ロックス海賊団雑用係の生存記録   作:だれか、

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18話

 

 王直という強大な壁を、文字通りその命のすべてを燃やし尽くして撃破した激戦から、丸一日。

 新世界を狂ったように疾走するロックス海賊団の本隊船は、その巨大な帆を満帆に張ったまま、全速力で本拠地たる海賊島ハチノスへと引き返していた。

 

 普段ならば勝利の掠奪、あるいは血の匂いに狂った無法者どもがどんちゃん騒ぎを起こしているはずの甲板には、驚くほど誰一人として大声を出す者はいない。

 それは強敵を討ち果たした安堵などでは断じてなく、船内を重苦しく支配しているのは、底の知れない硝煙を含んだような静寂だった。

 

「……ハァ、……ハァ、……ッ」

 

 船底の薄暗い一室。

 手繰り寄せられた寝台の上で、ガセルはただ横たえられていた。

 かろうじて肺腑が空気を求める規則正しい上下運動こそあれど、その深い意識の闇から一向に目を覚ます気配はない。

 その肉体はまさに惨憟の一言だった。

 無数の鋭利な裂傷から赤黒い血が滲み、全身の筋肉は、覇気と覚醒した雷の出力を限界を超えて酷使した凄まじい反動によって、今なおピクリ、ピクリと不規則な痙攣を繰り返している。

 

 王直という、海の怪物を相手に勝利を掴み取った。

 だが、それはガセルが今この瞬間、生きて肉体を保っていること自体が奇跡としか言いようのない、凄絶な命の削り合いの結果であった。

 やがて、荒々しい波飛沫をあげて、巨船がハチノスの港へと横付けされる。

 

「どけッ!! 邪魔だッ!!」

 

 船が完全に停止し、接岸の衝撃が響くよりも早く、ニューゲートがその巨躯を翻した。

 その太い両腕には、まるで壊れやすいガラス細工のように、包帯塗れのガセルが横抱きに担がれている。

 普段ならば、世界の誰を相手にしても悠然と歩くはずのニューゲートが、この時ばかりは一切の立ち止まりを許さず、驚異的な速度でハチノスの寂れた町並みを駆け抜けていく。

 その凄まじい風圧と、鬼気迫る男の形相を見た島の海賊たちも、直感的にただ事ではない異常事態を悟り、怯えたように道を開けていった。

 

「医者ァ!! 居るか、おいッ!!」

 

 バァンッ!!と、蝶番が悲鳴をあげるほどの勢いで診療所の荒削りな木製の扉が開け放たれる。

 埃っぽい診療所の奥の部屋から、慌てふためいた様子で顔を出したのは、顔中を皺だらけにした一人の老医師だった。

 

「な、何事じゃ、そんな大声を出さずとも……ひっ!?」

 

「いいから黙ってこいつを診ろ!」 

 

 有無を言わさぬニューゲートの咆哮。

 薄汚れた白い寝台へ丁重に横たえられたガセルの惨状を見た途端、老医師の目が点になり、その表情が一瞬で深刻なものへと変貌した。 

 

「……こりゃあ、ひどいな。よく生きておる」

 

 老人はすぐさまガセルの細い手首を取って微弱な脈を測り、その瞼を捲って瞳孔を確かめ、全身のズタズタに裂けた筋肉の状態を、熟練の手付きで次々と調べていく。

 その様子を背後で見守るのは、一切の気配を消したロックスと、荒い呼吸を整えようとするニューゲートのみ。

 室内には、ただ医者の衣服が擦れる忙しない音と、皮膚を刺すような張り詰めた空気だけが淀みなく流れていく。

 凍りついたような時間の後、老医師は胸の奥底から溜め込んでいた深い息を吐き出した。 

 

「……命だけは、辛うじて繋がっとる。じゃが、いつ目を覚ますか、あるいは二度と覚まさんかは儂にも分からん。心臓を無理やり動かした反動か、全身の神経が焼き切れる寸前じゃ。肉体そのものにかかった負荷があまりにも大きすぎる。普通の人間ならとっくに死んでおるわい」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ニューゲートの肩の力が僅かに抜け、室内の張り詰めていた空気がほんの僅かに緩んだ。

