「圏域外派、黎明の位階ミコ・マレガカリ。」
「ヒルフ派、黎明の位階ススピロ・タベルナがここに──決闘を申し込みます」
「……はい?」
ため息ばかりをついていた彼女は、いつになく真剣な面持ちで決闘を申し込む。僕が決闘を申し込んでから何ヶ月になるだろうか。きちんと話したのも同じく料理教室の時以来で、それからは今日に至るまで話すことはなかったと思う。
それがヒルフも倒されて、けれどそれに感謝しているらしい今になって……
何故、決闘を申し込むのか。
「なんで?」
「悔しいから。」
「はぁ」
気のない返事が混沌としたロビーへと漏れ出る。
復讐ならこの場の全員で囲んで棒で叩けばいいだろう。あるいは僕が縮地を使えるから一対一の決闘を申し込んでいるのかもしれない。けれど真剣な彼女の表情からは卑怯者という印象をどうしても感じ取る事が出来ないから、感情の収まりがどうにも悪い。
「これ、報復じゃないから取引のための決闘だよね。何が目的なの?」
「私が勝ったらあんた、私とデートしなさい」
「……は?」
何を言ってるんだ、こいつは。
何回でも言うようだけどススピロはどうやっても僕、そして圏域外派とは因縁のある相手だ。しかもこの前の決闘で負けてるんだから、復讐するマイナスの動機はあってもデートとかいうプラスの関係になるわけがない。
そもそも僕がススピロに持つ印象は、言ってしまえば敵であり、また悪友のようなものだ。初めて悪友なんてものが出来て気が楽な面もある。敬語とか全く気にせず話す気になるから。
でも気が楽なのであって、人として好きというわけではない。
むしろ僕はこいつらみたいな他人を平気で傷つけられる人間は嫌いだ。
そんな人間からの好意なんて、反吐が出る。
「幾つか聞きたいんだけど」
「何よ」
「私がこんな決闘受けると思うんですか。そもそも私があなたの事が好きだとでも思うんですか。私にはリーベさんという恋人がいる事を知らないんですか」
「一度にそんな言われても覚えきれないんだけど……」
お互いにため息をつく。ため息をつきたいのはこちらであって、お前がつくべきではないと思うのだけれど。
「一つ目。決闘を受けるかは知らない。そっちも私に何かしら要求をすればいい」
「二つ目。あんたが私のことを好きだろうと嫌いだろうと、とりあえずデートしてきちんとお互いを知ればいいんじゃない?今の所、あんたが勝手に私の心を一方的に覗いてきただけなんだし。」
「三つ目。あんたとリーベが恋仲なのは知ってる。でも別に魔女には物理世界にあるとかいう一夫一婦制って下らない制度はないんだから、お互いの了承の上で執り行われる決闘の結果ならリーベだって文句はつけられないので、気にする必要はなし」
「以上。」
「覚えてるじゃん」
「あんたが聞いてきたんでしょ」
不機嫌な被害者面。まともに質問に答えているからこっちが悪いのかと一瞬考えるけどそんな事はない。結局意味不明で理不尽な事をしてきたのは相手からであり、それをまともに受け答えしてやる必要はないのだから。
「なんでススピロは私とデートしたいわけ?悔しいからって言ってたけどそれとデートが何の関係があるのさ」
「……強いから」
この答えは他の答えと違って……いや。決闘を申し込む時よりも遥かに凍てついて鋭く、早い、まるで研ぎ澄まされた刃物のような答えだった。
強い者に従うとか、憧れる事は魔女にとっては当たり前の常識、全員が持つ共通の概念なのかもしれない。校長先生も魔女の社会は適者生存ではなく、弱肉強食と言っていたから。
強い者への憧れという表現の仕方もまた間違っているのかもしれない。
彼女たちにとっては、それだけで恋心を抱くのに足るものなのかも。
