♢御手洗花子
今日は、珍しく『メディア・ノクス』のメンバー全員が廃ホテル内に集まっていた。それならばやることはただ一つ。ホラー指導だ。前回と同じくプロジェクターを使い、スライドを壁面に映し出す。準備が完了した頃には、フー・スー・ピーを除いた全員がこちらを向いて体操座りしていた。
「それでは、今から第2回、御手洗花子のホラー講座を始めるわ!!」
「「わーい!! ぱちぱちぱち~!」」
『やんややんや』
「そこの2人、リアクションが前回と一緒!! もう少し多彩なリアクションを用意しておきなさい!!」
ビシっとツッコミを入れつつ、花子は壁面をバン!と力強く叩く。そこには、「日常に潜む違和感!」と虹色の文字でデカデカと書かれていた。くるんと一回転した後、バウンドするアニメーションも加えてある。
「スライドだっさぁ⋯⋯」
「しぃ! だめよ、リッカーちゃん。真実は時に人を傷つけるわ」
「そこ! こそこそ喋らない!! 前回居たメンバーには少し話したけれど、今日のテーマはこれよ。『日常に潜む違和感』。少し前に、間違い探し風のホラーゲームなんかが流行ったりしたわよね」
「あ~、確かに流行ってたよねぇあれ。なんか、映画化とかもされてたっけ~?」
比較的に知名度の高いコンテンツの内容だからか、今日はメメの反応も良い。隣に立つ親友の相槌を受けて、花子はさらに勢いづいて語り出す。
「あのゲームって、仕組み自体は凄くシンプルよね。間違い探しって、子供の頃から触れてきたコンテンツですし、馴染みも深い。ただそれが、現実の世界と同居することによって、あれはホラー感を演出しているのよ。普段何気なく見ている光景、そこに潜む違和感に、人間は恐怖を感じてしまうの」
「成程。言われてみれば一理あるかもしれないね」
「わわ、わたし実況動画見たことあるんですが、怖くて途中で見るのやめちゃいましたぁ⋯⋯」
ミッド騎士とJ・Jは比較的真剣に話を聞いてくれている。その一方、ぷれたんとシャイニーダブルスは以前話した内容と似ているせいかあまり集中して聞いてくれていない。前に座るおりんの髪型をアレンジして遊んでいた。そのおりんはというと、隣のリッカーのお世話に夢中でこれまたあまり話を聞いてくれていない。半数近くがあまり真剣にホラー講座を受けてくれていないが、花子はめげない。続くスライドは、さらに文字を大きく表示し、無駄にズームと縮小を繰り返して強調表示している。これで興味をこちらに引き付けるのだ。
「いやだからスライドださいって⋯⋯」
「しぃ! ダメよ、リッカーちゃん。優しい嘘も時には必要だわ」
「そこ! さっきから普通に聞こえているわ!! ダサくないわよ!! ⋯⋯ダサくないわよね?」
「いや、ダサいよ~?」
まさかの親友の裏切りに心が折れそうになる。そうか、自分のスライドはダサかったか⋯⋯。一応動画を見て勉強したのだが、選んだ動画が間違いだったらしい。後で低評価をつけておこう。
気を取り直してホラー講座の続きを行おうとしたタイミングで、2階から目を擦りながらフー・スー・ピーが階段を降りてこちらへとやって来るのが見えた。
「あら、おはようフー・スー・ピー。私のホラー講座を受ける気になったのかしら?」
「それは全然興味ないのよ? あたしが起きたのは、邪魔者が来る気配を感じたからなのよ? シャイニーちゃん、どうするのよ?」
「うーん、そうだねぇ。前みたいなことがあったら危ないし、花子ちゃんは避難させよっか。ミッドちゃん、今からお仕事でしょ? ついでに連れてってあげて~!!」
「了解したよ、我が愛しのリーダー。さあ、お嬢さん方。私と一緒に夜の散歩に出かけようか」
