岩沢雅美の幼馴染   作:南春樹

6 / 31
第五話「夜の散歩」

雅美が寝てから二時間ほど経った頃、時計の針は夜の八時を指していた。

 

 

「よーし、そろそろ解散するか」

 

「そうですね〜、もうこんな時間ですもんね」

 

「それじゃあまた明日ですね!」

 

「うし、あんたら気をつけて帰れよ」

 

 

ここで、ちょっとした問題が発生した。

 

俺、自分の部屋を知らないんだけど……。

 

うーん。

 

ひさ子に聞いたら分かるかな。

 

 

「あ、あの〜」

 

「どうした、篠宮」

 

「俺の部屋って……」

 

「知らん」

 

 

まあ、そうですよね。

 

分かってましたよ。ええ。

 

 

「じゃあ俺はどうすれば……」

 

「別に、部屋の確認の仕方を教えてやらんこともない。ただ……」

 

「ただ?」

 

「このままの方が面白そうだから教えない! 行くぞ、関根、入江!」

 

「あいあいさー!」

 

「あっ、待って下さいよ〜!」

 

「あっ、ちょっと……」

 

 

ひさ子の掛け声とともに、三人は無情にも帰ってしまった。

 

さて、ここで状況を整理しよう。

 

この部屋には、現在俺と雅美しかいない。

 

しかも雅美は酔ったまま眠っていて、かなり無防備だ。

 

ということは、今ならいくらでも変なことが出来てしまう。

 

……いや、駄目だろ。

 

そんなことをすれば、間違いなく雅美は悲しむ。

 

雅美が悲しむようなことだけは、絶対にしたくない。

 

ここは俺の理性に全力で頑張ってもらうしかない。

 

そんな中で、俺が出した答えは。

 

 

「片付けでもするか」

 

 

お菓子の袋やコップを片付けることだった。

 

寝て起きたら自分の部屋が散らかっていた、なんて誰だって嫌だと思う。

 

それを雅美に味わってほしくない。

 

だから俺は、気持ちを込めて誠心誠意掃除をした。

 

三十分ほどで掃除は終わった。

 

まあ、ゴミをまとめて、コップを洗って、床を軽く拭くくらいだ。

 

そこまで大変な作業ではない。

 

しかし、ここでまた一つ新たな問題が発生した。

 

 

「……どうしよう。暇だ……」

 

 

そう。

 

やることが無くなってしまったのだ。

 

どうしようかと悩んでいると、ふと窓が目に入った。

 

 

「……そういえば、窓から出入りできるんだった」

 

 

窓から出入りできるなら、この部屋に留まり続ける理由はない。

 

ちょっと散歩にでも出かけよう。

 

入る時はそこまで気にしていなかったけど、改めて見ると結構高い。

 

あと、地面がよく見えないというのも中々怖い。

 

まあ、大丈夫かな。

 

窓を開けて、外へ出る。

 

そのまま下へ飛び降りた。

 

 

「よっと」

 

 

問題なく着地できた。

 

五階から飛び降りても無傷。

 

我ながら、どういう体をしているんだろうと思う。

 

 

「さて、どこに行ってみようかな」

 

 

今日来たばかりなので、見ていない場所はたくさんある。

 

 

「……どこか行く前に、誰か案内役が欲しいなぁ……」

 

 

学園を一目見て、そう思った。

 

なんせ、この学園はかなり広い。

 

知らない場所へ適当に進んだら、すぐに迷子になってしまいそうだ。

 

……仕方ない。

 

部屋に戻ろうか。

 

そう思いかけた瞬間、近くに誰かがいる気配がした。

 

 

「だ、誰かいるの?」

 

「私よ」

 

「うわぁっ!?」

 

 

ゆりだった。

 

 

「なによ。誰かいるのって聞いたくせに、出てきたら驚くって」

 

「ごめん……」

 

「あなた、すぐ謝るわね」

 

「ご、ごめ……」

 

「ほら、また謝る」

 

 

謝るのは癖なんだよ……。

 

 

「……まあ、いいわ」

 

 

いいんだ。

 

いや、いいなら良かったけど。

 

 

「それで、なんで空から降ってきたのかしら?」

 

 

空から降ってきたって。

 

言い方がすごい。

 

 

「ちょっと散歩でもしようかなと思って……」

 

「それで降ってくるの? 随分アクロバティックな散歩ねぇ」

 

 

アクロバティックな散歩ってなんだろう。

 

いや、俺が言えることじゃないか。

 

 

「ゆりこそ、こんなところで何してるの?」

 

「私も散歩よ」

 

「そうなんだ」

 

「そういえば、さっき篠宮くん、案内役が欲しいって言ってたわよね?」

 

「うん。言ってた」

 

「私が案内役になってあげてもいいわよ?」

 

「ほ、本当!?」

 

「ええ。ただし条件があるわ」

 

 

条件。

 

面倒なものじゃなければいいんだけど……。

 

 

「ちょっと、あなたの力を見せてほしいの」

 

 

それなら大丈夫だ。

 

ただ、明日じゃ駄目なのかなとは少し思った。

 

俺が少し考え込んだのを見て、ゆりは俺が嫌がっていると思ったらしい。

 

慌てたように言葉を付け加えてきた。

 

 

「あっ、別に無理にって訳じゃないわよ? 嫌なら断ってね」

 

「全然大丈夫だよ」

 

「い、いいの? 無理してない?」

 

「うん。大丈夫」

 

 

