♢御手洗花子
「私の魔法はね、『テレビを使って瞬間移動できるよ』っていうものなのよ。1度見たことがあるテレビなら、どんなに遠くてもテレビを通じて一瞬で移動できちゃうの。一応、薄型テレビでも移動できないことはないんだけれど、出る時に倒れちゃったりして不安定だから、ブラウン管テレビの方がいいわね。それに私、ブラウン管テレビの方が好きなのよ~」
そう言いながら、おりんは花子たちの目の前に先ほど自分が出てきたテレビを持ってくる。魔法の説明を信じるならば、これに入って仕事場に向かうということなのだろう。
「私たちはどうすればついていけるのかしら?」
「あら、特に難しいことを考える必要はないわ。お姉さんの手をしっかり掴んでくれれば一緒に行けるわよぉ~?」
「お姉さん?」
「あー、気にしないでいいよ。りんさん、自称『みんなのお姉ちゃん』だから。一人称みたいなもんだと思って」
確かに、このほんわかした雰囲気といい柔らかそうな胸元といい、お姉さん感は感じられる。ただ、リッカーの補足コメントを受けても一人称がお姉さんになる理由は理解できなかった。他人の姉を名乗る人間なんて普通存在しないだろう。
「もぉ~! リッカーちゃんも、『りんさん』じゃなくて『りん姉』でいいわよって言ってるのに~!」
「あはは~。あたしのお姉ちゃんは1人だけだから。ごめんね? 花子っち達は頼んだら呼んでくれるんじゃない?」
「いや、私もりんって呼ばせてもらうわ」
「よろしくね~、おりん~」
「誰も呼んでくれない~!!」
しくしくと涙を拭うようなジェスチャーを見せるおりん。そんな彼女には悪いが、やはり花子には見ず知らずの他人を姉と呼ぶ趣味は無かった。
おりんが立ち直るのを待って、こちらから手を繋ぐ。右手をリッカー、左手を花子が繋ぎ、メメが花子と手を繋ぐ。おりんに直接触れていなくても、繋がっていれば一緒に瞬間移動が可能らしい。
「それじゃあ、行くわよ~? ⋯⋯ちょっとショッキングな光景かもしれないから、覚悟しておいてね?」
おりんの忠告が何を意味しているのか。それはすぐに分かった。繋がれた手を引かれ、おりんの後に続いてテレビの中に身体が引っ張られていく。一瞬、視界が暗転し、そして明るくなる。先ほどまでは廃ホテルの中にいたはずなのに、いつの間にか外に飛び出していた。まさに瞬間移動と呼ぶにふさわしい魔法だ。しかし、そのことに感心するよりも先に花子の耳に飛び込んできたのは、銃声と爆音。さらには、テレビから出てきた花子たちを囲むようにして立つ外人の男が数人。その全員が武装をしていた。
「なっ!? まさか、私たちをハメた!? これだから頭のおかしい魔法少女は⋯⋯!!」
メメが咄嗟に花子を庇うようにして前に立ち、外人たちとおりんを睨みつける。しかし、そんな視線を気にも留めず、外人たちは何やら話したかと思うと、おりんに向かって地面に頭をつけて何やらお祈りのようなポーズをし始めた。
「うんうん、わかってるよ~。お姉さんを呼んでくれてありがとう。すぐあなた達の仲間を助けてあげるからね~」
おりんは外人の男たちの頭を優しく撫でる。その優しさに触れたからか、男たちの瞳からは涙が流れ落ちていた。おりんは、そこでようやくこちらに視線を向ける。
「リッカーちゃんはお姉さんと一緒に来て~。花子ちゃん達はここで待っててね。ホントはメメちゃんにも手伝ってほしいけれど⋯⋯花子ちゃんを1人で放置するのは心配でしょ?」
「当然だよね~。てか、状況まだ理解できていないんだけれど、これ、どういうことなのさ~?」
「ごめんね? 詳しい説明は後でちゃんとしてあげるから! リッカーちゃん、行くよ~!」
「あいあいさー!!」
リッカーは元気よく手を挙げ、おりんに続いてどこかへと行ってしまった。方向的に、銃声が聞こえる方だろうか。一体おりんたちの仕事とは何なのだろう。
残された花子とメメは、2人でじっと待つことしかできなかった。一度外人の男に話しかけてみようともしてみたが、聞こえてくる会話は知らない言語だったので諦めた。男たちはたまにちらりとこちらに視線を向けてくるが、接触してくる様子はない。ならば、こちらから話しかけて変に刺激する必要はないだろう。
改めて周囲を見渡してみると、ここはテントのような場所であることが分かる。屋外に建てられ、布で頭上が覆われているだけの簡素な作り。壁などはないため、光が差し込んで外だと認識したのだ。置かれているのはやけに汚れたベットが数台と、無駄な装飾が施されたブラウン管テレビのみ。電気が通っている様子もないので、これはおりんの移動のためだけにここに置かれているものなのかもしれない。
花子が顎に手を当てながらそんなことを考えていると、何やらざわついた声がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。そちらに視線を向けた花子は、思わず悲鳴を上げそうになった口を塞いだ。
「ちょっとどいてね~。怪我人をベッドまで運ぶから~!」
おりんが真剣な表情で告げる。その身体は、背負っている数人の兵士から流れる血で真っ赤に染まっていた。ホラー映画では見慣れているが、実際に血が流れている様子を見るのは初めてだ。それに、中には内臓がはみ出しているほどの重傷を負った兵士もいる。顔を青くした花子の様子を見て、メメはすかさず視界を隠すように前に立つ。しかし、そのメメの顔色も悪かった。
