オトモンマガドは黄昏れる   作:ムラムリ

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オトモンマガドは憤慨する

「……相当に勘が良いようだな」

 山の中腹。タマミツネにとって居心地の良いような、渓流の水が溜まっている場所までやって来た。

 タマミツネが居たような痕跡は色濃く残っていても、当の竜は居ない。風下から、色々気をつけてやってきたつもりだったが。

 メル・ゼナも、とりわけキュリアを侍らせていないこいつは、古龍と思えない程に存在感がない。現にすぐ後ろまで来られても、気付けなかった程に。

 そしてそのメル・ゼナは何故か休憩するように腰を下ろしてしまった。

 翼も閉じて。

「俺がその気になればタマミツネなぞすぐに探し出せるだろうが……。別に急ぎでもないのだから、十日くらいお前達だけで探してみたらどうだ?」

「仲でも深めろって事ならお前も付いて来いよ」

「いや、止めておく」

 じっと目が合う。

「……」

 明らかに、隠している意図がある。聞き質しても答える事はないだろう。

 改めて溜息を吐く。

「俺だけで、俺より強い、それでいて過激な奴を探せだなんてしたくないのだがな」

「弱気だな?」

 クソジジイがまた茶々を入れてくる……。

「それならお前は二つ名を冠する奴に勝てるのか?」

「やらなければいけないなら、覚悟を決めるさ。そういう覚悟がないだろう、お前には」

「……当たり前だ」

 そんな覚悟が出来るお前等は、オトモンとして生きる事に恩恵を一杯受けて来たんだろうよ。

 そう思ってると、ライダーが声をかけて来た。

『死角の索敵は頑張るから』

「……まあ、頑張れ」

 

*

 

 結局、図体のデカい奴等が纏まっていては探せるものも探せないという事で、それぞれで分かれて探索する事になった。但し、信号弾とやらをそれぞれが持って、常に手にしておく事。

『どこに向かってるの?』

 溜息ばっかりが出てくるものの、行く先を決めて歩き始めた俺に対して、ライダーが聞いてくる。

「メル・ゼナを上から監視出来る場所」

『どうして?』

「俺にも、ジンオウガ共にも全く感じられなかったけどな、あの近くにタマミツネが居たのかもしれない」

 もしそうだとしたら、俺達がタマミツネを探し出すなんぞ不可能だが。

 ナルガクルガが泣く程の隠れっぷりだ。

『……何で、それを黙って?』

「さぁ? あいつの博愛っぷりには俺も付いて行けていないからな」

 メル・ゼナという種族は、肉を食わなくとも血を飲めればそれである程度賄えるところがあるらしく、殺さなくて済むのならそうしている事も多い。

 とは言え、古龍であるのだから必要な血肉の量など俺なんぞとは比べ物にならないだろうに、命を奪う事は俺より少ない。

『そう言えば、まだ聞いていなかったけど。

 あのメル・ゼナとはどういう関係なの?』

「……まずな、オトモンでない、ただの竜の中で俺くらいに賢い奴って余り居ないんだよ。

 俺達は種としても結構賢い部類に入ると思っているが、同じマガイマガドの中でも、ハンターやらにも無駄に喧嘩を売って、角を折られた挙句に怨嗟を振り撒く奴とか、単純に頭を使わずに狩りをするせいで鬼火を無駄に消費していつまでも腹を空かせてる奴とか。

 そういう馬鹿な奴等が多い」

 ……俺の長兄なんぞ、体が大きくて力が強い事で好き勝手やってたら、喧嘩で角をポッキリやってしまって、世渡りばっかり上手くやってる俺を逆恨みで襲って来やがった。

「……それで、それは古龍も大体似通っているらしくてな?

 要するに、だ」

『メル・ゼナにとって君は珍しい、会話出来る相手だった?』

「そういう事だな」

『…………』

 なのに、街に自分より強い相手が居ないと思い込んで、無理やりオトモンになったんだ……とでも思ってそうだな?

 ……元はと言えば、変哲のなさそうな街から一人外れて、如何にも借り物な鳥竜に乗って散策していたお前が悪い。そのせいで俺はここらは平和ボケしてるんだなと勘違いした。

 はぁ。

 溜息も、もう何度目か分からない。

 

 タマミツネの痕跡が色濃く残る渓流を、上から見渡せる場所に着いた。

 ここにもタマミツネの痕跡は多い。

 鋭い爪が地面を引っ掻いたり、余りにも綺麗な切断の痕跡。

 ……下手な炎のブレスより余程凶悪だ。

『目が見えなくても、こういう見晴らしの良い場所に来るのかな?』

「風は気持ち良いだろうし、他の感覚が優れているなら、周りの事も良く分かるだろうよ」

 風下から、慎重にやってきた俺達の事も含めて。

『それじゃあ、ここに来た事もタマミツネにはもしかして分かっているんじゃ?

