異世界の英雄たち、赤ずきんチャチャの世界を修正します 作:hoyohoyo
チャチャは―動けない。
変身はまだ解かれていないが、指が震え、弓が落ちる。
「…え?」
理解が追いつかない。
ビューティ・セレインアローが効かなかった。
目の前にあの強くて優しい、うらら学園の先生たちが無残な姿で倒れ伏している。
地面に広がる血。
動かない身体。
「チャチャ!」
セラヴィーがやってくるが、ようやく意識が現実に追いついたチャチャは変身を解いて一目散にアーリンの元へ駆けつける。
「アーリン先生!?起きて!起きてよ!」
半ば土気色になったアーリンの肩を揺らす。
セラヴィーがその手を握って止める。
「駄目です、動かしてはいけません!」
「なんで!?だって血が、血がたくさん出て…!」
未だこの現実が受け入れられない彼女。
「ならば、傷を止めるもの…!」
焦りながらもチャチャは召喚術を詠唱する。
「出でよ!傷薬!」
空中から出てきたのは、巨大な絆創膏。
「い、出でよ!回復薬!」
今度は救急箱の山。
「出でよ、アーリン先生を治すもの!」
震えた声で召喚したものは…可愛いうさぎの巨大なぬいぐるみ。
役に立たない、まったく立たない。
「なんで?なんでよぉぉぉぉ!」
自分の未熟な魔法ではアーリンは救えない、そんな絶望感がチャチャを襲う。
大粒の涙を流してその場にしゃがみ込む。
「わたしが…わたしが弱いから?」
チャチャが半ば自暴自棄にも近い言葉を吐き出す。
「わたしは魔法の国のマジカルプリンセスなのに、こんな時に、人ひとり救えない!」
「黙ってて!お願いだから…黙ってて…」
リナの声は悲鳴に近かった。
その表情は、嘆きと絶望で歪んでいる。
(リナ先生は、あんな顔をする人じゃない)
(あんな声を出す人じゃない)
(なのに…どうして?)
視界が白く霞み、世界が一瞬止まる。
(ちがう、わたしのせいじゃ―)
言いかけて、喉が詰まる。
(…ちがわない。わたしが…弱いからだ)
止まっていた世界が、音を取り戻す。
チャチャは乱暴に涙を拭い、震える足で一歩踏み出した。
「先生!アーリン先生たちを助けるには、どうしたらいいの!?」
その言葉にセラヴィーは真剣な表情で返答する。
「まずはこの2人を家まで運びましょう。チャチャとしいねちゃんは魔法で担架を出して下さい」
「分かった!出でよ、担架!」
ポン、と音を立てて出てきたのは…担架ではなく、病院でよく見かける患者を運ぶためのストレッチャーだった。
「ま、まぁ担架に近いものですからいいでしょう、これにはアリーナ先生を乗せましょう」
セラヴィーが少し困った表情を浮かべながらも魔法でアリーナを乗せ、チャチャとどろしーがストレッチャーを転がす。
しいねちゃんは普通に魔法で担架を出し、アーリンを乗せてリーヤと2人でそっと運ぶ。
ルナとリナも足取り重く後から付いていく。
馬を駆けながらアクセスは自分の起こった出来事をまだ整理できずにいた。
アークスレイヤーが鎧の中心を貫いた瞬間に何かが弾け、それと同時に何かが消えた。
目の前に倒れ伏す少女と自分が斬った剣先から滴り落ちる血。
(私は…ここまでやる必要があったのか?)
違和感が脳内を占める。
大魔王に命じられ、チャチャたちの元に向かった時は、その命令とは別の感情が生まれていた。
内側で脈打つ、あの熱、あの苛立ち、粘りつくような衝動。
アーリンと呼ばれる少女が自分の剣を弾いた時にその感情が一気に噴き出し、まるで自分が自分でない感覚に陥っていた。
口から出てくる言葉も、自分が知らない言葉。
(神の力…神殺し…)
チャチャたちを倒す事よりも先に沸き上がったのは『この人間どもを皆殺しにしろ』という負の感情。
愉悦、そして快楽。
自分の剣は任務を遂行するためのものであり、こんな感情は全く不要のものだったはずだ。
馬を止めて、空を見上げる。
自分の鎧の中心部分、何かが埋め込まれていた跡をそっとなぞる。
そこには確かに何かがあったはずなのに、何があったのかすら思い出せない。
「…!?」
一瞬だけ、指先に纏わりつく自分の存在そのものを歪めそうな何かの残滓。
アクセスの手が止まるが、すぐにその残滓は風に溶けて消えていった。
(今のは…何だ?)
