男の娘が魔女になって大変な目に遭う話   作:クエクト1030

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23話「朝日の位階の魔女でも、貴女の役に立てますか?」

 寮棟から外に出ると続く道から見える校舎は、黄昏の空を背に、著しい損壊を見せていた。

 ある塔は美しい断面を残して真っ二つに切り落とされ、ある壁には内部から巨大な穴が穿たれて。何が燃えたとも分からない煙の匂いが立ち込め、魔女たちの屍山血河が広がっている。

 

 

「うっ……酷いですね」

 

 

 煙も酷いし血の匂いも酷い。

 時間が経ってないからか腐臭はしないけど、鉄。とにかく鉄の匂い。もう鉄としか言えない、やばすぎる。

 

 

「文句言わない。もう少し近くまでいきますよ、音の方角からしてまだ近づけますから。アンの変身パウダーはいつでも使えるようにしてくださいね」

 

「分かってます。あとは僕の演技力次第ですね」

 

「ふふっ、そうですね。まぁ仮に失敗してもリーベ先輩とムネメ先輩がいるなら、ミコちゃんは離脱は出来るでしょう。リラックスリラックス」

 

「……フレスノ先輩、なんかさっきと打って変わって上機嫌すぎません?」

 

 

 何と言うか、フレスノ先輩は僕が悪戯計画を打ち明けてから今まで見たことないくらい上機嫌にルンルンとしている。周囲は酷い有様だというのに全く気にしてもいないし。

 

 

「自己犠牲の塊みたいな可愛い後輩が、他人を意欲的に害しようという成長を見せつけられたら誰でも上機嫌になりますよ〜」

 

「我ながら良くない成長だと思うんだけどなぁ……」

 

 

 意欲的に他者を害すことを成長と捉えるのはどうかと思うんだけど……

 赤信号、皆んなで渡れば怖くないとも言うし。先輩たちがいるからこそ出来るのかもしれない。いや、まぁこれからする事は本当に極悪非道なんだけども。

 

 倒壊した教室から漏れ出る血の海を出来るだけ踏まないように僕とフレスノ先輩は慎重に歩いて行く。

 ちなみにアン先輩は留守番だ。フレスノ先輩以上に戦闘慣れしていないのと、隠れる手段はあるけど冷静に使えるかどうかは分からないから、とのこと。

 

 

 

『おめかしをしてから出掛けるならまだしも、その場でおめかしは、無理……!』

 

 

 

 頭をぶんぶん横に振りながら引き篭もることを選んだ様子を思い出して、ぷっと笑う。

 

 小さな笑い声は、虚しく廊下を渡っていった。

 

 

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

 

 

 先んじて合流したムネメ先輩は到着次第、即座に戦況を理解し、リーベさんと共に苛烈な攻撃を仕掛けていた。

 

 

「玩具が次から次へと湧き出てくる。フッ、面白い」

 

「はぁ。あなたこそどれだけの業術を負っているのかしら。前に遊んだ時はそんな業は見ませんでしたわよ?」

 

「忘れてたんだろ。今思い出した」

 

「はぁ。いい加減ですわ──ねッ!」

 

 

 楽しげな懇談と棍撃の最中に、崩れ落ちた天井の上から血の矢の雨が降り注ぐ。

 

 

「あなた、味方巻き込む事とか考えないのかしら」

 

「曲がれ」

 

「また見た事ないものを──!」

 

 

 降り注ぐ矢の雨を棍に巻き付け、纏めて空気砲のように打ち出す。

 それをまた魔法や魔法道具で相殺しつつ、上空から続くリーベさんの猛攻を凌ぐ。その繰り返し。

 戦況は膠着を見せていた。いや、ムネメ先輩の登場によりやっと膠着状態に持っていけたという方が正しいかもしれない。

 

 ムネメ先輩がヒルフ張り付き、移動と攻撃を妨害する事で、ヒルフはひたすら距離を取り一方的に打ち下ろすリーベ先輩に対して後手に回るしかなくなっている。

 また逆を言えば。ムネメ先輩が駆けつけるまではむしろヒルフが優勢であり、多様な魔法道具をヒルフのペースで引き出し、最も好ましいタイミングで手札を切り続けられていた事を意味していた。

 

 

「決め手が足りない……!これじゃあいつを──」

 

「落ち着けリーベ。このまま続ければ奴も流石に魔力切れを起こす……格納魔法で魔力を何らかの形で貯蓄してようが。俺がいる以上魔力のリソース戦ではこちらに軍配が上がる」

