♢御手洗花子
勢いのままに廃ホテルを連れ出され、そのまま夜の町へと飛び出してしまった。最初のうちは講義を邪魔されたことへの怒りが勝っていたが、その感情は徐々に別のものに上書きされていく。
「うわぁ、きれい⋯⋯!!」
いつもは地上からしか見ることが出来ない、夜の街並み。街灯や家々の明かりはそれぞれ微妙に光量が異なり、色合いも違う。夜の暗闇の中輝くそれらは、まるで星空のようにきらめいていた。
「私たちにとっては見慣れた景色だけれどね。初めて見た時は同じ感想を抱いたよ。どうかな、これで少しは君のホラー講座を中断させてしまった埋め合わせが出来たらと思うけれど」
思ったよりも近くからミッド騎士の声が聞こえてきて、そういえば抱きかかえられていたなと再認識する。魔法少女は全員顔が整っているが、中でもミッド騎士は中性的な雰囲気を醸し出している。そんな顔を至近距離に近づけられて、思わず心臓がどきりと跳ねた。
「そ、そうね。まあ、これを見せて貰ったことに免じて、許してあげてもいいわ」
「それは良かった。君に嫌われたくはなかったからね。君にはリーダーとももっと仲良くなってもらいたいし、他の子たちとも、もっと親交を深めて欲しいと思っているんだ。それこそ、わざわざ深夜に来なくたっていい。友達と遊ぶような感覚で来てくれても構わないよ」
「⋯⋯考えておくわ」
確かに、『メディア・ノクス』のメンバーはとても面白い。魔法少女という不可思議な存在というだけでもワクワクするのに、そのメンバーのほぼ全員が花子の好きなホラーモチーフで、こちらの話にも興味を持ってくれるのは貴重だ。深夜の数時間の間だけしか会うことが出来ないのは勿体ないとは感じていた。
だが、それと同時に、この数時間のみの関係だからこそ、特別感があるという考え方もできる。遠くに居る友人の元を訪れて遊ぶ数時間と、いつも近くにいる友人と遊ぶ数時間は、体感的には価値が異なる。それと似たような感覚だろうか。
「お、ミッドさんそれいい考えじゃーん! あたしももっと花子っち達と遊びたいしさ~。とりま連絡先交換しない?」
「あら、リッカーちゃんだけずるいわ~。花子ちゃん、お姉さんとも連絡先交換しましょ?」
ミッド騎士との話を聞いていたらしいリッカーとおりんがずいと傍に寄って来る。どうしたものかと対応に困ってメメの方をちらりと見ると、呆れたように肩をすくめていた。⋯⋯止めてこないということは、別に問題ないということだろうか。それならば、断る理由は特にない。
「ええ、いいですわよ! 3人とも、私と連絡先を交換する権利をあげます!!」
「うわ~。上から目線~! てかちゃっかりミッドさんのことも人数に入れてるし。連絡先、欲しかったんだ~?」
「べ、別にそういうわけじゃないわよ! 2人と交換してミッドさんとも連絡先を交換しないのは失礼でしょう!?」
「ははは、私は構わないよ」
笑顔を浮かべたミッド騎士がすっと端末を取り出し、手慣れた手つきで連絡先を送ってくる。その仕草にまた胸が高鳴ってしまった。一体どうしてしまったというのだろうか。今日はなんだか変だ。それもこれも、ミッド騎士がずっとお姫様抱っこをしているせいだ。この姿勢だと顔が近くにきて、その度にドキドキさせられてしまう。許しがたい所業だ。今すぐお姫様抱っこに税金をかけた方がいい。
その後、残った2人ともささっと連絡先の交換を済ませたところで、ミッド騎士が腰に携えていたレイピアを構える。そのレイピアが光を放ちながら形状を変えていき、細長い虫取り網のようになった。
「それ、何かしら? 今から虫取りでもするの? あなた、生粋の虫取りストだったのかしら?」
「虫取りスト」
「はは、違うよ。そろそろ可愛らしい寝息が聞こえてくる時間だからね。私のお仕事の始まりというわけさ」
