ゆっくりしていってください。
――ここ最近、不思議な夢を見る
内容としては、どこか知らない学校やカフェで雑談や勉強会をやっていたり、おそらくバイト先と思われる店で働いていたり、スーパーでの買い物など日常的なもの……まぁ、色々ある
かと思えば、現実ではあり得ないケモ耳を生やした人達がいる世界の中で露店を巡ったり、歌を唄っている人を見たり、果てには戦場のような場所で人や巨大な甲殻類のような生物と戦っていたりする
最後については本当にどういうことなのか訳が分からない。何故甲殻類……?
……でも、夢の終わりはいつも同じで、僕は光り輝く円盤のような物に乗っている。そして、円盤の下のお城のような建築物から微かに声が聞こえてくるのだ
それと同時に透明の羽織のような物を着て、直後に自分の意識が薄れていき、夢の中の僕は眠るように意識を失い……現実で目を覚ますのだ
因みに、僕はその光景に全く見覚えが無いうえに起床後に布団が冷や汗でぐっしょり濡れるから勘弁してほしい。正直こんな夢をほぼ毎日見るのは身体的にも精神的にもキツく最早拷問である。その影響で最近の僕の検索履歴は『安眠 方法』、『厄払い 安い おすすめ』関連のものとなっている
「……まぁ、どの方法も結局効果無かったんだけどね……」
通算一週間目となる最悪の目覚めの中で、
「えーと、今の時間は…………えヤバい、バイトに遅刻するッ!?」
~~~
「今日は……お、卵が安い。牛乳も!それと日用品の補充もしとかなくちゃ!」
あの後、爆速で身支度を済ませて何とか遅刻は免れることができたが、今日は休日ということもありランチタイムにはほぼ満席状態で店は戦場と化していた。個人経営の小さなカフェということもあり、従業員は僕と店長夫妻の三人で店を回さねばならず、正直猫の手も借りたいぐらいだ。そんな戦場を乗り切り、その後は閉店まで比較的穏やかに営業を終わらせることができた
バイトも無事に終わり、帰宅する前に近所のスーパーで買い物を済ませる。賄いも貰っているが、明日からは祝日も含めて二連休。巣ごもりのための物資を補給しておかねばなるまい。……特段趣味と呼べる物はないし、ただ動画を見て過ごすだけになるだろうけど
「よしっ、後は帰って冷蔵庫に入れるだけ………ん?」
『―――!!―――の、現――功し――!!!』
無事に買い物を終わらせていざ帰宅しようとした時、駅前の大型ディスプレイから声が聞こえてきた。普段だとスルーするのだが、キャスターの人のテンションが高いこともあり足を止めて画面を見上げる
『この度ッ!仮想空間内における触覚・味覚の導入実験において初の成功が得られたとの報告がありました!!この成果を糧に、仮想空間でも現実と変わらない生活を送ることができる未来もそう遠くはないと、研究の第一人者である酒寄氏は―――』
「おー。遂にここまで仮想空間も現実に近づいてきたんだ」
画面には研究者であろう黒髪の女性が映っており、キャスターの人も熱心にニュースの話をしている。まだ実用には至っていないだろうけど、ここまで大々的に取り上げているのならきっとすごい事なのだろう。心なしか周囲の人も足を止めてニュースを聞いているし、笑顔で喜び合っている人もいる
まぁでも――
「
そう言葉を零し今度こそ帰宅のために踵を返す。滞在時間は長くはないが生鮮食品もあるため、僕は足早にその場を去った
『―――では、
~~~
僕、
色々と人には言えない深い事情があり、都内の孤児院から現在住んでいるアパートに引っ越してきた。手続きやその他諸々は僕にとって親のような存在である孤児院の先生が行ってくれたため、春先から僕の一人暮らしが始まった
アパート自体は先生が選んでくれたものであり、元々知り合いが借りていた部屋を僕が譲り受けた形だ。初の一人暮らしで不安や緊張が無かったといえば嘘になるが、それと同じくらい新天地での生活が楽しみでもあった。それにこのアパートも
実際にもうすぐ高校生になって初の夏休みになるが、今の生活は十分に充実していると思う。高校でも気安く話せる友人もできたし、バイト先の人達も良い人達だ。入学当初と比べて此処での生活も大分慣れてきたと感じる。きっと夏休みは友人達と遊んだり、バイト生活を送ったりと当たり前の生活を送っていくのだろう
…………そろそろ現実逃避はやめよう
「うぅっ……ひっ、ぅ……すんっ……ぇぅ……」
「…………えー」
悲報:帰宅したら家の玄関前でスーツを着た女性が号泣している件について
(あ、ありのまま今起こった事を話すぜっ……バイトから帰って来たら玄関前にスーツを着た女性が座り込んで号泣していた。な…何を言っているのか分からないと思うが、僕も何が起こっているのか分からなかった…今までで初めての事で頭がどうにかなりそうだった…仮想空間だとか別世界からの侵略だとか、そんな近未来的なもんじゃあ断じてない。もっと現実的で恐ろしいものの片鱗を味わっている……)