 最悪の結末であるガセルの死だけは、ひとまず免れたのだと。

 そう安堵で胸を撫で下ろした、まさにその刹那だった。

 

「ロックス……!!」 

 

 診療所の扉が、再び激しい音を立てて内側へと蹴り開けられた。

 肩を大きく揺らし、額に冷や汗を滲ませながら飛び込んできたのは、シャクヤクであった。

 普段の彼女が崩すことのない、大人の余裕と冷徹なまでの冷静さは、今のその姿には見る影もない。

 部屋へ入るなり、血走ったような鋭い視線でロックスの姿を探し出し、突進するように間合いを詰める。

 

「おい」

 

 低く、地を這うような制止の声が空間を打つ。

 ガセルの寝台の傍らに立ち、未だ険しい表情を崩さないニューゲートだった。

 

「こいつの体に響くだろうが。騒ぐんじゃねぇ」

 

 その凄みのある一言に弾かれたように、シャクヤクの細い視線が中央の寝台へと向けられた。 

 

「……え……?」

 

 そこで初めてガセルの姿を視界に捉えたシャクヤクの足が、凍りついたようにピタリと止まる。

 痛々しく全身に何重にも巻かれた白い包帯。ボロ布のように裂けた衣服の隙間から覗く、血が滲んだ無数の赤黒い傷痕。

 そして何よりも、完全に血の気を失ったその横顔は、静かに眠っているというよりは、冷たい土の下の死人のように青白く静まり返っていた。

 

「ガセル……? 嘘……ッ」

 

 到底信じられない、世界のバグでも見ているかのような細い声で、彼女は小さくその名を呼んだ。

 当然、返ってくる言葉はない。

 ただ、衣服越しにかろうじて伝わる細く規則正しい呼吸だけが、彼がまだこの世に踏み止まっていることを静かに告げていた。

 

「……一体、何があったのよ。この子がここまでになるなんて」

 

「……ちっとな」

 

 背後に佇んでいたロックスが、感情の起伏を取り払った冷淡な声で短く答える。

 

「……」

 

 シャクヤクの言葉に、ロックスは深くは語らなかった。

 ただ、昏い双眸でガセルの寝台を見下ろしている。

 シャクヤクはそれ以上、何も聞き返さなかった。

 ガセルの凄惨な傷を見れば、どれほど常軌を逸した何かがあったかは、嫌というほど察しがついたからだ。

 驚愕に震えそうになる拳を、シャクヤクは強引に握り締めて抑え込む。

 

 だが、今は衝撃を受けている場合ではない。

 彼女が、ここへなりふり構わず走ってきたのは、凶報を携えてきたからだ。

 シャクヤクは一度血が出るほどに唇を噛み締めると、ロックスを真っ直ぐに見据えた。

 

「……そう。分かったわ。でもね、こっちでも……大変なことが起きたのよ……」

 

「どうした、シャッキー。お前がそこまで取り乱すなど、滅多にないことだが」

 

「グロリオーサが……攫われたのよ……ッ!」

 

 誰も、言葉を発することができなかった。

 その最悪の一言が静かな診療所に落ちた瞬間、その場の空気が文字通り、一瞬で凍りついた。

 

「……何だと?」

 

 ロックスの声が、底なしの深淵のように低く沈む。

 普段ならば、世界の如何なる天変地異を前にしても決して揺らぐことのないその凶悪な眼眸が、僅かに、ナイフのように細められた。

 

「ッ……!? チッ……クソが! こんな時に、次から次へと……ッ!」

 

 ニューゲートが内に渦巻く苛立ちを隠そうともせず、激しい舌打ちを漏らす。

 

 ようやく満身創痍のガセルを安全な場所に運び込み、一息つけると思ったまさにその矢先。

 内憂を片付けた瞬間に、今度は別の仲間が攫われたという。

 

「攫った奴は誰だ」

 

 低く問うロックスに対し、シャクヤクは無念さと悔しさを滲ませながら、ゆっくりと首を横へ振った。

 

「……わからないわ。私が店を留守にしている、ほんの僅かな間を突かれたの。……でもね」

 

 彼女は一度強く奥歯を噛み締め、記憶に焼き付いた光景を振り払うように言葉を続ける。

 

