レンタル彼氏のバイトをしてたら学校の美少女三姉妹に目をつけられた   作:ku216

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25話

犬カフェから出た頃にはあたりはもう夜になっていた。街灯がぽつぽつ灯って、歩道を優しく照らしていた。

 

 俺たちは人波に逆らうみたいに、夜道を歩き続けた。

駅前の明るさが背中に遠のいていくほど、空気が少しずつ潮っぽくなる。

 

やがて、視界の先に――海。

 

灯りが水面にちぎれて、ゆらゆら揺れていた。

俺たちはそのまま、海が見える公園へ辿り着く。

 

「この時間になると、さすがにちょっと寒いね」

 

 百合がくすりと笑いながら言った。

 

「まあ、潮風もあるしな」

 

「ですね。……しかし――」

 

 百合は、公園全体を見渡すみたいに視線を巡らせた。

 

「夜だと、ここってこんなに静かなんですね」

 

「この時間に来るの、初めてなのか?」

 

「う。休日に家族と来たことは何度かあるんですけど……人が多い印象が強くて」

 

「休日は観光客も来るしな」

 

 この辺りは、昼なら――人で埋まる。

 中華街だの、レンガ造りの倉庫を改装した商業施設だの。国内外の観光客が集まって、歩くのも大変なくらいだ。

 

「まあ今日は平日だし、しかもこの時間だ。そりゃ人も少ない」

 

 百合が「……そうなんですか」と、ぽつりと言う。

 その声を聞き流しながら、俺たちは公園の奥へ歩いた。

 

 街灯の光が途切れかけたあたりで、視界がひらける。

 海に突き出した、大きな桟橋が見えた。

 

 でかいクルーズ船が来るとか、そういうすごい場所らしい。 ――でも、俺が連れてきた理由はそれじゃない。

 

 目的は、もっと単純だ。

 

桟橋の屋上にある広場。そこから見える夜景を、百合に見せる為だったからだ。

 

「……っ」

 

百合が、息をのむ音がした。

広場の手すりの向こうに、夜がひらいている。

 

「……綺麗」

 

 その一言が、やけに小さくて。なのに、胸の奥までちゃんと届いたかのように。

 

「俺もここから見える景色、好きなんだよな」

 

 観覧車の光がゆっくり回って、ビルの窓が星みたいに瞬く。

 全部が近いのに遠くて、この街がそのまま一枚の絵みたいだった。

 

「…………」

 

 百合がじーっと俺を見て、にやりと笑った。

 

「なんだよ」

 

「和泉くん、意外とロマンチストなんですね」

 

「ばっ、ち、違うわ!」

 

 俺は動揺して目線を逸らす。

 

「百合が、人少なくて落ち着けるとこがいいって言うから――調べて来ただけだ!」

 

「えっ。でも今さっき、“ここから見える景色が好き”って言いましたよね?」

 

 百合はにやにやしながら、わざとらしく言う。

 

「〜〜〜っ……!」

 

 恥ずかしさで悶えて、俺は話題を投げ捨てた。

 

「……もういいだろ! それより、インスタ用でもなんでも写真撮っとけよ」

 

「そうですね」

 

 百合は夜景を背に、俺へ向かって手を伸ばした。

 

 

「なら、撮りましょ」

 

「……は?」

 

 空気が、すっと静かになる。

 百合は伸ばした手を引っ込めないまま、指先を小さく震わせた。

 

「……あの」

 

「なんだよ」

 

「……一緒に、撮りましょう」

 

「夜景だけでも映えると思うぞ」

 

「二人でツーショット撮らなきゃ、意味ないじゃないですかっ!」

 

 百合は顔を赤くして、言い切った。

 

「……それに、今この勢いとノリで撮らないと、恥ずかしさで死にそうになります」

 

「……言っとくけど」

 

 俺も、喉の奥がやけに乾いていた。

 

「ぶっちゃけ、俺もお前と同じだから」

 

「えっ」

 

「正直、めっちゃ恥ずい……」

 

 百合が目を丸くして、次の瞬間、小さく吹き出す。

 

「……なにそれ」

 

「笑うな」

 

 ぶっきらぼうに言い返しながら、視線が勝手に逸れた。

 

 プリクラのときだって十分恥ずかしかった。

 でも今回は――それ以上かもしれない。

 

 あの時は、まだレンタルする側/される側の壁があった。なのに今は、その壁がなくなったぶん、余計に距離の近さを感じてしまう。

 

「……ほら」

 

 俺は観念したふりをして、百合の隣へ寄った。

 

「……撮るんだろ」

 

「……うん」

 

 百合はスマホを両手で持ち直して、腕を精一杯伸ばす。

 

 画面の中に夜景と、俺たち二人。

 

 ……近い。近すぎて、逆に笑えない。

 

 隣の百合から、ふっと甘い匂いがした。

 それだけで、胸の鼓動がひとつ跳ねる。

 

「ちょ、もうちょいこっちに来てくださいっ!」

 

「うっそぉ!?」

 

「入んないんですって!」

 

「入るだろ!」

 

「綺麗に入ってないから言ってるんですっ!」

 

 小声でやいやい言いながら、結局、肩が触れそうな距離まで詰まる。

 

「……っ、と、撮るよ」

 

「お、おう」

 

 カシャ。

 