なんだかんだで、気を使ってくれる良い子だ。

 

 

「よし、それじゃあ早速行きましょうか」

 

 

そう言うと、ゆりは学習棟の方へ向かって歩き出した。

 

 

「ねえ」

 

「なに?」

 

「どこへ向かってるの?」

 

「着いてからのお楽しみよ」

 

 

さいですか。

 

 

「それよりも篠宮くん」

 

「ん?」

 

「なんで空から降ってきたの?」

 

「えーっと……雅美の部屋にいたから?」

 

「それでなんで降ってくるのよ」

 

「普通にドアから出たら、他の生徒に見つかって通報されるかもしれないでしょ? だから窓から出入りしたんだよ」

 

「ふ〜ん……」

 

 

納得したのかしていないのか、よく分からないなぁ。

 

 

「ま、正直そっちはどうでもいいわ。それよりも気になることができたから」

 

「気になること?」

 

「篠宮くん、正直に答えてね? 岩沢さんとどこまでしたの?」

 

 

なんか盛大に勘違いしてないか!?

 

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「なによ。誤魔化そうって言うの?」

 

「そうじゃなくて! 俺と雅美は、まだそんな関係じゃないよ!」

 

「じゃあ岩沢さんの部屋で何してたのよ」

 

「俺がガルデモに入ることになったから、その歓迎会をしてもらってたんだよ」

 

「……な〜んだ、つまらないわね」

 

 

悪かったな。

 

いや、悪くはないか。

 

そんな話をしながら歩くこと約十分。

 

ゆりが急に足を止めた。

 

 

「さあて、着いたわよ」

 

「……ここ、どこ?」

 

 

周りを見渡すと、辺りは木々に覆われていた。

 

 

「どこって、森の中だけど」

 

「それは見れば分かるよ」

 

「なら聞かなくていいじゃない」

 

 

いや、何か特別な呼び名があるかと思って聞いただけだよ。

 

まさか「森」ってそのまま返ってくるとは思わなかった。

 

 

「ここで俺に何をすればいいの?」

 

「そうねぇ……何をしてもらおうかしら」

 

「まだ決めてなかったんだね」

 

「き、決めてないわけじゃないわよ! とりあえず、そこにある木を折ってみて!」

 

「やっぱり決めてなかったよね?」

 

「うるさいわね! 早く折ってみなさい!」

 

「はいはい……この木でいいの?」

 

「あっ、そんなに太いのはさすがに厳しいと思うから、そっちのもっと細い方で……」

 

 

ゆりが言い終わる前に、俺は目の前の木へ手をかけた。

 

少し力を込める。

 

それだけで、太い幹は嫌な音を立てながら裂け、根元から大きく傾いた。

 

そのまま木は支えを失い、地面を揺らすほどの重さで倒れ込む。

 

 

「ほら、これでいい?」

 

「え、ええ……」

 

 

ゆりが顔を引きつらせながら答える。

 

 

「こんな大木を、そんな簡単に折るなんて……」

 

「怖い?」

 

「いいえ。ただ、ちょっと驚いているだけよ」

 

 

良かった。

 

怖がられてはないようだ。

 

その後も、ゆりは顎に手を当てて何かを考えていた。

 

時々小さく呟きながら、俺と倒れた木を交互に見る。

 

そして、しばらくしてから口を開いた。

 

 

「篠宮くん」

 

「はい?」

 

「あなたを、陽動と第一線の両方に配属させるわ」

 

「と、言いますと?」

 

「篠宮くんには天使と第一線で戦いつつ、時には陽動もやってもらう、っていうことよ」

 

 

掛け持ちってやつか。

 

まあ、別に大丈夫だと思う。

 

 

「ああ、分かったよ」

 

「話が早くて助かるわ。それじゃあ早速だけど、明日の午前九時に校長室に来てくれるかしら?」

 

「オッケー。校長室っていうのは、今日行ったところだよね?」

 

「ええ、そうよ」

 

 

明日の午前九時。

 

遅れないようにしなくちゃ。

 

それからしばらくして、俺はゆりと一緒に学生寮まで戻った。

 

 

「それじゃあ、明日頼むわね」

 

「分かってるよ。それじゃあ、ここで」

 

「ええ。おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 

そう言った瞬間、俺は地面を蹴って跳び上がった。

 

また雅美の部屋に戻るためだ。

 

部屋に入ると、雅美はまだ寝ていた。

 

ただ、時折苦しそうな顔をしている。

 

何か辛い夢でも見ているのだろうか。

 

 

「太一ぃ〜……どこだぁ〜……」

 

 

俺の夢を見ているのかな。

 

それにしても、苦しそうな表情だ。

 

 

「俺はここにいるよ」

 

 

少し恥ずかしい台詞を口にしながら、手を差し出す。

 

すると、雅美は俺の手を握った。

 

その瞬間、ほっとしたように表情が緩む。

 

さっきまでの苦しそうな顔が消えて、穏やかな寝顔に変わった。

 

しかし、穏やかに眠られてしまうと、それはそれで困る。

 

俺が寝られない。

 

かと言って手を引っ込めれば、雅美はまた苦しそうな表情に戻る。

 

うーん……どうすればいいんだろう……。

 

まあ、仕方ない。

 

一緒に寝るしかないな。

 

幼い頃はよく一緒に寝ていたし、大丈夫だろう。

 

多分。

 

こうして俺は、出来る限り下心を押さえつけながら、この世界に来て初めての睡眠を取った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。