分からない、だがひとつ確かなのは。
胸の奥にこびりついていた負の感情が消えているという事だった。
夜が明ける。
窓から差し込む光は、やけに穏やかで、そして残酷だ。
アーリンは眠ったまま。
胸元に巻かれた包帯は赤く滲み、傷口の周囲は黒い澱みがまるで墨汁のように染み付いている。
呼吸は浅く、時々うめき声を上げている。
アリーナは胸の周りにコルセットを付けられ、固定されたまま眠らされている。
苦しそうな寝息を立て、時々咳き込みながら口から黒い血を少量だが吐き出す。
リナはそんな2人を見ながら椅子に座り、アーリンの手を握り、アリーナの口に付いた血を拭き取っている。
一睡もしていないのが分かる程に、彼女の目は赤く充血していた。
ルナはそんな彼女たちをじっと見ている。
何も言わずに、時折顔を俯かせて。
「…セラヴィー」
ルナが別室のセラヴィーに声を掛ける。
チャチャたちはジョアン1世が使ったとされる武器、不死鳥の剣を探す為に屋根裏の蔵書室に閉じこもっていたが、ようやく目途が付き、今は旅の準備をしている最中だ。
「このままじゃ、間に合わないのよね?」
セラヴィーが一瞬沈黙し、ふぅ、と息を吐き出して重い口を開ける。
「回復魔法で傷はある程度塞ぎましたが、多分…歪みの影響でしょう。彼女たちの身体が歪みに侵食されています」
そこまで言って調合した薬をテーブルの上に置く。
「あくまでもこれは時間稼ぎにしかなりません。アーリンさんの回復魔法ならワンチャンスあるでしょうが…」
「アーリン本人が昏睡状態な今、それは叶わないこと」
ルナがそう言って唇を噛みしめる。
「助かる方法は…不死鳥の剣の力を使う事です」
セラヴィーが言葉を続ける。
「不死鳥…フェニックスは再生と生命を司る神の鳥。魔を祓う効果もあると聞きます。不死鳥の剣の『邪悪な心を打ち砕く』能力があれば、あの歪みの侵食も多分消えるかと」
このままだと、アーリンたちに待っているのは『死』あるのみ。
ルナはアーリンに薬を飲ませながらその顔を見る。
血の気が失せた顔に青白い唇。
折れたアークスレイヤーが布に包まれて壁に立てかけられている。
(力ある者を滅ぼす魔剣…いや、わたしたちの『象徴』が折れている)
その事実が重く圧し掛かる。
ルナは目を閉じる。
(史実の進行より先にアーリンたちが力尽きるかもしれない)
不死鳥の剣を探す旅は、そんなに短くない。
(それでも…今動けるのはわたしだけ、ここで黙ってチャチャたちを見送るなんて出来ない)
そう思いながら視線をリナに向ける。
彼女はアリーナに薬を飲ませ、そのまま椅子に座ったままだ。
「…あたしは、ここを離れたくない」
いつもの彼女からは想像も出来ない暗く、澱んだ声。
「アーリンやアリーナが目を覚ますまで、絶対に」
譲らない目をしている。
今のリナを無理に動かせば、壊れる。
(この子は、今は戦えない)
ルナは理解する。
彼女の受けた心の傷はアーリンたちの物理的な傷よりも、もっと深い。
「…わたしが行くわ」
ルナはそう言って旅の荷物を背負う。
リナからの言葉はない。
「英雄としての誇りも魂も砕けた。でもわたしはまだ折れていない」
しっかりとした口調。
「それに…あんたの姉だもの、わたしは。妹が困ってる時に助けるのが姉の役目でしょ?」
ルナの言葉にリナが顔を上げる。
「姉ちゃん…ごめん、こんな時に」
「いいのよ。それにね…わたしは欲深いのよ?仲間も取り戻したいし、物語もハッピーエンドにしたい。アーヤハから報酬も巻き上げたい」
そして眠るアーリンに近づき、その包帯越しの胸にそっと手を置く。
「だから、諦めない」
それは誓いではなく、事実の確認という意味での言葉。
「不死鳥の剣を持って帰ってくるから、あんたはしっかりアーリンたちを見てなさい」
静かな声色でリナの頭を撫でる。
「姉ちゃん、死んだら承知しないからね」
リナの声は掠れている。
「何言ってるの、わたしの実力知ってるでしょ?何度も勝負だ!って言ってあんたがわたしに竜破斬ぶちかまして、それをあっさり弾き飛ばしたのをもう忘れた?」
その言葉にリナにやっと笑みが戻る。
「看病、お願いね」
「…任せなさいよ」
その言葉で、ようやく2人はお互いの目を合わせる。
言葉は少ないが、それでも十分。
扉を開ける。
チャチャたちは不死鳥の剣を探すための旅の準備を終え、今から目的地に向かおうとしている。
「ルナ先生ー!こっちこっちー!」
明るいチャチャの声に微かな微笑みを浮かべるルナ。
空は青く、世界は何も知らない顔をしている。
(待ってなさいよ、アーリン)
一歩を踏み出す。
後ろは決して、振り返らない。
振り返れば、迷ってしまうから。
それは派手ではないが、確かな英雄の一歩だった。