♢御手洗花子
時刻は13時。いつもなら今日のおやつは何にしようかなどぼんやり考えている頃だ。だが、今の花子の頭にはこの前の夜に見たミッド騎士の顔が焼き付いて離れない。無意識にポケットから端末を取り出し、メッセージを送ろうとした手を寸前で止める。昨日の今日でいきなり連絡するなんて迷惑じゃないか。しかも、こんな真昼間から。
「花子、さっきから表情コロコロ変わっておもろ~」
芽衣はベッドの上で寝転がりながら、気だるげにスマホをいじっている。今日は午前中から花子の家に遊びに来て、そこからずっとこうしてゴロゴロしている。部屋の主よりも悠々自適に寛いでいるのはどうかとも思うが、毎度のことなので今さら咎めることはしない。それよりも、問題はこの端末からメッセージを送るべきかどうか。その1点のみだ。
「うーん、どうするべきかしら。いきなりメッセージを送るなんて重い女って思われない?」
「重いとかそれ以前にたぶんおもしれー女って認識だろうから大丈夫じゃな~い?」
「あ、あなた失礼ね⋯⋯。私そんな変な女じゃないわよ!」
「自覚なしなのが厄介だ~。てか、花子ってば他人のことをそんな気にするタイプじゃないでしょ。いつもの傍若無人っぷりはどうしたのさ~?」
親友からそのような評価を下されているのは心外だが、自分でも少しおかしい自覚はある。『メディア・ノクス』の魔法少女たちに会う時に、これまでいちいちアポイントメントを取ったりはしてこなかった。それなのに、何故自分は今迷っているのか。モヤモヤとした変な気持ちを振り払うように、花子はこの場に居ない人物に責任をなすりつけることにした。
「それもこれも、文が悪いのよ! いきなり運転手を辞めてしまうなんて! ドライバストの風上にも置けないわ!」
「ドライバストて。そこはもうドライバーでいいじゃん。まあ、文さんが急に辞めたのは私も驚いたけれどさ~。実家の都合って言ってたみたいだし、仕方ないんじゃな~い?」
「それはそうなのだけれど! 廃ホテルに行きにくくなってしまったわ! だから困ってるのよ!」
「いっそのこと、もう関わるのやめてもいいと思うけれどね~。いい機会じゃない?」
「それは⋯⋯嫌よ」
「それはどうして? ホラー講座をまだやり切れていないから? それとも、別の理由?」
何故か急に真面目な口調で問いただしてきた芽衣に対し、花子は返答に詰まってしまう。これまでの花子ならすぐに答えられたはずだ。だが、反射的に答えを返したら、ホラー講座とは別の理由が出てきてしまいそうだった。だからすぐには答えることが出来なかった。
花子からの返事を待つ芽衣と、どう答えるべきか迷う花子。二人とも何も言わない無言の空気を、ばーんと力強くドアを開ける音が打ち破った。
「話はちょっとだけ聞かせてもらったわ! 花子ちゃん、あなたのお悩み、ママが解決してあげます!」
「ま、ママ!? ちょっと、勝手に私の部屋に入ってこないでよ!」
突然の乱入に目を丸くする二人を華麗にスルーして、片手にお菓子を乗せたお盆を持ちながら、ずかずかと部屋の中に入って来たのは、ヴァダー・モー・リ・ヴェールヌイ。パーマのかかったふわふわの青い髪の毛が特徴的な、花子の母親であった。
「ヴェールさん、お邪魔してます。あ、お菓子もありがとうございます」
「ふふふ~♪ 芽衣ちゃんはもうウチの家族みたいなものだから、気にしなくていいのよ? そんなことよりも花子ちゃん! あなたの心の迷い! その正体をママは知っているわ!! それはね⋯⋯“恋”よ!」
「は、はあ!? 急に何言い出すのよこの色ボケママ!」
胸の前で手でハートマークを作りながら満面の笑みを浮かべる母に対し、花子は罵声を浴びせる。しかし、母親は一切気にした様子を見せず、その豊満な胸を揺らして頬に手を添えた。
「いやだ、花子ちゃんったら。そんなに褒めてもお小遣いは増やしてあげないわよ?」
「誉めてないわよ! そもそも、私は恋なんてしていないし! 私は恋愛とか全然興味ないのよ!」
「ふふふ。私も昔は花子ちゃんみたいなことを言っていたわ。周りの人間は皆、何の価値もないゴミにしか見えなかったの。でもね、パパと出会って私の世界は変わったのよ! パパを見た瞬間、私は心臓を雷で撃ちぬかれたような衝撃を感じたわ。これが、本能的に恋なんだって悟ったのよ」