 

 

 

 ムネメ先輩の指摘は正しい。業術は魔力を一切用いずに現象を起こすが故、間合いに入り込みさえすればリソース戦においては確実に勝つことが出来る。

 

 

 

 しかしそれは、相手がこちらに付き合うことが前提の話。

 

 

 

「っ」

 

「ムネメ!」

 

「流石に反応が早いですわね」

 

 

 詠唱もなく、突如として蒼い炎の波が現れる。

 それは教室全体を呑み込んで余りある程の膨大な規模の、津波とすら呼べる高波。

 炎の波は、咄嗟に離脱しようとしたムネメ先輩の足をしかし。

 確かに捉え、抉り溶かしていた。

 

 肉の焼け焦げる匂いが全員の鼻腔を擽り、当の本人たるムネメ先輩は冷や汗をかきつつも、自らの負傷による戦況の変化を冷静に分析している。

 

 

 

「──単純な火属性だけじゃないな、混合属性の魔法だ。火はベースとして……」

 

「火属性をベースに、音属性で波を起こしましたの。火属性だけで炎の形を整えるよりも、音属性の性質に形状を委託した方がより早く、より自在に操れるのですよ。まぁ最も……あなたには縁が無いことでしょうけどね」

 

 

 ヒルフは心底残念そう(・・・・)にムネメ先輩へと言葉をかける。

 

 

「はっ。俺がここで呪いを使うと言ったらまた話は別だろう」

 

「──まさか。あなたがこんな遊びで記憶を使うわけが」

 

 

 棍を振るう魔女の冗談は、その場の二人にとっては何の冗談にもなりはしない、恐ろしい言葉だった。

 

 

「ムネメ、それはダメ!」

 

「はっ。冗談だ。だがそういう事だろう?お前が押し切ることを選択した以上、俺も死ぬことを避けるためには……ふっ、その選択肢をいつか取らざるを得ないだろうな?」

 

「全くもって酷い自爆兵器ね。現象をそのまま身に収めている女を野放しにするなんて、お茶会の決定はいい加減過ぎるのではなくって?名札をつけて放置することの多いことったら。」

 

 

 冷や汗をかきながら、ヒルフは「お茶会」に対する文句を零す。

 「お茶会」とは、どこかで行われる上位の魔女による総会で、このお茶会によって魔女社会の様々な取り決めが行われている。

 

 例えば現象の命名、魔女の指名手配、爵位の授与、位階の査定……

 そして「名札」の付与。

 

 

「うん?俺、名札ついてたのか」

 

「呆れた。自分につけられた名札の記憶も使うだなんて」

 

 

 「名札」とは、一定以上の特異性を認められた魔女に与えられる二つ名であり、ある意味での烙印。「名札」をつけられた時点で、本来の位階とは別に、その魔女の脅威は夜の位階以上と認定される。

 

 が、ムネメ先輩はどこかのタイミングで「この記憶はいらんな」と言って消費してしまっていたらしい。何ともまぁ先輩らしいと言えばらしいけど。

 

 

 

「っ、人が話している最中に……!」

 

 

 咲いた会話の花はすぐに散らされた。

 意趣返しと言わんばかりに、触れたものを粉々に切り刻む水の波がヒルフへと押し寄せる。

 上空へと飛び上がり回避したところへ、ムネメ先輩もまた跳躍し逃さない。使えるのは片方だけとて足は足。ヒルフの移動の隙に、触れたものを一撃破砕する棍の一撃を振るう。

 

 それをまた、魔法道具を一つ破壊するほどまでに力を引き上げて防ぐ。

 先ほどと同じ、リソース戦に引き戻される。

 

 

「口を開けばぴーぴーと。あなたの囀りは耳障りなのよ」

 

「フッ、俺は中々悪くないな。こういう玩具が昔あったような気がする」

 

「私は玩具ではありません」

 

 

 この状況、ヒルフにとってはあまり喜ばしいものではなかった。

 業術使い相手にリソース戦はまず勝ち目がない。

 一対一ならまだしも、自らと同じ黄昏の位階。それも、魔法道具を差し引いた単独戦闘能力で言えば格上であるリーベ先輩が、後衛で一方攻撃を仕掛けてくる。

 

 貯蔵している魔法道具はまだ数おおくあれど、戦況を打開するために多くを費やすことのリスク。そしてそう易々とは覆せないことは、先ほどムネメ先輩に差し向けた攻撃が明瞭に示していた。

