異世界の英雄たち、赤ずきんチャチャの世界を修正します 作:hoyohoyo
原作の流れを尊重しつつ、独自展開を含みます。
~剣と魔法の世界の英雄たち~
ひんやりとした石畳の冷たさが、鎧越しにも伝わる。
松明の火は揺れない。
揺れるほどの風すら、この迷宮には存在していなかった。
遠くで何かが爪を立てている音が、反響ではなく『耳の奥を直接引っ掻く』ように響く。
普通の冒険者なら、三歩で足が止まり、十歩で呼吸が乱れ、二十歩で剣を落とすだろう。
だが、先頭の少女を含む六人の冒険者は平然としていた。
まるで休日の散歩でもするかのように、軽やかな足取りですたすた歩いている。
先頭のリーダー格らしい少女は、肩甲骨まで伸びた黒髪を一つに括ってまとめ、頑丈な板金鎧を身に纏っている。
背負うのは彼女の小柄な体格(といっても女性としては平均よりやや高めだが)よりに対して明らかに不釣り合いな大剣―グレートソード。
大の男性が2人掛かりで持ち上げてやっとのその剣をまるでリュックサックの様に背負い、歩くたびに軽く金属の擦れる音と揺れが起きる。
「…英雄なんて肩書き、一銭にもなりゃしないわね」
リジャール王と肩を並べる実力者と目されても、現実は世知辛い。
思い切って購入した新居のローンに、騎士団の薄給。
英雄の胃袋を満たすのは名声ではなく、確かな報酬だ。
そう不満げにぼやきながらも、彼女の視線は常に暗闇を測っている。
気配の層、空気の重み、魔力の流れ。
戦場を知る者の目だった。
彼女の名はアーリン。
剣と魔法の世界フォーセリアの中心、アレクラスト大陸で齢18にして「英雄」の称号を得た女騎士(本人は英雄って柄じゃない、と否定していたが)。
かつてオーファン王国の騎士団長を務めていた。
しかし、大陸を震撼させた事件―魔精霊アトンの復活―の際に同じく召喚された邪竜との決戦に巻き込まれる。
冒険者仲間と共にヤルガスン山脈の失われし聖廟で手に入れた魔剣《アークスレイヤー》を手に、邪竜の額を貫いた伝説の持ち主。
英雄となってからも騎士団と冒険者の職を兼任し、二足のわらじを履き続ける毎日を送っている。
今日の依頼は王都ファンから数日程度の距離にある古代遺跡の調査である。
冒険者ギルドからの依頼―「この遺跡に入った者が何人も戻ってこない。様子を見てきてほしい」という定番の危険臭い案件ものだった。
遺跡内部の空気は湿り気を帯び、足音がコツ、コツと反響する。
「今のところ怪しい気配はな―!?」
突然、足元が淡く光る。
だがそれは既知の魔法陣ではない。
円環が幾重にも重なり、文字とも記号ともつかぬものが立体的に浮かび上がる。
「…何これ!?」
アーリンが背中に装備しているアークスレイヤーが、かすかに震えた。
警告だ。
戦場で何度も命を救ってくれた、あの感覚が今、この迷宮で起こっている。
「全員、離れ―」
言い切る前に、音が消えた。
仲間の足音も、呼吸も、迷宮の爪音も。
世界が切り取られたような静寂。
そして、次の瞬間に訪れる爆発的な光。
慌てる仲間たちの悲鳴が遠ざかり、その光が弾け、再び闇が訪れた時には―彼女の姿は完全に消え失せていた。
彼女が落とした松明の弱々しい炎が地面を照らすだけ。
「はぁっ! やあっ!」
サントハイム王女アリーナの拳が、空気を爆ぜさせる。
まだあどけなさが残る可愛らしい顔、肩まで伸びた亜麻色の髪をカールした17歳の少女。
数か月前に世界を覆う闇と邪悪な魔族、そして魔王を自我のない怪物に変えようとした邪神官を倒し、平和を取り戻した英雄。
今やその名は大陸中に知れ渡っている。
