1話「魔女のリーベ」
『再現性がないですね。失敗です』
『そんな、それじゃあうちへの支援は!?』
『○月をもって終了となります』
『支援金が入らないなら意味がないな。それじゃ』
『待ってよあなた!』
『お母さん、大丈夫?無理、しないで』
『うるさい。あなたがダメだから私が苦労しているって何回言えば分かるの……あなたは黙って家事しとけばいいって事も、何回。何回……!』
『……ごめんなさい』
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「はっ!夢、か」
両親は政府主導の何らかのプロジェクトに参加していたらしい。
けれど、両親によれば。それは僕の出来が悪いせいで失敗したらしい。
何が原因だとか、何をしていたかとか。
そんな事は質問しても答えてくれる人は誰もいなかったし、やらされた事もその意味を理解出来る事は殆ど無かった。
僕の未来と、母親の現在にとって重要なのは。
政府からの支援は断ち切られ、父親は居なくなった、ってことだけだろう。
「ごほっ……今日のご飯どうしようかなぁ。食材は無いし、冷凍食品も尽きそう……抜いたお金も殆ど無いしなぁ」
お金が足りないのか、いつからかご飯が作られる事が日に日に減っていって、中学の三年生を迎える頃には作られる事はなくなった。
だから学校がある日は給食をお腹がはち切れるほど食べていた。おかわりを出来る限りするのはいつも恥ずかしかったし、時折吐き気がしたけれど。
『うっぷ……』
『大丈夫か?お前ひょろい癖にいつも食べ過ぎなんじゃねぇの?』
食べれるだけ食べないと飢えるから、しょうがなかった。
休みの日は冷蔵庫にたまに置かれている、使い残しや悪くなって捨てられていない食材をどうにか食べれるように調理をして飢えを凌ぐ。
母親が買い置きしているお菓子を盗み食いする。
給食、残り物のやりくり、おやつ。
この三つの食事だけが、僕の生命線になっていた。
そうして僕は、明日のご飯をどう都合つけるかだけを考えるようになった。
……とはいえ母親にもきっと何か事情があるんだろう。
この人は可哀そうだし、とても頑張っていると思うから。
そう考えて、「私」は憎み切れなかった。
でも、僕がきっと先に耐えられなくなって。
いつか命を絶つか、餓死なりして死ぬんだろうな。
そんなぼんやりとした思いを抱いて、日々が過ぎ去る事の繰り返しだった。
あの日までは。
☆☆☆
僕の名前は
つい先日中学を卒業して、高校生になる事を控えているごく一般的な十四歳男子だ。
まぁ、よく女子に間違えられるけど。
原因は分かってる。色白なのと小柄だから。身体が強くないからしょうがない。あと髪の毛も伸ばしっぱだしね。
「ごほっ、ごほっ」
今は入学を控えた最後の春休み。
しかし、僕は早々に春風邪を引いてしまった。
今は家でゴホゴホと咳をしながらぼーっと窓を眺めて、やる事もないので湯立った頭のままこれからの高校生活を想像する。
給食が無くなる以上、これからはバイトでもしてお金を稼ぎ、自炊する必要があるだろう。
お金で言えば、入学のために借りた奨学金を返す必要がある。そしてそのためにはより良い就職先に就く必要があり、より多く勉強する必要がある。
きっと僕は、これからもっと忙しくなる。
だからせめてそれまでの束の間の間は、ほんの少しだけゆっくりしたかった、んだけど……。
「そう考えた矢先の風邪かぁ……はぁ、しんどいなぁ」
思わずこぼれ出た、憂鬱な溜息と、言葉。
どうしようもないから眠ってしまおう。ついでに空腹も紛らわす事も出来るし。そうして使い古した毛布を羽織ろうとした時。
ピンポーン、と。
何ヶ月ぶりか、我が家のチャイムが鳴り響いた。
「……誰だろ。お母さんの彼氏さん?いや、最近また別れたって叫んでたな」
宗教勧誘とか新聞勧誘の面倒ごとなら嫌だなと思いつつも、僕の脚は自然と立ち上がり、玄関の方に駆け出していた。
もしこれが配達で、荷物を受け取らなかった事になったら後でお母さんがヒスるかもしれないから。
それは嫌だ。人の怒鳴り声は好きじゃない。
「はーい、何でしょうか」
風邪のせいか、声は少し変な感じがした。
けど、それよりも変なのが目の前に居た。
「どうも~。魔法学園アストヒクから派遣されました、案内人のリーベ・ニヴルヘイムです!キミが、ミコちゃんかな?」
「は、はぁ。そうです、
訪問客は黒いコートに身を包んだ金髪碧眼の明るい雰囲気のお姉さんだった。
……コート越しでも、豊満な身体を持っている事が分かる。
何故なら、膨らみがあるから。どことは言わないけど。
それにもう一つ際立っているのは、これ見よがしに被っている黒いとんがり帽子。その姿は誰がどう見ても“魔女”と取るだろう。
「(何だこの人……??)」
脇にはよく見るA4サイズの入る大きさの封筒が保持している。
最近も入学願書の送付とかで見たな。なんで封筒を持ってるのかは知らないけど。
「……あぁ、ははは。今日ってハロウィンですっけ?ごめんなさい、僕の家には食べれるお菓子無いんですよ」
「アハハ、今春だよ?変な事言うね〜」
「あはは。そうですよね春ですよね──じゃあその恰好は、ハロウィンじゃないのにやってるって言うんですか?」
「そうだよ?」
マズイ、不審者だった。
ドアスコープきちんと覗けばよかった……!