あれよという間に、ホラー講座はお開きの流れになってしまっている。シャイニーダブルスの片割れが花子の身体をぐいぐいとミッド騎士の方へと押し寄せ、慌てて抗議しようと開きかけた口は、おりんの手によって塞がれてしまった。
「ちょっと、いきなりなに⋯⋯もごもが!!」
「はーい、騒がないの。お姉さんたちと一緒にミッドちゃんのお仕事見学しましょう?」
「わーい! あたし、一回ミッドさんのお仕事見て見たかったんだよね~! 勿論付いて行っていいよね?」
「ああ、構わないよ」
「私はどのみち花子に付いていくから~。てか、私の魔法でもまだ探知出来てないんだけれど、侵入者とか本当に来てるの~?」
「本気のあたしにできないことはほぼないのよ?」
花子は強制的にミッド騎士の手でお姫様抱っこされてしまい、その横におりんとリッカー、メメが並ぶ。残りのメンバーはどうやらついて来ずにこのまま残るようだ。
「あ、あの、わたしは、どうすればいいでしょうかぁ⋯⋯?」
『我も回答を求む者なり』
「「J・Jとぷれたんはここに残っといて!! 侵入者は私とスーちゃんとで追い払っとくね!!」」
「ちゃっちゃと終わらせて、もうひと眠りするのよ?」
またしても邪魔が入ってしまった。花子のホラー講座は毎回どうしてか途中で終わってしまう。ただ、これで諦めるつもりはない。今度こそ、最後まで全員の興味を惹けるようなスライドを作って、ホラー講座をやり切ってみせる。
「私は諦めないわよ!! またやるから、その時は全員ちゃんと聞きなさいよね~!!」
ミッド騎士に抱えられたまま廃ホテルを飛び出し、花子の叫ぶ声は次第に遠くなっていった。一緒に付いていった魔法少女たちを笑顔で見送った後、シャイニーダブルスは両側から挟むようにしてフー・スー・ピーの手を握る。
「「んじゃ、行こっかスーちゃん! 怖がらせ屋集団『メディア・ノクス』の本気を見せてやろ~!!」」
「狙いが何かは知らないけれど、ここはあたしにとって安息の場所なのよ? 二度と近づこうと思えないくらい、怖がらせて追い払ってやるのよ?」
♢サンデッド
魔法少女は、清く正しくあらねばならない。悪事に手を染める魔法少女など、論外だ。この世に存在してはならない邪悪だ。だから、サンデッドはそういう魔法少女を見つけ次第、手当たり次第に燃やし尽くしてきた。
そんなサンデッドが今何故、熱海組とかいうカスの魔法少女集団に所属しているのかというと、理由は単純。自分を受け入れて仲間に入れてくれた新波笑美への恩返しのためだ。
サンデッドは、自分の思想がやや過激であることは認めている。でも、これは譲れない信念なのだ。魔法少女として、この信念を否定されてしまえば、サンデッドはサンデッドではなくなってしまう。故に、信念も込みで仲間に引き入れ、共に行動してくれている笑美の存在はサンデッドにとってとても有難かった。そこに打算が含まれているとしても構わない。孤独だったサンデッドに居場所を与えてくれた。それだけで恩を感じるには十分だ。
その笑美が、熱海組を快く思っていない様子だったので、自分から潜入を申し出た。あの時の笑美の笑顔はいつにも増して可愛らしかった。この潜入任務を終えれば、もっといい笑顔が見られるかもしれない。そう思うとやる気も漲る。クズと一緒に行動する苦痛にも、耐えることが出来る。
「ああ、やっと来たのです。遅いのですよ、新入り」
「⋯⋯遅れて申し訳ありません。
だから、こうして悪人に頭を下げることもできる。見えない位置で唇を噛みしめるのは許してほしい。そうでなければ、我慢できずにこの場で焼き殺してしまいたくなる。
文車文は、何を考えているか分からない無表情で、夜空を見上げている。その間も、背中の羽根がせわしなく動いてぶんぶんと音を立てており、非常に五月蠅い。アニュレールとかいうカスゴミは口うるさくて嫌いだが、目の前のこのボケナスも五月蠅くて嫌いだ。
