♢クロソフィア
クロソフィアは、今まで美香が見てきたどんな美人よりも可愛らしい見た目をしていた。変身してから、何度姿見を見たか分からない。元々視力が悪かったのも、変身したら遠くまではっきりと見えるようになって眼鏡は必要なくなったし、何よりも身体が凄く軽い。コスチュームは銀製の鎧のようなものを纏っているのに、その重さは全く感じなかった。
そして何よりも目立つのが、付属で突いてきた十字架型のロッドだ。『聖なる十字架で悪を討ち滅ぼすよ』という魔法を扱うクロソフィアにとっての相棒と呼ぶべきその十字架は、まるで長年使用してきたかのように手に馴染んだ。
魔法少女に変身できたその日は、浮かれ気分で一日中鏡の前でポージングの練習をした。なんど見ても、やはり見た目が整っている。いつもは妹の里香と比べて自分の容姿を劣っていると卑下することの多いクロソフィアも、今ならば自信をもって自分の方が可愛いと思えた。
しかし、その可愛さは魔法少女にとっては別に特別ではないことに気付かされたのは、魔法の国で名前登録などの諸々の手続きを完了するのに1週間程度かかり、一息ついた頃だった。魔法の国で伝えられた魔法少女の仕事⋯⋯困っている人の手助けのために、パトロールがてら魔法少女の身体機能を活かしてビルの上を跳び移っていたクロソフィアは、同じようにビルの上を移動していたその魔法少女と鉢合わせしたのだ。
「あれれ、キミ、見ない顔だねぇ。お名前、なんて言うのぉ?」
「わ、私は正義の魔法少女、クロソフィアです!」
「ボクはホップシロップだよぉ。よろしくねぇ、クロちゃん」
ホップシロップと名乗った少女は、その名前の通りコスチュームにホイップクリームのような装飾をたくさん付けていた。クロソフィアはあまり詳しくないが、こういうピンク系の配色でフリルや装飾がたくさんついた衣装は、甘ロリと称した方がよいのだろうか? 鎧のようなコスチュームのクロソフィアよりは魔法少女らしいメルヘンな見た目だ。
「ボクはねぇ、この地域を中心に活動している魔法少女なんだぁ。魔法の国には所属しているわけじゃないから、一応フリーランスって扱いになるのかなぁ? でも、一応何人かの魔法少女でまとまって活動していてぇ、よかったらクロソフィアちゃんも紹介したいなぁって」
「いいんですか!? 私、魔法少女になったばかりでまだ右も左も分からなくて⋯⋯。先輩にご指導いただけるなら助かります!!」
「クロちゃんは真面目だねぇ。きっと、エミちゃんも歓迎してくれると思うよぉ」
先ほど何人かでまとまって活動していると言っていたし、エミちゃんは仲間の魔法少女のことだろうか。それにしても、クロちゃんなんてあだ名みたいな呼ばれ方をされるのは慣れないことで少し恥ずかしいが、嬉しくもある。雰囲気といい見た目といい、とても可愛らしい魔法少女の先輩だ。
「じゃあ、ボクがシロップを撒くから、そこを踏んでついてきてねぇ。行っくよ~! ほっぷ、しろっぷ、じゃーんぷ!!」
独特なかけ声と共に、ホップシロップが膝を折り曲げる。すると、足の付いている周囲にシロップが撒かれ、それを踏んだホップシロップは大きく跳び跳ねた。魔法少女の身体能力でもあり得ない飛距離に目を丸くする。あっという間に遠くまで跳んでいったホップシロップを追いかけるべく、慌てて指示された通りにシロップが撒かれた場所を踏む。
その瞬間、ぐにゃりと足元が一瞬歪み、まるでトランポリンのように弾んだ地面に押し出され、クロソフィアの身体も宙高く跳びあがっていた。あまりの勢いの強さに、空中で軽くパニックになる。そんなクロソフィアを、いつの間にか戻ってきていたホップシロップが優しく身体を支えてくれたことで何とか落ち着くことが出来た。安堵の息を吐くクロソフィアに、ホップシロップは申し訳なさそうに眉を下げる。
「ごめんねぇ。いきなり跳べって言われても感覚分かんないよねぇ。これ、ボクの魔法でね? 『不思議なシロップで跳ねまわるよ』って魔法なの。シロップを撒いたところがトランポリンみたいになって、たくさん跳べるんだぁ。慣れたらとっても楽しいよぉ」
「す、すみません。ビックリしちゃって⋯⋯。次はうまく跳びます!」
「うんうん、その意気だよぉ。じゃあ、次いってみよぉか」
そう言って、ホップシロップは空中にシロップを撒き、それを足場にさらに高く跳んだ。どうやらこの不思議なシロップは、空中でも地上と同じような効果を持つようだ。しかし、空中には長くとどまることは出来ないのか、だんだんと垂れて落ちてきているので、完全にシロップが落ちきる前にとクロソフィアも慌てて後に続く。
