レンタル彼氏のバイトをしてたら学校の美少女三姉妹に目をつけられた 作:ku216
昼休み。
百合先輩に呼ばれた俺は、生徒会室の中にいた。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ」
「あ……はい」
向かいの席で、百合先輩はにこにこと微笑んでいる。
「気楽にね。和泉くん」
――いや、無理だろ。
場違いにもほどがある。
全然、落ち着かねえ……。
しっかし、生徒会室なんて……
場所はなんとなく知ってるけどとか、そもそも知らないまま卒業してく人もいるんじゃないか?
理由がなければ一生縁がない場所だろ、ここ。
(……俺、ほんとに居ていいのか?)
「あの……」
「ん? どうしたの?」
「……他の人に迷惑になりませんか?」
「迷惑?」
一瞬きょとんとしてから、百合先輩はすぐに納得したように頷いた。
「ああ、生徒会の子たち?」
「……はい」
「それなら大丈夫っ!」
百合先輩は、即答だった。
「こんなところまで来て、お昼食べようとする物好き、いないよ」
そう言って、百合先輩はてへっと舌を出す
。
「それ、百合先輩が言うんですか……」
「……っ、確かに」
百合先輩はハッとしたような表情を浮かべた。
――無自覚だったんかい。
「まあ、お昼ご飯を食べるついでに、生徒会のことをちょこちょこやってるだけだから」
「……なるほど」
――あの時も、百合先輩、生徒会の仕事してたしな。
「でも、ここにいることが多すぎて……もう、ここじゃないと落ち着かなくなっちゃって」
ふと、俺は軽く生徒会室を見渡す――
「どうしたの……?」
百合先輩が首を傾げて聞いてくる。
「いや、なんか……思ってたのと違うなって……」
「……そうかな?」
生徒会室の中には、収納棚がいくつかとホワイトボード。 そしてミーティングテーブルを囲むように、パイプ椅子が何脚か置かれていた。
椅子の上には気休め程度のクッションが乗せられているが、まあ……座り心地は値段相応だ。
「なんか、こう……窓際にドンってデカい机があってさ、めちゃくちゃ高そうな革張りの椅子があって、机の上には『生徒会長』って書かれたネームプレートが置いてある、みたいな……」
「普通、そんなところないよ……」
「ほら、生徒会って、俺たちが『学校の最高権力』です、みたいな感じで……」
「それはちょっと……偏見が強すぎるかな」
百合先輩は、困ったように苦笑いした。
(……腹減ったな)
こんなくだらない話をしてたら、あっという間に昼休みが終わってしまう。
俺は気持ちを切り替えて、足元に置いていた鞄に手を伸ばした。
中から弁当の入った袋を取り出し、ミーティングテーブルの上にコトンと置く。
「あ、和泉くんもお弁当なんだね」
百合先輩もにこりと笑いながら、自分の弁当箱を取り出してテーブルに並べた。
「はい。まあ、昨日の残り物を詰めただけですけど……」
中身は、昨日少し多めに作っておいた豚こまの生姜焼き。
男なら、これと大盛りの白ご飯があれば十分だ。
――とはいえ、茶色一色ってわけにもいかない。
由紀恵と幸人は学校で給食があるけど、母さんには弁当がある。
そう考えると、さすがに手抜きすぎると気が引ける。
だから今朝、朝ごはんのついでに甘めの卵焼きを作って、ミニトマトとブロッコリーをとりあえず放り込んでおいた。
(これで……茶弁当は回避できる)
最低限の彩りは、確保できているはず。
「それ……和泉くんの手作りなんだ。すごい……」
百合先輩はそう言って、俺の弁当箱をじっと見つめていた。
「え、あ……まあ、はい」
……視線が痛い。俺じゃなくて、弁当のほうに。
百合先輩は、おかずをひとつひとつ確かめるみたいに目で追って――
「……ちょっと、食べてみたい」
「…………」
まあ、そんな気はしたけど。
男の手料理って、そんなに食べたくなるもんなのか……?
「いいですよ」
「やった。じゃあ、卵焼きっ!」
――即答かっ!
「あ、でもタダでもらうのは申し訳ないから……私の卵焼きあげるね」
「……おぉ」
卵焼きと卵焼きの交換って、意味あるのか?
