レンタル彼氏のバイトをしてたら学校の美少女三姉妹に目をつけられた 作:ku216
昼休み。
俺は屋上の塔屋の陰に座って、弁当を広げていた。
あぁ〜、風が気持ちいい……
とか、そんなもんで気が晴れるわけねえけど。
「なぁ、千亜希。やっぱ俺には、こういうの向いてないんだよ」
「はい」
目の前には、同じように弁当を広げた千亜希。
――百合の件のあと、昼休みにラインで呼び出したのは他でもない、この子だった。
「いや、こういうのってさ、向き不向きあると思うんだ。……いや、向いてちゃダメなんだけど!」
「はい」
「とりあえず俺には才能がない。さっき痛いほど思い知った。俺はただのヘタレカスだって!」
「はい」
「だからその……もっと女慣れしてて、イケメンで、こう……やれる男のほうがいいと思うんだ!」
「はい」
「も、もちろん俺も手伝うよ!? お前の姉さんたちを“落とせそうな男”探しとか、作戦のサポートとか!」
「はい」
「……わかってくれる?」
「はい」
「よかったぁ……」
「……」
千亜希は箸を止めて、俺の話を最後まで聞くと――にっこり笑った。
「お話、終わりました? それじゃ、引き続き頑張ってください」
「あれぇ!? おかしいな!? 今“わかってくれる”って言ったよね!?」
「はい。トシ先輩がナツ姉を寝取る自信がないこと。だから他の人に頼もうとしてること。
そして自分はサポートに回るってこと。――全部、ちゃんと理解しました」
笑顔のまま、千亜希は軽く首を傾げる。
「そして――却下です」
「へ?」
ぞわりと背筋が冷たくなる。
笑ってるのに……怖っ。
「そもそもヘタレなトシ先輩が、ナツ姉を簡単に堕とせるなんて――微塵も思ってません。安心してください」
「ぐぅ……」
そこは、言い返せない……。
「でも、玉砕したって話は――バカ面白かったですよ」
「笑うんじゃねぇ!」
「あ、ちなみに。私がトシ先輩を選んだ理由って、女慣れしてるとか……そういうのも若干ありますけど」
千亜希は箸をくるくる回しながら、にこりと笑った。
「一番の理由は――私の命令に逆らえなそうだからです」
「畜生め……」
笑顔で毒を吐く千亜希に、俺は唇を噛み締めるしかない。
「まあ、さすがにトシ先輩に丸投げしたのは、ちょっと悪かったかなって思ってます」
千亜希が、ほんの少しだけ申し訳なさそうに言う。
(……そう思うなら最初からやらせるな。てか、もういいから解放してくれ)
「そうだ千亜希! あいつ、大学生の彼氏いるって言ってたけど、お前なんで言わなかったんだよ! ヤバいじゃん!」
千亜希は少しだけ考え込んで――
「……それはそれで、面白いと思いますよ?」
「面白くねえよ!!」
きょとんとした顔で言う千亜希に、俺は思わず怒鳴った。
「俺、てっきりお前からって意味だと思ったのに……これじゃ、普通に寝取りになってるじゃん!」
「私、そういうの好きですので」
「うるせえ!!」
「ええい、いちいちそんなこと気にするからヘタレなんですよ、このヘタレ童貞! 男は黙ってノンストップで突っ走らんかい!!」
◇◇◇◇
昼飯を食べ終わり、千亜希と別れたあと。
俺は重い足取りで、教室へ戻る階段を降りていた。
(……はぁ。結局、どうにもならんのか)
ため息を吐きながら踊り場で足を止める。
ふと、別れ際に千亜希が見せた“あの顔”が脳裏をよぎった。
『じゃあ、私のほうでも、何かいい方法考えときますんで♪』
にこ〜っと笑いながら言った、その顔が――めちゃくちゃ悪い顔だった。
(あの笑顔……絶対ロクなこと考えてねぇ……!)
思い出すだけで背筋がゾワッとする。
(……何させられるんだ、俺)
考えるだけでおぞましい。できることなら、まともなやつにしてほしい。
――まあ、絶対ないだろうけど。
願いとも愚痴ともつかない祈りを胸に、俺は人混みに紛れて廊下をトボトボ歩く。
そのとき。
少し前を歩く生徒の手から、ポトリと何かが落ちた。
「……ん?」
足元を見ると、可愛らしいデザインの手帳が落ちていた。
淡いピンクのカバーに、小さな花の模様。いかにも女の子が使いそうなやつだ。
「落としましたよ」
声をかけながら拾い上げ、前を見る。
すると――俺の声に反応して、彼女が振り返った。
真っ直ぐ伸びたセミロングの黒髪。
背筋の伸びた立ち姿。
そして、俺の好みの範疇を思いっきり超えた胸の大きさ。
(……でっっっっっかぁ!!?)
いや、見とれてる場合じゃねえ。
よりによってこの人の落とし物を拾っちゃうとは……。
「え、あ、本当だ!」
彼女は俺の手にした手帳を見るなり目を丸くして、小走りで近づいてきた。
うちの学校の生徒会長であり、学校一の美少女であり、
そして──あいつらの姉。
百合遥香が、そこにいた。
「良かった……ありがとう」
百合先輩は安心したように息をつくと、包み込むような柔らかい笑顔を見せた。
……本当に、あいつらの姉なのか?
