27話「二つの世界」
僕が魔法学園に入学して10か月ほどが過ぎた。
物理世界で言えば12月を指し示す時期になるだろう。
学園にもちらほらと白いものが舞い落ちて、身体がぶるぶると震える。
「さぶっ……保温魔法みたいなの作った方がいいかな。火属性は確定で上昇と熱の性質を体温に指定して、でも暑くなり過ぎないように上限の設定も……」
この頃は色々な新しいものごとが僕のほうに追って来て、内部から快感と不快な身震いをもって僕を動かし始めていた。魔女という生き物とその薄暗い社会の中で歩いているだけで、首輪に射しかかる
それでも黎明の位階へと昇った事で上辺しか見る事の叶わなかった世界の秘密の一部分を知り、さしあたり困窮する寒さへも他者の力無しに、自力で解決する頭を持った事はせめてもの快感一つと言える。
「チュエが、あいつが私の研究成果発表して、なんで、なんでっ!!」
「最初からそのつもりで私たちに近づいていたんだ……ぐすっ」
「私達二人で……また新しく0から始めなきゃいけないの……?」
魔女の社会というものは異性でなかろうとも陰鬱としていて、卑屈で卑劣な弱肉強食を体現する。あるいは強者の方がよほど清々しい振る舞いをしてくれるかもしれない。
何故ならススピロが僕たちに決行した殺傷という直接的な行いよりも、盗難や盗用、流言飛語といった、遠回しな手段で相手を陥れる光景がよく見えたから。
毎日毎日、視界の片隅で見える自らの利益とする様が泣き顔と笑い顔として映っては嘲笑と絶叫とが飛び交う光景は、不快な世界の一つだった。
「アハハ、やった!これで私は高等魔法学院アナヒットへの入学許可証を手に入れられる!」
魔女の社会というものは物理世界での大人の社会と類似しているように思う。企業が持つ技術とその盗用の構図が重なるのは子供の僕にあっても想像の出来る事で。法が存在しない事で起きうるこれらの物事が、魔女とは最初から全員が
この前15になったけれど、物理世界で言えば僕はまだ未成年という認識が頭に残っている。だから少年法だとか色々な法律が形式上は子供を守り保護するべきなんじゃないかとか、そんな事をいちいち考え出す。
「がんばろう、今度は二人で。もっとずっと時間がかかるだろうけど必ずアナヒットに進むんだ」
「……うん。ごめんね、もっと私が気を付けていれば」
けれど決して悪い事ばかりではなくて。学園内全てがススピロやヒルフ、そして今さっきも聞こえた、聞くに堪えない利己的で醜悪な心で満ちているわけではないのもまた確かだった。
全てが無に帰してしまっても、なお0から立ち上がろうと互いを励まし合う人もいる。この事実は辟易とする日常の中にあっても優しい日差しとなって僕の心を暖めてくれた。
「あ、ミコくんおかえり~」
暖かな日差しと言えば圏域外派の皆、そしてリーベさんの存在だ。今日このタイミングではリーベさんだけがロビーで寛いでいたようで、嫌なものと善いものを同時に見て複雑な心境の僕を、いつものように抱きしめて頭を撫でる。
「むぐ……ぷは、ただいまです」
胸が顔を満たす。柔らかな山間にほんの少しだけ甘えながらも顔を離し、帰宅の言葉を告げる。この頃には自室とは別に、圏域外派の部屋そのものも帰るべき自分の家のように感じるようになって、同時に皆さんを自分の家族であるようにも感じていた。
恥ずかしさの反面、恋人であり家族である人からの「おかえり」という言葉は、毎日僕の頬を綻ばせる。帰るたびに「おかえり」なんて言葉をかけられることも、大切な人が出来るなんてことも。あの家でなしの家にいた頃の僕にはたして想像など出来ただろうか。
「この後も授業だっけ?」
「はい。今月から夜の位階の魔女が外部講師として4人もいらっしゃるとフレスノ先輩から聞きまして。特に受講にあたっての制限もないようですから早速受けてに行こうかな、と」
「勉強熱心〜、何分後かな?」
「大体1時間後ですね、それまでは手持ち無沙汰です」
「じゃあ〜……ん!」
リーベさんは腕を広げて僕を迎える。ハグをしたいという意思表明に僕は応じてソファの隣にぽふんと座り、静かに抱きつく。彼女の柔肌が顔に再び触れて、香りが肺に広がる……