熱海組のトップ、オイラー・ボイラーとかいうドブカスにこき使われている、運転手。元は人間ではないとかいう話も聞いたことがあるが、真偽は定かではない。それを確かめる必要もないだろう。そこまで重要人物であるとは思えなかった。
「ちなみに、標的の少女をなんで毎回律儀に廃ホテルに送り届けているのですか? いっそ、アジトに直接誘拐すればいいのでは?」
「あの車、お嬢の親が特注で作った魔法のカーナビのせいで、目的地以外行けないようになっているのです。ぶんぶんの魔法で突破できないか試したけれど、無理だったのです。だからしょうがないのです」
このゲロカス軍団は、御手洗花子とかいう一般少女を攫ってその両親に交渉しようとしているらしい。正直、その作戦を聞いた時は馬鹿なのではないかと呆れた。魔法の国の貴族連中が、碌にこちらの交渉を受け入れてくれるとは思わないし、そもそも血筋が大事な貴族にとって養子という存在自体意味を為さないだろう。おそらく、過去に貴族関連で何かしらあって、コンプレックスを抱いた故の作戦立案だと予想しているが、概ね間違いではないのではないか。やはり、悪い魔法少女は全員アホバカだ。
だが、奴らの戦闘力に関しては、潜入して分かったが一筋縄ではいかない。特に、オイラー・ボイラーとコマンドーS.G.T。この2人に関しては底が知れない。特攻覚悟で挑めば相打ちには持っていけるかもしれない。だが、それをするとたぶん仲間が悲しむ。だから、動くのは今ではない。
今回標的となってしまった少女が、連日訪れているという廃ホテル。そこを拠点にしているという魔法少女集団に関しては、廃墟を無断で貸し切って活動しているという時点で碌な魔法少女ではなさそうだ。直接見て判断したいところではあるが、十中八九排除しても問題ない相手だろう。少女に関しては一切の罪は無いので隙をついて逃がすか確保したいが、魔法少女相手に手加減をする必要はないと思っている。
ぶんぶんぶんぶん
考え事をしている間も、それを邪魔するように聞こえる文車文の羽音が五月蠅い。音を止めることはできないのか。一度注意してやろうか。
ぶんぶんぶんぶんがりがりがりがり
羽音に、何か異質な音が混ざった。何かを引っ搔くような、そんな音だ。文車文が何かしているのか。視線を文車文の方に向けると、先ほどよりもより顔を上に向けて、何やら不思議そうに首を傾げていた。
「⋯⋯さっきから、何をずっと見上げているんですか?」
「月が。月が、食べられているのです」
「はぁ? 何を馬鹿なことを言って⋯⋯」
否定しようと月を見上げたサンデッドの表情が固まる。今宵は、満月とはいかないまでも、かなり丸い月だったはずだ。その上半分が、まさに食べられたかのように欠けている。
がりがりがりがりがりがりがり
いや、違う。
がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり
月が、削られている。まるで、鉛筆で塗りつぶされているかのように、上から徐々に。さっきから聞こえる音は、このせいだと直感的に理解した。
「誰か居るのか!! 出てこい!!」
咄嗟に視線を落とし、叫ぶ。こんなことは、魔法を使わなければできないはずだ。廃ホテルに拠点を構えるという魔法少女集団の仕業に違いない。そう検討をつけての行為であった。だが、視線を落としたことで、サンデッドは違和感に気付く。
今は月を見ていないはずだ。それなのに、未だに視界の上半分が黒い。そうか、つまり、これは。
がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり
塗りつぶされているのは、月ではなく自分の目の方だったのだ。
──やっと気づいたのよ?