そう疑いたくなるくらい、優しい。その笑顔ひとつで、彼女が学校一の美少女と呼ばれる理由がよく分かる。
俺は手帳を渡そうとしたが、彼女の両手はファイルの山で塞がっていた。
「荷物、預かりましょうか?」
「あ、ごめんね」
言われるままに、ファイルを半分ほど受け取る。
……うわ、思ったより重いな。これ全部ってなると、女の子にはきついだろ。
手帳を渡すと、百合先輩はほっとしたように笑った。
「これがないと、今日あったこととかメモできなくなっちゃうから……拾ってくれてありがとう」
あいつらの姉だけあって、面影は確かにある。
けど、この人は落ち着きがあって――正直、本当に姉妹なのか疑いたくなるくらいだ。
悪魔みたいなあいつらとは違って、天使……いや、女神。
この穏やかな空気だけで、さっきまでの精神的ダメージがふわっと癒される気がした。
「あ、君、和泉君だね」
「え、あ……はい。和泉です」
まさか百合先輩が俺のことを知ってるなんて思ってなくて、声が裏返った。
……ちょっと恥ずかしい。
「百合先輩、僕のこと知ってたんですか?」
「ふふん。生徒会長だからね」
えっへん、と胸を張る百合先輩。
――いや、そのポーズで張られると、こっちの視線のやり場に困るんですが。
「あはは、なんてね。君、菜月ちゃんのクラスメイトでしょ? だから知ってただけだよ」
「……そうですか」
いたずらっぽく微笑む百合先輩。
知っててくれたのは嬉しかったけど、理由を聞いた瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。
だって、もしかして――って、ほんの一瞬でも思っちゃったじゃん。
……俺だってお年頃の男の子なんだ、そういう妄想くらいするんだよ。
「それ、持っててくれてありがとうね。重かったでしょ?」
「いえ……。これ、運ぶの手伝いますよ?」
「え、悪いよ。拾ってくれただけでも助かっちゃったのに」
「また落としますよ?」
「わっ、痛いところ突いてくるね、君。……ふふ、それじゃ、ちょっとだけ甘えちゃおっかな」
いたずらっぽく笑うその顔が、また反則級に可愛い。
廊下を歩く間、すれ違う生徒たちの視線がチラチラ刺さる。特に男子。
――わかる。わかるよ、君たちその気持ち。
俺だって逆の立場なら羨ましがる。
学校一の美少女と噂される百合先輩と並んで歩いてたら、そりゃ注目されるに決まってる。
でも悪いね!
これは仕方ない。荷物運びの手伝いだ。仕事、仕事……!
当の百合先輩はこっちの焦りなんて露知らず、のんびり話しかけてくる。
「あ、そうだ。和泉君」
「はい、なんでしょう?」
「菜月ちゃん、クラスだと……どうかな?」
――ここに来て、百合の話か。
姉として妹の様子が気になるんだろう。家では知らないけど、教室じゃバリバリの陽キャギャルだ。
「クラスの人気者ですよ」
「具体的には?」
え、やけに食いつきてきたな……
いや、そんな詳しく知らねぇし……
「えっと……女の子グループの中心、って感じですかね」
「ふふっ、そっかー」
「まあ、百合先輩と似て可愛いですからね」
「……っ、そうなんだよ和泉君!」
急に目がキラッと輝いた。
「菜月ちゃんはね、可愛いんだよ! もう、こう……言葉にできないくらいすっごく……っ!」
あれぇ……なんか、スイッチ入った?
「ねえ、千亜希ちゃんって知ってる? 私のもうひとりの妹で、1年生なんだけど!」
うわっ、めっちゃ、喋るスピード速っ。テンション高っ!!
「あ〜えっと……知りません」
俺はぷいっと顔を背ける。
――いや、知ってるけど。なんなら、さっき一緒に飯食ってたけど。
……あんなヤバいやつと知り合いとか、なんか普通に嫌だ……。
「そっかー。千亜希ちゃんもね、すっっごく良い子で素直で……!」
……良い子?
……素直?
うん、確かに“素直”ではある。主に自分の性癖に、だけど。
「……そうなんですね」
引きつった笑みを浮かべながら、そっと目を逸らす。
「ほんと、可愛いんだ〜。でねでね――」
「あの、百合先輩……」
「ん? なにかな?」
「……着きました」
俺たちは目的地――生徒会室の扉の前に立っていた。
「……ほ、ほんとだ!」
百合先輩は目をぱちくりさせて、驚いたように笑う。
「和泉君……君、転移魔法とか使える?」
「無理です」
「マジトーンで言わないでっ……!」
百合先輩は恥ずかしそうにツッコミを入れながらも扉を開けた。俺も後を追って入る。
室内はシンプルなのに整っていて、どこか落ち着く。――空気まで綺麗に感じる。
「よいしょ……っと」
百合先輩がファイルを丁寧に長机へ置く。俺も隣に、受け取った分をそっと並べた。
「いや〜助かったよ、和泉君。ありがとね」
「いえ。ほかにも手伝うことがあれば……」
「ううん、大丈夫。ここまで運ぶだけだったから」
「そうですか」
「ごめんね、昼休みなのに」
「気にしないでください。僕が勝手にやったことなんで」
「そっかそっか」
百合先輩は軽く頷いて、ふんわり笑った。
その笑顔が柔らかすぎて、胸のあたりが少しくすぐったくなる。
――やっぱ、この人が学校一の美少女って言われるのも納得だわ。
そんなことを思った瞬間、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「ありゃりゃ、もう時間か。気をつけて戻るんだよ、和泉君」
百合先輩はいたずらっぽく笑って、片目をパチンとウインクしてみせる。
「百合先輩こそ、また落とさないでくださいね」
「手厳しいよぉ〜」
そう言って笑う彼女の姿が、また可愛く見えた。