だからドキドキと心臓が高なってしまう所もあるけれど、それとはまた別に。
心が暖かく、落ち着いていく。
誰かを愛しても良い事と、誰かに愛される事が体現される一つ一つの行いをきちんと噛み締める。ハグが終わったらお手手をににぎにぎしたり、あるいは手慰みにマッサージをしたり。髪の毛を弄りあえばお揃いの髪型になる。
最近は僕も編み方が少しは上達したきた所なんだ。
しかし時間というものは意地悪なもので。
授業の終わりを告げるベルの音が鳴り響く。
それは僕が受講を控える教室へと移動をしなければならない鐘の音だった。
「えー、もう1時間経ったの?」
「楽しい時間はあっという間ですね」
「勉強と私、どっちが大事なのよっ……!」
「リーベさんを助けるためにも勉強が大事です!」
「「……ふふ!」」
冗談が少し交わされ、教材を手にもつ僕をリーベさんは見送る。扉を開けるとアン先輩とフレスノ先輩が入れ違いになり、互いに「お疲れ様です」「がんばってください」と言って僕は教室へと発った。
先ほどまでのいちゃつきを目撃されなかったのは、幸いだった。
「魔女とは、
段々の教室、その一席に座りノートを広げ羽根ペンでもって彫み続ける。この授業の外部講師は夜の位階の魔女、ソフィアという全体的に豊かな身体と美しい翡翠のような長髪を降ろした薄目の女性。
彼女の授業は魔法や魔法薬学といった実践・実戦的なものではなく、魔女及びここ魔法世界の歴史や、幅広い知識に関するもので、言ってしまえば雑学のようなものだろう。
けれど魔女社会においてただ自分が欲する目の前の知識だけを見ていてはいつか足元を掬われるものだと、先生は授業冒頭で語った。万事万端においても同じ事が言えるのかもしれない。
「皆さんは魔女の格を表す位階についてどこまで知っているのでしょうか。朝日、黎明、真昼、黄昏、夜。恐らくこの5つの位階でしょう。しかし──」
全く知る事のなかった知識が脳髄に沁み込んでいくこの感覚も、昨日のように思い出せる。初めての授業を受けた時も「これはそういうもの」という理論ではなく知識として必死に情報を整理して、大切に記憶の戸棚に整理しようと試みていた。
「魔女の位階にはまだ別の種類が存在します。それは、夢の位階と……そして、星の位階。夢の位階は夜の位階の魔女が『夢』というものに至る可能性があるとなった際に指定される、言わば指名手配・死刑宣告で──」
「失礼。隣いいかな」
「どうぞ」
熱心に聞き入る僕の隣に、全く異なる空気を纏った女性が腰をかける。「女性」という言い方をしたのは、この少女が纏う服装が僕たち新入生とは異なって──悪く言えば少しボロい──更に言えば。座る時の一つ一つの所作や僕に話しかけてくる声の抑揚とそれら全ての礼儀作法が、あまりにも美しかったから。
ただ単純な背格好だけで言えば、中学生あるいはよくて高校生程度だろう。身長は僕よりも高く、凡そ160強、165にはいっていないように思える。ソフィア先生とは奇しくも似通い、美しい翡翠色の髪の毛で、短く切り揃えている。
仮に日本人女性としてみれば平均かやや高めな身長であり、童顔で可愛らしい顔たちをしている。それでも、少女と言うべき彼女は、淑女として表現した方が的を射ているように思えた。
「『夢』とは、本来の意味合いとしてはその魔女が持つ願いの事を指します。このような世界や国を作りたい、このような魔法を作りたい、このような生き方をしたい。そんな単純な願い、誰しもが持つ夢の事を指します」
先生の話にまた耳を傾ける。けれど隣の彼女が妙に気になり視線を送ってしまう。彼女の顔は一種独特に僕を魅了したと言ってもいい。その賢そうな、明敏な、並外れてしっかりした顔が。
彼女は極めて真剣な心もちでこの教室にいるのだけれど、その心は授業に向いているとは思えず、自分自身が定めた課題に没頭している研究家のように見えた。
「次に魔女たちが定める夢の位階についてお話しましょう。魔女が定める『夢』とは、魔法世界、また魔法法則に干渉し得る程の何かしらを表します。それは極まった魔法かもしれませんし、現象を作り出す事なのかもしれません。兎にも角にも、魔たち女は今の世界の常識が崩れ落ちる事を避けるために、彼女たち夢の魔女を阻みます」