けど、ススピロの目は服従する者のへつらい目だとか、妄信しているだけの虚ろな目ではなくて、事実と現実と向き合うような人間の……強い視線に見えた。これは自分を偽るためのススピロではなく、カリダーテとしての本来の気質なのだろう。
彼女の心根そのものは純粋で真っ直ぐなのかもしれない。
価値観という世界が合わない、というだけで。
「誰でも努力すれば私程度にはなれる」
「そうかな?私聞いたよ。あんた上級属性の適性をフルで持っているんだってね。光5、滅5、闇1、命1。綺麗なまでの特化型。戦闘のために生まれて来たような属性適性。いつかヒルフさんも言ってたよ?『内地の魔女は属性適性を甘く見ている。誰でもどこででも魔法道具を使えるわけじゃない、自力しか手元に無くなる時、魔女の本質は問われる』って。」
半ば羨み、半ばバカにするような声。彼女はこう言いたいのだろう。僕には才能があるが故に黎明の位階ススピロを倒し、また黄昏の位階の激戦へも首を突っ込みにいけたのだ、と。
全ては、才能があるから。
そんなわけあるか。
「上級属性の適性をフルで持ってる人なんて他にいるだろうし、強いからって何なのさ。才能があろうとなかろうと、努力しないと強くなんてなれないのが魔女で、お前たちはまともな努力をしてない。それだけでしょ」
「酷いね。才能のあるやつが才能のないやつに言う言葉じゃない」
「お前の言葉には騙されない。別に私はここで逃げてもいい。取引による決闘なら受ける必要はないし、私たちは派閥間での名声だとかそんなものに興味があるわけじゃない。流言飛語の脅しも通じない」
「……はぁ。わかった、わかったよ」
冷静に、一つずつススピロの言葉を断ち切って事実と姿勢を突きつける。才能なんて僕にあるわけがないだろう。あるのなら親に愛されているはずで、政府のプロジェクトから落ちるはずもない。
才能があるのならば縮地だって一度見ただけでおぼえられて、魔法だって同じ時間と労力でもっと高みに近づいたはずだ。1年で黎明の位階に昇る事だって至って普通の事と聞いたし。
「まぁあんたが強いからってのは間違いじゃない。そこは事実で、私が付き合いたいと思った理由にも違いない。」
「……じゃあなに」
「ふー。けほん」
何回も咳払いをして、答えを言おうとして止め、言おうとして止まる。
「……負けたから、好きになっちゃったの」
「はぁ?」
頬をかきながら一人の乙女らしく彼女は呟く。
告白……告白なのだろう。形や経緯はどうあれこれはススピロからの愛の告白でありお付き合いの誘いである事実を突きつけられる。
何言ってんだ?マゾヒストってやつなのか?負けたから好きになったってのはどんな思考回路をしたらそうなるんだ。そもそも負けたのも自業自得な上に、何を勝手に因縁作って、勝手に負けて勝手に好きになってるんだ。
あまりの利己的で短絡的で馬鹿馬鹿しい有り様に、余計に彼女の事が嫌いになる。
異性からの好意にこれ程まで苛つく事があるとは思わなかった。
「な、なに悪い?自分より強い人に惚れるとかそんなおかしい?」
「おかしい。理解が出来ないし、そもそも全部自業自得だよね」
「だとしてもなの!」
本気で顔を赤くして本気で言葉を吐き出している。本当に本当に理解し難い事に、ススピロは僕の事が好きらしい。いっそフェロモンのせいで魅了されていると考えた方がまだ理解ができるけど、僕がそんなヘマをしたタイミングにススピロはいなかった。
あるとすれば最初の襲撃時の出血だけど、その時にはススピロは逃げていたし。
「私、あなたの事嫌いですよ。今こうして話している中で更に嫌いになりました」
「だからそのチャンスを勝ち取るために挑むんじゃん」
「一回あなた、私に負けてますよ」
「だからって次も負けるとは限らない。私だって鍛錬はしてきた」
「……はぁぁぁ」
