男の娘が魔女になって大変な目に遭う話   作:クエクト1030

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12話「鏡への怒り」

 私の家はアストヒクの学園内にある酒場だった。

 

 

 

 「やさしい酒場(タベルナ・アマーベル)

 

 

 

 それが酒場の名前で、私の苗字はただ単純に、酒場の単語から取ったものだ。名家の奴らが持っているものじゃない。

 魔女の圏域の外からやってきた奴らが自分につけるように、その土地だとか村だとか、街だとか。そういう地名からとりあえず付けただけのもの。

 

 私の家はいつも貧しかった。

 理由は簡単、母親たち(バカども)がきちんとした価格設定をしないから。

 

 

 

 あのバカ共はほとんど赤字な値段で料理を宿を提供していた。

 

 

 

 他の酒場、料理屋、出店。幼い私が簡単に足を運ぶ事が出来る距離圏内でもうちの酒場は浮いていた。そして当然、彼らからは疎まれていた。それもそうだろう、安かろう悪かろうでどいつもこいつもうちの酒場に来やがるから。

 価格帯は崩壊して、腹を空かせたカス共はうちの酒場に雪崩れ込む。その分だけ他の店は客足が減って利益が減る。

 

 

 

 飢餓に陥った奴ってのは何でも食べるからな、本当に。

 

 

 

 だけど、それで母親たちは満足していた。

 醜い自己満足だ。払える魔力の少ない者たちを助けるためと銘打つが、そんなものは奴らの甘えだろう。

 

 そんな奴こそ、泥水を啜りながら依頼をこなすべきだ。そうしてまともな金を掴んで、まともな飯を食うべきだ。

 正当な努力と正当な対価を自分で勝ち取ればいいだろう。アストヒクに所属する事も、依頼を受ける事も誰でも出来るんだから。

 

 

 

 私がどれだけ訴えかけようとも「でもね、カリダーデ。食べたくても食べれない子だっているんだよ。私たちは、お腹を空かせている子を少しでも減らしたいの。分かってくれるよね?」なんて。そう答える。

 

 

 

 私たちが調理する食材に新鮮なものは少なかった。

 少しでも材料費を安くするために売れ残りを買い上げ、質の悪い食材を取り寄せていたから。

 ある程度は自家栽培で補っていたけど、そんなものは雀の涙だった。

 

 

 

 私だって誰かに美味しいご飯を食べさせたかった。

 

 

 

 でもそれは、まともな食材があって初めて成立することだ。

 そんな理屈は子供の私でも簡単に理解出来た。

 何故なら、私たちはいつも、いつも。

 

 

 

 使い残した食材で作った料理と、客の残した残飯を食べていたから。

 

 

 

 自分の、自分たちの料理の不味さは誰よりも知っていた。

 それでも食べるしかない。

 

 

 

 腹が減るから。それ以外無いから。

 

 

 

 

 

 

「あいつらはイカれている。」

 

 

「間違った正義感、間違った善意。そういうものが人を不幸にする」

 

 

「本人はそれが決して間違っていないと思っているから質が悪い」

 

 

 

 そうして私は「慈悲(カリダーデ)」という名前を捨てて、「ため息(ススピロ)」と名乗り入学した。

 

 私は適当に過ごして適当に遊んで、適当に生きる。

 私は貧しくないんだから(・・・・・・・・・・・)、努力なんてしたくないし、誰かのために生きるだとか真っ平ごめんだ。

 

 だからだろう。

 

 

 

 私は、格下の癖に格上を庇ったコイツの事が──気に入らない。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「《仕込みの傷み(シカトリス・エスコンデ)》」

 

「何だ、今のノイズ──くっ、《球状反転重力球(守れ)》!」

 

 

 今、何かが見えた。いや、聞こえた?