 シャッター音が鳴った瞬間、二人とも同時に息を吐いた。

 

「……撮れたか?」

 

「撮れた……たぶん」

 

「たぶんってなんだよ……!」

 

 俺は百合の手元を覗き込む。

 

 無駄に綺麗な夜景。

 

 無駄に近い距離の俺たち。

 

「……悪くないな」

 

「だね」

 

 目が合って、すぐ逸れて。

 でも、ふっと同じタイミングで笑ってしまった。

 

 

 ◇◇◇◇

 

ツーショットを撮り終えて、俺たちは広場に置いてある木のベンチに腰を落ち着けていた。

 百合は手すりの向こうの光をぼんやり眺めたまま、ベンチにちょこんと座っている。

 

 俺は近くの自販機まで歩いて行き、すぐに戻ってきた。 手の中で、ペットボトルがじんわり温かい。

 

「ほれ」

 

 百合の前に立って、温かい紅茶を差し出す。

 

「……っ、いいの?」

 

「寒いって言ってたろ」

 

 百合は一瞬だけ目を丸くして、それから、そっと受け取った。

 

「……あったかい」

 

 ペットボトルを両手で包み込むみたいにして、百合は小さく息を吐く。

 

 俺も百合の隣に腰掛ける。

 さっきまであんなに騒いでいたのに、今は何もなかったみたいに静かだ。――いや、完全に落ち着いたわけじゃない。

 

 俺は小さく息を吐いて、百合に声をかけた。

 

 

「なあ……」

 

「ん、どうしたの?」

 

「いや、今更この話するのはあれだけど……」

 

「うん」

 

「俺の家族、百合のこと……彼女だって思ってただろ……?」

 

「えっ……あぁ……そうだね。いろんなこと聞かれちゃったかな」

 

「その事なんだけど……」

 

 俺は一度、息を吸って呼吸を整える。

 

「……たまにでいい。俺ん家のやつらの前でさ」

 

「……?」

 

「俺の彼女のフリ、してくれないか」

 

「えっ……」

 

「もちろん、こっちの都合のいい話だけどさ」

 

「いいよ」

 

「……え?」

 

 返事が早すぎて、俺の方が固まった。

 

「だって私たち、そういう関係でしょ?秘密を隠し合うための……だったら、今さらだよ」

 

「…………」

 

「でも。どうして、そんなこと頼むの?」

 

 俺は一拍、喉を鳴らした。

 

「……今日さ。うちの中、見ただろ」

 

「…………」

 

 百合の視線が、すっと落ちる。

 

 さっきまで両手で包んでいた紅茶を、今度はぎゅっと握りしめた。

 

 リビングには、父さんの仏壇がある。

 入った瞬間、嫌でも目に入る場所に。

 

「……和泉くんの、お父さんは……」

 

 言葉が、途中でほどけそうになる。

 

 だから俺は、余計な感情が出る前に、先に言った。

 

「……三年前。交通事故で亡くなった」

 

「……そうなんだ」

 

 百合の声は小さかった。

 

「うちの家族さ」

 

 俺は夜空を見上げ、ボソリと言った。

 

「いつもあんな感じなんだけど……なんか、いつもとちょっと違った気がしてさ」

 

 俺は百合の方に視線を移すと

 

「みんな、父さんが亡くなってから妙にぽっかり穴が空いたような感じだったからさ。……だから今日、お前が来て、ちょっと嬉しかったんだろ」

 

 自分で言ってて、妙に気恥ずかしくなる。

 

「それは和泉くんが彼女連れてきたからでしょ?」

 

 百合は微笑むように言ってくる。

 

 

「……そりゃ、まあ」

 

「だって和泉くんって、自分のこと後回しにしてさ。家族のために動くでしょ?」

 

「…………」

 

 言い返せない。

 

「今日もそうだった。由紀恵ちゃんたちのこと気にしてたし……」

 

 百合は紅茶を両手で包んだまま、少しだけ笑った。

 

「だから……嬉しかったんじゃない?和泉くんが彼女を連れてくるなんて、思ってなかったから」

 

「…………」

 

 俺は返す言葉を探して、視線を夜景に逃がす。

 

「……和泉くんってさ」

 

 百合が、少しだけ声のトーンを落とす。

 

「お父さんのこと……好きだったんでしょ?」

 

「……好きかどうかは分かんねぇけど」

 

 苦笑いが漏れた。

 

「不器用な癖にさ。いつも俺たちに何かしてやろうとしてた」

 

「……うん」

 

 百合はうなずくだけで、続きを急かさない。

 

「だから――」

 

 少しだけ、言葉を選ぶみたいに間が空く。

 

「いなくなったの、……寂しかったんじゃない?だからそれを紛らわせようと、みんなのためにって頑張ってるのかなって……思っただけ」

 

「……それは」

 

 図星、なのかもしれない。

 

「ねえ」

 

 百合がベンチから立ち上がって、俺の前に回る。

 夜景の光が、頬をほんのり照らしていた。

 

「私たちさ」

 

 一瞬、唇が迷う。

 

「……本当に、付き合ってみない?」

 

 こちらを見て、優しく微笑みかける。

 

「……私、和泉くんと一緒にいるの、好きだよ」

 

 それから、少しだけ息を吸って。

 

「2人一緒なら寂しさもへっちゃらだよ」

 

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