岩沢雅美の幼馴染   作:南春樹

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第四話「歓迎会in女子寮」

「よーし、じゃあ歓迎会は岩沢の部屋な」

 

「オーケー、待ってるよ」

 

「なに買って行こうかなぁ……」

 

「しおりん、一緒に購買寄って行こ?」

 

「もっちろーん!」

 

 

「ちょっと待って!」

 

 

思わず声が出た。

 

いや、出るだろう。

 

今、とんでもないことが当たり前みたいに決まろうとしていた。

 

 

「なんだよ」

 

「なんだよじゃないよ! なんで女子寮でやることが決定事項みたいになってるの!?」

 

 

女子寮に入れる。

 

それだけを聞けば、男子として嬉しくないと言えば嘘になる。

 

でも、さすがにまずいと思う。

 

校則とか、倫理とか、そういうものがまとめてこっちを睨んでいる気がする。

 

 

「……太一は、私の部屋に来るのが嫌なのか……?」

 

 

「い、嫌って訳じゃないけど……」

 

 

雅美よ。

 

そんな目をしないでほしい。

 

その顔をされると、何も言えなくなってしまうじゃないか。

 

 

「だって女子四人が男子寮に行くより、男子一人が女子寮に行った方が見つかるリスクが低いだろ」

 

 

ぐぅ……。

 

ひさ子の正論に何も言えなくなる。

 

確かに、人数だけで考えればそうだ。

 

いや、だからといって納得していい話なのかは別問題だけど。

 

 

「第一、篠宮先輩って今日来たばっかりだから、自分の部屋がどこか知りませんよね?」

 

 

入江のこの一言が、決定打となった。

 

そうだった。

 

俺、自分の部屋を知らない。

 

というか、今日来たばかりで住む場所の説明すら受けていない。

 

 

「ほらな? やっぱり女子寮でやるしかねえよ」

 

「……分かったよ」

 

 

負けた。

 

完全に負けた。

 

ただ、女子寮に行くとしても問題は残っている。

 

どうやって潜入するかだ。

 

普通に正面から入ったら、誰かと鉢合わせた瞬間に終わる。いや、死後の世界だから終わるという表現も変だけど、少なくとも面倒なことになるのは間違いない。

 

正面から行くのはリスクが高い。

 

となると、部屋に入る方法はドアか窓。

 

……窓?

 

 

「ちょっといいかな?」

 

「ん? どうした?」

 

「雅美の部屋って何階?」

 

「五階だよ」

 

 

五階か。

 

……よし、行けるな。

 

 

「雅美、部屋の窓を開けておいてくれる? ついでに雅美の部屋って分かるような目印もつけておいてほしい」

 

「? 別にいいけど……?」

 

「よし、そうと決まったら行こうか」

 

 

みんなと別れてから三十分後。

 

俺は女子寮の外にいた。

 

改めて見ると、普通に女子寮である。

 

いや、当たり前なんだけど。

 

ここに男の俺がいる時点で、かなり場違いだ。

 

 

「え〜っと……雅美の部屋は……あれかな」

 

 

五階に、窓の開いている部屋があった。

 

そこには、雅美のハンカチが目印のように揺れている。

 

……あれだな。

 

 

「ここの上か……よし」

 

 

地面を軽く蹴る。

 

体が一気に浮き上がり、五階の窓まで届いた。

 

あとは窓枠に手をかけて、そのまま部屋の中へ入るだけ。

 

普通ならありえない。

 

でも、今の俺にとっては、階段を一段飛ばしで上がるくらいの感覚だった。

 

 

「お待たせー」

 

 

「うわあああああぁぁぁぁ!?」

 

「し、篠宮! どこから入ってきた!?」

 

「えっ、窓からだけど」

 

「ここ五階だぞ! そんなの出来るわけ……」

 

 

ひさ子がツッコミの途中で言葉を止めた。

 

どうやら察したらしい。

 

 

「……そうか、その力を使って跳んだんだな?」

 

「御名答」

 

「はわわ〜……まさか本当に出来るなんて……」

 

 

入江が心底驚いたように言葉を漏らす。

 

まあ、普通は驚くよな。

 

俺も自分のことじゃなかったら、多分驚いている。

 

 

「た、太一……心臓に悪いぞ……」

 

「はははっ! ごめんごめん」

 

 

雅美が胸元を押さえながら、少しだけ睨んでくる。

 

