よろしくお願いします。
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後部座席で窓から何気なく外を眺める。既に日は落ち、辺りは薄暗い。そんな視界が悪い時間にも関わらず、芽衣と隣に座る親友である御手洗花子を乗せた高級車は、山道を頂上目掛けて走っていた。
「ねえ、あとどのくらいで目的地に着くのかしら?」
花子が、興奮を抑えられない様子で少し身を乗り出し、運転手に話しかける。純日本人らしい濡羽色の黒髪は、窓から差し込む月明かりに照らされてとても綺麗だ。お嬢様然とした服装も相まって、喋らなければ深窓の令嬢そのものなのだが、花子は普通のお嬢様ではなかった。普通のお嬢様は、深夜に運転手をこき使って心霊スポットに行くような真似はしないだろう。
「あともう少しなのです。しばしお待ちをです」
運転手はそれだけ答えて、またすぐ無表情で運転に戻る。芽衣は何度か花子に連れまわされてこの運転手が操る車の後部座席に乗っているが、未だに笑った顔を見たことはない。見た目的には花子ほどではなくとも美人なので、笑えば目の保養になるとは思うのだが、それを直接本人に言うのは失礼かとも思うので未だ会話もほとんどしたことがなかった。
「あともうちょっとだって。楽しみね、メイ!」
「花子さ~、自由人すぎでしょ。こんな深夜に学生の親友連れまわして。少しはこっちの迷惑も考えな~?」
「あら。でも、貴女も嫌なら嫌って言えばいいじゃない。嫌って言わないってことは、私と一緒に心霊スポット巡りするのが楽しいのでしょう? それに⋯⋯何か危ないことがあったとしても、貴女が守ってくれるから安心だわ!!」
「⋯⋯⋯⋯」
弾けんばかりの笑顔をこちらに向けてくる花子に何も言い返すことが出来ない。この我儘お嬢様はいつもこんな感じだ。これを男相手にもやっているとすれば相当モテそうだが、今の花子の興味はもっぱら心霊スポット巡りに向いているらしく、浮ついた話は一切聞かなかった。
「お嬢様、芽衣様。目的地に到着いたしましたのです」
語尾がやや独特な運転手の声で、花子とのお喋りを止め、窓を開けて前方を見る。そこには、山奥にひっそりと佇む、いかにも心霊スポットらしい雰囲気を醸し出している廃ホテルがあった。
「んで? このホテルではどんな心霊現象が起きるわけ~?」
「よくぞ聞いてくれたわ、メイ! このホテルではね、過去に管理人の男が従業員を斬殺するという事件が起きて、それが原因で潰れてしまったらしいの。それ以来、殺された従業員たちの霊が出るという噂が広まっているわ」
運転手を車に残し、花子と2人、廃ホテルへと歩きながら心霊スポットの噂を聞く。深夜ということもあって、お互い懐中電灯を片手に持ち、行く先を照らしている。それに加え、花子は心霊写真を撮るために一眼レフカメラを首からぶら下げていた。
「へぇ~、そんな物騒な事件が起きた場所なんだ。どうりで雰囲気あるわけだよ」
「それに加えて、直近でこのホテルに訪れた心霊スポット巡リストが、笑い声を聞いたり人影を見たといった書き込みをネットに残していたわ。最近は外ればかりだったけれど、ここは期待大ね」
「心霊スポット巡リスト」
聞きなれない名称だったので思わず反復してしまう。意味は何となく分かるが、少しばかり語感が悪い。もう少しカッコいい呼び方はなかったのだろうか。
エントランスに入るためのドアは、元々はガラス製だったのだろう。今はほとんどが割れてしまってフレームしか残っていない。破片が散乱していて怪我をする危険があったので、運動神経のいい芽衣が花子を持ち上げてから中へと入った。
「ふふふ。お姫様抱っこで入場とかテンション上がるわね」
