男の娘が魔女になって大変な目に遭う話   作:クエクト1030

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16話「微睡に落ちる」

「っ……!」

 

 

 私は抵抗出来ない程の強い斥力によって、彼女の部屋から強制的に追い出されていた。

 

 遥か格上のはずの、私が。

 

 これはミコちゃんが持つ適性の中でも最も高い属性の一つ、力属性の魔法で間違いない……んだけど。

 

 それはあくまで潜在能力の話なんだよね。

 素質があるからといって、私が抵抗出来ない程に高度かつ強力な魔法を、最初から使えるわけじゃない。

 

 例え普通の魔女よりも圧倒的に濃密なスケジュールで勉強と鍛錬を繰り返したとしても、まだ三ヶ月くらい。仮にミコちゃんが超絶天才美少女魔女だとしても流石におかしい。

 

 

「どう考えても今のミコちゃんが出来るレベルじゃない、一体何が……」

 

 

 もう一度彼女へと近づくために、扉に手をかけようとする。

 

 

「近づけない、というより反発してるのかこれ」

 

 

 ノブにかけようとした手は、押すほどに押しのけられた。

 

 扉そのものにも反発する魔法が込められているみたい。

 あの一瞬に私を押し出すだけじゃなくて扉にも魔法をかけた、って事になるけど……

 

 物体に魔法をかける事自体もおかしい事じゃない、でも今のは十秒にも満たない時間だった。

 

 高度な魔法の行使と、物体に魔法を込める事は別系統の技術になる。それを数秒で行うのは、正直私でも出来るか分からない。

 

 とはいえ、魔法にかけられていた力魔法は私にも十分解析できるものだったから、すぐに逆の順番で魔法をかけて解除は出来た。

 

 

「これ……単純な施錠じゃない。空間、いや喪失……?」

 

 

 問題だったのは。

 

 目の前のドアは一見ただ閉じてそこに実在するように見えて、多くの概念とその役割が消滅している事だった。

 

 「開く」「物質的」「施錠」というような概念、そして物理的な接点が扉から消し去られてしまっていて、例えドアノブを回そうとも扉は固定されたように動かず、単純な魔法による扉の破壊も通じず、鍵穴も消え去っていた。

 

 

「ダメだ、破壊も出来ない」

「これは……もう普通の属性を基礎としたものじゃない、滅属性の魔法によるもの」

 

 

 あの子は私を近づけさせないために、上級属性の中でも最も危険な滅属性を行使していた。

 

 滅属性は他者の心を操る魔法の多い音属性や闇属性とは別の理由で忌み嫌われる属性。

 

 それは「死」「滅び」「消滅」「1が0になる」といった性質を持っている。

 

 一歩間違えれば、自分にその矛先が向いて魂ごと消し去ってもおかしくないもの。

 

 創造とは正反対の性質。それ故に、この属性を研究する魔女は忌み嫌われる。

 

 

「そんなに、どうしてそこまで」

 

 

 どうしてそこまで私を拒絶するの?

 

 疑問を抱く私の鼻腔に、理性を溶かすような甘い残り香が香る。

 この匂いには、嗅ぎ覚えがあった。

 

 初めて出会った時、そしてススピロの攻撃から私を庇った時。

 

 

「……ううん。ミコちゃんがどんな存在だったとしても関係ない」

 

 

 一瞬思い浮かぶ、とある可能性。

 

 それでも、この子が圏域外派という私の大切な家族な事には変わりはない。

 ミコ・マレガカリという私の想い人な事には変わりはない。

 

 その人が、自分を傷つけてまで私を遠ざけようとした。

 

 

 

 もしミコちゃんが()だとすれば。

 

 私たちがこれまで彼にした事を考えれば、様々な刺激が蓄積してふとしたきっかけで……「魔女の律」が暴走したと推論すれば、辻褄が合う。

 

 服装や振る舞い、口調を始めとしたあらゆる男女の要素によって魔力と心身を左右する、「魔女の律」が暴走が引き起こすと……身体能力が過剰になったり、魔力の操作が出来なくなったり、色々と異常が起きるから。

 

 

「推測にしか過ぎないけど……」

 

 

 

 重要なのは、私を守ろうと自分を傷つけてまで遠ざけたという事。

 

 

 

 必要な事実はこれだけ。

 

 その他一切は必要のない情報で、その全ては私がこの子を助けない理由にも、これからこの子の部屋に踏み入る事の免罪符には何ら一切なり得ない。

 

 

「いい……?よく聞いてよ……」

 

 

 私は目の前の扉の奥にいる子に負わせた恐怖への罪悪感に震えながら叫ぶ。

 