 ススピロ……いやカリダーデ?とにかく、彼女が展開した魔法陣から不可視の無数の刃が飛んでくる。

 不可視。けど見えなくとも、目ではなく魔力の流れで追う事は出来る。僕は重力の向きを反転させる力場を展開し、攻撃を凌ぐ。

 

 

「反応が遅れたねひよっこ!それ、消耗激しいでしょ!蒸し焼きだ。《芯まで通れ浄化の熱よ(ボン・セグランサ)》!」

 

「あっつ……!」

 

 

 僕の足元に出現した魔法陣は、真っ赤に燃える炎を立ち昇らせて僕の力場を覆い尽くす。

 僕が展開した力場は球状で出来ているから、全方位から身を守る事が出来る。だから直接焼かれる事はない。

 

 

 

 ある程度の力や、作用までは。

 

 

 

 これはどの属性にも言える事だけど、その属性の性質で扱える範囲、性質の解釈から外れ希釈な側面を利用しようとすればするほど、術式が複雑になり発動が遅れるか、もしくは消費する魔力の量が多くなる。

 

 要するに、今この状況は効率的に熱を伝えてくる上に熱の逃げ場のない事を意味していて、かなり拙い状況というわけだ。

 

 

「ッ!」

 

「チッ。おかしいと思ったけどそれ業術か。アンタ魔女でしょ、魔力枯れてんの!?」

 

 

 縮地で炎の包囲から抜け出す。「縮地」は「目的地に移動する」現象を使用する。

 この業術の肝はここにあって、目的地までの過程は通らない。

 単純に自分の有効射程距離に対して、文字通り座標が転移するのに等しい。

 

 だから炎に隙間がなくても抜ける事が出来るわけだ。

 

 

「(斬撃、炎。不可視なのは厄介だな)」

 

 

 そのまま接近を試みる。が、しかし。

 

 

「《切り刻まれよ(フェリメント・ムイト)》」

 

「近づけない……!」

 

 

 斬撃魔法を展開され、行く手を阻まれる。

 

 

「そんなに近づかれるのが怖いんですか?」

 

「そんなに距離を取られるのが怖いの?魔法戦は遠距離戦だよ。あ、ひよっこだからそういう常識は知らないよね、ごめんごめん」

 

 

 なんかムカつくな。

 しかし距離を取られてしまうと全力を引き出せないような気がするので、困る事には変わりない。

 僕たちが求めるのは相手の全力を正面から凌いで完膚なきまでに叩きのめす事。本気を出す前に倒して言い訳の余地を与えたくない。

 

 だから、ススピロをもう一度追い込んで、そして全力の魔法を引き出すという工程が必要になる。

 

 

「さて、どうしようかな……」

 

 

 斬撃、炎。そして見えた光景。

 ススピロは料理に関する魔法を修めているんだろう。

 それが魔法学園に来てからなのか、あるいは家の酒場の時からなのかは分からない。

 

 

「包丁、火……水はないの?」

 

「……なに?」

 

「煮込み料理はないんですか?スープ、味噌汁とか」

 

「味噌汁?何それ……てか何で料理の話題に──」

 

「あぁ」

 

 

 唐突に理解出来た。

 

 

「そうか。そうですよね。悪い食材を食べられるようにするには、菌が生きる余地もなく加熱しないといけない」

 

 

「スープ……シチューだっけ。そういうのでも加熱調理は出来るだろうけど、それでも焼くという作業の方が印象に深く根付いたんだ」

 

「なに言って」

 

「僕も似た事したよ。最近じゃ逆に財布からお金を盗めば良くなってたから良い食材買ってきて自分で作るか、もしくはレトルトとか買ってたけどさ……腐りかけ、腐ったものっていうのは、どうやったって美味しくなんかならないし、お腹が空いてるなら食べて死ななければ何だっていいもんね」

 

「──アンタ、何で知って」

 

「そうでしょ?カリダーデ」

 

「っ、なんで私の名前を!?」

 

 

 理解出来た。そして、この人の全力、その凡そと傾向も。

 証拠と言う観点から見れば著しく欠損しているだろう。

 この戦況で勝負に出るのは正気ではないのかもしれない。

 

 それでも。

 

 僕はきっと、彼女にとっては鏡に映る自分なのだろうから。

 

 

「私の名前にも意味があるんですよ」

 

 

 《貫通装填(ペネトレーション・セット)

 僕もまた魔法陣を展開して、意味を明かす。

 

 

「稀懸覡。あらゆる人の願いを身に受け、叶えるための名前。そのために作られた生命で、そのために与えられた姓名。」

 

 

 

「それは──吐き気がするくらい酷い名前ね」

 

「同感です」

 

 

 

 お互いへの憐憫、自分たちへの憎悪が刹那の静寂を生む。

 

 

 

 巨大な敵に立ち向かうよりも、忌々しい自分に対して怒りをぶつける事の方が、きっと彼女は気持ちが楽なんだろうし、ずっと大切な事なんだろう。

 