……とはいえ、百合先輩と昼飯を一緒に食うだけでも一大イベントなのに、さらにおかず交換まで発生するとは。
これまで自炊してきた俺、よくやった。
心の中で自分を褒めながら、俺たちは卵焼きを交換した。
「ふっふっふ……卵焼きはその人の料理レベルがわかるからね……」
謎の審査員ムーブをしながら、百合先輩は俺の卵焼きをぱくっと口に放り込む。
「……っ、おいしいっ!」
「良かったです」
「甘い卵焼きなんだね」
「母さんが作るのが甘いやつで……それが普通になってて」
「……そっか。じゃあ、大丈夫かな」
「……?」
反応の意図が読めない。
でも、それより――こっちだ。
百合家の“家庭の味”。
考えるだけで、なんか謎に緊張する。
そう思いながら、遥香先輩の卵焼きを口に入れた瞬間――
「……しょっぱ!?」
「ありゃ。やっぱり」
びっくりした。
しょっぱい卵焼きなんて初めて食べた。存在は知ってたけど、実物は初だ。
でも――
「……美味しい」
「良かった……口に合って」
百合先輩は、どこかほっとしたように表情を緩めた。
「私が作る卵焼きも……和泉くんみたいに甘いやつにしようかな。そしたら、菜月ちゃんと千亜希ちゃんも喜びそうだし」
「百合先輩も、料理するんですか……?」
「うん。卵焼きくらいはね。今までは、ずっとしょっぱい卵焼きだったけど」
――ん?
それってつまり……。
「……あっ。和泉くんが『美味しい』って言ってくれたこと、お父さんに伝えとくね。きっと喜ぶと思うよ」
「……っ!」
思わぬ一言に、咀嚼中だった俺は舌を思いきり噛んだ。
――まさかの、お父上の手作り。
さっきまで脳内で展開されていた「百合先輩との新婚生活」という尊い妄想は、すべて一瞬で――
百合先輩のお父さんに上書きされた。
……違う、そうじゃない。
俺は涙目になりながら、そっとお茶で口の中を冷やした。
しばらくの間、百合先輩とたわいもない雑談をしながら弁当を食べていた。
取り留めもない話をしているうちに、昼休みの時間は刻一刻と過ぎていく。
「――はっ、そうだった」
百合先輩が、ふと思い出したように声を上げる。
「菜月ちゃんの件、ちゃんと話し合わないとね」
……思い出してしまったか。
できることなら、このまま忘れててほしかった。
まあ――そうもいかんか。
「……それで、どうするんですか?」
「うんとね。和泉くんには菜月ちゃんを見守っててほしいんだ」
「……見守る、ですか?」
「うん。菜月ちゃんがまた何かされないように、見ててほしいの」
――よっしゃ。
思ってたより全然ラクだ!
「ほんとに、そんなことでいいんですか?」
百合先輩は、こくりと小さく頷いた。
「それと……できるなら、止めに入ってくれたら嬉しいな」
――止めに入るも何も。
そもそもの原因、俺なんだけどな。
「菜月ちゃんのことだから……誰にも相談せずに、ひとりで抱え込んじゃうと思うから……」
……あいつなら、あり得る。
「なんでも、その人。虫のおもちゃで驚かせたり、目の前で黒板消しを叩いたり……いろいろやってるらしくて」
「…………」
(小学生かよ。っていうか、どこからそんな情報――)
そう思った瞬間。
ぐわっと、頭の中でフラッシュバックみたいに記憶が蘇った。
千亜希にやらされた――百合に向けてやってきた、数々のアレが。
(あ、あ、あ、あ――)
胸の奥が一気に潰れる。顔が熱い。背中がぞわっと寒くなる。やってることは違っても、根っこは同じだ。
俺がしてきたことは、あまりにも恥ずかしくて、情けない。
無理だ。思い出せば思い出すほど――
「……俺なんか、生きてて恥ずかしい」
言い終わるより先に、力が抜けた。
俺は崩れ落ちるみたいに、椅子から転げ落ちた。
「えぇ!? 急にどうしたの!?」
百合先輩の慌てた声が聞こえる。
でも、それに応える余裕はなかった。
俺はただ――
地味に、しかし確実に、精神に致命傷を負っていた。