♢御手洗花子
中庭にブラウン管テレビを置いて待つこと数分、電源の付いていないはずの画面に急にノイズが走ったかと思うと、そこからぬっとおりんの身体が飛び出してきた。
「うんしょっと。ふぅ~、お待たせ花子ちゃん、メメちゃん。お姉ちゃんがお迎えに来たわよぉ~」
「待たせてごめんなさいね。うちに呼ぶためにはママの許可を取らないと駄目な仕組みになってるから⋯⋯。それよりも、早く私たちを集合場所に連れて行ってちょうだい!」
「ちょっと花子がっつき過ぎ~。焦らなくてもおりんさんは逃げないって。んで、お出かけって話だったけれど、あんたらはどのメンバーが参加するのさ~?」
「えーっとねぇ。J・Jちゃんとぷれたんちゃん、スーちゃんの3人がお留守番。それ以外は皆来るわよぉ~。この前の襲撃で壊れちゃった箇所を修繕するためにホームセンターに寄るから、変身したままでも問題なく溶け込める面子じゃないと厳しくって~」
「まあ、確かにあの恰好で昼間っから出歩いていたらかなりのホラーよね」
身長が2mを越えているJ・Jに、顔も体も機械的なスーツで覆っているぷれたん。この2人はメンバーの中でも特に見た目が奇抜だ。奇抜さで言えば身体にジッパーが付いているリッカーもだいぶ奇抜だが、あれは隠せば何とかなるだろう。
「あれ、でもその理由だったらフー・スー・ピーは来れるんじゃないの~?」
「スーちゃんはお外に出かけるのがめんどくさいって」
「納得の理由だわ」
フー・スー・ピーとはまだ数回しか会話をしたことがないが、自称ニートの彼女が外に出たがらないのは容易に想像がついた。
つまり、今回同行するのは前回夜中にミッド騎士の夢集めに付き合ったメンバーに、シャイニーダブルスというわけか。普段真夜中の廃ホテルでしか会っていないので、こんな昼間から会うのはなかなか新鮮だ。
「おりんの恰好が普段とは違うのも色んな場所に寄るのが理由かしら? その桜色のワンピース、似合っているわよ」
「あらあらあら~! 褒めても何も出ないわよ~! 普段のコスチュームも気に入ってるけれど、たまにはこういうお洒落もいいわよね~。気晴らしにもなるし」
「あー、私は今回は変身無しで付いていくよ。変身後の体型に合う服持ってないし~」
「時間があれば服を買ってもいいかもしれないわね!」
「うふふ~。そうねぇ、お洋服屋さんにも寄ってみましょう。でもまずは、皆のところに行かなくっちゃ。さあ二人とも、お姉さんの手を握って~!」
おりんの魔法を見るのはこれで2回目だ。特にためらうことなく差し出された手を握り、視界が暗転する。次に目を開けた時には、目の前には私服姿のメディア・ノクスのメンバーが待ち構えていた。
「お、花子っちにメメっちじゃ~ん! 廃ホテルでしか会ってなかったから、昼間に会うの新鮮だね! 2人とも変身してなくても美人だよね~。あ、そもそも花子っちは魔法少女じゃなかったか!」
転送されてすぐこちらに近寄ってきたリッカーが早口でまくし立てる。その見た目は、着ている制服も相まって完全に普通の女子高生のようだった。本来顔にあるはずのジッパーも、口元を覆うマスクでうまく隠している。
「リッカー、2人に太陽の下で会えたからって高揚しすぎだよ。まあ、私もこうして明るい場所で君たちの顔を見られて嬉しく思っているけれどね。いつにも増して可愛いよ、2人とも」
「あ、ありがとうございます⋯⋯」
スキニージーンズが細身な体系を際立たせ、より中性的な印象を受けるミッド騎士。彼女に至近距離から外見を褒められたことで、つい敬語になってしまった。それもこれも、母に変なことを言われたせいだ。無駄に意識してしまっている。
「「あー、花子ちゃん赤くなってる~! 照れてるんだ!!」」
「て、照れてないわよ! ていうか、あなたは普段とあんま恰好変わらないのね。頭のリボンの色が違っているくらいかしら?」
「うん! 赤いリボンの方の私の方が“レッド”!」
「青いリボンの私の方は、“ラム”って呼んでね!」
お出かけする時にはそう名乗ると決めているのか、いつもより若干見分けがつきやすくなっているシャイニーダブルスは、それぞれの呼び名を名乗ってくれた。正直、どちらもシャイニーダブルスなのはややこしかったので呼び方で区別できるのは助かる。できれば今後も、見分けがつきやすいようにリボンの色を変えておいて欲しいところだ。
「ラムといえば、しまじろうのキャラクターにラムリンっているわよね? 羊なのにラムって名付けるなんて親もどうかしていると思わない?」
「いや、いきなり何の話?」
自分でも何故こんな話をしたのか分からない。反射的に口から飛び出していた。それくらい、動揺しているということだろうか。この精神状態はよろしくない。純粋にお出かけを楽しむためにも、一旦心を落ち着ける必要があるだろう。1度大きく息を吸い込む。お日様のいい匂いがする。温かな空気を肺に取り込むことで、心も温かくなったように感じた。
「よし! 私は大丈夫!! 今日は目いっぱい楽しむわよ!!」
「「おー!!」」