怒っているというより、本当に驚いたらしい。

 

ちょっと悪いことをした。

 

 

「初めて見ましたけど、凄いですね〜!」

 

 

関根が目を輝かせながら俺を見てくる。

 

この子は怖がるより先に面白がるタイプらしい。

 

ありがたいような、少し怖いような。

 

 

「ま、まあこの話はここまでにして……」

 

「お、そうだそうだ。これは太一の歓迎会だった」

 

 

雅美が手を叩いて、空気を切り替える。

 

そうだった。

 

今日は俺の歓迎会だった。

 

窓から五階に入ってきたせいで、完全に何の集まりか分からなくなっていた。

 

 

「篠宮、何飲む?」

 

「なにがあるの?」

 

「コーラにジンジャーエールにオレンジジュース、あとはワンカップ大関だ」

 

「なんでお酒があるの!? 未成年だよね!?」

 

「篠宮先輩、今日は歓迎会ですよ?」

 

「そっか……なら大丈夫……なわけないよ!」

 

 

危ない危ない。

 

関根の妙な説得力に一瞬流されるところだった。

 

歓迎会だからといって、未成年の飲酒が許されるわけではない。

 

死後の世界だから法律がどうこうという話は少しややこしいけど、それでも駄目なものは駄目だと思う。

 

 

「それで、どれにするんだよ?」

 

「じゃあコーラで」

 

「ちぇっ! つまんねーやつだな」

 

 

なんでつまらない扱いなんだろう。

 

お酒は駄目だと思うんだけどな……。

 

 

「それじゃあ、みんな飲み物は持ったか?」

 

「ああ」

 

「持ったぞ」

 

「持ちました〜」

 

「しおりんに同じく!」

 

「それじゃあ……かんぱ〜い!」

 

「「「「かんぱ〜い!!」」」」

 

 

コーラを口に含む。

 

うん。

 

やっぱり美味しい。

 

これは生前も死後も変わらないようだ。

 

 

「あっ、お菓子食べます?」

 

「なにがあるの?」

 

「え〜っと、ポテトチップスと板チョコとポップコーンと飴とマシュマロとお煎餅です」

 

「じゃあポテチを貰おうかな」

 

「は〜い」

 

 

入江が袋を開けて、俺の方へ差し出してくれる。

 

丁寧だ。

 

なんというか、かなり良い子だ。

 

 

「入江は良い子だなぁ」

 

「なにをー! 私だって買ってきたんですからね!」

 

「じゃあ関根も良い子だね」

 

「ふっふっふっ〜、分かればよろしい」

 

「なんでそんな偉そうなの」

 

「あははっ! 篠宮先輩も言いますね〜!」

 

 

序盤は、そんな感じでかなり和やかだった。

 

飲み物を片手に、買ってきたお菓子を広げて、どうでもいい話で笑う。

 

死後の世界。

 

神への反逆。

 

天使との戦い。

 

そういう物騒な単語が並ぶ場所にいるはずなのに、今だけは普通の友達同士の集まりみたいだった。

 

少し前の俺なら、こんな場所に自分がいるなんて想像もできなかったと思う。

 

けれど。

 

歓迎会開始から一時間ほど経った頃。

 

状況は、大きく変わっていた。

 

 

「お〜ぅ、太一〜、太一はいい男だな〜」

 

「雅美……酔ってるの?」

 

「酔ってるわけね〜だろぉ〜!」

 

 

あーあ。

 

完全に酔っている人の台詞だ。

 

 

「太一〜!」

 

「ちょっ! 雅美、抱き着かれると動けないって!」

 

 

酔っ払った雅美が、後ろからぎゅっと抱き着いてきた。

 

悪い気はしない。

 

むしろ、悪い気がするわけがない。

 

けれど、酔いが冷めた時の雅美のことを考えると、このままにしておくのは少し危険な気がする。

 

力だけで言えば、引き離すのは簡単だ。

 

でも、雅美相手に乱暴なことはしたくない。

 

 

「なんだよぉ〜! 私が嫌だっていうのか〜!?」

 

「嫌じゃないけど、後で雅美が恥ずかしがるだろ」

 

「恥ずかしくないぞ〜。太一だし〜」

 

 

それはそれで破壊力が高い。

 

やめてほしい。

 

いや、やめてほしくない。

 

でも、やっぱり今はやめてほしい。

 