黒板に次々と細かな説明と注釈が綴られていく。ペンを走らせある程度をノートに書き留めた辺りで、再び僕は彼女を思い出した。
彼女は、僕を見つめていた。
「きみは今の話、当然の事だと思うかい?」
願いという意味を持つ夢と、世界を変えてしまう物事との夢。恐らく前者から発し後者までへと至ってしまうが故に起きる「他人の夢を他人が壊す」という構図。
好ましいはずはなかった。
「まぁ……しょうがない、んじゃないでしょうか」
彼女は僕の肩を叩いた。
「何もぼくに対して嘘を言わなくてもいいよ。きみの顔は今の話が不快に値するとハッキリと示している。確かにせっかく頑張って積み上げてきた努力を、見ず知らずの他人に『邪魔』なり『危険そう』なり言われて崩されるのは面白くない話だ。善人でなくとも努力をしている者からすればもっと面白くない話だ。そうだろう?」
声色と異なり、口調はある程度砕けたものだった。それでも彼女に抱くのが少女ではなく淑女という印象が変わる事はなく、むしろ馴染みやすい存在として距離感が近まったように思える。
「そうですね。あまり愉快な話ではないと思います。ただその『夢』がもし多くの人の迷惑になるというのなら……しょうがないと思う気持ちは嘘ではないですよ」
「なるほど、きみは全体の善悪を論じる事が出来るんだね。単純な天秤の話だ、大勢の損害と個人の損害。その程度は人数と損害の質が重さとして表されるわけだ」
「……先生が次の話をしますよ」
彼女が持つ一種独特な魅力を僕は、今この瞬間から改めて気付き始める。多くの人が対して気にする事もなく選択していく、漠然とした問題に彼女は触れていたから。
魔女なのだから万人を魅了する力もあるのかもしれない。
けれど、彼女には自身と同じ視点を持つのではないかという期待を、僕は勝手に抱き始めた。
「星の位階は極めて特殊です。夢の位階は夜の先に位置する特例の位階とすれば、星の位階は全く外れた場所に位置するものです。位階が太陽と月の浮き沈みに従いその深度を示すとすれば、星とはその更に背後でキラキラと他を照らし、何もしないものとも言えます」
「星が何もしないだって。きみは信じられるかい?
彼女の意見に僕は、心の中で概ね賛同した。
「しかし、仮にそれが被害を及ぼすとした場合。星は夜よりもずっと恐ろしく、また夢に並ぶほど危険な存在とも言えます。何故ならば──」
チャイムの音が鳴り響く。授業の終わりを告げる鐘の音が。授業は1限45分程度のものだが、今日はいつにも増して時間が経過するのが早いように思える。興味深い授業な事が要因であることに間違いはないと思うけれど……
「どうやら終わってしまったみたいだ。次は4日後だそうだね、またそこで一緒に彼女の講義を聞かないかい?ぼくはすっかりきみを気に入ってしまったよ。ぼくの名前はプロトだ、よろしく」
「ミコ・マレガカリだよ。こちらこそ、よろしく」
教材を積み上げながら僕たちは互いの名前を交わす。驚くべきことに、僕は彼女──プロトへは他の魔女に抱くような嫌悪感も、あるいは圏域外派の皆に抱くような漠然とした敬意も抱く事はなかった。
有り体に言えばごく「普通」の、ちょっとした共通の話題を有する友人が作られたような感覚であり、それは僕にとってはまた初めての事で、心の内では静かに期待が込められていた。
初対面で期待するなんて自分でもよく分からない事だったけど、プロトもまたこの短い時間の中で、何故か僕の事を気に入ったようだった。
しかしプロトはそんな期待を遥かに凌駕する人物である事を、この時の僕はまだ知る由もなかったのだった。共に夢を語り星を見上げる事も、僕と彼女という二つの世界の諍いが起きる事も。
それは僕が新しい家族を手にしたのと同じように、人生なんてものは想像だに出来ない事ばかりだと、証明するかのようで。
そしてそれは、彼女が持つ名に対しても、同じ事だった。
というのが、君と出会った一日。
どうか、上手く書けていて君の元に届いていますように。
習作を投稿するかもしれないと言ったな。あれは嘘だ。
……とまぁ冗談は置いといて、一つあるにはありますが完成させるよりもこっちの方が作りだめ結構出来たので先に投稿再開する事にしました。