 

 

 

 そう。ヒルフには一手、確実な隙が必要だった。

 

 

 

「ヒルフ様ーー!!私、私!ヒルフ様のお役に立ちたくって!!」

 

 

 そこへ、ヒルフを援護するために現れた魔女が一人。現れる。

 ヒルフにとっては見覚えのない魔女。

 制服の変更も装飾もしておらず、今しがた上空へと掲げた魔法陣に刻まれている術式は《貫通装填》で。感じ取れる魔力の量からは、どれだけ高く見積もっても黎明の位階程度の実力しか持たない事は一目瞭然だった。

 

 そんな彼女は、必死に声を張り上げて。ヒルフへと問う。

 

 

 

 

 

 

「朝日の位階の魔女でも、貴女の役に立てますか?」

 

 

「……」

 

 

 ヒルフの答えは明瞭。そして簡潔なものだった。

 彼女は呆れ見下げて。心底落胆し、また理解出来ないという様子で答える。

 

 

 

「無理よ。役に立たない。死ぬわよ、貴女」

 

 

 その言葉はあまりにも正論であり、無慈悲であり、感謝の欠片も無い。

 ヒルフ派の言動にうんざり(・・・・)していた彼女にとって、自分に擦り付く魔女の悪臭は酷く鼻につき、死をも厭わず向かう事の愚かしさは反吐が出るようだったから。

 

 

「……ニヤ」

 

 

 しかし、その返答を聞いたその魔女は口元を歪ませて。

 ──悪戯好きな子供のように、人を馬鹿にした声を張り上げた。

 

 

 

「ぶっぶーー!!不正解!」

 

 

 

「……は?」

 

「正解は、田んぼの田でした~!」

 

 

 ピシャン!

 直後、ヒルフに電流走る。

 

 

「がッ──あなた、誰……!?」

 

 

 何処からともなく落ちた落雷によって全身の制御を失い墜落するヒルフに、助けに来たといった魔女は憎まれ口を叩く。

 

 

 

 

 

 

『え、ヒルフが悪戯を受けた事があるか?うーん。私は恐ろしくてやった事ないなぁ。他の子も同じなんじゃない?』

 

 

『ところで、なんでそんな事聞くの?』

 

『いや、なんでも。ありがとマリシオ』

 

 

 

 

 

 

「ざまあみろ!これは僕の指と腕と、尊厳と恐怖の分!ありがたく受け取っておけーー!!」

 

 

 短い短い魔法の時間は終わりを迎え、シンデレラは姿を表す。

 片袖を亡くした、ボロボロのロリータに身を包む魔女。

 

 

 

 そう。ミコ・マレガカリが、遙か格上──黄昏の位階に位置するヒルフへと正々堂々、魔女の一撃(ウィッチ・ショット)を見舞ったのだった。

 

 

 

 そして僕は、遙か頭上で戦況を見下ろしている彼女へと叫ぶ。

 

 

「やっちゃえ、リーベ!!」

 

「──バカ。」

 

 

 彼女は愛おしむような声だけ返して。

 

 

「水、風、闇。反転せよ、我が怨敵を討ち滅ぼし、その血で以て矛を濡らせ!」

 

 

 

「《絶死の水槍(ルーン)》!!」

 

 

 

 昏い水色の、教室を遥かに凌駕する面積を有した、燃え盛る大槍を生じて、ヒルフへと突き立てた。

 

 その矛先に触れたもの、その全てが燃えて、全てが溶けて、全てが爆ぜる。

 

 轟々と穿たれた穴のその奥深くより、更なる木霊が帰り響く。

 

 もう感じる魔力もなく、感じる敵意もなかった。

 

 

 

 穴掘り名人の恋人は、すぐにでも降り立って僕を抱きしめた。

 黄昏の空は夜へと至り、薄らと。今日見た星空の光が僕たちを照らしだす。

 

 

 

「お疲れ様です、リーベ。ありがとう」

 

「──もう、タメ語下手くそなんだから」

 

 

 

 僕は彼女を抱き返す。

 

 

 

 ニヒルに笑い「上出来だ」とタバコに火をつけるムネメ先輩。

 

 「上手い悪戯でしたね」と飛び跳ねて興奮するフレスノ先輩。

 

 僕を抱きしめる彼女。

 

 

 

 

 

 

 そうして皆で笑って。

 手を繋ぎ、みんなの家(圏域外派)へと帰った。

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