おりんの指示は日本語だったが、まるで言葉が分かっているかのように、テントに残っていた男たちは手際よくベッドを整え、怪我人を寝かせる準備を始める。その上に、おりんが優しく兵士の身体を寝かせたところで、男のうちの1人が置いてあった鞄から何かを取り出した。目を凝らしてみてみると、治療器具のようであった。どうやら、彼は怪我人を治療する役割を持っているらしい。しかし、そんな男の行く手におりんはそっと手を差し出した。
「ちょっと待っててね。今、私の仲間が怪我人を連れて戻って来るの。あの子、お姉さんみたいに特別な力があるの。だから、この子たちの治療はあの子に任せてあげて?」
おりんの身振りと表情で伝わったのだろう。男はすっと無言で後ろに下がる。彼がおりんを見る目には、絶対的な信頼と尊敬が宿っていた。
「りんさん速すぎ~!! 人運んで動くのやっぱむずいわ」
「ふふふ。私は慣れているもの~」
「まあ、こっからはあたしに任せてよ⋯⋯っと!」
おりんからやや遅れて戻ってきたリッカーも、血まみれで複数の怪我人を背負っていた。その怪我人もベッドに寝かせたところで、リッカーは最も怪我の酷い兵士のベッドの前に立つ。その怪我人は傍から見ていてもかなりひどい状態だ。内臓ははみ出しているし、腕も関節から先がない。ホラー映画で耐性がある程度は付いている花子でさえあまりの怪我の酷さに直視し続けることが躊躇われるほどの怪我。そんな怪我人を前にしても、リッカーはおりんと同様に平然としていた。
「ちょっと待っててね。すぐあたしが治してあげるから」
そう言って、リッカーは兵士の首元にかぷりと嚙みついた。一瞬テント内がざわついたが、おりんが口元に指をあててしーっと静かにするよう促したことですぐに収まる。相変わらず、かなりの信頼具合だ。
首元に噛みついたのは一瞬。若干噛み痕は残っているが、それ以外に外傷はない。リッカーはぺろりと舌なめずりすると、額のてっぺんにあるジッパーの持ち手に指をかけた。
「それじゃあ⋯⋯あなたの無くなった臓器。あたしが増やして戻してあげる」
じぃーっと音を立てて、ジッパーが開かれる。ぺろりと顔面の皮が捲れ、右半身の内部の筋肉や血管、目玉が露出していく。その姿はまるで、理科室の人体模型のようであった。
ジッパーがお腹まで下ったところで、ポコポコと音を立て、リッカーの内部で臓器が生成される。そのうちの一部にリッカーは素早くジッパーを取り付け、自分の身体から取り外す。さらには、兵士の身体から飛び出した臓器にもジッパーを取り付けると、それを素早く自分が生成した臓器に取り換えた。さらに、傷ついた箇所をリッカーが撫でると、そこをジッパーが塞いでいく。
リッカーの治療の手は止まらない。次に、リッカーは自らの腕にジッパーを取り付け、開いた。そこから、リッカーの細腕とは異なる、筋肉質な太い腕がにょきりと飛び出して生えてくる。その根元にジッパーを取り付けて外し、兵士の失った腕に生成した腕をジッパーで取り付ける。
「ジッパーで塞ぎきれない箇所は皮膚を貼り付けて塞いじゃうね? これ、臓器とは違ってあたしの肌だからパッチワークみたいになっちゃうけれど、1週間くらいで馴染んでくるから安心してね」
筋肉が剥き出しの状態のリッカーは、いかにもグロテスクな見た目をしている。しかし、そう言って兵士に笑いかけるリッカーの姿は、何故かとても美しく見えた。そう感じたのは花子だけではないようで、治療を受けた兵士の目からも涙が溢れ出ていた。
「⋯⋯これが、貴女の仕事なの?」
メメが、小さな声でおりんに尋ねる。おりんは、リッカーの治療している姿から目をそらさずに、こくりと頷いた。
「そうよ~? 最初はたまたまだったんだけれどね~? ニュースで、この戦場を見かけて。偶然、そこに放置されていたブラウン管テレビがあったの。それで、運命だと思ったのよ~。⋯⋯私たち魔法少女は、人助けがお仕事。助けられる範囲は限られているけれど、私はこの魔法がある分、距離はある程度無視できる」
おりんはそこで一度言葉を止め、ちらりと兵士たちに視線を移した。
「本当はね~? あまり、一般人に変身した姿を見せることは良くないのだけれど。魔法の国にバレたらお叱り喰らっちゃうし。でも、この子たちも私が普通とは違うって察してくれているんでしょうね~。私の存在はほとんど知らされてなくて、だから私はこうして魔法少女として人助けのお仕事が続けられる。あんな風にテレビを飾られるのは照れちゃうけれどね~?」
おりんは照れくさそうに頬に手を当て、そしてまたリッカーの治療光景に視線を戻した。
「リッカーちゃんね? 医大生らしいのよ~。それに、あの魔法でしょ? だから、この子たちの治療をしてあげて欲しいってお願いしたの。私だと戦場から怪我した子達を運ぶことは出来ても、それ以上のことはしてあげられなかったから。でも⋯⋯本当によかった。あの子を連れて来て正解だったわ」
そう語るおりんの表情はどこまでも優しいもので、その姿を見ていると花子は何とも言えない気持ちになった。さっきまでのホラー指導をしてやろうという意気込みはすっかり消えている。ただただ、魔法少女の非現実性と、彼女たちの仕事風景に圧倒されていた。
結局その日はほぼ丸一日おりんとリッカーの仕事風景を観察するだけで終わり、花子は約束していたホラー指導をすることは出来なかった。ベッドに潜り、目を瞑ると瞼の裏で今日見た光景が再生される。この日、花子はなかなか寝付くことが出来なかった。