 

 

 彼女の全力を理解したとは言ったけど、その証拠はどこにもなかった。

 たまたま見えた声と光景だけが手がかりで、名前を呼んで、使う魔法の属性から推測しただけ。

 

 見えた光景は、精神干渉魔法に分類される幻覚魔法にかかったために幻視した……と言った方がずっとマシだろう。なにせ素面で幻覚を見たなんて聞いたら、誰もがイカれたと思うだろうから。

 

 

 

 でも、僕には確信があった。

 これと似た事が、今まで生きてきた中でも数回あったから。

 

 誰かの後悔と、罪と、願いばかりが僕の心に流れ込んできて。

 その度に私がその人の願いを叶えようと動き出していた。

 

 

 

 自分自身が救われていなければ、他人を救う事なんて出来はしないというのに。

 

 

 

 自分を顧みる事のない悍ましい善性。

 

 だから僕は自分に怒りを向ける。

 だから彼女も自分に怒りを向ける。

 

 僕と彼女はきっと、似た者同士だから。

 

 

「刻み、離し、細切れよ──《微塵斬り《ピカド》》!!」

 

 

 

 僕の最大出力を上回る魔力で以て作られる、無数の風の刃が迫りくる。

 彼女が持つ、最大最強の切り札。

 

 刃は地面を切り抉り、空気を切り裂き副次的にかまいたちを発生させる。

 それは僕以外の全ても丸ごと切り刻んで、バラバラのミンチにするかの如く暴れ狂っていた。

 

 

「前面最大展開──《音壁恐喝(黙れ)》!!」

 

 

「相反属性魔法!?コイツさっきからランク2の魔法ばっかり……!アンタほんとに朝日の位階なの!?」

 

 

 ならば風の刃を音の壁を生み出す魔法、《音壁恐喝》で防ぐ。

 この魔法は音属性魔法。そして風属性と音属性は相反している。

 相反する属性は違いに打ち消し合う作用が他の属性よりも強いだから押し勝つことが互いに難しく、故に足りない実力を相性で補うことが出来る。

 

 

 

 この魔法は、自分で彼女の魔法を受けた時に伝わった感覚と、魔法の性質から予測した結果準備出来たものだ。

 受けた時に何となくでも、これが風属性をベースにしたものだと感じたからこそ、音属性のメタを用意出来た。

 

 

 

 そうして僕は遥か眼前で消える刃と砕ける壁を前に一歩、また一歩と彼女への間合いを詰める。一つの息で距離を殺し、二つの息で彼女の呼吸を読む。

 

 

 

「(落ち着いて、業術だって万能じゃないはず。瞬間移動の有効射程距離は存在する、じゃなきゃもう近寄ってきてる。近寄らせる前に倒せばいい)」

 

 

「《死に絶えろ(フォルテ・セグランサ)》!!」

 

 

「──なっ!?」

 

 

 

 当たればおそらく、焼く事を超えて溶かし穿つであろう灼熱の球。

 僕の持つ防御魔法、攻撃魔法では相殺するどころか、そのまま魔法を貫通してきてゲームオーバーだろう。

 でもそれは、当たったらの話だ。当たらなければ、意味はない。

 

 

 

 怒り、焦燥、動揺。ブレた杖先、大きく揺らぐ魔力。

 それら全てが攻撃の矛先を僕に教えてくれる。

 

 

「分かれば、あとはタイミングを合わせて掻い潜ればいいだけ」

 

「覆え、《微塵斬(ピカ)──」

 

 

 

 有効射程距離。

 

 

 

「王手、ふんっ!」

 

「ぐあぁっ!」

 

 

 僕は縮地で彼女の頭上に跳び、そのまま落下の勢いを利用して頭部を脚で挟み込む。そして身体をねじりながら背面へと投げ飛ばし、ドンと強い力が床に加わった音が空に散った。

 

 

「詰みです」

 

「っ……私の……負けよ」

 

 

 地面に倒れた弾みで手放された彼女の杖も蹴り飛ばす。倒れ伏す彼女とは対照的に《貫通装填》の魔法陣を掲げる杖を突きつけ、生殺与奪を握る。

 

 武装解除、体制不利、生殺与奪の抄掠。

 

 

 

 

 

 

 決闘は、終わった。

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