レンタル彼氏のバイトをしてたら学校の美少女三姉妹に目をつけられた 作:ku216
射的屋のおじさんのご好意でもらった柴犬のキーホルダーを、私は歩きながらじっと見つめた。
……可愛い。
それに――トシくんと同じやつ。
お揃いってだけで、なんだか特別な関係みたいに思えてしまう。
もし、これを学校に持っていったら。
周りはどう思うんだろ。
……付き合ってるって、見えちゃうかな。
いやいや。
今の学校での私たちを見て、そう見えるわけないのに……。
……でも。
本当は、そう思われたい。
――って、なに考えてんの私。
さすがにわがままだよね。
そもそも「バレたくない」って言ってるの、私なんだし。
とはいえ。
今の学校でのトシくんとの関係は、やだ。
話せるようになったのは嬉しい。
でも……あれだけは絶対だめ。絶対。
……なのに。
トシくん、満更でもなさそうな顔するんだもん。
はぁ……。
……って、しまった!?
……トシくんとはぐれてしまった。
さっきまで見えていた背中が、提灯の明かりと人の肩に溶けて――ふっと、消えてしまう。
……楓たちとも合流しないといけないのに。
どうしよう。
まだトシくん、そんな遠くまで行ってないはずだ。
……とりあえず落ち着いて。
私は浴衣の裾を押さえて、周りをきょろきょろ見回した。
焼きそばの匂いと、呼び込みの声と、知らない人の肩が近い。
胸が、きゅっと縮む。
あっ、そうだ。とりあえずライン――いや、こういう時は電話の方が早い。
スマホを出そうとして、ポケットに指を入れて――
その時。
ぽん、と肩を叩かれた。
……よかった。
トシくん、見つけてくれたんだ。
そう思って、私は振り返る。
「やあ、百合さん」
「……えっ」
声が、喉の奥で止まった。
そこにいたのは――西村先輩だった。
……なんで、この人が。
思った瞬間、手首の皮膚がぞわっとした。
前に掴まれたところが、痛いわけじゃないのに――掴まれた感触だけが、勝手に戻ってくる。
「こんなところで、何してるの?」
「あっ……いや、その……」
「……あ、そっか。ごめん、ごめん。ここにいてこの質問おかしいよね」
西村先輩は軽く笑って、すぐ次の言葉を重ねてくる。
「もしかして一人? よかったらさ、俺と一緒に回らない?」
「…………」
言葉が出ない。
私は反射で、一歩だけ下がった。
……のに。
西村先輩は逃がすまいと思うかのようにじりっと詰めて来る。
背中に、ひやっとしたものが走った。
……どうしよう。なんで、こんなことに。
あの時みたいに、お姉ちゃんはいないし。
トシくんも、楓たちも――いない。
周りは騒がしいのに、私の耳には心臓の音しか入ってこなかった。
「この前も、ああだったし。……いいよね?」
西村先輩は、笑ったまま言う。
「どうせ一人なんでしょ。ならいいじゃん、別に。ね?」
次の瞬間。
ぐいっ。
西村先輩の手が、私の腕へ伸びてきた。
あの時と同じ角度。同じ距離感。
「……っ」
逃げなきゃって分かってるのに、体が先に固まった。
肩がきゅっと上がって、指先が冷たくなる。
――その時。
視界が、遮られた。
「……ちょっといいですか?」
割って入るみたいに、トシくんが私の前に立っていた。
◇◇◇◇
ああ、クソ。意味わかんねえ。
――やっと菜月を見つけたと思ったら、西村先輩までいるし。
……って考える前に、体が動いてた。
俺は二人の間に割り込む。
急に視界を塞がれた西村先輩が、露骨に不機嫌そうに眉を寄せてこっちを見る。
……怖。
この前話したときは、もうちょい気の抜けた感じだったのに。
今は、目が笑ってない。
……百合先輩、こんな人と正面から話してたのか。
……すげぇな。
「……んだよ、お前」
低い声が落ちる。
空気が、ひやっとした。
俺は負けないように――というか、負けたら終わる気がして、勢いで口が先に出た。
「お前こそ、なに俺の大切な人手ぇ出してんだよ」
――ひゃああああ俺、何言ってんの!?