「店の中は、滅茶苦茶に荒らされてた。頑丈な棚も机も、すべて叩き壊されて……床には、血痕が残ってたわ。グロリオーサが抵抗したんだと思う」

 

 シャクヤクは、自身の指の爪が手の平に食い込むほどに拳を強く握りしめる。

 重苦しい、鉛のような沈黙が診療所の天井から落ちてくる。

 

 今すぐに動いて足取りを追うべきか。

 それとも、今にも命の灯火が消えそうなガセルの看病を優先するべきか。

 ロックスは僅かに眉を寄せ、思考を巡らせていた。

 

 ハチノスという自らの縄張りの内懐に飛び込み、跡形もなく標的を攫っていく。

 そんな芸芸ができる組織が、世界にどれだけあるか。

 今この瞬間にも、拉致されたグロリオーサを乗せた船は、ハチノスの海域を離れ、さらに遠くへと連れ去られているかもしれない。

 一刻の猶予もないのは確かだった。

 

 だが、犯人の正体も足取りも掴めぬまま、この状況で闇雲に本隊を動かすべきなのか。

 敵の罠である可能性、そしてハチノスに残る戦力の配置。

 如何なる状況でも最適解を叩き出してきた男の思考が、珍しく結論を出せずに停滞していた。

 

 その、誰もが身動きの取れない膠着の瞬間だった。

 ギシィ……、と、静まり返った室内に、古びた寝台の木枠が重く軋む音が鳴り響いた。

 

「……あ?」

 

 ニューゲートの、そしてロックスとシャクヤクの視線が一斉にその一点へと注がれる。

 

 さっきまで、死体のように微動だにせず横たわっていたはずのガセルの肉体がゆっくりと、折れ曲がるようにして上半身を起こしていた。

 その瞳には、未だ明瞭な光はなく、焦点は虚空を彷徨ったままで定まっていない。

 全身を隙間なく白い包帯で縛られたまま、まるで目に見えない糸によって強引に引っ張り上げられているかのような、あまりにも不自然で、生気のない動き。

 肉体の限界を精神の執念だけで超越している、異様な姿だった。

 

「おい、ガセルッ!?」 

 

 ニューゲートが顔色を変え、思わず弾かれたように寝台の側へと駆け寄る。

 

「何してやがる! まだ起き上がって動ける身体じゃねぇことくらい、自分が一番よく分かってんだろうがッ!」

 

 これ以上の肉体の崩壊を防ぐため、慌ててその細い肩を力任せに押し留めようと、ニューゲートが大きな手を伸ばした。

 

「……グロリオーサが、攫われたってのは……本当か……」

 

 地を這うような、だが奇妙に透き通った声だった。

 全員の視線が突き刺さる中、ガセルは焦点の定まらない両眸をシャクヤクへと向け、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

 包帯の隙間から、新たな血がじわりと滲み出していた。

 

「ッ……ええ……本当よ……」

 

 シャクヤクの痛切な肯定の返答に、ガセルはただ一言

 

「……そうか」 

 

 とだけ、短く、拒絶の余地のないトーンで呟いた。

 次の瞬間、ガセルは肉体の悲鳴を完全に無視し、目の前に立ち塞がっていたニューゲートの巨躯を、その細い腕で強引に押し退けようと足を踏み出す。

 寝台から床へ、重力を失った人形のようにその足が下ろされた。

 

「ッ!……おい、待てッ! 立つんじゃねぇ! 死にてぇのかアホンダラッ!」

 

 ニューゲートの怒号が診療所のガラスを震わせる。

 だが、ガセルは止まらない。

 一歩、また一歩と、骨が軋む音さえ聞こえそうなほどよろよろとした足取りで、ただ真っ直ぐに部屋の出口を見据えて歩き出す。

 自律神経はとうに崩壊しているはずなのに、彼を動かしているのは脳の命令ではなく、魂の狂気とも言える執念そのものだった。

 

「ちょ、ちょっと⋯⋯ッ! その体でどこへ行く気!? 今すぐ探しに行く気なの!?」

 

 シャクヤクが正気を疑うように悲鳴をあげた。無理もない。

 今のガセルは、いつ心臓が止まってもおかしくない文字通りの死に損ないなのだ。 

 

「いい加減にしろよッ! ちったぁ人の言う事聞きやがれッ!!」

 