「場所が心霊スポットじゃなければもっとよかったんだけれどね~」
エントランスは当然ながら人の気配はない。しかし、予想していたよりは汚れておらず、クモの巣が張っている様子もない。まるで誰かが今もここで生活しているかのようで、それがかえって不気味にも思えた。
「あら、カウンターに宿泊者台帳が置いてあるわね。折角だから私とメイの名前を書きましょう」
「いやいや、そんなところに置いてあるペンで名前書けるわけ⋯⋯うわ、書けてる。こわ~っ」
「部屋は一緒でいいかしら?」
「なに呑気に冗談言ってるのさ~。そんなの書いたところでここに泊まるわけじゃないんだから⋯⋯」
と、そこまで言いかけて固まる。目の前で、花子が書き込んだ台帳が勝手にふわふわと浮き、階段の方へとひとりでに飛んでいったのだ。これにはさすがの花子も驚いたのか、目を丸くしている。
2人の視線が、ふわふわと舞う台帳へ吸い寄せられる。そして、その台帳が飛んだ先には、羽根の付いた帽子を被り、気障なポーズを取った少女が1人立っていた。少女が台帳を人差し指と中指でパシッと挟んでキャッチすると、まるで舞台役者かのような大仰な仕草で、こちらに向かってお辞儀してみせた。
「──ようこそ、素敵なお嬢様方。今宵、貴女方2人に極上の恐怖をご提供いたします。どうぞ、心行くまでお楽しみくださいませ」
そう言うと、少女は闇の中へとすうっと消えて行ってしまった。思っていた方向性とは異なるが、人知を超えた存在が現れたことに興奮し、花子は少女が消えた方向を指さしながらキラキラと目を輝かせている。
「ねえねえ! 今の見た!? あれって幽霊なのかしら? メイ、貴女どう思う?」
「⋯⋯あー、そうだね~。ただの不審者じゃない? ねえ、あんな奴が居る場所に長居するのはよくないよ。もう帰ろ~?」
一方、芽衣は冷静だった。先ほどの少女の正体に既に気づいていたからだ。スポットライトで照らされた際に見えた、人間離れした美貌。そして、目の前で起こった不可解な現象。それらすべて、少女が『魔法少女』ならば説明がつく。何故なら、芽衣もまた魔法少女だからだ。
魔法少女に変身すれば、誰でも魔法を扱えるし、その容姿は皆整ったものに変わる。魔法少女とは基本的には人助けが仕事で、芽衣も普段は魔法少女『メメ』として、人知れず人助けをしている。しかし、その中には悪事を働くような奴も居るし、性格がねじ曲がったような奴も居る。少なくとも、こんな薄気味悪い心霊スポットを根城にしているような魔法少女は碌な奴ではない。関わらないで済むならその方がいい。
「何を言っているのよ。不審者ならちゃんと警察に連絡しないといけないし、それにまだ幽霊の可能性も残っているでしょう? 真偽を確かめるまでは帰れないわ。さあ、行くわよ!!」
ただ、好奇心に支配された花子には、芽衣の忠告も無駄だったようだ。止める間もなく駆け出した花子の後ろを、小さくため息を吐いて追いかける。幸い、運動神経には自信がある。そこんじょそこらの魔法少女相手なら戦うことになっても花子を守り抜けるはずだ。その場合、花子の目の前で変身することになってしまうので、できれば害のない魔法少女であってほしいところだった。
階段を上ると、これ見よがしに開け放たれた宿泊室のドアがあり、花子は意気揚々とそのドアの中に入っていく。201号室と書かれたプレートをチラ見しながら、芽衣もその後に続いた。
部屋の中に入ると、随分と荒れ果てている。その中で、ひと際異彩を放っているのが部屋の中央に置かれたテレビだった。今どき珍しいブラウン管のテレビは、コンセントが繋がっていないにも関わらず、ざーっとノイズが走っている。