言った瞬間、顔の内側が熱くなる。
売り言葉に買い言葉で、めっちゃ恥ずかしいこと言っちゃってる!!
「……俺の? あぁ……お前か」
西村先輩が、じっと俺の顔を見てくる。
ひぃ。そんなに見んな。バレる。
……いや、もういい。バレたっていい。
菜月に何もなければ、それでいい。
「なんか文句あるか」
「……いや、別に」
西村先輩は肩をすくめて、さらっと言った。
「フリーっぽい子がいたから声かけただけ。なーんだ。彼氏いたのか」
……白々しい。
そういうこと知ってただろあんた。
俺は息を吸い直す。
西村先輩は人の彼女に平気で手を伸ばすタイプだ。油断できない。
「あーあ。しらけたわ」
面倒くさそうに吐き捨てると、西村先輩は舌打ちして、その場を離れていった。
……あれ。思ったより、あっさり引いたな。
この前みたいに強引に来るかと思ったけど――
まあ、別にいいんだけど。
俺はふぅ、と力を抜くように息を吐いた。
――その瞬間。
ぎゅっ、と背中のシャツがつかまれた。
「……っ」
振り返る。
「……トシくん、ありがとう」
菜月がまだ震えた声で言った。
俺は少し気恥しくなり、視線を逸らす。
「いいよ別に……」
それを見られると菜月が小さく笑った。
俺もつられて、口元だけちょっと緩んだ。
「兄ちゃん、やるじゃんかよ」
――え。
急に男の声が飛んできて、俺ははっと周りを見る。
「ふぅ〜、いいもん見せてくれるねえ」
「彼氏さん、ナイスゥ〜」
冷やかす声。笑い声。
気づけば、立ち止まってこっちを見てる人がちらほらいて――
俺の体温が、一気に上がった。
……あっ。
菜月のことで頭がいっぱいで、ここが人通り多い場所だって忘れてた。
……やっべ、恥ずい。
顔が熱い。耳まで熱い。
俺はちらりと菜月を見る。
菜月も同じで、頬を赤くして目を泳がせていた。
……あかん。ダメだ。逃げよう。
「……行こう!」
「……う、うん」
一瞬だけ迷って――俺は菜月の手を掴んだ。
そのまま足早に、人混みの中へ紛れるみたいに駆け出す。
……ここまで来れば、いいか。
本殿の前まで来たところで、俺は足を止めた。
胸の奥で暴れていた息を、無理やり押さえ込む。
「……はぁ。無駄に疲れた」
なんでこんなことになるんだか。ほんと。
俺は振り返って、菜月を見た。
「ごめん。無理に走らせた……足、痛めてない?」
「へ、平気……」
菜月も肩で息をしながら、ゆっくり呼吸を整える。
「……浴衣で走るの、きついね」
「……わりぃ」
菜月が、深く息を吸った。
それから、ふっと周りを見回して言う。
「……ここ、落ち着くね」
俺も視線を巡らせる。
人はまばら。さっきの喧騒が嘘みたいに、音が遠い。
「ねえ……」
「ん、なに?」
「さっき、トシくんが西村先輩に言ってたこと」
菜月が頬を赤らめたまま、俺をじっと見た。
「……“俺の大切な人”って。あれ、どういう意味?」
「あっ……」
心臓が跳ねる。喉が一気に渇いた。
隣にいたんだ。聞こえてないほうがおかしい。
「……えっと」
言い訳が浮かぶ。とぼける言葉も作れる。
――でも。
ここで逃げたら、俺はまた後悔する。
胸の奥が熱い。頭が真っ白だ。
だから、勢いのまま――言う。
「……そのまんまの意味」
「えっ……」
菜月が目を丸くする。
俺は息を吸って、まっすぐ見た。
「俺は……菜月。お前のことが好きだ」
「……っ」
「俺と、付き合ってください」
提灯の淡いオレンジが、菜月の横顔をやさしく照らす。
その目が、少しだけ潤んだように見えた。
そして――
「……はい」
返事は小さいのに、胸の奥にまっすぐ落ちた。
菜月は、優しく微笑んだ。