ルート66   作:三毛猫

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二章 破

 

繰り返し、という言葉は便利だ。

便利だが、正確ではない。

同じことが何度も起きる現象を、とりあえず“繰り返し”と呼んでおけば説明した気になれる。

だが実際には、その内側の構造は千差万別だ。

完全に同一の再現なのか。

微細なズレを伴う反復なのか。

あるいは、単に“終わっていないだけ”なのか。

 

分析しなければ、対処はできない。

だから僕は、分析する。

 

 

23時12分。

 

時計を見る。

変わっていない。

だが、これは重要ではない。

重要なのは、この数値が変わらないという事実が継続していることだ。

 

継続は変化の一種だ。

変わらないという変化。

矛盾しているように見えるが、構造としては成立している。

むしろ、こういう矛盾こそが異常の入り口だ。

 

 

ドアを開ける。

廊下に出る。

前と同じ景色。

 

同じ照明。

同じ壁紙。

同じ匂い。

 

だが、完全に同一ではない。

完全に同一なら、違和感は生まれない。

違和感があるということは、どこかが違う。

その“どこか”を特定するのが、仕事だ。

 

 

人がいる。

三人。

前回はいなかった。

 

いや、いたのかもしれない。

気づかなかっただけで。

 

「こんばんは」

 

女が言う。

自然な挨拶。

だが自然すぎる。

この状況で自然な振る舞いをすること自体が、不自然だ。

 

「こんばんは」

 

僕は返す。

形式は守る。

形式は構造を維持する。

構造が維持されている限り、分析は可能だ。

 

 

「ここ、出られないんですよ」

 

女が言う。

唐突だが、核心に近い。

無駄な前置きがないのは助かる。

 

「試しましたか」

 

僕は聞く。

 

「ええ、何度も」

 

回数の提示。

だが具体的な数はない。

これは記録が曖昧になっている証拠だ。

 

「結果は?」

 

「朝にならないんです」

 

既知の情報。

だが重要なのは、その認識を共有していることだ。

つまり、主観だけの問題ではない。

複数人で同一の異常を認識している。

これは現象の強度を示す指標になる。

 

 

男が一人、口を挟む。

 

「何日目だと思う?」

 

質問。

時間に関する問い。

この場では最重要のカテゴリだ。

 

「一日目でしょう」

 

僕は答える。

事実としては不正確かもしれない。

だが構造としては正しい。

 

ここには“一日”しか存在していない。

二日目が存在しない以上、一日目が永続していると考えるのが妥当だ。

 

男は笑う。乾いた笑い。

 

「俺は三日目だと思ってる」

 

主観の分裂。これは興味深い。

 

「根拠は?」

 

「疲れ方だ」

 

なるほど。

 

肉体的な指標。

確かに、時間が経過していれば疲労は蓄積する。

だが。

 

「その疲労は、どの時点からのものですか」

 

僕は聞く。

男は答えない。

答えられない。

基準がないからだ。

 

 

別の男が言う。

 

「俺はここに来る前のこと、思い出せないんだ」

 

記憶の欠落。

 

イリノイ州の事件と同系統の現象。

 

だが、少し違う。

あちらは“記録されない”だったが、こちらは“切り離されている”。

保存されていないのではなく、参照できない。

 

「来る前の最後の記憶は?」

 

僕は聞く。

 

「……車を運転してた」

 

典型的だ。

そして、重要だ。

 

移動。

やはり、線の上にある。

 

 

「全員、何かの途中だった」

 

僕は言う。

独り言のように。

だが全員が聞いている。

 

「途中?」

 

女が反応する。

 

「ええ。仕事、旅行、逃亡、理由は違っても、共通しているのは“終わっていない”ということです」

 

言語化する。

言語化は構造を固定する。

固定された構造は、分析しやすい。

 

 

整理する。

 

・時間は進まない

・だが意識は継続している

・記憶は部分的に欠落

・全員が“途中”にいる

 

ここから導ける結論は——

 

「これはループじゃない」

 

僕は言う。

全員がこちらを見る。

理解していない。

だが、それでいい。

 

理解は後からついてくる。

 

「繰り返しているわけではない。繰り返すには、始まりと終わりが必要です」

 

そしてここには、そのどちらもない。

 

「始まっていないし、終わってもいない」

 

だから——

 

「終われていない」

 

結論は短い。

だが十分だ。

 

誰も反論しない。

反論できない。

直感的に理解しているからだ。

この場所が異常である理由を。

 

 

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

 

男が言う。

当然の質問。

だが答えは簡単ではない。

終わらせればいい。

言葉にすればそれだけだが、実行は難しい。

 

なぜなら——

 

 

「終わらせたくないから、ここにいる」

 

僕は言う。

それが真実だ。

少なくとも、この構造においては。

 

 

女が首を振る。

 

「そんなことない。私は出たい」

 

言葉としては正しい。

 

だが、完全ではない。

 

「“今は”そう思っているだけです」

 

僕は訂正する。

 

「最初にここに来たときは、違ったはずだ」

 

視線が揺れる。

記憶を探っている。

だが見つからない。

 

あるいは見つけたくない。

 

 

そのとき。

音がした。

遠くで。

何かが壊れるような音。

 

あるいは、何かが始まる音。

 

区別はつかない。

だが重要なのは、

変化が起きたことだ。

 

 

「来たか」

 

僕は呟く。

予測通りだ。

この手の構造には、必ず“核”がある。

 

中心。

起点。

あるいは原因。

 

 

「何が?」

 

誰かが聞く。

答える必要はない。

もうすぐ、全員が理解する。

 

 

廊下の奥。

暗がり。

 

そこに、誰かがいる。

他の連中とは違う。

 

輪郭がはっきりしている。

存在が、強い。

 

 

「……あれが」

 

僕は言う。

確認ではなく、断定。

 

 

「起点だ」

 

時間は止まっている。

だが、何かは進んでいる。

 

終わっていないものが、終わろうとしている。

 

あるいは終わることを拒んでいる。

 

 

どちらでもいい。

やることは変わらない。

 

 

「分析を続ける」

 

僕は言う。

自分に言い聞かせるように。

 

 

分析はまだ終わっていない。

むしろ、ここからが本番だ。

 

 

23時12分。

 

時計は、まだ動かない。

 

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