否が応でも、視線はテレビへと向く。2人が見つめる中、にゅるっとテレビの画面から青白い手が伸びてきて、芽衣は思わずびくっと肩を揺らした。花子はますます目を輝かせている。
手の次に顔、そして胸⋯⋯とテレビから出てきたところで、その動きがピタリと止まった。顔は長い髪の毛で覆われて見えないが、何やら焦っているような様子だ。
「あれ、あれれ~? んしょ、よいしょ。あ~、またつっかえちゃったわ~。お姉さんダイエットしないとかしら」
そののほほんとした声は、どうやら目の前のテレビから出てきた幽霊が発したもののようだった。いや、身体がつっかえているということは、幽霊ではないのだろう。白装束でも隠しきれないほど巨大な胸のせいで、テレビから出れなくなって困っているようだった。
花子は、そんな幽霊の胸と自分の胸を見比べ⋯⋯芽衣が知る限り小学生の頃からまったく成長していないそれを見てすんと無表情になると、徐にテレビから上半身を乗り出した状態でつっかえている少女に近づき、その胸を思いっきりビンタした。
「いや~ん!」
「⋯⋯30点。こんなのじゃ全然怖くないわ。その余分な脂肪を落としてから出直しなさい。メイ、次に行くわよ」
「は~い」
花子なりの怖さの評価だろうか。かなり低めの点数をつけ、そのまま部屋を去ろうとするその後ろに続く。あれもまあ魔法少女なのだろうが、あの様子ならば放っておいて問題ないだろう。
次に訪れたのは、これまた2階の宿泊室だった。僅かに開いているドアには、222号室と書かれたプレートが貼られている。そのドアを、花子は無言で開き、芽衣もその後に続いて部屋に入る。
「え、ちょタンマ!! まだネイル塗ってる途中だからもうちょい待って!!」
すると、部屋の中には床に座り込んでネイルを塗っているナース服姿の少女が居た。先ほどのテレビから出てきた奴とは違い、こちらは顔が隠れていないのですぐ魔法少女だと分かった。ただ、顔の中心を縦に半分に割るかのようにジッパーが取り付けられており、やけに短いスカートからはみ出した太ももや、半そでから飛び出ている腕にもジッパーが付いていて継ぎ接ぎのように見えるのがやや不気味さを感じる。
「20点。怖がらせようとする姿勢が足りないわ」
花子は評価だけ告げ、すぐ部屋を出て扉を閉めた。2連続ではずれを引いたからだろうか。心なしか少しテンションが下がっているようにも見えた。
「え~っと⋯⋯。ほら、厨房とか行けばもうちょい怖い幽霊に会えるかもよ? もう少し探してみよ?」
「⋯⋯そうね。まだ諦めるのは早いわ。今度こそ、私に悲鳴を上げさせるような恐怖に出会えるはず⋯⋯!!」
本来早く帰ろうとしていたはずなのに、芽衣は見かねてそんなフォローを入れていた。花子は芽衣の励ましを受け、気を取り直すと厨房を探して再び先頭を歩く。
厨房を見つけたのは、それから約数分後のことだった。厨房は1階、エントランスを抜けた奥にあった。食器類はほとんどが割れ、ゴミとなって散乱している。そんな厨房の真ん中の台の上で、2人の少女がカードを広げて遊んでいた。
「ううう、UNO!!!」
『音声認識に失敗。うううUNOでは宣言は認められません。はっきり「UNO」と宣言してください』
「そそそ、そんなぁ⋯⋯」
1人は、座っていても分かるほど背の高い少女だ。ホッケーマスクを頭に被り、腰にチェーンソーをぶら下げている。ただ、そのでかい図体とは裏腹に、声色は弱々しく、目に涙を浮かべていた。
もう1人は、機械的なスーツで全身を覆っており、顔も見えない。喋り方もどこか機械的だ。2人とも、夜道で見かける分には不気味そうな人間離れした見た目だが、目の前でUNOに興じられていては、恐怖など感じるはずもなかった。
