♢コマンドーS.G.T
熱海組は、この地域一帯を裏から支配している極道組織だ。その仕事は多岐にわたる。違法武器・違法薬物の闇取引、人身売買など、魔法の国にバレたら一発で捕まってしまうような仕事ばかりだ。
ただ、それだけが熱海組の仕事ではない。比較的平和かつ、それでいて貴重な収入源となっている仕事が存在する。
「組長、配信準備できました」
「分かったわ。SNSでの告知もよろしく頼むわね」
組織の金で購入した高性能な配信機器を前にして、淡々と配信の用意を進めるのは、我らが熱海組組長、オイラー・ボイラーだ。淡い水色のドレスに、鮮やかな赤色のツインテール。相反する2つの色彩が交じり合い、見る者の目を惹く。その外見はとても愛くるしく、一見すれば極道組織の長のようには見えないだろう。
そして、見た目で言えばコマンドーS.G.Tも同じだ。少女らしいオイラーとは異なり、軍服のようなコスチュームではあるが、短パンからはみ出た太ももが眩しく、胸部を内側から押し上げる双丘が、女性らしさを強調している。そんな2人の美少女が、パソコンの前で作業をしているのは何とも異質な光景であった。しかし、熱海組にとってはこれが日常だ。オイラーもコマンドーS.G.Tも、何も違和感を抱かずに作業を進めていく。
「では、配信開始まで3秒前。3、2、1⋯⋯どうぞ」
コマンドーS.G.Tが配信開始の合図を出す。それと同時に、オイラーは設置されたカメラに向かって笑顔で手を振った。
【雑談配信】今日もいっぱいおしゃべりしよ!【キューティー・オイラー】
「みんな~、こんハッピー! あなたのハートを沸騰させちゃうぞ☆ キューティー・オイラーで~す! 今日はみんなとお喋りしたくて、枠たてちゃいました~」
オイラーちゃん今日もかわいい
「わ~! しんすけさん、スパチャありがとう~! 皆の愛でオイラーちゃんの胸はいっぱいで~す!」
「わー! 皆ありがとうございます! でもでも、あんまり無理したらダメですからね~?」
オイラーは、コメント1つ1つに目を通し、丁寧に対応していく。同接は4000人。平日の雑談配信でこれだけの人数を集められるのは、ひとえにオイラーの人気故だろう。
オイラーは、配信活動ではキューティー・オイラーという偽名を使い、配信をしている。そして、彼女はバーチャル配信者という肩書だが、実際は本人が変身した姿をそのままカメラに映しているだけだ。先ほど視聴者の1人がクオリティが高いと言っていたが、それも当然である。何故なら、モデリングなど一切使っておらず、生身で配信を実施しているのだから。
魔法少女の外見は、非常に整っている。しかも、基本的に飲食の必要はなく、排泄も行わない。よって、長時間配信をしていても、バーチャルだと偽ることが可能なのだ。
最も、それだけではボロが出る可能性があるため、オイラーはわざと少しだけ動きをぎこちなくしてみたりなどの対応は行っているらしい。コマンドーS.G.Tにはそんな器用な真似はできないため、素直に凄いと思っている。
「それでね~? オイラーちゃんのお友達と一緒にこの前おでかけしたんですけれど、その時店員さんのネイルが剥がれて友達の飲んでたコーヒーに入っちゃって! 友達には悪いんだけれど、めっちゃ笑っちゃったんですよ!! あ、勿論ちゃんと店員さんには謝って貰ったから、特定して炎上させようとしないでくださいね~?」
オイラーが今話している内容は、コマンドーS.G.Tと一緒に拷問をした際のエピソードを脚色したものだ。あの時は確かに、コマンドーS.G.Tが剥がした爪が盛大に吹っ飛び、直前まで飲んでいたコーヒーカップに入ったことでオイラーが大爆笑していた。よって、相手は店員でもなんでもないので特定しようがない。そもそも、そいつは既にこの世に居ない。
「あ、もうこんな時間だ。名残惜しいけれど、今日はここまで! 皆、オイラーちゃんのお話し聞いてくれてありがとう~。おつハッピー!」
オイラーの配信は1時間ちょっとで終了した。椅子から立ち上がったオイラーに近寄り、すかさず飲み物を手渡す。
「お疲れ様です、組長。今日も可愛かったですよ」
「ありがとう、コマンドー。まあ、可愛いのは当然よ。だって、魔法少女だもの」
