ルート66   作:三毛猫

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第二章ミズーリ州 停滞するモーテル
二章 序


疲労というものは、測定しづらい。

 

肉体的な疲れであれば、まだいい。

筋肉の痛みや、反応速度の低下という形で数値化できる。

だが精神的な疲労は違う。

曖昧で、主観的で、しかも後から効いてくる。

 

つまり、分析に向いていない。

 

——だから嫌いだ。

 

 

車を停める。

エンジンを切る。

静かになる。

 

静かになると、余計なことを考える余地が増える。

余地が増えると、思考は拡散する。

拡散した思考は、収束させるのに手間がかかる。

 

だから僕は、なるべく静かにしないようにしている。

 

だが今回は例外だ。

理由は単純で、これ以上走るのは効率が悪いと判断したからだ。

 

効率が悪い行動は、無駄を生む。

無駄はノイズになる。

ノイズは分析を鈍らせる。

 

つまり止まる。

 

 

目の前にあるのは、モーテルだ。

ネオンは半分だけ点灯している。

「MOTEL」の文字のうち、「O」と「E」が消えている。

 

結果として、「MTL」になっている。

 

意味を成していない。

だが完全に無意味でもない。

読もうとすれば読める。

意味を見出そうとすれば見出せる。

 

そういう中途半端な状態が、一番厄介だ。

完全な無意味なら切り捨てられるが、

半端に意味があると、思考が引っ張られる。

 

不快だ。

 

 

ドアを開ける。

受付に入る。

 

ベルは鳴らない。

あるいは鳴っているが、聞こえないだけかもしれない。

 

どちらでもいい。

重要なのは、反応がないことだ。

 

カウンターの奥に、男がいる。

 

年齢不詳。

顔の印象が薄い。

 

さっきのガソリンスタンドの男とは違うタイプだ。

あちらは“情報が欠けていた”が、こちらは“情報が均一すぎる”。

 

どちらも記憶に残りにくい。

 

「一泊」

 

僕は言う。

確認ではなく、宣言だ。

男は頷く。

言葉は発しない。だが意思は伝わる。

 

この手のやり取りは嫌いではない。

無駄が少ない。

 

「部屋は?」

 

鍵が差し出される。

 

番号は103。

 

特に意味はない。

あるいは、意味があるのかもしれないが、今のところ検証する必要はない。

 

金を払う。

金額は適正。

高くもなく、安くもない。

これもまた、印象に残らない。

 

 

部屋に入る。

 

ベッド。

テレビ。

机。

椅子。

 

必要最低限。

そして、それ以上のものはない。

観察するまでもない。

だが、観察はする。

癖だからだ。

 

 

ベッドに腰を下ろす。

軋む音。

 

この音はいい。

少なくとも、存在していると断言できる。

 

音は記録されやすい。

だから信頼できる。

 

視覚情報よりも、むしろ。

 

時計を見る。

 

23時12分。

 

微妙な時間だ。

夜としては遅いが、深夜ではない。

 

何かが起きるには、少し早い。

何も起きないには、少し遅い。

中途半端だ。

 

 

横になる。

目を閉じる。

眠るつもりはない。

 

ただ、思考を整理するために視界を遮断する。

視覚を切ると、他の感覚が強くなる。

 

音。

空気。

気配。

 

気配。

 

——ある。

 

 

目を開ける。

 

天井。

変化なし。

だが、違和感は消えない。

違和感は、消えるものではない。

消えるのは、違和感に対する意識だ。

だから僕は、それを消さない。

 

 

起き上がる。

ドアを開ける。

外に出る。

廊下。

誰かがいる。

男。

 

さっきの受付とは別人。

あるいは同一人物かもしれない。

判断は保留。

 

「眠れないのか」

 

男が言う。

声は正常。

抑揚もある。

人間らしい。

 

「考え中です」

 

僕は答える。

会話として成立しているかどうかは重要ではない。

重要なのは、情報が返ってくるかどうかだ。

 

「ここは静かすぎる」

 

男は言う。

 

「そうですね」

 

僕は同意する。

静かすぎる場所は、不自然だ。

自然界において、完全な静寂は存在しない。

何かしらのノイズがある。

 

虫の声。

風の音。

遠くの車。

 

それらがないということは、

 

意図的に除去されているか、

あるいは

そもそも存在していないか。

 

どちらにせよ、正常ではない。

 

 

「何時だと思う?」

 

男が聞く。

唐突な質問。

だが無意味ではない。

時間に関する問いは、この手の現象では重要な意味を持つ。

 

「23時台でしょう」

 

僕は答える。

正確な時刻ではなく、範囲で答える。

誤差を許容するためだ。

男は首を振る。

 

「ずっとこの時間だ」

 

——確定だ。

 

 

部屋に戻る。

時計を見る。

23時12分。

 

変わっていない。

数分は経過しているはずだ。

少なくとも、体感では。

だが針は動いていない。

 

あるいは動いているが、戻っている。

 

 

スマートフォンを見る。

 

日付。

変わっていない。

 

時刻。

 

23時12分。

 

完全一致。

偶然ではない。

 

 

「なるほど」

 

僕は呟く。

 

整理する。

 

・時間が進まない

・あるいはリセットされている

・外部と内部で差異がある可能性

 

だが、この段階で結論を出すのは早い。

 

仮説は複数立てる。

検証はこれからだ。

 

 

窓の外を見る。

暗い。

夜だ。

当然だ。

 

だが問題は、どの夜かということだ。

 

今日の夜なのか。

昨日の夜なのか。

あるいは、どこにも属さない夜なのか。

 

 

「これは」

 

僕は言う。

誰に向けてでもなく。

ただ、言語化するために。

 

 

時間ではない。

少なくとも、通常の意味での時間ではない。

流れていない。

進んでいない。

積み重なってもいない。

ならばこれは何か。

 

 

「時間の形をした、何かだ」

 

結論としては、暫定だ。

だが十分だ。

暫定であっても、方向性が決まれば次の行動は決まる。

 

 

ベッドに戻る。

横になる。

眠る。

 

あるいは、眠るふりをする。

どちらでもいい。

重要なのは、

 

次に何が起きるかを観測することだ。

 

 

23時12分。

 

時計は動かない。

だが、何かは確実に進んでいる。

見えない形で。

記録されない形で。

 

 

そしてそれはきっと終わっていない。

 

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