♢御手洗花子
翌日、花子は芽衣と一緒に廃ホテルを訪れていた。今日は学校は休んで、昼間から文に頼んで連れてきてもらった。やはり持つべきものは可愛くて有能な運転手と、どんなときでもついてきてくれる親友だ。
「お邪魔するわよ!!」
「邪魔するなら帰って~?」
勢いよく玄関を開けるが、誰も迎えには来ない。芽衣の軽口が返ってくるだけだ。しばしの静寂の後、二階の客室の扉を開け、飛び出してきたのは貫頭衣を纏った魔法少女だった。確か名前は、フー・スー・ピーだったか。昨日見た時はひとりだけ眠っていたが、今はその橙色の瞳をぱっちりと開いて、花子たちに訝し気な視線を向けていた。
「ん~? あんたら誰なのよ? 見ない顔なのよ?」
語尾が上がった特徴的な話し方で首を傾げたかと思うと、ふわふわと浮き上がってこちらに詰め寄って来る。あっという間に至近距離まで近づかれていた。花子は間近で見る不可思議な現象に少し興奮しながら、改めて自己紹介をすることにした。
「私は花子よ。あなた達にホラー指導をするって約束した一般女子高生。そして隣にいるのは親友の⋯⋯メメよ!」
「よろしくね~。花子を傷つけたら承知しないからな~?」
いつの間にか魔法少女の姿に変身していたメメも一緒に紹介すると、フー・スー・ピーは納得した様子で少し離れてくれた。
「成程なのよ? 確かにそんな子が来たって聞いたのよ? でもまさか本当だったなんて驚いたのよ? あなた、変人なのよ?」
「変人とは失礼ね。私は実家が太くてホラーが好きなだけのどこにでもいる普通の女子高生よ?」
「普通の定義、辞書で調べてきな~?」
メメにも普通ではないと言外に言われ、不満げに口を尖らせる。魔法少女の方がよっぽど特異な存在だろうに、メメたちに変わっているなどと言われたくはなかった。
「それで、貴女以外の子はどこにいるのかしら。まさか、初日からサボり?」
「あたしとシャイニーダブルス以外は、普通に学生だったり社会人だったりなのよ? 集まるのは基本夜中なのよ? むしろなんであなた達は普通に昼間っから来てるのよ?」
「仮病を使って休んできたわ。安心しなさい」
「その台詞を聞いてどう安心すればいいのよ?」
学校も大事だが、花子にとっては自分の好奇心を満たすこと、そしてホラーに触れることの方がもっと大事だ。その2つを満たしてくれるであろう『メディア・ノクス』へのホラー指導は、現状花子の中でかなり優先度の高い行為であった。そのためなら、仮病でもなんでもする。
「ちなみになんであなたは昼間からここに居るのかしら?」
「あたしはニートなのよ? 実質ここはあたしの家、つまりここが職場みたいなものなのよ?」
「きみ、他人のこととやかく言えなくな~い?」
フー・スー・ピーはメメのツッコミはスルーし、ふよふよと空中に浮かんだまま寝転んでみせた。流石ニートと言うべきか。だらけた姿勢が堂に入っている。
「あたしはそのホラー指導とかは面倒だから受けないのよ? 確か今日はリッパーちゃんが早めに学校終わるって言ってたからあの子に指導すればいいのよ?」
「待ちなさい! 貴女もちゃんと指導してあげるわ! それと、シャイニーダブルスはどこ? さっきあの子もいるって貴女言ったわよね?」
花子の問いかけに対し、フー・スー・ピーはふよふよと宙を漂い、2階のとある客室をゆるりと指さした。
「シャイニーちゃんは、この時間はいつもあの部屋、217号室なのよ? あそこは、シャイニーちゃんとミッドしか入ったことがないのよ? あたしもまだ入ったことがないから、何があるか謎なのよ?」
「へー! そう言われると入ってみたくなるわね!!」
「無駄なのよ? この部屋、たぶん魔法のアイテムとかでガチガチに固められてるのよ? あたしも一回すり抜けて入ろうとしたことあるけれど、無理だったのよ?」
「そう⋯⋯それは残念ね」
フー・スー・ピーが嘘をつく理由はあまりないように思えるし、入れないのは本当のことなのだろう。ただ、気になって視線を217号室のプレートに向ける。開かずの間とか秘密の部屋とか言われると、どうしてもワクワクしてしまうものだ。今度シャイニーダブルス本人に入れてくれないか頼んでみることにしよう。
「ならやっぱり貴女を指導してあげるわ! どうせニートだし暇なのでしょう?」