 

「おーおー、お熱いねぇ」

 

「ひさ子……茶化してないで、何か良い方法ないかな……」

 

「無理だな」

 

 

即答だった。

 

 

「こうなったら岩沢先輩は寝るまでまとわり付きますからねぇ」

 

「以前はひさ子先輩が主なターゲットだったんですけど、今日は篠宮先輩なんですね〜」

 

 

入江と関根が、妙に慣れた様子で説明してくれる。

 

つまり、これは初めてではないらしい。

 

……仕方ない。

 

寝るまで待つか。

 

 

「ほら雅美、こっち来て」

 

「なあに〜?」

 

「ここに頭を乗せて」

 

「うい〜……」

 

 

寝るまでまとわりつくなら、早く寝かせるのが一番だ。

 

そう判断して、俺は雅美を膝に誘導した。

 

雅美は素直に頭を乗せる。

 

髪が膝の上に広がって、少しくすぐったい。

 

 

「……昔からそんなことしてたのか?」

 

「まあ、ちょくちょく」

 

「その時の詳しいエピソードを聞かせてください!」

 

「えぇ〜……」

 

「私も聞きたいです!」

 

「入江まで……」

 

「私も聞きたいな〜」

 

「ひさ子もか……」

 

「観念するしかないんじゃないかぁ〜?」

 

 

ひさ子よ。

 

なぜそんなにニヤニヤしているんだ。

 

完全に面白がっているよね。

 

 

「……分かったよ、話すよ……」

 

「よっ! 待ってました!」

 

「さあ先輩! 早く! 早く!」

 

 

確か初めては、中一だったっけなぁ……。

 

それは、中学一年の頃の話だった。

 

その日、雅美は少し体調を崩していた。

 

熱があるほどではなかったけれど、いつもより口数が少なくて、歩く速度も少し遅い。

 

本人は大丈夫だと言い張っていた。

 

でも、全然大丈夫そうには見えなかった。

 

俺は雅美を無理やり休ませた。

 

当然、雅美は少し不満そうだった。

 

けれど、座らせてみると本当にきつかったのか、すぐに大人しくなった。

 

その時、ちょうど良い枕がなかった。

 

だから、俺は自分の膝を貸した。

 

最初は雅美も少しだけ照れていたと思う。

 

でも、しばらくすると安心したみたいに目を閉じて、そのまま眠ってしまった。

 

それから、雅美が疲れている時や眠そうな時に、何度か同じことをした。

 

俺としては、雅美が少しでも楽になるならそれでよかった。

 

雅美も、嫌がってはいなかったと思う。

 

……多分。

 

いや、今こうして酔った状態でも膝に乗ってくるくらいだから、多分嫌ではなかったんだろう。

 

 

「……とまあ、こんな話だね」

 

「へぇ〜……」

 

「当時から熱々なんですねぇ……」

 

「当時からって……」

 

「だって今も熱々じゃないですか」

 

 

そ、そうかな?

 

周りからはそう見られているのかな?

 

だとしたら。

 

……ちょっと嬉しい。

 

 

「そういえば岩沢、完全に寝たな」

 

 

ひさ子の言葉で、膝の上を見る。

 

雅美は静かな寝息を立てていた。

 

さっきまであれだけ俺に絡んでいたのに、今は本当に穏やかな顔をしている。

 

この顔を見ていると、少しだけ胸が温かくなる。

 

 

「しょうがない。ベッドに運ぶか……」

 

 

俺は雅美をゆっくり抱き上げた。

 

いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。

 

雅美は軽い。

 

力を入れなくても、簡単に持ち上がる。

 

でも、起こさないようにだけは気をつけた。

 

 

「本当に軽々持ち上げるんだな……」

 

「はは、こういう時には便利だよ」

 

 

関根と入江が「きゃー! お姫様抱っこ!」と騒いでいたが、気にしないことにした。

 

気にしたら負けだ。

 

雅美をベッドに寝かせ、布団をかける。

 

寝顔を見ていると、少しだけ頬が緩んだ。

 

再会して、まだ一日も経っていない。

 

それなのに、こうして雅美の部屋で歓迎会をして、酔った雅美を寝かせている。

 

本当に、死後の世界というのはよく分からない。

 

でも。

 

悪くない。

 

少なくとも今は、そう思えた。

 

雅美は寝てしまったが、歓迎会はまだまだ続く。

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