「見た目だけ!! 10点!!」
花子は最早怖がるどころかキレており、それだけ告げてさっさと厨房を出て行ってしまった。この時ようやくこちらを認識した2人が慌てた様子でカードを片付けだしたが、既に手遅れだ。芽衣は同情の視線を送り、花子を追いかけていった。
「ちょっと待って花子~。1人で動くと危ないよ~?」
どうやらこの廃ホテルに居る魔法少女は呑気な奴ばかりのようだが、それでも常人の花子が1人で行動するのは危険だ。先に行ってしまった花子を駆け足で追いかけながら呼び掛けた芽衣だったが、そこで、花子が足を止めて何やら廊下の奥を見つめていることに気が付いた。
芽衣も同じ方向に視線を向け、ぎょっと目を見開く。そこには、まったく同じ姿かたちをした少女が2人、手に包丁を持って立っていたのだ。床に敷かれた絨毯の独特な模様も相まって、まるで異世界に迷い込んだような錯覚に襲われる。
あれは果たして魔法少女なのか。それとも、本物の幽霊なのか。花子はただならぬ気配を感じているのか、ごくりと喉を鳴らした。しかし、その瞳はお目当てのモノを見つけたかもしれないという期待で輝いている。芽衣もそんな空気に呑まれ、静かに花子の背後から2人の少女を見つめる。もし襲い掛かってくるならば、いつでも迎え撃つ準備は出来ていた。
少しの静寂。それを破ったのは、正面に立つ2人の少女だった。
「「やーーーー!!!!」」
気の抜けるような可愛らしい声で、包丁を上段に構えて突っ込んでくる。先ほどまでのホラーな空気がぶち壊しだ。ただ、凶器を構えた相手がこちらに向かってきていることには変わりない。芽衣は、一瞬の逡巡の後、変身して迎え撃つことに決めた。
「論・外!! ちょっと幽霊さんたち? 全員この場に出て来て正座なさい!!」
花子の声が、ホテル中に響きわたる。その声に、芽衣も対峙する2人の少女も、ピタリと動きを止めた。それくらい、花子の声は怒気に満ちており、少女たちの動きを止めるだけの迫力があった。
やがて、おずおずといった感じで、先ほどまでホテル内で見かけた少女たちが全員、廊下に集まってきた。その中には、最初にホテルに入った時に見た、羽根の付いた帽子を被った少女も居る。ついでに、その少女に背負われたまま寝ている、真っ白な
外見からして、おそらくは全員が魔法少女。そんな彼女たちが、ただのお金持ちのお嬢様である花子の目の前で正座させられ、何を言われるかとビクビクした様子で震えている。その様子は、かなり奇妙な光景であった。
「あなた達、恐怖というものが⋯⋯ホラーというものが、ぜんっぜん分かっていないわ!! 私があなた達を一人前のホラーリストになるように指導して差し上げます!! 覚悟しておきなさい!!」
「ホラーリスト」
また聞きなれない単語が出てきて反復してしまった。花子はいったい何を言い出したのか。未だに理解が追い付かない。そんな芽衣を見て、花子が目を丸くする。
「メイ、貴女、いつの間に着替えたの!? なんか凄い露出多くなってない?」
「⋯⋯⋯⋯」
今さら変身したことに気づいたのか。そんなことを突っ込む元気は無かった。花子は一度決めたことは絶対に曲げない。やると宣言したからには、これから花子は目の前の魔法少女たち相手にホラー指導を行うつもりなのだろう。それならば、芽衣がするべきことは、そんな花子が傷つかないように傍で守ることだけだ。
これから訪れる困難を想像し、芽衣は花子に気づかれないようにそっとため息を漏らした。魔法少女たちの中心に座る、そっくりな顔をした2人の魔法少女がそろってきょとんとした表情となり、首を傾げる。その顔面を殴りたくなる衝動を抑え、芽衣はスマホを取り出し、カレンダーの直近の予定に×を書きこんだ。