「なんて言ってる場合じゃないな。この状況を何とかしないと」
とりあえず声をかけない事には始まらない。幸いなことにこの周辺は街灯も多く、道幅も広いためタクシーや送迎もしやすいだろう。ならばまずやるべきことは女性の状態の確認と送迎の手配である。荷物を端に置き僕はスマホでタクシー会社に連絡し、アパートの住所を伝えて電話を切る。後はこの人に帰る場所を聞けば万事解決だ
「……すいませ~ん、大丈夫ですか?」
「ぁぁ……ひっく……えぅっ……ぅぁ……」
「ダメそう……せめてこの人の知り合いに連絡がとれれば……でも勝手に荷物を漁るわけにはいかないし…………?」
あれ? この人の顔、何処かで見たことあるような……具体的にはほんの数十分前くらいに――
「――酒寄、彩葉?」
「グスっ……ぅぅ……? ぇぁ、わ…たし、の名……っ?」
そうだ。この人駅前のニュースで紹介されてた人だ。でも、写真で見た時よりも顔は紅いし目もトロンとしている。おそらく泥酔に近い状態だと思うけど……残念ながらこのような状態の人への対応は先生から習っていない。
でも、名前が分かっただけでも十分だ。有名な人っぽいし、検索すれば仕事先の情報くr「――先、ぱい……?」「what?」
先輩? 学校や会社においてその組織に先に加入したものを指す言葉の『先輩』? 誰が?
周囲を見渡しても僕と目の前の女性以外の人影はない。何なら僕の方を穴が開くんじゃないかというくらいじっと見つめてきている。試しに身体を左右に揺らしてみると女性の身体も連動して揺らされる
つまりこのことが指し示すのは
「……僕!?」
「先、輩……〜〜〜鈴音先輩ッ!!」
「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
何故かいきなり抱きつかれたんだけど!? あ、でも柔らかくていい匂い……いやそれよりも酒臭いなっ!? どんだけ飲んだんですか貴方!!
「お、落ち着いてくださいっ! 僕は貴方と初対面ですし、そもそも貴方の方が年上のはずですよね!?」
「先輩、先輩、先輩ッ……!! やっと会えた……あれから、私も、かぐやも頑張ったんです…… ヤチヨも、『ツクヨミ』で今も頑張ってる……ねぇ、先輩? 一緒に帰りまショウ?」
「そのセンパイ私チガウッ!? ノットセンパイ! アイアムツキモリ スズネ! オーケー!?」
「……何言ってるんです? 名前も、声も、顔も、髪も……私が鈴音先輩の事を間違えるわけないじゃないですか。ふざけた事言ってないで帰りますよ? かぐやもヤチヨも貴方を待ってる……もう、逃ガサヘン」
「オーマイガーッ!!! さっきの涙何処いったんでs……って力強ッ!!?」
二人にも連絡しとかないと、と話しながら酒寄さんはスマホを取り出し電話をかけている。その隙にどうにか逃れようと抵抗するが、こんな華奢な腕からではありえないくらいの力で拘束されて不可能に近い。
どうにか気を逸らすことができれば………こ、こうなれば一か八か!!
「…分かった、また後で。……それじゃあ先p「あー!! あんな所に虹色に輝く電柱が!!」
…えっ?」
僕の言葉で彼女の力が緩んだ一瞬を見逃さず、腕を振り払って拘束から抜け出した。そのまま荷物を抱えて部屋に駆け込み、鍵とチェーンをかけて奥の部屋に逃げ込む
(上手くいって良かった! 我ながら滅茶苦茶な内容だったけど、無事に逃げ切ることができた。後は無事にやり過ごすことができれば……)
その後念のために十分ほど時間を置いてドアスコープから外を確認すると、そこに酒寄さんの姿はなかった。代わりにポストのなかに紙が一枚入っていた
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『今日は夜分遅くにご迷惑をおかけしました。タクシーもありがとうございます。
謝罪も込めて、後日改めてご自宅にお伺いさせていただきます。 酒寄 彩葉
P.S. ニゲルナヨ?』
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「………………」
――何故だろう。ここで逃げると本当に僕をどこまでも追いかけてきそうな気がする。しかも一人じゃなくて複数人で……一体何を言ってるんだろ
「………寝よ……」
きっと目まぐるしい一日に疲れてしまったのだ。明日の事は明日の僕が何とかしてくれる。
おやすみなさい
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翌日――
「こんにちは。昨日の件でお伺いしました。……入れて、くれますよね?」
「鈴音!やっと会えた!ずっと待ってたんだよっ! 鈴音なら絶対にこの街に来ると思って…このアパートも懐かしい~!!……てか何か鈴音背縮んだ? ねぇ、彩葉はどう思う?」
次回、修羅場……?