何が悲しくて両親の馴れ初めを親友と一緒に聞かなくてはいけないのか。げんなりしながらベッドの上の芽衣に視線をやると、予想に反して真剣な表情で母の話を聞いていた。⋯⋯いや、違う。その視線は母の胸に釘付けになっている。一瞬だけちらりとこちらを見て、胸に視線を落としてふっと鼻で笑った。大方、胸の大きさは遺伝しなかったのだなとか考えているに違いない。後で殴る。
「まあ、今でも家族以外への評価はあんまり変わっていないんだけれど⋯⋯それでも、やっぱり恋って人の価値観を変えるものなのよ」
「勝手に私が恋をしている前提で話を進めないで! そもそも私は、そんな雷に撃たれたような衝撃を感じたことないわ。素晴らしいホラー映画を見た時は似たような感覚を味わった経験はあるけれど。でも、これは恋じゃないでしょう?」
「うーん、花子ちゃんのホラーに向ける情熱は凄いけれど、確かにそれは恋とは違うように思うわ。世の中には無機物に欲情する人間もいるみたいだから完全に否定はできないけれどね? 恋って言うのはねぇ、その人のことを考えるだけで胸がドキドキしたり、四六時中その人のことを考えて頭がもやもやしたり、そんな素敵な感情なの。心当たり、ないかしら?」
「⋯⋯ないわよ」
心当たりは、ある。あるけれど、それを認めてしまうのは何となく癪だったので、花子はそう言ってごまかした。母は納得していない様子だったが、渋々引き下がった。
「素直じゃないわね。まあいいわ。花子ちゃんの思い人でもそうでなくとも、お友達をもしこの家に呼ぶなら私に一声かけてちょうだい? この家、セキュリティばっちりだから、許可した人しか立ち入りできないようになってるの」
「え、そうなんですか? 私の時は何もなかったと思いますけれど」
「芽衣ちゃんは一目でいい子ってわかったもの! 害意をまったく感じなかったし、あなたみたいな子が傍にいてくれると私としても安心だわ。これからも花子ちゃんのことをよろしくね?」
「よろしくされました~」
母は芽衣の返事を聞くと、満足そうに頷いて部屋から出て行った。残されたのは、母が持ち込んだお菓子と、何となく微妙な空気だ。
「⋯⋯もう、ママったらいつまでたっても恋愛脳で困っちゃうわ。パパと駆け落ちしたからって、娘にまで自分の恋愛観を押し付けないでよね!」
「ヴェールさん、いつ見ても若いよね~。おっぱいもでっかいし」
「胸の大きさはどうでもいいのよ! 人間の魅力は胸では決まらないわ! ミッド騎士さんも胸は大きくないでしょう?」
「おやおや? どうしてそこでミッド騎士の名前が出てくるのかにゃ~?」
にやにやとからかうような笑みを向けてくる芽衣の胸を、「うっさい!」と叩く。せめてこれくらいの大きさがあれば⋯⋯いや、人間の魅力は胸では決まらないと言ったのは自分自身ではないか。自信を持とう。心を落ち着かせるべく大きく深呼吸しようとしたタイミングで、突然端末から着信音が流れ出し、驚いて落としかける。何とかキャッチした端末の画面には、ミッド騎士からのメッセージが表示されていた。
『今から暇かな? もしよければ、私たちと一緒にどこかにでかけないかい?』
話題の人物から届いたメッセージに、一瞬思考が固まる。しかし、それも一瞬のことで、気づけば手が勝手に返信を打ち込んでいた。
『大丈夫、暇です。すぐに行きます』
不意に手元が暗くなったので顔を上げると、いつの間にか芽衣がすぐそばまで近づいて端末を覗き込んでいた。慌てて胸元に端末の画面を押し当てて隠す。
「ちょっと! 勝手に人の端末見ないでよ! プライバシーの侵害だわ!」
「はーん、どうりで花子の顔がにやけているわけだ。よかったじゃん、デートのお誘い貰ってさ」
「でで、デートじゃないわ! あなたも一緒に行くんだから!! そう、これはデートじゃない。親睦を深めるためのただのお出かけよ!」
「まあ、向こうも一人だけじゃなさそうな感じだったし、デートのつもりはないのかもね~。でも、どうすんのさ。文さん居ないから車で廃ホテルまで行けないじゃん」
「それに関してだけれど、一つ私にいい考えがあるわ!」
そう言って胸を張った私を、芽衣が胡散臭そうに眺めている。その表情もいつまで持つか見物だ。
なお、この後母に友人のところに遊びに行くと告げたところ、さっき以上にダル絡みされてしまった。本当は許可なんて取らずに向かいたかったが、ミッド騎士たちの元に行き来するために必要なモノを持ちだすためには母の許可が必要不可欠だったので、仕方なかったのだ。
こうして、紆余曲折ありながらも花子と芽衣は倉庫から持ち出したブラウン管テレビを庭まで運びこむことに成功した。そして、ミッド騎士たちの元へ向かうべく、おりんへと通話をかけたのであった。