 ニューゲートはついに我慢の限界を迎え、怒りを爆発させた。

 ガセルの命を守るため、その大きな手で無理矢理にでも細い身体を掴み、寝台へ引きずり戻そうと強引に腕を伸ばす。

 その瞬間、冷徹な一言が地を這った。

 

「……当てはあるのか」

 

 問いを投げかけたのは、背後で腕を組んでいたロックスだった。

 ガセルの足が、ピタリと止まる。振り返ることもせず、ただ薄暗い出口を見つめたまま、ガセルは短く答えた。

 

「……ああ……」 

 

 ただ、それだけだった。証拠も論理もない。

 だが、ガセルの背中には、確固たる確信の気配が揺らめいていた。

 ロックスは昏い両眸を細めると、一切の感情を排した声で、冷酷に、しかし確かな許可を口にする。

 

「……そうか。ならいけ」

 

「……なッ!? ロックスお前、何言ってやがるッ!!」

 

 ニューゲートが信じられないものを見る目でロックスを睨みつけた。

 今のガセルを外に出すことは、死刑執行書にサインするようなものだ。

 だが、ガセルは二人の問答など最初から耳に入っていないかのように、一歩も立ち止まることなく、そのまま診療所の重い扉を押し開けて、眩い光が満ちるハチノスの町へと消えていった。

 

 残された病室には、静まり返った沈黙と、ニューゲートの煮え滾るような怒りだけが残された。

 

「ロックス……!! 何故あいつを行かせたッ! あの体じゃ、島を出る前にのたれ死ぬぞッ!」

 

 掴みかからんばかりの勢いで吠えるニューゲートに対し、ロックスは表情一つ変えず、冷淡に言い放つ。

 

「止めても無駄だからだ。あの目の男を縛れる鎖など、この世にはねェ。……なら好きにやらせて、此方でも同時に探る。ガセルの向かう先を監視しつつ、こちらが先に見つけて連れ戻す方が、遥かに合理的だろう」

 

「……ッ。クソッ!」

 

 ニューゲートは拳を激しく壁に叩きつけた。

 頭では分かっていた。

 ロックスの言うことは冷徹だが、最も合理的で、なおかつガセルの意志を尊重した上での最適解だ。

 だからこそ、何も言い返せない己の無力さと苛立ちのすべてを、悪態として吐き捨てるしかなかった。

 

「……ガセル」

 

 シャクヤクが、祈るように自身の胸の前で細い両手を固く合わせる。

 客観的に見れば、奇跡は起きない。

 ガセルは今にも肉体が崩壊しそうな限界状態だ。

 あれでグロリオーサを見つけ出し、さらに敵の手から奪還するなど、到底不可能な自殺志願に等しい。

 途中で力尽きて、野垂れ死ぬ未来が嫌というほど目に浮かぶ。

 

 ──だが、心のどこかで。

 

 本当に、ほんの僅かな心の奥底で、もしかするとガセルなら、本当にやり遂げてしまうのではないかという、理屈を超えた奇妙な予感があった。

 何がそう思わせるのか、シャクヤク自身にも分からない。

 だが、これまでグロリオーサから怒るように、心配するように、しかし愉しげに聞き及んだ、ガセルという男の人となりを。その戦い、その生き様、そして先ほど部屋を出ていったあのボロボロの背中には、世界の常識を、運命という理不尽を、その手で無理やり捻じ曲げてしまうような何かが宿っているように見えた。

 

「……お願い……あの子を……」

 

 静まり返った診療所に、シャクヤクの切実な祈りだけが、波紋のように小さく響き続けていた。

 

 

 ガセルは駆ける。

 医学的な限界などとうに置き去りにし、肉体のすべてが消滅を訴えるような激痛の悲鳴をあげてもなお、その執念をただ純粋な推進力へと変えて。

 ハチノスの喧騒を置き去りにした彼は、一筋の歪な、しかし圧倒的な質量を持った青白い閃光となり、新世界の重苦しい空を文字通り引き裂きながら爆走していた。

 

 そして。

 

「……見つけたぞ」

 

 その猛烈な電界の檻に捕らえられたのは、気流に乗って悠然と空を飛んでいた、一羽の巨大な鳥人間だった。

 お洒落な黒いシルクハットに、きっちりと締められた蝶ネクタイ。

 仕立ての良いベストとジャケットを身に纏い、世界中の情報を貪るその男──世界経済新聞のモルガンズである。

 

