい。
いや、やめてほしくない。
でも、やっぱり今はやめてほしい。
「おーおー、お熱いねぇ」
「ひさ子……茶化してないで、何か良い方法ないかな……」
「無理だな」
即答だった。
「こうなったら岩沢先輩は寝るまでまとわり付きますからねぇ」
「以前はひさ子先輩が主なターゲットだったんですけど、今日は篠宮先輩なんですね〜」
入江と関根が、妙に慣れた様子で説明してくれる。
つまり、これは初めてではないらしい。
……仕方ない。
寝るまで待つか。
「ほら雅美、こっち来て」
「なあに〜?」
「ここに頭を乗せて」
「うい〜……」
寝るまでまとわりつくなら、早く寝かせるのが一番だ。
そう判断して、俺は雅美を膝に誘導した。
雅美は素直に頭を乗せる。
髪が膝の上に広がって、少しくすぐったい。
「……昔からそんなことしてたのか?」
「まあ、ちょくちょく」
「その時の詳しいエピソードを聞かせてください!」
「えぇ〜……」
「私も聞きたいです!」
「入江まで……」
「私も聞きたいな〜」
「ひさ子もか……」
「観念するしかないんじゃないかぁ〜?」
ひさ子よ。
なぜそんなにニヤニヤしているんだ。
完全に面白がっているよね。
「……分かったよ、話すよ……」
「よっ! 待ってました!」
「さあ先輩! 早く! 早く!」
確か初めては、中一だったっけなぁ……。
それは、中学一年の頃の話だった。
その日、雅美は少し体調を崩していた。
熱があるほどではなかったけれど、いつもより口数が少なくて、歩く速度も少し遅い。
本人は大丈夫だと言い張っていた。
でも、全然大丈夫そうには見えなかった。
俺は雅美を無理やり休ませた。
当然、雅美は少し不満そうだった。
けれど、座らせてみると本当にきつかったのか、すぐに大人しくなった。
その時、ちょうど良い枕がなかった。
だから、俺は自分の膝を貸した。
最初は雅美も少しだけ照れていたと思う。
でも、しばらくすると安心したみたいに目を閉じて、そのまま眠ってしまった。
それから、雅美が疲れている時や眠そうな時に、何度か同じことをした。
俺としては、雅美が少しでも楽になるならそれでよかった。
雅美も、嫌がってはいなかったと思う。
……多分。
いや、今こうして酔った状態でも膝に乗ってくるくらいだから、多分嫌ではなかったんだろう。
「……とまあ、こんな話だね」
「へぇ〜……」
「当時から熱々なんですねぇ……」
「当時からって……」
「だって今も熱々じゃないですか」
そ、そうかな?
周りからはそう見られているのかな?
だとしたら。
……ちょっと嬉しい。
「そういえば岩沢、完全に寝たな」
ひさ子の言葉で、膝の上を見る。
雅美は静かな寝息を立てていた。
さっきまであれだけ俺に絡んでいたのに、今は本当に穏やかな顔をしている。
この顔を見ていると、少しだけ胸が温かくなる。
「しょうがない。ベッドに運ぶか……」
俺は雅美をゆっくり抱き上げた。
いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
雅美は軽い。
力を入れなくても、簡単に持ち上がる。
でも、起こさないようにだけは気をつけた。
「本当に軽々持ち上げるんだな……」
「はは、こういう時には便利だよ」
関根と入江が「きゃー! お姫様抱っこ!」と騒いでいたが、気にしないことにした。
気にしたら負けだ。
雅美をベッドに寝かせ、布団をかける。
寝顔を見ていると、少しだけ頬が緩んだ。
再会して、まだ一日も経っていない。
それなのに、こうして雅美の部屋で歓迎会をして、酔った雅美を寝かせている。
本当に、死後の世界というのはよく分からない。
でも。
悪くない。
少なくとも今は、そう思えた。
雅美は寝てしまったが、歓迎会はまだまだ続く。