 逆に、ここに居る事も目立つだろうし』

「そうだろうな」

『そうだろうなって……』

「俺は、俺には出来ないって思った事を十日間もやり続けられる程愚直ではないからな」

 そもそもこの依頼自体、メル・ゼナだけを当てにしたものだろうに。

『…………』

 何か言いたそうだが、結局お前は俺の言いなりになるしかないよな。

 度胸はあっても、度胸しかないしな。

 腰を下ろそうとした時。

 ひゅるるる、と一陣の風が吹いた。心地良いそれの直後。

 ごとり。

 何かが落ちる音がして、振り向いたら。

 信号弾を打ち出す長筒が、真っ二つになっていた。

 ライダーの手に握られ続けていたはずの、その先だけがすっぱりと切断されて……。

「動くな」

 やってきた方の茂みから、低い、それでいて透き通る声が聞こえた。

 

 …………溜息。

 俺は、弱いか強いかと問われたら、まず強い方に入るとは思っているんだがな。

 大きな縄張りを持ってもう数回は俺の血を継がせたし、下手な古龍には喧嘩を売れるくらいだし。

 でも、こいつのオトモンになってから、俺より強い奴等ばっかりで色々揺らいで来てしまう。

 気が滅入るにも程がある。

「随分と余裕そうだな?」

 後ろからの声。

「別に殺す気はないだろ」

 殺す気だったらそのブレスはもう俺を貫いている。まあ、メル・ゼナが居なかったらここまで落ち着いて居られなかっただろうが。

「……あんな古龍まで連れて、どういう目的でここに来た?」

 ……先にメル・ゼナと会話してないのか?

 それとも、その体で色々聞きたいのか。

「俺のライダーが言うには、あんたが一匹でここら一帯に悪影響を及ぼしているから、オトモンにまたなるか、死ぬか選べ、だとさ」

「…………」

 タマミツネが黙っている間、俺のライダーは僅かに震えている。

 そりゃそうだ。目が見えない癖して、こんな正確無比に筒だけを切り飛ばした。その気だったら体そのものを真っ二つに出来ていておかしくない。

「……何でそんな弱い奴に従っている?」

 また、溜息。また、俺の恥を自分から言わなければいけないのか?

 そう思っていると先にタマミツネが声を出した。

「……お前達が一番おかしい。ライダーの実力とお前達の実力が全く釣り合っていない。

 そもそも、お前もあの古龍も、元々野良だろう?」

 ……ああ、良い言い訳を思いついた。

「俺とあいつがこのライダーを乗せてるのは、ただの暇潰しだよ。

 別に大層な理由がある訳じゃない」

 嘘は言っていない。

「……なら、その気になれば、お前をそいつを放って野良に戻るのか?」

「そうだな。まあ……今すぐにそうするつもりはないが」

 それを聞いて、タマミツネはまた黙った。

 

 風の音ばかり。

 もうちょっとだけ前に行ければメル・ゼナの事も見えただろうにな。

「お前にとって、ライダーは何だ?」

「それは、俺の背中に乗っているライダーに対してか? それともライダー全体に対してか?」

「……両方だ」

「俺のライダーは、ライダーになったばかりだよ。まだ大人ですらなくて、デカい武器なんぞ持てやしないだろう。

 だから……背中に乗せても別に構わない」

 度胸がある事だけは認めているとか下手に言って、根掘り葉掘りされるのは止したい。

「ライダー全体に関しては、前から知ってはいたが、そうだな……想像していたより、余程に相乗効果がありそうだな。

 あのジンオウガも、単体同士なら俺がどうにか勝てるだろうが、ライダーと共になったら、どうにも勝てそうにない」

 タマミツネはまた、黙ってしまった。

 ただじっとしているのも疲れるのだがな……。

 そう思ってると。

『ぼ、僕からも聞いて良い? 僕の声、分かる?』

「……分かる」

 少し、驚く。

 俺が人間の声が分かるのは、共鳴石と接したからだ。暫くそれから離れていれば、また分からなくなるだろう。

 だから、このタマミツネが人の言葉を理解しているのは、素で人の声を理解しているという事。

 ……要するに、それだけライダーと過ごした時間は長かったのか。

 ただ。

『ごめん、やっぱり僕からタマミツネの声だけ聞いて、何を言っているかまでは分からないみたいだ。

 通訳お願いして良い?』

 溜息を吐きながら答える。

「……分かってるってさ」

『……ありがとう。

 あ、あの……貴方は、ライダーの事をどう思ってるの?』

「……どうせ、私のあのクズの事も知っているのだろう。先にそれに答えろ」

 そのまま伝えた。

『…………あんな事をする人が、ライダーで居るだなんて、聞かされるまで思いもしなかった』

 それを聞いて、タマミツネは。

『私は……やはり、つまるところ、ただひたすらに運が悪かった』

 それだけ言ってまた黙ってしまった。

 ……若くしてこれだけ強くなれた素質があるのにか? 番う事にも何の支障もないだろうにか??