「他人の口から言われると傷つくのよ? それに⋯⋯あたしには必要ないのよ? だってあたし、『最恐』なのよ?」
これ以上話すことは無いと言わんばかりに、フー・スー・ピーはクスクスという笑い声を残し、壁の中にすーっと消えていってしまった。⋯⋯確かに、最も王道な幽霊ちっくな行動をしてのける辺り、他のメンバーよりはホラー演出に自信ありなのかもしれない。花子がフー・スー・ピーが消えていった方を見ながらひとり唸っていると、背後からばーんと玄関のドアを勢いよく開ける音が聞こえてきた。
「こんちは~! 新入りリッパーちゃん、今日は早めの下校でーっす! あり? そこに居るのは昨日のJKズ? ホントに来たの?」
「揃いも揃って失礼な子ばかりね。私は本気よ!!」
フー・スー・ピー同様にリッカー・ザ・ジッパーも花子たちが本当に来るとは思っていなかったらしい。花子のホラーにかける熱意を舐めないでほしいものである。思わず鼻息が荒くなる花子に、リッカーは申し訳なさそうに手を合わせてきた。
「ごめんごめん! 別に馬鹿にしたわけじゃないよ。誰だって本気になれるものがあるもんね。花子っちにとってはそれがホラーってわけでしょ?」
「分かればいいのよ。それじゃあ、早速私がホラー指導してあげるわね!」
「わーい、楽しみ~!!」
リッカーはなかなかにノリがいい。先ほどのフー・スー・ピーがホラー指導を受ける気が全く無かったため、こうやって喜んでもらえるとこちらもやる気が出るというものだ。手始めに『恐怖の足音』から始まる秘伝の技を伝授しようとしたその時、視界の端にあるテレビから突然ザザザ⋯⋯とノイズ音が聞こえてきた。
「ただいま~! 急用ができて帰ってきちゃった。ねえ、リッカーちゃんいるかしら~?」
テレビから出てきたのは
「なぁに、りんさん。あたしならここに居るよ」
「あら、よかったわ~! あなた前、私の仕事場に行ってみたいって言っていたじゃない? さっきちょうど要請が入ったから、あなたも連れて行こうと思ったの」
「マジ!? やった~! 行く行く~!!」
リッカーはおりんからの誘いを受けてはしゃいでいるが、花子としては先に約束をしていたのに横から掻っ攫われた形なので気分が良くない。一度おりんの胸をビンタしてから文句を言うことにした。
「ちょっと! この子には私が先にホラー指導をする約束をしていたのだけれど!?」
「いやんっ! なんでこの子胸叩くの!? えっち!!」
「それはまあ、あんたの胸がデカいのが悪いんじゃない~?」
さすがメメは親友だ。よく分かっている。しかし、メメも魔法少女の姿になると胸のサイズが大きくなっているのを花子は見落としてはいない。また後日問い詰める予定だった。そして、おりんの用事が何かは知らないが、花子は自分が譲るつもりはない。リッカーとおりんの間に立ち塞がるように仁王立ちする。
そんな花子の様子を見て、リッカーはぽん!と何かを閃いたように手を打った。
「そうだ! そんなら、花子っち達ももりんさんの仕事場に一緒に連れて行こうよ!」
「ええ~!? で、でも、危ないわよ~?」
「前線に出なければ大丈夫でしょ。それに、メメっちがいるからたぶん守ってくれるだろうし!」
「私は全力で花子は守るけどさ~。それはそれとして、あんまり危険なところには連れて行ってほしくないんだけれど」
今のところ、おりんとメメは反対派、リッカーのみが賛成派といった感じか。危険なところにわざわざ首を突っ込むのは馬鹿のすることかもしれない。しかし、花子は元々ホラースポットをわざわざ深夜に巡りに行くくらいにはスリルが大好きだ。ホラーが最優先ではあるが、魔法少女が普段行っている仕事の内容というものもとても気になった。
「私は行きたいわ! メメ、私を全力で守ってね!!」
「はぁ⋯⋯。もう、仕方ないなぁ~」
笑顔で行きたいと宣言すれば、メメはしぶしぶながらも折れてくれた。メメのこういうところが大好きだ。
「ほら、これで賛成派の方が多くなったわよ! 行きましょう!!」
「え、ええ~!?」
おりんは最後まで反対していたが、リッカーの後押しもあって最終的には折れてくれた。こうして、花子はメメと一緒に、おりんの仕事場に向かうことになったのであった。