「……は? ぶっ、ぐぇッ……!?」

 

 モルガンズは何が起きたのかさえ理解していなかった。

 突如として自らの背後に空間転移の如く現れた青い雷光、そして次の瞬間には、喉元を万力のような鉄の腕で鷲掴みにされ、強制的に空中へと縫い付けられていたのだ。

 

「な、何だ!? 何の真似だ、離せ……ッ!」

 

「……お前に、聞きたいことがある」

 

 息も絶え絶えな、だが網膜を直接焼くようなガセルの昏い双眸を見て、モルガンズの全身の羽毛が恐怖で逆立った。

 

「お、お前は……ッ! ロックス海賊団の……雷禍かッ……!?」

 

「……グロリオーサの居場所を教えろ。今すぐだ」 

 

 世界中の特ダネを網羅するこの情報王なら、新世界で起きた不自然な拉致の真実を必ず掴んでいる。

 ガセルは確信を得ていた。

 だが、モルガンズは青い火花を散らすガセルの顔を見て、冷や汗を流しながら必死に首を横に振る。

 

「……ッ。し、知らねぇ……! 俺は何も知らねぇよ! いくら新聞王の俺でも、海賊一人の足取りなんざ……ッ!」

 

「お前なら知っているはずだ。……言わねぇなら、ここで殺す」

 

 冷徹な最後通告と取れる宣言とともに、ガセルの指先からバチバチと悍ましい高電圧の電弧が爆ぜる。

 モルガンズの首を締め上げる五指に、容赦のない、そして一切の交渉を拒絶する殺意の力が込められた。

 

「……ぐ、ガっ……!?」

 

 白目を剥きかけたモルガンズは、この男がブラフを言っているのではないと本能で理解した。

 この雷禍という男は、情報を吐かねば本当に今この場で自身の身を灰にするつもりだ。

 やがて限界を迎えたモルガンズは、命乞いをするように激しく羽を震わせた。

 

「わ、分かった! 言う! 喋るから……だからその手を離してくれ、殺さないでくれぇ!」

 

 ガセルの手の力が、ほんの僅かに緩む。

 モルガンズは激しく咳き込みながら、喉を押さえて一気に捲し立てた。

 

「……近々、世界政府の主催……いや、天竜人どもの身勝手な余興でな……『先住民一掃大会』という悍ましい催しが開催されるのさ。非加盟国の島を舞台に、そこに住む人間をなぶり殺す悪趣味なゲームだ! そしてその催しの目玉の一つとして、珍しい悪魔の実や希少種族を景品にしたゲームが行われる……! その最高級の商品として、アマゾン・リリーの先代皇帝が出品されるって裏情報が、俺の耳に入ってる!」

 

「……ゲーム、だと?」

 

 ガセルの声の温度が、一瞬で絶対零度まで吹き飛んだ。

 人が、グロリオーサが、あいつらの玩具の景品として出品される。

 その事実だけで、周囲の空気がバリバリと不気味に震え出す。

 

「そ、そうだ! お、俺はてっきり、シャクヤクのことかと思って探らせていたんだが……その様子じゃ、実際に攫われたのは先々代グロリオーサの方なんだろ!? なら辻褄が合う! 攫ったのは天竜人の息がかかった政府の組織か、奴らの直属の戦力だ! 景品として出品されるのは、グロリオーサで間違いねぇ!」

 

 モルガンズはガセルの逆鱗にこれ以上触れぬよう、知っている限りの情報を吐き出し、必死に保身を図る。

 

「場所は」

 

 ガセルは濁った声で、ただその一点のみを求めた。

 モルガンズは一度大きく唾を飲み込み、世界の誰もがその地に足を踏み入れることを禁じられた、呪われたその島の名を口にした。

 

「……西の海(ウエストブルー)にある島国……ゴッドバレーだ!!」




遅くなって申し訳ない。
過去話をもはや別物レベルで書き直してました。
話の筋や流れは変わってないですが、よかったら1話から読み直してみてください。
それと大幅な改稿に伴い、この作品を一般公開にしました。
またどこかでお気に入り限定にするかも。
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