 

「私はキミの心に土足で踏み入って、それで……絶対に手を引っ張るから……」

「嫌いになるとしても、まずはあなたが助かってからなんだから」

「だから」

「待ってて、ミコ……!」

 

 

 とはいえ。啖呵を切った所で、私にはミコくんへと通じる道が無かった。

 

 上級属性の適性がないから。それにアンちゃんのように魔法道具を作る才能もない。

 

 私には、虚無に帰した目の前の扉との繋がりを復元する術が必要だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「フー……なるほど」

 

「どう?」

 

「見てくれは綺麗だが仕上げに粗があり過ぎるな。魔力を制御できずに無意識に魔法を発現させるひよこと同じだ」

「消し去れなかった概念(カス)を再び縒り合わせて道を作る事は出来る」

「大した()も要らないだろう」

 

 

 ムネメは彼女の持つ感覚で目の前の状況を分析していた。

 

 それと同時に、私の無能故に彼女が支払う事になる、記憶の対価も。

 

 

「……ごめん」

 

「それはいい。これはミコ自身がやったのか?」

 

「うん」

 

「どうせ消える記憶だ。聞かせろ」

 

「……うん。」

 

 

 

 

 

 

「──なるほど。ふー……」

「最後の耳鳴りと魔力は知らんな。だがそれ以外の行動については理解が及ぶ」

「リーベ、お前も薄ら察してたんじゃないか?」

 

 

 自傷行為の要因は私を守ることで、私と深く関わらない事が彼にとっての生存策だった。

 

 当たり前だ。それが男の魔女に必要な生き方だから。

 

 私は根本的な所ですれ違っていた。

 

 いや。すれ違う、なんて言い方は言い訳でしかない。

 これはただ考えないように逃げていた現実だ。

 

 まだ鼻に残る甘い香りが、私が彼に味合わせた恐怖と、諸々の罪の所在を再び突きつける。

 

 

「いつでも開ける」

 

「今回の……代償は?」

 

「そう多くはない。道を繋ぎ鍵を手にするために手放す必要があるのは……」

「今聞いて考察した情報。そしてここ数ヶ月奴と過ごした稽古の日々。」

「大丈夫だ。初めまして(・・・・・)は、失われない」

 

「……ごめん」

 

「謝る必要はない」

「呪いをこうした形で使えて、そこに残るものがあるのなら」

 

 

 ムネメは棍を現出させて。

 

 

「──俺は記憶を手放す事に、何の躊躇いもない」

 

 

 何の躊躇いもなく、扉を打ち壊した(・・・・・)

 

 

 

 失われた扉にも、「扉の形」という概念は残っていた。

 

 そうでなければ、見た目だけでも取り繕う事は出来ない。

 

 見た目から壊れている事が分かってしまえば、異変に気が付いた何者かが好奇心に駆られ、中に入ろうとしてもおかしくはないから。

 

 ムネメは彼女が背負う呪いを用いて概念を寄せ集め、「中身の無い扉」という全体を、一つの扉と見做して、その扉を「壊し開く」ための業術を作り出した。

 

 代償は彼女が話した通り。記憶を失う事。

 

 それでも棍は扉を引き裂いて、彼へと続く空間を切り拓く。

 

 

「……俺の出番はここまで、のようだな?」

「じゃあな」

 

 

 ムネメは現在の状況に疑問を持ちながらも、その場を後にした。

 

 失われた記憶の確認をしたいだろうに。

 

 今回は、自分は何をして、何のために記憶の等量交換(・・・・・・・)をしたのかを。

 

 それでも、記憶が現在に繋がってすぐに見えた私の顔から、そう言ったんだ。

 今にも泣き出しそうな、とても情けない顔をしていたから。

 

 

「ありがとう……ムネメ」

 

 

 私はもう既に立ち去ってしまったその人の跡に礼を言って。

 

 

 

 あの子の心の内へと、踏み入れた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「っ、すごい香り……」

 

 

 性別隠しの香水が異常量炊かれているのに漸く気がつく。

 

 けどそれもすぐに効かなくなって、ミコくんから発せられる香りが空間──私の肺を再び支配するのを感じる。

 

 

「《麗しい牢屋(ウムアルメン・ゲフェングニス)》……」

 

 

 私は扉を水の壁で塞ぐ。これ以上、ミコくんに繋がる情報を外に漏出させてはいけない。

 

 けどそれは、同時に私がミコちゃんの香りに逃げ場もなく暴露される事を意味している。

 

 

「いた……」

 

 

 ミコちゃんの部屋の空間には異常がないらしい。扉にだけ細工をしたという事なんだろう。

 