今日で何度目か分からないため息が溢れる。気持ちが本当なら、僕はこいつの事を嫌いでも気持ちだけでも一回は受け止めてあげないといけない。僕が嫌いだろうと、正々堂々と挑んできている以上は誠意を示さなければならないだろう。
こいつらがどんな劣悪な存在だとしても、僕まで品位を落としてはならないのだから。
「分かりました。いいですよ」
「っし……!」
「ただしルールやこっちの条件ははきちんと付けますからね、話も圏域外派に一度持ち帰ります、その後でもう一度決めて、決闘成立ですよ」
「ふふん、そこは安心して。私だって正々堂々やるんだから。ルールはお好きに話し合ってどうぞ。あ、実際にルール決める場に相席してもらってもいいわよ」
「奇襲してきた奴が何言ってんだか……」
淡々と受け答えする僕とは反対に、ススピロや周囲のヒルフ派はやったね、とかチャンスだいけ!とか言って喜んでいる。心底呆れつつ、これ以上この場に居たくない僕は早々に部屋を立ち去ることにした。
☆☆☆
あのあと圏域外派に戻った僕はこっぴどく怒られた。
一つ、受ける必要のない決闘を受けたこと。
二つ、やっぱり一人で行かせるなんて危なかったこと。
三つ、途中から電話魔法を無視していたこと。
決闘を受けた事については非があるけれど、後者二つは不可抗力だった。電話魔法は無視というよりも、途中から話に驚いてて慌てていたのと、こっちが悪者にならないために頭をこねくり回し集中してて耳に入ってこなかったせいだから。
フレスノ先輩は精神そのものに訴えかける魔法に改良するかと本気で悩んでたけど、それはやめてほしい。ああいう場面で集中力を乱されたらむしろ致命傷になるかもしれないし……
結果から言うと、決闘のルールや条件は普通といえるものにスムーズに決まった。殆どは前回と同じセッティング。開催日は明日で、以外に変わった点は、条件がデートの要求と、こちらからはもう一度料理教室を開催することにしたくらい。
ちなみに料理教室の開催は僕のアイデア。せっかくならリーベさんたちの腕前をもっと上げてほしいからね。今の料理の仕方があまりにも危なっかしいから基礎を身につけて欲しいってのは……まぁ、あるけれど。
「来たわね」
「まぁ、決闘を受けましたから」
翌日は直ぐにでも訪れる。そもそも僕自身、勉強に鍛錬に日々を追いかけるから暇な時間なんてものはないわけで。合間にリーベさんとデートしたりはするけれど、それ以外の時間は全て研鑽に注いでいる。死にたくないし、搾取されたくもないから。
ススピロが鍛えていた、と言っていた事は当然考慮すべき事で。元々実力差があったわけだから、彼女が努力した分、僕は更に差を引き離されるわけになる。負けないためには、より効率的で汎用性のある魔法を覚えることと、何よりも基礎的な力を身につける事が必要だった。
それは今日のような決闘を控えなくとも、日々想定している事でもある。
「今度はそっちからどうぞ」
「じゃあ遠慮なく。」
意趣返しなのだろう、今回は彼女が開始の権利を譲る。
それなら遠慮なくと僕は魔法を展開していく。
「なに──その数」
杖に魔力が通り、編んだ術式を通る。
屋外の空を魔法陣が埋め尽くし、その全てがススピロへと照準を定め、制空権を支配する。
黎明の位階に昇ってから早2、いや3ヶ月だろうか。
暇はないと言った。それだけ充実した時間を過ごせていたから。
灼熱の炎、不可視の刃、斬撃の嵐。障壁。
過去に見た彼女の魔法への対策は万全に済ませてあった。自分の得意もきちんと見つめた。何故なら彼女は最初の怨敵にして理想的な、乗り越えるべき壁だったから。
そうして空に浮かぶ幾つもの魔法陣は真昼時に浮かぶ星々となって、彼女と同格──黎明の位階へと昇った僕の力の程を如実に表す。
「やろうか、ススピロ……いや」
「カリダーテ。」
さぁ。黎明の位階、ミコ・マレガカリの全力を見せてやろう。