初めのうちはなかなか慣れずにバランスを崩すこともあったが、だんだんと跳ぶ感覚にも慣れて来て、5回目くらいからはこの不思議な感覚を楽しむ余裕さえ出てきた。ふと視線を下に向けると、スマホ片手に歩く人の姿や、工事現場の人が働いている姿が見える。そんな人々を遥か頭上から見下ろすのは何とも新鮮な感覚だった。しかも、不可思議な力で空をまるで走るように移動している。自分が魔法少女という特別な存在になったことを改めて実感し、そしてそんな存在に自分をならせてくれたであろう神に祈りを捧げた。
楽しい時間が過ぎるのはあっという間だ。体感では数分も経たないうちにどうやら目的地に着いたようで、ホップシロップはふわりと地上に降り立ち、少し遅れてクロソフィアも着地する。着地地点には少し色の異なるシロップが撒かれており、これで着地の衝撃を吸収しているようだった。
「やっほー、エミちゃん。新人さん連れて来たよぉ」
ホップシロップが手を振って呼び掛けるその視線の先に立っていたのは、目に眩しいまっ黄色のコスチュームを着た魔法少女だった。髪飾りの向日葵といい、オレンジ色のショートヘアーといい、なんだか活発な印象を受ける。そして、そんな印象をさらに強めるのは、彼女の笑顔だった。ぱあという擬音が聞こえてきそうなほどの満面の笑みを浮かべ、その魔法少女はクロソフィアの方を向いた。
「わあ☆ 初めまして新人さん!! 私の名前は
「は、初めまして。私は正義の魔法少女、クロソフィアといいます。よろしくお願いします!」
「うんうん、元気でよろしい! ところでクロソフィアは、魔法少女になったのはいつなのかな?」
「え、えっと⋯⋯。初めて変身したのは1週間前くらいです」
クロソフィアの答えに、笑美はその顔に浮かべた笑みを深め、徐に近づいてくる。そして、笑顔を浮かべたまま、クロソフィアの頬を思い切りビンタした。
「挨拶に来るの、おせーよ☆ これだから社会経験のない魔法少女は駄目なんだよね。あ、勝手にガキ認定してメンゴメンゴ☆ でもお前、ガキ臭いしたぶん成人してねぇよな? まあ、見た目は聖人だけど!!」
突然頬を叩かれたことで呆然と立ち尽くすクロソフィアは、笑美が何を言っているのか全く理解できなかった。すると、笑美は反対の頬を更にビンタしてくる。
「ジョーク言ったんだ。笑えよ☆ 魔法少女には笑顔が一番。そしたら皆大ハッピー☆ ⋯⋯ってね?(笑)」
「あはっ、あはははははははははははははははははは!???」
笑美の言っていることは全く面白いことでもなんでもない。むしろ邪悪ささえ感じる言葉だ。しかし、二度目のビンタを受けた直後、クロソフィアは自分の意志とは関係なく大笑いしていた。笑うのを止めようとしても、まったく止めることが出来ない。次第に呼吸も苦しくなってきて、地面にお腹を抱えて蹲る。
「もぉ、エミちゃんダメだよぉ。新入りには優しくしないとぉ」
「シロップがそう言うならまあしゃあないかぁ⋯⋯。ほい、魔法解除。3秒で立ち上がれ~。いーち、にー、さー」
笑美が相変わらずの笑顔のままでカウントダウンを始めたので、慌てて言い切る前に立ち上がる。先ほどまで強制的に笑わされていたせいでまだ呼吸は苦しいが、そうは言っていられない。笑美はこちらを一瞥した後、ホップシロップの方を向いて喋り始めた。
「もー、ホント最近の魔法少女ってダメダメ☆ ちょっと前もリッカーなんちゃらって魔法少女が勧誘断って別の魔法少女グループのとこ行ったし。熱海組の奴らも好き勝手してるしさぁ~!! ホントムカつくよね~。全員笑顔にしちゃいたい☆」
「熱海組は厄介だよねぇ。サンちゃんが潜入して情報探ってくれてるけれど、時間かかってるしねぇ」
「あいつはまあ何とかやるでしょ。正義厨だしぃ? あー、早くぶっ潰したい。この町のトップはこの私だって、分からせてやっぞ☆」
こちらの存在を無視しているかのように、2人だけで会話を続ける笑美とホップシロップ。ぽつんと1人放置されたクロソフィアは、先ほど叩かれた頬の痛みを感じながら疎外感を味わっていた。想起するのは、学校での体育の時間。2人組を組んでと先生に言われたのに、誰も組んでくれずに結局先生とペアになったあの時の感情を思い出す。まさか、魔法少女になってこんな惨めな感情を味わうとは思わなかった。
「⋯⋯ねえ。おい、聞いてんの? 無視すんなよなボケナス。また笑わせるぞ☆」
いつの間にか、会話が終わっていたようだ。気づけば目の前に笑美の顔がドアップで迫って来ていて、咄嗟に背筋を正す。
「は、はい!! なんでしょうか!?」
「やっぱ聞いてなかったじゃねえかクソカス。耳の中に綿あめでも詰まってるの? まあいいや。お前みたいな乳臭いガキも魔法少女だし、戦力に数えないのは損じゃん? だから今度、熱海組の下っ端ザコザコ魔法少女をシバキに行くついでに、お前の実力見せてもらうから。覚悟しとけ☆」
ぽんっと肩に手を置かれ、ついついびくっと身体が震える。クロソフィアは必死に頭を上下にぶんぶんと振っていた。拒否権など、存在しなかった。