ルート66   作:三毛猫

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第一章イリノイ州 消えるヒッチハイカー
一章 序


旅をしている。

と、言い切ってしまうのは簡単だが、その定義はあまりに曖昧だ。

旅とは何か。

移動のことか、それとも目的のことか。

あるいは、目的を持った移動だけが旅なのだとしたら、僕のこれはどう分類されるべきだろう。

結論から言えば、まだ決まっていない。

 

いや、違うな。訂正しよう。

決めていないのではなく、決めきれていない。

定義できないものは気持ちが悪い。

だから僕は、定義する。

定義して、分解して、理解する。

 

それが僕のやり方であり、

同時に——たぶん、癖だ。

あるいは、もっと正確に言えば、

それしかできない。

 

 

アメリカにいる。

 

これもまた、言い方としては雑だ。

アメリカという国は広すぎるし、曖昧すぎる。

州によって文化が違うどころか、同じ州の中ですら別の国のように振る舞う。

 

だから、もう少し限定する必要がある。

僕が今いるのは、イリノイ州の外れ。

都市と田舎の境界線の、そのさらに外側。

地図の上では道路として存在しているが、実際には“どこでもない場所”と呼んだ方が正確な地点だ。

 

道路があるだけで、そこに意味があるとは限らない。

 

むしろ逆だ。

意味がないからこそ、道路は引かれる。

 

どこにも属さない場所を、無理やりどこかに接続するために。

 

——ルート66。

 

名前だけは知っていた。

観光地として、あるいは文化的遺産として。

だが実際に走ってみると、それは想像していたものとは少し違う。

 

ロマンチック、という言葉は似合わない。

ノスタルジック、というのも少し違う。

 

もっと単純で、もっと乾いている。

 

ただ続いているだけだ。

 

それがこの道の本質だ。

 

ガソリンスタンドに車を停める。

 

古びた看板。

剥がれかけた塗装。

営業時間が書かれているはずの場所には、なぜか何も書かれていない。

 

営業しているのかどうかも曖昧な店というのは、意外と珍しくない。

少なくとも、この辺りでは。

 

曖昧なものは嫌いだが、排除することはできない。

だから僕は、それを観察する。

 

観察して、分解して、理解する。

それしかできないから。

 

店内に入ると、ベルが鳴った。

鳴ったはずだが、音は少し遅れて届いた気がした。

 

時間差。

あるいは錯覚。

 

どちらでもいい。

重要なのは、違和感があったという事実だ。

 

カウンターには、男が一人。

 

年齢は四十代後半。

疲労が顔に出ているタイプ。

記憶力は低下傾向。

ただし会話能力は維持されている。

 

一秒もかからない分析だ。

 

「給油か?」

 

男が言う。

 

「それと、少し情報を」

 

僕は答える。

 

情報、という言葉に反応する人間は多い。

特に、こういう場所では。

 

「観光か?」

 

「いいえ。調査です」

 

「何の?」

 

その問いは当然だ。

そして、その答えはいつも少しだけ面倒だ。

 

「異常現象の」

 

男は笑った。

乾いた笑いだった。

 

「ここじゃ珍しくもない」

 

その返答は、興味深い。

 

冗談で言っているのか。

それとも、経験則から出た言葉なのか。

 

どちらにせよ、話は続ける価値がある。

 

「例えば?」

 

僕は促す。

 

男は一瞬だけ考えてから、言った。

 

「客を乗せると消えるって話、知ってるか」

 

ヒッチハイカー。

 

都市伝説としては、あまりにも有名だ。

説明する必要もないレベルで。

 

だが。

 

「消えるのは客ですか?」

 

僕は確認する。

 

「普通はな」

 

普通は、という言い方が引っかかる。

 

例外がある、という意味だからだ。

 

「普通じゃない場合は?」

 

男は、少しだけ言葉を選んだ。

 

「……運転手の方が、消えかける」

 

沈黙。

 

意図的なものではない。

単純に、情報を整理していた。

 

消えるのが逆転している。

 

それはつまり構造が違うということだ。

 

「消えかける、とは?」

 

「なんていうか……」

 

男は自分の手を見た。

 

「ここにいるのに、いない感じだ」

 

曖昧な表現だが、無視はできない。

むしろ、この手の現象は曖昧な言葉でしか語れないことが多い。

 

だからこそ、分析が必要になる。

 

「その客の特徴は?」

 

僕は続ける。

 

男は答えようとして止まった。

 

「あれ……」

 

「どうしました?」

 

「思い出せねえ」

 

典型的なパターンだ。

 

特徴が記録されていない。

あるいは、記録できない。

 

「男か女かは?」

 

「……それも」

 

「年齢は?」

 

「わからねえ」

 

完全に情報が抜け落ちている。

 

だが、ひとつだけ確定していることがある。

 

“乗せた”という事実だけは残っている。

 

つまり、

 

個体ではなく、現象だけが記録されている。

 

「なるほど」

 

僕は呟く。

 

整理する。

 

・個人の情報は消える

・行為の記録は残る

・結果として、“何かを乗せた”という事実だけが残る

 

これはつまり——

 

「記録されていない、か」

 

僕は言う。

 

「何が?」

 

男が聞き返す。

 

僕は少しだけ考えてから、答えた。

 

「存在が、です」

 

店を出る。

 

夜になっていた。

 

時間の経過が曖昧なのは、この辺りでは珍しくない。

時計を見ると、思っていたよりも遅い。

 

あるいは早い。

 

どちらでもいい。

重要なのは、今が“夜”だということだ。

 

夜は、境界が曖昧になる。

 

昼間ははっきりしていたものが、見えなくなる。

あるいは、見えなかったものが現れる。

 

だから、観測には向いている。

 

車に乗り込む。

エンジンをかける。

道路は、ただ続いている。

 

どこまでも。

どこにも行かないまま。

 

「——さて」

 

僕は言う。

誰に向けてでもなく。

 

「確認しようか」

 

これは幽霊か。

それとも、別の何かか。

 

いや。問いが甘いな。訂正する。

 

「これは——どういう構造だ?」

 

アクセルを踏む。

 

車は進む。

進むという行為が、ここではどんな意味を持つのか。

それを確かめるために。

旅をしている。

そう言い換えることもできる。

 

だが本当は、

もう少し単純だ。

 

僕は今

線を辿っているだけだ

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