淡々と受け答えするオイラーは、先ほど配信で視聴者と笑顔で雑談していた人物と同一人物とはとても思えない。だが、こちらが彼女の素だ。見た目は愛らしいが、現実主義で敵対する者には決して容赦しない。そんなオイラーだからこそ、熱海組をまとめることが出来ている。
「個人的には配信はあまり好きじゃないので、別の方法で稼いでいただきたいんですけれどね」
「魔法少女の顔はいいビジネス材料よ。使わない手はないでしょう?」
「魔法の国からお咎めが無いように色々手回しする自分のことも、もう少し労わってほしいですね⋯⋯」
本来、魔法少女が配信などを行うのはご法度だ。過去にも、同じことをしようとして即魔法の国からアカウントがBANされてしまい配信できなくなった事例があったという。そのような事態を避けるため、熱海組は魔法の国、その中でも監査と強いつながりを持っていた。
「言うほど大変ではないでしょう? 監査の本部総長は、お金がないと組織運営が成り立たないことを理解している。あっちは私たちからお金が貰えて嬉しい。こっちは監査に邪魔されずに自由に活動できて嬉しい。いけ好かない奴だけれど、お互いWin-Winの関係なんだもの。あっちからお咎めしてくることなんてそう無いわよ」
監査の本部総長、チルチル。コマンドーS.G.Tも何度か顔を見たことがあるが、貴族の出らしくどことなく偉そうな雰囲気を漂わせていた。しかし、貴族であってもお金がないとどうにもならないのは、何とも世知辛い世の中である。その点、非合法とはいえ安定して多くの金を稼いでいる熱海組は安泰と言えるであろう。
「貴族相手の商売はね、金の周りがいいのよ。この前だってろくでなしの貴族相手に途上国からかっさらってきた大量の子供を売りつけたでしょう?」
「あー、そういえばそんなこともありましたね。あれって結局何に使うつもりなんですかね」
「美しさに特化したデザインズヒューマンを作るための材料にするらしいわよ。ホント、貴族様って何考えているか分からないわよね」
そう語るオイラーの瞳は、羨望と怒りが混ざったような複雑な色をしていた。コマンドーS.G.Tは、オイラーが魔法の国の貴族に対して特別な感情を抱いているのを知っている。彼女は、昔から貴族になりたいと言い続けていた。そのために、別件で部下を動かしていることも把握している。
「失礼、電話です」
ちょうどその時、別件で動かしていた部下から連絡が入り、コマンドーS.G.Tは一度オイラーに断りを入れてから端末を手に取った。端末を耳に当てた瞬間、向こう側から五月蠅い声が聞こえてくる。
『コマンドーの姐御!! すんません、目標さらえませんでした!!』
「はぁ? お前と
今回、部下に命じていたのは、魔法の国出身の貴族の一人娘の誘拐だ。貴族の産まれでありながら、市井の魔法少女に恋をし、魔法の国を捨てて人間界で暮らすことを決めた変わり者。そんな貴族の一人娘を人質に取り、脅して自身を養子に取ってもらうことで貴族の地位を手に入れようというのが、オイラーの考えた作戦であった。既に魔法の国を捨てた相手とは言え、その血筋は本物。その養子ともなれば、魔法の国で貴族であると名乗るには十分な肩書を手に入れられる。
『それがですねぇ、小娘が最近入り浸っている廃墟に魔法少女の集団が居るみたいで。そいつらが思ったより数が多いしで強いしで、即排除するのが難しかったんすよ』
端末越しに部下の1人、アニュレールが拗ねたようにそう告げてくる。少し前から潜入し、運転手として働いている文車文の情報から、廃墟に入り浸っていることは知っていたが、魔法少女がいるということは知らなかった。単なる報告漏れか、それとも知らなかったのか。文車文に関してはどちらもあり得る。彼女は、変身前が人間ではないため、知能が高くない。命令には忠実に従ってくれるが、応用力が無いのが難点だった。
「まあいい。対処に関しては後で考える。お前らは一度こっちに戻ってこい」
『了解っす!』
アニュレールに戻って来るよう伝えて、通話を切る。そして、ちらりと視線を横に移した。そこには、ホワイトボードに1枚の写真が貼ってあり、その下に名前が書かれてあった。
熱海組が狙っている標的の名前は、『御手洗花子』。組長であるオイラーの野望のためにも、どんな障害があろうと必ず彼女を誘拐しなければならない。