「お仕事? そう言えば廃ホテルを出る前そんなこと言ってたわね。どんなことをするのかしら? あなたの魔法に関係しているの?」
「お、鋭いね。私は、『悪夢を調合してプレゼントするよ』という魔法を使うんだけれどね。調合するために必要な素材である悪夢、それを集めるのが私のお仕事なんだよ。⋯⋯ここから匂いがするね。さあ、少しの間お口チャックで頼むよ?」
ミッド騎士はそう言って花子の口に人差し指を押し当ててくる。いちいち動作が気障っぽいが、悔しいけれど様になっている。またしてもドキドキさせられてしまった。
ミッド騎士は他の皆にも静かにするよう促し、一軒家の窓に近づく。普通は鍵がかかっていて開けられないはずだが、なんとあの虫取り網は窓をすり抜けて家の中にするすると入っていくではないか。
ちらりと窓から中を覗いてみると、そこはどうやら子供部屋のようで、少女がベッドの上で眠っていた。しかし、悪い夢でも見ているのか、かなりうなされているようだ。
その少女の口元へと、真剣な表情で虫取り網を伸ばしていくミッド騎士。皆が固唾を飲んで見守る中、かっと目を見開いたミッド騎士が、虫取り網をくるりと回転させた。
「捕まえた!! よし、誰か私の鞄から瓶を出してくれないか?」
「わ、分かったわ!」
ミッド騎士に密着した状態の花子が一番鞄に近い。腰にぶら下げられた鞄の中には確かに何本か瓶が入っていたので、そのうちの1つをミッド騎士に手渡す。
「ありがとう。じゃあ、捕まえたこれを⋯⋯えい!」
ミッド騎士は虫取り網の中身を瓶の中にいれ、蓋を閉めた。すると、先ほどまで何も無かったはずの瓶の中に、赤黒く、そして蠢く奇妙な物体が視認できるようになった。
「え、なにこれ。気持ち悪くな~い?」
「これは、あの子の悪夢だよ。普段は目には見えないけれどね。こうして瓶の中に閉じ込めてしまうと、私以外の人にも見えるようになるのさ」
ドン引きした様子のメメに対し解説を入れながら、ミッド騎士は自分の耳元に瓶を持ってきて軽くゆする。何やら耳を澄ましている様子だ。
「ふむふむ⋯⋯。成程。これは、『永遠の命を味わわされる』悪夢だね。最近この悪夢を見る子が多いんだけれど、なんでだろう?」
「あー、それはたぶん最近流行りの映画のせいっていうか⋯⋯。てか、ミッドさん捕まえた悪夢の内容が分かるんだ。すごっ!」
「どんな悪夢か分からないと調合する時不便だからね。悪夢っていうのはそれぞれ違う音を奏でるんだ。それを聞き取ることで、詳細が把握できるんだよ」
皆、ミッド騎士の解説に感心した様子だ。ふと、花子が窓から再び中を覗いてみると、先ほどまでうなされていた少女は穏やかな寝顔になっていた。悪夢を捕まえたことによって、あの少女は安眠を手に入れることができたようだ。
「さあ、夜は短い。まだまだ悪夢にうなされている少女は多いし、ここからはスピード上げていくよ!」
その言葉通り、そこからの悪夢回収は非常にスピーディーだった。捕まえた悪夢の種類も、バリエーション豊かだ。『配信でアンチコメントを読まれる悪夢』、『銃で撃ち殺される悪夢』、『親しい友人がバケモノに変わっていく悪夢』などなど、様々な悪夢が瓶の中に詰め込まれていく。
「よし! 今日はこれくらいでいいかな。皆、今日は私の仕事に付き合わせて悪かったね。退屈だったろう?」
「そんなことないわ~。悪夢を捕まえるミッドちゃん、とても素敵だったもの。ねえ、花子ちゃん?」
「ま、まあね! 魔法少女っぽくファンタジーで良かったんじゃないかしら?」
突然こちらに振られたことで動揺し、つい強がった口調になってしまった。本心を言えば、とても素晴らしいものを見れた。こんな非日常的な光景は、なかなかに見られるものじゃない。それに、悪夢を見ていた少女たちは、ミッド騎士のお陰で皆悪夢から解放されていた。誰にも知られず、見返りも求めず、人を助ける。おりんの仕事内容を見た時も思ったが、魔法少女は人助けをするものなのだと改めて認識させられた。