しかし平和を取り戻した後も、彼女は満足せずにひたすら自らを鍛え続けている。
最近の目標は『火力を強化する』事。
拳が振り抜かれた瞬間、熱が爆ぜる。
空気が焼け、見えない敵が吹き飛ぶ。
そんな遠距離技の『閃光烈火拳』をマスターした後は接近戦を極めるべく修行中。
これまでのキラーピアスの二連撃から同じ導かれし者たちである勇者や王宮戦士ライアンが使っていた『はやぶさの剣』と自らの拳による連撃を身にすべく今日も剣を振るう。
剣は元々苦手だったが、軽めの剣なら意外と相性が良く、武術を極めんとする彼女にとって、剣は得物の一つに過ぎない。
蹴りや拳からの剣の一撃を放つモーションや、逆に剣でフェイントを掛けて威力のある拳を叩きつける、などバリエーションに富んだ攻撃方法を模索していた。
「はぁっ!」
踏み込みと同時に地面が割れる。
拳の軌跡が熱を帯び、空気が弾ける。
蹴りから剣へ、さらに剣から肘撃ちへ。
連撃が心の眼で見える仮想敵に全て当たる。
よろめいた敵のイメージからの、最後の踏み込み。
「ここだ!」
拳を叩き込む瞬間、足元が光った。
「!?」
踏み込んだ足元を中心に魔法陣が広がり、全身を眩い光が包み込む。
光が収まった時、アリーナの姿はもうそこにはなかった。
重い結末だった。
仲間の一人が、魔王シャブラニグドゥの七体の一つが封印されていたことを知り、別の仲間が命を落とした事により憎悪に飲まれて魔王として覚醒。
最終的に一騎打ちでその魔王が倒れたこと。
そして―仲間たちの本当のフルネームすら知らなかったことに慟哭したこと。
数年の間連れ添った相棒と一緒に故郷ゼフィーリアの実家に戻り、レストラン『リアランサー』の客席で(営業は終わっているので店内には二人だけ)、姉のルナにグラスを傾けながら旅のことをぽつぽつと話すのは栗色の髪の少女―リナ=インバースだ。
自他ともに認める天才美少女魔導士。
その名に恥じない可愛さを持つ少女だが、性格は苛烈でトラブルメーカー。
通った後にはぺんぺん草一本残らない、と言われる始末。
そんな彼女が肩を震わせ、涙を零している。
「あたしは…何も知らなかった、あいつら…ルークやミリーナの事も、彼があんな闇を抱えていた事も」
グラスを握るリナの指先が白くなる。
「…大変だったわね。でも、彼も救われたと思うわ」
ルナがそう言って、自分のグラスをリナのグラスに静かに合わせる。
「あの世でもパートナーと一緒に冒険できますように」
そしてドワーフが愛飲するという幻の火酒を一気に飲み干した。
リナは彼女の仕草に少し微笑む。
だが、その笑みはいつもとは違い、少し無理をした微笑み。
しばらくは静かな空気が流れたが、ルナが唐突に切り出した事で一転。
「で、あの剣士…ガウリィくん、だっけ? どこまで進展したの?」
「ちょっ! ただの保護者だから! ほ・ご・しゃ!」
顔を真っ赤にして慌てるリナを、ルナはにやにやしながらさらに突っつく。
「あんたもいい年なんだから、そろそろそういう関係になってもいいんじゃない?」
「だ~か~ら~!!!」
酒のせいで赤みが引かない顔のままグラスに口を付け―突然、床が光った。
「な、何!?」
謎の魔法陣が二人を囲むように広がり、立ち上がった彼女たちを強い光が包み込む。
次の瞬間、二人の姿は消えていた。
一面の白に包まれた宮殿の大広間。
しかし白は白でも、ただの色ではなく、輪郭を失わせるほどの純粋な光。
そんな中で玉座に座る一人の女神が、憂いを帯びた表情でため息をつく。
(時間がありません…早く、英雄たちが来てくれないと)
女神は一瞬だけ天井を見上げる。