今ほどスマホが欲しいと思った日はない!!
110番、110番をしなきゃ!クソ、うちには固定電話もないんだった!
「待って待ってドア閉めないで!?えーと、ミコ・マレガカリさん!あなたは正式に魔女として認められましたのでっ!魔法学園から入学許可証をお届けしにまいりました!ほら、これこれ!」
彼女は脇に挟んでいた封筒、魔法学園とかいう胡散臭い場所への入学許可証を渡してくる。やっぱり怪しい新興宗教とか団体の勧誘だろうか。もしくは
というか既に進学校は決まってるんだけどな。
「はぁ。えっと……?」
「キミ、今までの生活の中とか、あとは最近に周囲で変な事が起きたりしなかった?」
「変なこと?」
怪訝な顔をする僕の前で。
彼女が開いた両の掌の上に、突如としてゆらりと何かが揺れ動く。
見れば、そこには──燃え盛る炎があった。
「例えばこんな感じに突然発火したり」
「……ライターを仕込んだ
「アハハ、用心深いね。じゃあこういうのはどうかな?」
彼女が指を鳴らすのと同時に、凄まじい勢いの水が僕の頭上に降り注ぐ。
降り注ぐ、というか風呂の水がそのまま落ちてきてるレベルの量で呼吸が出来ない。がぼがぼと水泡を作りながら半ば溺れていると、彼女はいい笑顔で指をパチンと鳴らして、洪水が如き災害を収めてくれた。
「こんな感じ!信じてくれた?」
「けほっこふっ、信じます!信じますから!何なんですか今の!?」
「魔法だよ、魔法。こっちの世界でもよく聞く単語でしょ?」
「フィクションの世界で、ですけどね……!というか一張羅がびしょびしょなんですけど……」
「あ、ごめん!今乾かすね!……あとそれ一張羅なんだ」
「悪いですか!?いいでしょう、別に。これしかないんですよ!!」
キャライラスト入りのパジャマを着て何が悪いんだ、セールの中でもこれしか買えなかったんだよ!びしょ濡れになった姿でギャーギャーと喚きながら抗議すると、彼女はどこ吹く風で、パチン、と再び指を弾いて。
次の瞬間には、僕のパジャマはいつの間にか乾ききり、床を浸していた水は跡形もなく消えていた。
「ほ、ほんとに魔法みたいに……!」
「だから魔法だって〜。それに、君自身も使ったことあるはずだよ?私が此処に来た以上、無意識下でもね。なんとなく心当たりあるでしょ?」
「心当たりなんて……あぁいや、あるかも」
「ふふ~ん、そうでしょ?例えば炎を掌から出したり──」
「珍しく分厚かった母親の財布から抜いた……あぁいや、買い出しに行った時なんですけど……」
「うん?あれ雲行きが怪しくなったな……?」
彼女の苦笑いを無視して、最近起きた不可解な出来事を脳内のタンスから漁り起こす。すると確かにおかしいな、と感じる記憶がふつふつと手に絡みついてきた。
「安売りしていた冷凍食品を大量に買い込んだんですけど、重いはずの袋が家に着くまで軽かったんですよ。しかもよく冷えてました」
「それは重力魔法が勝手に発動してたのかもしれないね。あとは温度を低く保つ魔法って所かな?」
「後は夜に目が覚めて、明かりが欲しいって思った時に部屋の中が明るくなりました。目が潰れるかと思いましたね」
「……光源魔法かな?目が潰れるかもって、それ起きておかしいって思わなかったの!?」
「スイッチを何回か切り替えたら消えたから、不具合なのかなぁって」
「ミコちゃん、けっこう生真面目というか、抜けてるんだね……」
そんなこと言われたって魔法なんて存在しない世界で生まれ育ったんだからしょうがないじゃないか。物理法則で生きてる人間にそれは魔法です、とか言われても困る。幽霊とかネッシーだってもう信じられてないんだよ?
「……けほん。封筒、開けてみてもいいですか?」
「あ、いいよいいよ!」
それはそうと受け取った封筒を開けることにした。
封筒の中には何枚かの説明書と、入学許可証が同封されていた。そこには魔女だとか魔法だとか色々書いてあったけど、僕はそれを流し読みだけしてその場で入学許可証に拇印を押す。
拇印は自分の血で押すっていう痛みを伴う方法だったけど、目の前で証明された魔法の存在が、今のこの生活から抜け出したいという思いと重なって。痛みも忘れさせてくれた。
「あれ、即決だね」
「はい。」
一枚の紙きれがリーベさんに渡る。
「お父さんお母さんとお話しとかはいいの?」
「私に親はいないので。大丈夫です」
「……そうなんだ。じゃあ、行こっか」
「あ、そうだ!その前に家から持って行くものとかは大丈夫?一応現地で揃える事も出来るよ!」
複雑そうな顔が気になったけど、助言通りに少しだけ家を思い返す。お金は今ポケットに入れている数千円と少しが全てで、それ以外に大切なものは思い浮かばなかった。愛着のある物も当然ないし。
家族も本当はいる。母親だってまだ帰っては来る。
でも、ここはもう僕のにとっての「家」ではなかった。
僕の存在が歓迎される場所ではない。
「……無いです、行きましょう。案内お願いします」
「そう?わかった。それじゃ、行こっか」
だから僕は。
魔法があるのならば、このまま生き長らえる未来よりもずっとマトモでマシな生活を手にするチャンスがあるかもしれないと考えて。
家を捨てて、新しい家を持つ事を目指す方がきっといいだろうと希望を抱いて。
そうして僕は、何も持たずに家から消えた。