男の娘が魔女になって大変な目に遭う話   作:クエクト1030

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30話「決闘宣言その3」

 結論から言って、ミコに手も足も出る事はなかった。

 

 

 

 無数に展開される魔法陣、的確に相殺してくる相反属性魔法。止まらない攻撃、そしてやっとの思いで相殺を突破しても、回避してしまう業術。そのどれもが、私なんかじゃ相手にならないくらい実戦的に洗練されていた。

 

 

「あんた、どんな鍛錬してんのよ。こんの羨ましい才能して!!」

 

 

 斬撃を飛ばせば魔力を乱す音波で掻き消される。

 凝縮した火炎を飛ばせば貫通魔法で正面から相殺される。

 そんな圧倒的な実力差を前に溢した文句に、彼女は平然と答えた。

 

 

 

「大体10時間くらいですかね」

 

 

 

 この子はイカれている。

 それが、私が最後に行き着いた彼女への評価だった。

 

 彼女は才能に胡座をかいてなんかいなかった。

 魔女がやらない──いやきっと物理世界の人間だってそこまでしない、自分の人生の殆どを鍛錬に捧げる行いを今の今までずっとしてきた、それだけの事だったらしい。

 

 

 

「──なに、それ」

 

 

 

 度し難い。

 馬鹿げている。

 

 

 何が楽しくてあんたは生きているの?何があんたをそこまで駆り立てるの?あんただって、他人のために生きようとする事の無意味さを理解してるんでしょ?

 努力しても努力しても、身を結ばずに労力の蕾が落ちて、時には実った果実を強者に刈り取られた時に残る虚無を、味わってるんじゃないの?

 

 

 

「いやだ」

 

 

 

 私に芽吹いた恋心は、彼女との決着の時に押し倒されて無力化された時の、被征服感からのもの。他人からしたら、浅ましいんだろうね。

 

 

 でも、あの時の決闘だけは私も本気だったんだよ。

 

 

 いつも自分を誤魔化してのらりくらり生きて、そう生きようと決めたはずの私が……本気で苛ついて、本気で殺そうと思って、本気で魔力を突き出した。

 だからどれだけ浅ましかろうと、この気持ちも本気だって事は嫌でも分かった。

 

 

「負けたくない……!」

 

 

 彼女たちからすれば私は敵でしかないんだろう。私の意志で他人の悪意を彼女たちに振り撒いた事実は変わらない。罪悪感がないと言えば嘘になるけれど、でも魔女なんてそんなものだからと自分に言い訳を繰り返す。

 ミコに言ったように、私はあくまでもヒルフさんに受けた恩を少しでも返したいのが一番なんだから、それだけでいいって。

 

 だからこれはただのワガママで、彼女がまだ格下と思って慢心していた私のあらゆる自業自得なんだ。そんな事は分かってる……分かっている、はずだった。

 

 

「ふざけんなよ」

 

 

 それでもやっぱり、納得出来なかった。

 私の恋が実らないとか、敵なのに決闘を受けてくれた事とか。そんな私の都合じゃなくて、彼女が私なんか関係なく、そこまで努力する事に私は怒りを覚えた。

 

 

「何であんたは折れないのよ」

 

「私には、何もないから」

 

 

 彼女は無機質な顔で魔法を投げかける。

 余裕の有無によるものではない、自分の生死を直視している人間の視線。

 こんな視線を私は何回も見た事があった。

 

 両親(クソ)共の酒場にやってくる奴らの目の大半は、これに近い目をしていた。死というものが視界にちらついている奴らの光を失ってモノクロみたいな、忌々しい目。

 飢餓でどれだけ死ぬかもしれないと思っても、私はそこまで行かなかった。そんな境地には行きたくないし、魔女な以上は死ぬ事もないから、ただ命が擦り減るような感覚に耐えればいいだけ。こんな可愛くもない目にはなりたくなかった。

 

 でもこいつは今回も、それに前回も。こんなちんけな喧嘩にいちいち死ぬ死なないの境地を見出して、真っ直ぐ見つめている。

 

 ミコがあいつらと違うのは、ただ生きる事しか考えているんじゃなくて、何をしたらどう被害が受けて、何をしたらどう被害を与えられるかを考える事が出来る事だった。

 

 

 

「何であんたは直視出来るのよ」

 

「あなただって直視してるんじゃないの?」

 

 

 

 変わらず涼しい顔をして答えを返せども、攻撃の手が緩まる事はない。

 私は直視なんかしてない。必死に目を背けて、恩を返せばちっぽけな偽善者になれると夢見ているだけだ。お前みたいに見つめる事なんて出来やしない。

 

 

 

 頑張るなよ、才能があるんだから。

 

 恵まれているんだから。

 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

「王手。決着でいいですよね」

 

 

 決闘はあっけなく終わった。時間にして十数分だった。

 前と同じように杖を吹き飛ばされて組み伏せられる。

 

 異なるのは戦闘中に彼女に通用する魔法は何も無かった事。新しく作った炎の渦の魔法も、強化した斬撃魔法も、全て彼女に擦りもせず冷や汗の一つもかかせられない。

 

 無力感。怠惰への後悔。怒りを向ける矛先の間違い。

 必死に目を背けた罪悪が嘲るように私に時雨る。

 

 私はこれまでもこれからも、彼女が彼である事も、彼が恵まれていない事も、彼が星宿しと呼ばれる宿痾の主であることも……何もかもを知らないまま生きる事になるのだろう。

 

 それが、彼が努力するスタートラインを切ってしまった私への罰なのだから。

 

 

 

「立てる?」

 

「……立てない」

 

 

 それなのに、ミコは私に手を差し伸べる。私は情けなくべそをかいていじけるけれど、私の涙を拭ってそのちんけな体躯で私を立たせる。

 

 

「私の勝ちですね」

 

「……うん」

 

「料理教室を開いてもらいます」

 

「……うん」

 

「挑む気があるなら、また決闘は受け付けますよ」

 

「……」

 

 

 格付けは完全に済んだ。彼女の努力量と私の努力量ではもう追いつく事は決してないだろう。だからこれは強者の余裕の証左であり、もう私と彼女がすれ違う事すらない程の距離を示している。

 

 

 

 

 

 

「……今度は、ボコボコにしてやる」

 

 

 でも、返事をしておいた。

 いつかまた挑むために。

 

 こうして手を引いてくれるのなら……

 最早刈り取るだけの弱者にも一瞥をくれるというのなら。

 

 

 

 また歩き出してもいいかもしれないと、そう思ったから。

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