唐突に、あの騒音が鳴りやみ、耳元で誰かの囁く声が聞こえる。息がふーっと耳に吹きかけられ、背筋が凍る。塗りつぶされ、黒くなっていく視界の端に一瞬、白い貫頭衣を纏った魔法少女の姿が見えた。
その声を最後に、サンデッドの視界は完全に黒く塗りつぶされ、同時に意識も闇の中へと落ちていった。
♢フー・スー・ピー
ばたりと目の前で倒れる魔法少女を、無感情に見下ろすフー・スー・ピー。その手には、小さな鉛筆が握られている。
「夜が明けたら視界も元に戻るのよ? だから安心して、ゆっくり悪夢でも見るといいのよ?」
既に声は聞こえていないだろうが、一応教えておく。これに懲りてちょっかいをかけるのはやめてくれればいいのだが。
「流石スーちゃん! 頼りになる女だね~!!」
「シャイニーちゃんも、あたしを増やしてくれてありがとうなのよ? おかげで手間が省けたのよ?」
シャイニーダブルスの片割れが、パチパチと拍手を送って来る。もう1体の方は、羽根の生えた魔法少女の方にいるフー・スー・ピーに拍手を送っていた。どうやら、あっちの自分も、うまくやってくれたらしい。
「そういえば、初めてシャイニーちゃんに増やして貰ったけれど、これって意識は共有していないのよ? なんだか不思議な感覚なのよ?」
ぽんっと手元の鉛筆を消し、シャイニーダブルスに話しかける。シャイニーダブルス自身がいつも2人に増えているから生物を対象に魔法を発動させることが出来るのは知っていたが、その魔法を受けるのは初めてのことだった。自分と同じ存在がもう一人いて、そちらの自分は異なる思考をしている、というのは何とも妙な感覚だ。
「うおー!! やったのよ!! あたしってばやっぱり最強なのよ!!」
「⋯⋯それに、あっちのあたしはなんか性格も違うのよ? これっていつもこうなのよ?」
「うん、そうだよ! 無生物だとそんなことないんだけれどね、生物を2つに増やすと、性格とか好みが反転しちゃうんだよね~。えへへ」
照れくさそうに笑うシャイニーダブルスは、至っていつも通りだ。だからこそ僅かに感じた違和感は、スルーしてしまった。その代わり、自分の分身を見て抱いた純粋な疑問をぶつけてみる。
「ちなみに、あれってどうやって消すのよ?」
「? 消せないよ? 私の魔法って、2つにしちゃうだけだから。消すことはできないの」
「消せないって⋯⋯じゃあどうするのよ?」
「私みたいになればいいよ。それが嫌なら、殺すしかないね」
浮かべていた笑みを消し、真顔でシャイニーダブルスはそう告げてきた。胸の奥がざわりと波打ち立つ。
「殺すって⋯⋯それはちょっと、流石に嫌なのよ?」
「だいじょうぶ、安心して!! あの子のことは私が何とかするから!!」
笑顔が消えたのはあの一瞬だけだったようで、そう言ってぽんと自分の胸を叩くシャイニーダブルスはまた笑顔に戻っていた。この無邪気で明るいリーダーのことを、どこまで信用していいのだろうか。その不安を嗅ぎ取ったのか、シャイニーダブルスはずいっとこちらに顔を近づけてきた。
「ねえ、私のこと信じてくれないの? スーちゃんは私のこと、好きだよね?」
「う、うん。大好きなのよ?」
「ならよかった! 安心なのよ~♪」
フー・スー・ピーの口調を真似、スキップで喜ぶシャイニーダブルス。その姿からは邪気は一切感じない。ただの思い過ごしだろう。この魔法少女が、何かよからぬことを考えるはずがない。
「じゃあ、あたしの分身のことはシャイニーちゃんに任せるのよ?」
「うん、任せて! 大切に扱うからね!!」
フー・スー・ピーはシャイニーダブルスと仲良く手を繋ぎ、アジトへと戻っていく。その様子を、後ろから2人の分身が、じっと見つめ続けていた。