ルート66   作:三毛猫

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一章 破

移動している。

 

——と、こうして現在進行形で言い切れるのは、少しばかり安心する。

 

過去形にすると途端に曖昧になるし、未来形にすると根拠が必要になる。

その点、現在進行形はいい。

進行している限り、少なくとも“今ここにいる”という証明にはなる。

 

もっとも。

その“証明”がどこまで有効なのかは、まだ検証の途中だが。

 

 

夜の道路は、昼間よりも正直だ。

 

昼間は情報が多すぎる。

建物、看板、人間、色彩。

それらすべてが“存在している”ことを主張してくる。

 

だが夜は違う。

見えないものは、最初から存在しないものとして扱われる。

あるいは逆に、

見えているものだけが、存在を許される。

単純で、だからこそ危険だ。

 

 

速度は抑えている。

理由は二つ。

 

ひとつは単純に安全のため。

もうひとつは観測のためだ。

 

速すぎる移動は、情報を取りこぼす。

遅すぎる移動は、現象を誘発しない。

 

最適な速度というものがある。

 

それは経験則でしかないが、少なくとも今の僕には、それなりの精度で判断できる。

 

たぶん。

 

 

来た。

予感というほど曖昧なものではない。

もっと直接的な違和感。

道路の端に、人影。

 

ヒッチハイカー。

 

典型的な構図だ。

だからこそ、逆に信用できる。

極端に奇妙な現象よりも、ありふれた異常の方が構造を読みやすい。

 

車を減速させる。

止める。窓を開ける。

 

「どこまで?」

 

僕は聞く。

質問としては適切だ。

ヒッチハイカーに対する定型文でもある。

だが返ってきた答えは、少しだけずれていた。

 

「着けばわかる」

 

曖昧な回答。

 

いや、違うな。

曖昧というより、

結果だけを提示している。過程が省略されている。

これは重要なポイントだ。

 

「乗るか?」

 

僕は確認する。

確認する必要はないが、形式として。

 

ヒッチハイカーは頷いた。

 

ドアを開ける。乗り込む。

 

その動作は、正常だった。少なくとも外見上は。

 

 

発進する。

バックミラーを見る。

そこに“いる”。

 

だが、情報が少ない。

 

顔の輪郭はある。

だが特徴がない。

 

性別が判別できない。

年齢も不明。

 

服装も、記憶に残らない。

認識はできるのに、記録できない。

さっきの運転手と同じだ。

 

「名前は?」

 

僕は聞く。

 

ヒッチハイカーは答えない。

いや、正確には答えている。

 

だがそれが、意味を持たない。

 

音としては聞こえる。

言葉としては成立している。

 

それなのに情報として定着しない。

 

「なるほど」

 

僕は小さく呟く。

 

「質問を変えよう」

 

ハンドルを握りながら、思考を整理する。

 

「どこへ行く?」

 

さっきと同じ質問だが、意味は違う。

目的地の特定ではなく、構造の確認だ。

 

「着けばわかる」

 

同じ答え。

 

反復。

 

ループではない。

 

選択肢が存在しないだけだ。

 

ナビを見る。

目的地は設定していない。にもかかわらず、ルートが表示されている。

 

直線ではない。

複雑でもない。

 

ただ一本の線。

 

——ルート66。

 

当然と言えば当然だ。

 

だが問題はそこではない。

 

問題は、

 

“どこに向かっているのかが表示されていない”ことだ。

 

到達点が存在しない。

あるいは、表示できない。

 

 

「興味深いな」

 

僕は言う。

独り言のように。

実際、会話は成立していない。

成立する必要もない。

必要なのは観測だ。

 

 

時間の感覚がずれてくる。

何分経ったのか。

あるいは、何秒しか経っていないのか。

 

どちらでもおかしくない。

 

速度は一定。

道路も一定。

 

変化が少なすぎると、時間は測定しづらくなる。

 

——いや。

 

違うな。

 

訂正しよう。

 

変化がないのではない。

変化が“記録されていない”。

 

 

「そろそろか」

 

僕は呟く。

 

理由はない。

だが確信はある。

 

この手の現象には、“区切り”がある。

 

そしてその区切りは、大抵

到達の瞬間だ。

 

 

ブレーキを踏む。

 

自然な動作だった。

 

意図して止めたわけではない。

止まるべき場所で止まった、という感覚。

 

エンジン音が小さくなる。

 

静寂。

バックミラーを見る。

誰もいない。

 

——予想通りだ。

 

問題はここからだ。

 

 

手を見る。

少しだけ、透けている。

完全ではない。だが確実に、存在が希薄化している。

 

「なるほど」

 

僕は頷く。

仮説が確定する。

 

・移動中は存在が維持される

・到達した瞬間、役割が終了する

・終了した側が消える

 

つまり——

 

「移動が証明か」

 

僕は言う。

 

この現象において、存在とは状態ではない。

 

過程だ。

 

進んでいる間だけ、存在が許される。止まった瞬間、不要になる。

合理的だ。

無駄がない。

 

そして残酷だ。

 

 

車を降りる。

足元の感覚はまだある。

完全に消えるまでには、少し時間があるらしい。

 

猶予。

あるいは、誤差。

どちらでもいい。重要なのは、対処が可能だということだ。

 

 

「なら」

 

僕は言う。

夜の道路に向かって。

誰もいない場所に向かって。

 

「終点を消せばいい」

 

到達が問題なら、

到達できなければいい。

単純な話だ。単純な話ほど、効果的だ。

 

車に戻る。

エンジンをかける。

まだ動く。まだ進める。

 

それだけで、十分だ。

 

移動している。

その事実が、今の僕を定義している。

 

ならば定義を書き換える必要がある。

 

 

「次で終わりだ」

 

僕は呟く。

 

これは予測ではない。

 

分析だ。

 

 

アクセルを踏む。

車は再び進む。

どこへ向かうのかはわからない。

だが、それでいい。

 

重要なのはまだ“向かっている途中”だということだ。

 

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