 彼は私が最後に見たのと同じ場所にいて、血をまだ流出させながら……ぴくりとも動かなかった。

 

 

「っ!」

 

 

 私は声もなく駆け寄る。

 

 抱き上げるその身体に力はなく、それが左手と両の太腿に刻まれた深い刺し傷と、そこから血が大量に失われた事が原因である事は自明の理だった。

 

 命の灯火が小さく消えていく。

 個人差の大きい魔女の再誕だけに回復を任せる事は出来ない。

 

 

「《血造集中治療(ブルート・ケーア)》……!」

 

 

 私はミコちゃんと違って上級属性の適正は高くない。

 最も直接的に治療出来る命属性の適性は0で、次点の光属性への適正ランクはたったの1だ。

 

 けど。魔法は結果のために過程を、過程のために材料や必要とするのだから。足りない過程と材料は、また別の結果から持ち出せばいい。

 

 私は得意の水属性からミコちゃんの血液をコピー製造して、光属性の増強の性質を複合して、循環と生命力の強化を促す。

 

 

「ぅ……」

 

 

 直に傷が塞がっていき、蒼白になった身体には血色が戻る。

 

 けれど、彼の身体が万全の状態に戻るという事は。

 私の理性を溶かす香りが更に強くなる事も意味していた。

 

 

「〜〜っ」

 

 

 頭が溶ける。思考が溶ける。爛れた欲望が私を支配しようとする。

 

 目の前に見える血液、汗、髪の毛。肢体、指先、唇。

 その全てが色香の塊で誘惑の結晶。

 

 それでも、私は。

 

 

「もう、ねぼすけ……なんだね。そうだよね、疲れたよね」

 

 

 この子を抱いて、ベッドへと運び、横たわらせる。

 

 服を脱がせて濡れたタオルで汗と血とを拭きとり、新たな服を着替えさせる。

 

 その行いの全てが彼という存在への答え合わせだったけど、もう私にとって答えは必要なかった。

 

 

 

 魔女という生き物は魔法に似ている。

 

 結果を求める事が第一であり、過程の選択は、あくまでもより良い結果のため。

 

 

 

 でも今、私は。

 過程を愛おしむために、結果を捨てていた。

 

 あるいは、私も結果だけを求める魔女なのだとしたら。

 この過程こそが、私の求める結果なのかもしれない。

 

 

「汗かいたね……熱もひどい。苦しいね」

 

 

 水属性の適正が高くて良かったと、これほどまでに思う事はなかった。

 私は氷嚢をすぐに作ってミコちゃんの額に載せる。

 

 

「身体は冷たいんだ」

 

 

 血液を与えても循環して全身の体温が混ざり合うのに時間がかかるのか、頭は酷い熱なのに身体は死人のような冷たさだった。

 

 

「よいしょ……卑しいようだけど、ごめんね」

 

 

 私は上着を全て脱ぎ去り、下着姿で密着する。

 

 魔女の律は、陰陽と類似する、男女の要素という魔女にとって重要な比率。

 

 触れて理解する。彼の律は男性側に大きく傾いた上に制御を失い、暴走していた。

 

 この甘い香りからして、発情していたのだろう。

 

 

「私がくっ付けば。ちょっとは()で満たされる、かな」

 

 

 房中術のように肌を触れ合う事で互いに欠損した要素を補うことが出来る。

 

 また、今みたいに片方が制御権を持っていない場合、私が彼の律にある程度干渉し、調整してあげる事が出来る。

 

 本当は交わった方がずっとずっと効率的だけど……今は、そういう時じゃ無いから。

 

 

「本当はキスでもしてあげれれば、いいんだけどね」

 

 

 彼を抱きしめる。

 

 身体が疼く。でも。

 

 

「さっき、あなたもそうだったんだよね」

 

 

 私を追い出そうとした時の姿が思い浮かんで、涙が零れ落ちていく。

 

 この衝動を抑えるために自分を傷つけていたんだ、って。

 

 私も、この子が欲しい。欲しくてたまらない。好き。大好き。

 

 

「でも……」

 

 

 でも、今は違うから。

 

 確かに私は男の子だから一目惚れしたのかもしれない。

 

 けど、魔女なのに頑張る姿と、私を助ける姿と。

 

 他人を助けようとする心と、それら全てが自分の身に降りかかって尚、私たちのために立ち上がって歩く姿が。

 

 

「そういう所が私は……」

「……おやすみ、ミコちゃん」

 

 

 また起きた時にこそ私の気持ちは伝えるべきだろうから。

 

 

 

 今は互いに共する体温の中で。

 

 微睡に落ちる。

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