シャイニーダブルスが2人揃って握りこぶしを天に突き上げる。ノリがいいのは大歓迎だ。今日ばかりはホラーのことは考えず、魔法少女たちとのお出かけを楽しむことにしよう。
「買い物に行く前に、もうすぐ12時になるし、お昼ご飯を食べないかい? 私の行きつけの店があるんだ」
ミッド騎士にそう提案され、特に反対意見を出す者もいなかったため案内されるがまま付いていく。数分ほど歩いて到着したのは、どこか懐かしい雰囲気を漂わせた定食屋だった。てっきりお洒落なカフェにでも案内されると思っていたので意外だったが、これはこれでいいギャップという奴だ。
そこまで人気店というわけではないのか、やや狭めの店内には一人しか客がいなかった。その客の見た目がサングラスにマスクといった怪しげな風体だったため二度見してしまったが、よくよく考えたらこちらもほぼ魔法少女というトンチキ集団だった。
「この定食屋のおススメはコロッケ定食でね。私はこの店で一番コロッケ定食が美味しいと思っているんだよ」
席に着くと、ウキウキで自分の好きな料理をおススメしてくるミッド騎士。本当にこの店の料理が好きなんだなと分かる声色とテンションの高さに、ほっこりして笑顔が漏れる。特に他のメニューにする理由も無かったので、おススメされたコロッケ定食を食べようかと店員さんを呼ぼうとしたその時、聞き覚えの無い声が聞こえてきた。
「⋯⋯この店の一番のおススメは、焼き魚定食だ。注文するなら、焼き魚定食にしておくべきだ」
一体誰かと思ってみれば、先ほど見たサングラスをかけた女性が、いつの間にか花子たちの座る席のすぐ傍までやって来ていた。その姿を見たミッド騎士の表情が、苦々し気なモノに変わる。
「あー、お互い今はオフだろう? 私としては君とは戦いたくないし、無駄に口を挟まないで貰えないかな?」
「僕だって君と戦うのは気が進まない。面倒くさいことになるからだ。でも、初めて店に来たお客には一番おいしい料理を食べてもらうべきだと思っている。だから、焼き魚定食だ。ここは譲るつもりはない」
「その理屈で言うならばコロッケ定食を食べるべきだ。勿論、焼き魚定食が美味しくないとは言わないよ? でもね、揚げたてのコロッケに勝るものは存在しないと確信しているんだよ」
「コロッケ定食はリピートするようになって3回目くらいで食べる料理だ。最初に食べるのは、シンプルな焼き魚定食が一番いい。シンプルだからこそ店主の腕前も分かるし、白米との相性も抜群だ。正直、僕はコロッケで白米を食べるのはやや邪道だと思っている」
「なんだって⋯⋯?」
なんだか不穏な空気になってきた。口ぶり的にどちらもこの店の常連のようだが、料理の好みの問題で今にも争いに発展しそうだ。リーダーとして何とか場を収めてくれないかとシャイニーダブルスに視線を送れば、2人ともあわあわした様子で口元を抑えていた。駄目だ、全く頼りにならない。
「あ~⋯⋯私、焼き魚定食食べたい気分かも~。花子はコロッケ定食食べるよね~?」
一触即発の空気に割り込んできたのは、芽衣の呑気な声だった。芽衣の発言の意図を何となく察した花子は、黙ってうなずく。その反応を受け、のほほんとした表情のまま、芽衣はこの場を仕切り始めた。
「よし。じゃあ私とおりんが焼き魚定食、リッカーと花子がコロッケ定食。これで、この店に来た初めての客の半分がそれぞれのおススメを食べることになりました~。シャイニーダブルスはどうする? 2人とも同じの食べる~?」
「私はコロッケ!」
「私は焼き魚!」
「あ、そこは一緒じゃないんだ。まあ、これでぴったし半分こってわけで。お姉さん方、これで満足してくれないかな~? あんまり騒ぐと、店主さんにも迷惑かかっちゃうよ? お気に入りの店で揉め事は起こさない方がいいと思うけれどな~?」
芽衣に諭されたことで冷静になったのか、今にも立ち上がって喧嘩を始めそうだった2人は、揃って頭を下げた。
「すまない、私としたことが冷静さを欠いてしまった。君の言う通りだね、芽衣」
「僕もつい熱くなってしまった。⋯⋯君は、正義の心を持っているようだな。君の言葉に免じて、今日は引き下がることにする。コロッケ定食を食べる者たちも、次来るときは是非焼き魚定食を食べて欲しい。味は保証する」
そう言い残し、謎の女性は店から出て行った。雰囲気からしてただものではない様子だったが、もしかして彼女も魔法少女だったのだろうか。疑問は残るが、去ってしまった人物のことをいつまでも考えて至って腹は膨れない。とりあえず、花子はミッド騎士のおススメであるコロッケ定食を注文することに決めた。
その後、届いたコロッケ定食は本当に美味しくて、ミッド騎士がおススメするのも分かる味だった。芽衣も焼き魚定食を美味しそうに食べている。シンプルながら奥深い味わいだと、芽衣にしては珍しく高めのテンションでべた褒めの評価だった。シャイニーダブルスやリッカー、おりんもうまいうまいと満足そうに食べている。そんな花子たちを、ミッド騎士は腕組みしながら満足そうに眺めつつ、自分もコロッケ定食に舌鼓を打っていた。次来るときは、焼き魚定食を注文してみよう。そんなことを思いつつ、花子はコロッケ定食をしっかり完食したのであった。