「ねえねえ! あたし、折角なら悪夢を調合するところも見てみたいな~!」
「あ、それは私も見てみたいかも~」
メメもこの活動風景を見てだいぶ警戒心を解いたのか、リッカーと一緒にミッド騎士におねだりしている。そして、それに関しては花子も見てみたい。ミッド騎士の魔法の説明だと、『悪夢を調合してプレゼントするよ』というものだった。この捕まえた悪夢たちを、一体どのようにして調合するのだろうか。
「うーん、参ったな。普段は悪夢が逃げ出さないように調合は屋内でやるんだけれど⋯⋯。まあ、気をつければ大丈夫か。花子、私の鞄から少し大きめの瓶を取り出してくれないかな?」
「こ、これね!」
名前を呼び捨てにされたことにまたしてもドキドキさせられながら、花子は言われた通り少し大きめの瓶を手渡す。ミッド騎士はその大きめの瓶の中に、先ほど捕まえてきた悪夢たちをぽいぽい、ぽいーとリズミカルに投げ込んでいった。色とりどりの悪夢たちが、瓶の中で一斉に暴れ出す。
「うわ。なんかこの悪夢たち、喧嘩してない?」
「それは当然さ。この子たちはそれぞれ別の少女たちから産まれた悪夢だ。いきなり見ず知らずの子と一緒の部屋に閉じ込められてぎゅうぎゅうにされたら、喧嘩もしたくなるだろう?」
「それもそう、なのかな~?」
納得できるようなできないような、何とも微妙な理屈だ。花子もメメと一緒に首を傾げる。まあ、当の本人が言うならそれが正解なのだろうが。
ミッド騎士は、瓶が割れないように押さえつけながら、虫取り網をくるりと回転させる。一瞬の光の後、その形状はまた変化していた。長い棒の先端に回転する刃物が付いた、手回しミキサーのような形だ。そのミキサーを瓶の蓋に突っ込むと、窓をすり抜けた虫取り網の時と同様に貫通し、刃物部分がすっぽりと瓶の中に入る。皆が固唾を飲んで見守る中、ミッド騎士は手元のハンドルをぐるりと回し始めた。
『ぎゃああああああああああ!!!!!!!!!!』
その途端、絶叫が辺りに響く。その声は、間違いなくミキサーでかき混ぜられる悪夢たちが発しているものだった。あまりの五月蠅さに耳を塞ぎながら、おりんが心配そうにミッド騎士に尋ねる。
「み、ミッドちゃん!? これって大丈夫なのかしら~?」
「ああ、何も問題ないよ。かき混ぜられて痛いのは一瞬で、段々と快感に変わってくるらしいんだ」
「それはそれで安心できないんだけれど~?」
結局、聞こえてきたのは最後まで悲鳴だったので、ミッド騎士の説明の信憑性はあまりなさそうだ。悲鳴が止み、瓶の中には1つにまとまった大きな黒い塊が産まれていた。
「うっわ。見るからにやばそ~。これ、誰にプレゼントするわけ?」
「さあ、どうだろうね? 今回調合した悪夢はだいぶ強めだから、プレゼントするとしたら私たちに害を為す相手⋯⋯とかになるのかな?」
ミッド騎士は鞄の中に調合したばかりの悪夢をしまい込む。いつの間にか、辺りは明るくなり始めていた。
「もう朝なの!? 早く帰らないとパパとママに怒られてしまうわ!」
「なら、私が家の近くまで送るよ。場所を教えてくれないかな?」
「はいはーい。流石に個人情報になるのでダメで~す。私が責任もって花子を家まで送り届けま~す」
メメがミッド騎士の腕から奪い取るようにして私の身体を抱き上げる。その時、ほんのちょっぴり⋯⋯いや、かなり残念に思ってしまったのは、メメには内緒だ。
「そうか。それは残念。では⋯⋯また夜にお会いしましょう、お嬢様方?」
そう言ってこちらにウインクをしたミッド騎士の顔面が、家に着いて布団に潜り込んだ後も頭の中に焼き付いていた。