「……最悪って訳ではないだろう」

 気付けば、言葉が飛び出していた。

 

「生まれた瞬間に目を潰した相手を、ライダーとして慕っていた事のどこが最悪ではないんだ?」

 強い苛立ちを含んだ声。今にもブレスが飛んできそうな。

「……本当に最悪だったら、お前は既に死んでいるだろ。

 強く在れたから生き延びて、そして欺瞞に気付いて抜け出せた。違うか?

 これまでのタマミツネと同じように惨めに死んで土に埋められていた方が良かったとでも言うのか?

 今も尚、そのライダーと共に在れた方が良かったとでも言うのか?」

 返答はない。

 言える事は幾らでもあったが、ブレスが飛んでくる可能性がありそうで、それ以上は言わない。

 と言うか……その位考えなかったのか? たった一匹で長らく過ごしている内に阿呆になったのか?

 そう思っていると。

「……私は、今となれば目がある者共より余程に外の事が分かる。

 だが、色など何も分からない。私は、貴様等の姿形しか分からない。どれだけ願っても、それはもう叶わない。

 夏に鬱蒼と繁る草花の色も、冬に枯れる冬の厳しさもだ。触れる事の出来ない太陽の眩しさなど、月や星の煌めきなど、私には空っぽから想像するしか出来ない!

 最初から奪われていた。それに嘆いて何が悪い!?

 答えろ!!」

 ……そういう経験があった事を、喜ぶべきだろうか。

「……俺には、嘆いてもどうしようもないような、もう戻らないような傷を負った事はない。

 ただ、嘆き続けた末路は、知っている」

 その経験が無かったなら、俺は答えられないまま、きっとブレスを喰らっている。

「俺達マガイマガドの事は知っているか? 雄は角が折れれば、もう雌からは見向きもされない。

 俺の長兄は、ある時、角を折ってしまった。

 ……本当に、同じマガイマガドたる俺でも、信じられないくらいに、長兄は狂った。

 行き場のないような後悔や、怒りが、嫉妬や憎悪から、羨望から不快までとにかくありったけの負の感情が自分の内側で増幅されて、最早言葉なんぞ通じない程に。生きるという事は命の繋がりの上で成り立っているという事すら忘れてしまったかのように狂ってしまった。

 …………殺すしかなかったよ。

 自分の命すらどうでも良いように暴れ回る長兄を、尊厳を抱いたまま逝かせてやろうだなんて余裕もなかった。

 徒党を組んで毒に犯し、沼に足を取らせて、遠くからブレスや鬼火を当てて。そんな事を繰り返して、鬼火も尽きた長兄は、それでも世界の全てに、怨み辛みを吐き捨てながら死んでいった。

 ……最後まで何を言っているのか、俺にも分からなかった」

 沈黙。

 そして、それからタマミツネは、絞り出すように聞いてきた。

「……お前は、私に同情しているのか?」

 どういう意図でそれを聞いたのかは分からなかった。俺の経験譚から単純に聞きたくなっただけなのか、更に怒りを抱いて返答次第ではとうとうブレスを放とうとしているのか。

 ただ、それに対して当たり障りの良い言葉を選んでいるような時間もなさそうだった。

「……俺は、そんな長兄の末路を見て、角が折れたらそこまでなってしまう事そのものよりも、あんな……誰からも、俺からも一刻でも早く死んでくれと思われる存在にまで落魄れてしまった事が恐怖だった。

 そして、お前が自らそうなろうとしているのは……話している限り、まだ引き返せるだろうにそうなろうとしているのは……やはり俺からしたら馬鹿らしいとしか思えないな」

 言ってしまえば、同情というより、呆れや、憐れみだ。

「…………少し、考えさせてくれ」

 

*

 

 それから、どれだけ待っても次の言葉はなく。俺が声を掛けても何もなく。

 気付かない内に、タマミツネはどこかに行ってしまったようだった。

『疲れたね……』

 同意しつつ、それ以上に。

「……傍迷惑な奴だ」

『うん……そうだね。あれ? メル・ゼナのところに戻るの? 追わないの?』

「俺なんぞにあいつを追える訳がないって分かっただろう。

 それにメル・ゼナにも文句を言わなければ俺の気が済まない」

『ああ、そう』

 そういやこいつ、手に持っている長筒を切り飛ばされたというのに、疲れた程度で終わらせているのか。

 自分からも話しかけていたし、相変わらず度胸だけはある奴だ。




マガイマガドの長兄:
体もでかく、力も強くブイブイ言わせていたけれど、角を折ってしまって発狂して、言葉も通じなくなり、マガイマガドも含めて徒党を組んで殺された。

マガイマガド:
子供はもう複数回作ってる。タマミツネより何倍ももう生きてる。
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