誰かに見られているような錯覚、しかし気のせいだと首を横に振り―
「そろそろ…ですかね」
呟いた瞬間、目の前に光り輝く三つの球体が現れた。
「来ましたね…!」
玉座から降り、じっと球体を見つめる女神。
光が徐々に弱まり、中から現れたのは、それぞれ異なる世界の英雄たち…アーリン、アリーナ、ルナ、リナの4人だった。
召喚された4人の英雄に纏わりつく空間の震え。
彼女らは、本能で悟る。
―目の前の存在は、本気なら自分たちの世界を消せる、と。
女神は召喚成功を喜びつつ、威厳を保とうと口を開く。
「よく来ました、英雄たちよ。貴女たちならこの物語を救って―」
「人が気持ち良くお酒飲んでる時に何邪魔しとんじゃあぁぁぁぁ!!!」
話を遮り、リナの飛び蹴りが女神の顔面にクリーンヒット。
人間より遥かに格上の存在が相手だろうが、持った本質は変わらないのだ。
召喚された瞬間の状況―鍛錬中で、連撃のトドメを刺そうとしていたアリーナは…。
ゴンッ!
けたたましい音と共に、アリーナの拳が女神の頭部に直撃した。
「あたしの貴重な晩餐と酒を台無しにした罪は、竜破斬(ドラグ・スレイブ)一発じゃ足りないわよ!」
鬼の形相で睨みつけるリナの姿。
「うっうっうっ…こんなの召喚しちゃって大丈夫かな…」
先ほどの威厳はどこへやら、大きいタンコブを作って床にうずくまって泣く女神を、アーリンが冷ややかに見下ろす。
「で? 私たちを召喚した理由は?」
「あ、やっと話が通じそうな人が!…コホン。私の名は女神アーヤハ・ナミーン。実は私が作った物語の舞台が危機に晒されているのです」
無理に仰々しいポーズを取るアーヤハに、ルナが呆れ顔。
「女神、ねぇ?威厳の『い』の字もないじゃない」
彼女の辛辣な言葉をあえて無視して言葉を続けるアーヤハ。
「天界の神はそれぞれ、自分が創造した世界を築き、物語を紡ぎ、完結させる。それが我々に与えられた使命なのです」
「じゃあボクたちの世界も、ここの神様たちが作ってるってこと?」
アリーナの素朴な質問に、アーヤハはにっこり頷く。
「そうです。色んな神が世界を作り…私もその一人。ある世界を作り、物語を史実通りに進めようとしたのですが!」
そこで言葉を切り、アーリンに駆け寄る。
先程の威厳のある姿はどこへやら、まるで子どもみたいに愚痴をこぼし始める。
「全然進まないんですぅ…! 冒頭で魔法の国の国王と王妃を石にするとこまでは良かったのに、魔物が石像を壊そうとして物語が破綻しかけましたし!」
さらに口撃は加速する。
「『主人公チャチャの正体が魔法の国のプリンセス』って部分は物語開始までは絶対秘匿のはずなのに、なぜか『もちもち山に住む女の子は実は魔法の国のお姫様』って噂が広まって…! これも私の力で記憶消去して何とかしましたが、もう限界なんですぅぅ!」
一気にまくし立てて、はぁはぁと息を切らすアーヤハ。
「そのうち女神の力が届かなくなってきて…このままじゃ物語が完全に破綻しちゃうんですよぉぉぉ!」
そう言ってアーリンの腰に抱きつき、涙目で並みの人間ならあっさり魅了されてしまう上目遣いをするも、この数分で女神の性格がバレてしまった4人にはまるで効果はなく。
「上司とかいないの?」
「いるんですけど…基本的には介入しちゃいけないんですよおぉぉ!」
アーリンの言葉に涙をだばだば流しながら答えるアーヤハ。
「でも直属の上司が『手助けはできないけどアドバイスは出来る』って言ってくれて…『英雄クラスの人間を召喚して、物語を修正してもらう』というナイスな助言を頂きました!それでこうやって召喚して」
スパーン!
「自分で作った物語でしょー! 自分で尻拭いしろやぁぁぁ!」
アーヤハの話を遮り、リナが懐から取り出したスリッパで女神の頭を全力で叩く。
「私のところの戦の神はもっと威厳あったわよ?」
アーリンが冷ややかに呟けば。
「ボクたちを呼ぶ前に、自分で直せばいいのに!」
アリーナも正論を叩きつけ。
「一応わたしも赤竜神の魂持ちなんだけど…親近感が1ミリも感じられないわね」
ルナはやれやれといった表情で。
「それが…でぎましぇんよぉぉ…」
4人に突っ込まれ、心にダメージを負ってとうとう顔を覆って号泣する女神…いや、駄女神。
「とりあえずどうしますかね」
「このアホ女神は置いといて、このままいても元の世界に戻れるか分からないし」
「はぁ~、結局この駄目女神のお願いを聞かなきゃダメってことか」
ルナ、リナ、アリーナが肩を落とす。
「そういえば…自己紹介してなかったわね」
アーリンの一言に、リナが苦笑い。
「このポンコツ女神の勢いで完全に忘れてたわ」
一通りの自己紹介を終え、改めてぐずぐず泣く女神に向き直る。
「仕方ないわね。選択肢がないんでしょ?」
「ありがどうございまずぅぅぅ!」
「こら顔くっつけるな、鼻水!」
喜んで抱きついてくるアーヤハの鼻水を、アーリンが冷静に指摘する。
「で? 報酬は?」
「ほうしゅう?…いたた!」
意味が分からないふりをするアーヤハだが、リナに頬を抓られて悲鳴をあげる。
「とぼけないで。神様の尻拭いなんだから、それ相応の報酬がないとやってられないわよ?」
「それに異世界の言語も世界観も常識も何も知らないんだから、知識だけは一瞬で教えてよね?」
リナの言葉に続いてルナが畳みかけていく。
「はひぃ…知識はオーケーです! 私の神力で負担なく一瞬で覚えられるようにしますし、異世界でも貴女たちの魔法が使えるようにします。報酬は…」
そこでアーヤハは四人に囲まれながら正座している自分の状況に気付く。
彼女はがっくりと肩を落としながら言葉を続ける。
「うう…まるで私が悪人みたいじゃないですかぁ…。えっと、異世界に転移する際に、今の年齢より数年ほど…英雄候補生だった頃まで若返らせます」
「…あら、意外と話がわかるじゃない。いいわ、その条件に乗ってあげる」
「ルナ、即答早っ!」
即決するルナにアーリンが突っ込む、シュールな光景。
「ボクは強い武器が欲しいかな、出来ればいくつか欲しいな」
「それと金貨とか宝石とかも持ち帰りOKでしょ?あ、異世界のマジックアイテムはあたし優先ね!」
「装備は先渡しで! わたしとリナは今素手よ? あとこの若返り、元の世界でも効果あるわよね!?」
「…私は普通に元の世界に戻れればいいんだけども」
「アーリンさん以外みんな強欲…いえ何でもありませんです、はい」
三者三様の要求にドン引きしつつ、アーヤハは了承する。
「では、コホン…改めて、ようこそ『赤ずきんチャチャ』の世界へ!あ、とりあえず物語の始まる数か月前に転移させますね!」
その言葉と共に、再び4人の足元に魔法陣が浮かび上がり―次の瞬間、彼女たちの姿は天界から消え去った。
「頑張ってくださいね、皆さん―物語が壊れたら、その世界は消えますから」
アーヤハの静かな声が、誰もいなくなった大広間に弱く響く。
だが、その一言だけで十分だった。