2回目のソフィア先生の授業に出席する。プロトは既に中腹の教壇を見下ろしやすい良い席についており、早く座りなよと少し揶揄うように笑って、隣に僕を手招いた。
「やぁミコ。この前の決闘は見事だったね、きみがあんなにも強い魔女だとは思わなかったよ。それに、きみが手懐けているのはどうやら魔法だけじゃないようだね?」
「私の所属する派閥にすごい先輩が二人いるんだ。幸運な事にその二人から魔法と業術をそれぞれ教われてね、その成果なんだ」
彼女は少し目を丸くしながら「へぇ、それはすごい」と呟く。
けど正直、圏域外派の皆にはともかくとして、プロトにはススピロとの諍いを見ても知っても欲しくはなかった。何故かと言えば僕はあの時本気で彼女に嫌悪と敵意を向けていて、そんな姿を見て欲しくはなかったという事もあるし。なにより諸々の面倒な経緯があるからで、思い出すのも話さなければならないかな、なんて思うのも嫌だったから。
そういった諸々は、初めての友達の前で後ろめたい所の一切ない所を見せたいという見栄から来たものかもしれない。
「しかし、負けてもデートなんて条件でも容赦なく勝つなんて。きみはあの子……ススピロと言ったかな?彼女のことが嫌いなのかい?容姿も整っていて中々美人な子じゃないか」
「色々あったんだよ。端的に話せば、彼女は私と私の先輩を襲ってきたの。結果的に彼女が信仰しているヒルフって魔女と殺し合いにまで発展したし……あー、別の話しない?」
もう一つ気に食わないのは、決闘の結果による謝罪にしか彼女は謝意を示していないという所。こちらからその点に触れなければ、僕たちはあいつらに何とも思っていないと考えているような素振りが気に食わない。
「ヒルフ……ヒルフ。もしかしてヒルフ・クヴェーレの事かい?僻地を治める辺境伯の嫡女にして、黄昏の位階に位置しながら学園に留まっている変人の。ははぁわかったぞ。ススピロは既にヒルフにお熱だってのにきみにアプローチしているものだから、その浮気仕草にむすっとしてるんだ」
彼女はくすくすと笑って人の色恋沙汰を揶揄う。
違う、全く違う。本当に違うからやめてくれ。普通に二人とも嫌いなだけだ。
いや、まぁ最後にススピロは根性を見せてくれたような気もしたから挑戦くらいは受けるけどさ……だとしても、もう少しより善い存在になろうと努力してくれてもいいのに。
「はぁ……ねぇプロト。私たちはそんな下らない話をするためにこの授業に出席しているわけじゃないよね。前の授業で私も正直なところ、貴女と良い友人として授業で得た知識なりを語り合えると期待していたんだけど」
彼女に期待していた心情を吐露すると、けほんと一つ咳払いをして彼女はなおり、「まさか、ちょっとした冗談のつもりだったんだ。気を悪くしたのなら謝るよ」と謝辞を述べる。
「ならソフィア先生の講義を聞こうよ。そろそろ準備も終わって話しだすよ」
僕が少し声をすねらせながら黒板に向かうと、ソフィア先生は星の位階というものについて魔法で概説を記しだし、また口頭でその説明を始めた。
「星の位階とは、『星宿し』と呼ばれる魔女のことを指します」
「……星宿し」
その単語を聞いた僕とプロトの反応は対照的だった。プロトの目はまるで興味のない玩具を目にする子供のようで、その刹那だけ普段の淑女のような、大人びた雰囲気が剥がれ落ちていた。
対する僕もまた子供のような瞳をしていたけれど、彼女とは反対に、知りたい──あるいは
「彼女らは特定の概念を支配し、その概念を通して世界と繋がることで世界そのものから無限の魔力を引き出す事を可能としています」
心臓がドキンと強く波打つ。その力には、幾つかの心当たりがあったから。
幼少期の実験、そしてリーベさんとの小さな争い。その中で膨大な力が湧き出るのを感じ取る事があり、そしてその力の正体が魔力である事を魔女になってから薄々考えていた。
「星宿しによるもの以外にも、概念を支配するのには幾つかの方法が存在しています。しかし、星宿しの特徴的な点を挙げるとすれば、それは概念を支配しているのは極まった『意志』によるもの、ということです」
またこの話にも心当たりがあった。「私」という存在。
確かに「私」は極めて強い善性という概念に則って行動しようとする。
けれどそれは意志と言えるのだろうか?初めから定められた法則に従い動いているようにも思えるけれど、ルールに基づいて動くだけの存在を、果たして意志と呼べるのだろうか。
「星宿しとなる者には二つのパターンが存在します。一つは生涯の中で内的あるいは外的要因により星を見出し、成る者。これを
僕は先生の話に魅入られる。プロトはつまらないものを聞く視線をしていたけれど、その話にのめり込める僕を見ると彼女は一変し、輝くような瞳で僕を見つめる。
しかしその視線に僕が気がつく事はなく、もう一つの星宿しについて語られる。
「もう一つは、生まれながらにして星を宿す者。彼女たちは生まれながらにしてその星に則った行動と意志でもって生きる。これを
「天星者……」
名指しされたわけではないけれど、僕はその天星者という存在である事を知る。
「先ほど言った覚星者らはその星に成る程の意志を、生きていく中で獲得します。それは様々な価値観を基にした堅固であり明確な方向性です。歳月と変化の中で絶対的であると確信するまでに至り、漸くその意志が光を発し始め、星と成る」
己を知るために語られる一言一句を脳に刻み込んでいく。
「ですが天星者は、『本来時間と経験を経てやっと獲得する極めて強い意志と価値観』を生まれた瞬間から保持しています。しかし、結局のところ天星者も覚星者も己の価値観に基づいて行動する上、その通りに動く以上は無限に魔力を使うという事は……夢よりも子供のようで、危険であると言えるでしょう」
一通りの説明が終わると教室の中ではざわざわと今まで知る事もなかった二つの位階についてと、その危険性について話す声が聞こえる。どちらにしても、そんな化け物たちの身勝手な巻き添えを喰らいたくないといった意見が殆どだった。
「可哀想だよね天星者は。だって自分の意志が自分の意志ではないんだろう?」
「……」
隣から聞こえた声は、憐れむものだった。
僕にとってはまるで見つからず、形すらも分からないパズルのピースが快音を上げて次々と嵌められていくような感覚だったのだけれど、そんな事誰も知る由がないし。僕はそうだね、と曖昧に頷いて相槌を返す。
「もし天星者が後天的に自分に疑問を覚えたら、どうなるのかな」
僕の疑問にプロトは目を輝かせながら、ペンの羽根を撫でる。
「ふむ、どうなるのだろうね。星はどうやらその人の人生が凝縮された核のようだ。それに疑問を覚えてしまうとなると……まるで自分ではない自分が内に存在するのと同じになるのではないだろうか」
「二重人格みたいな?」
「うん、言い得て妙だね。ただこれはもしも、可能性の話だよミコ。ぼくたちには天星者の心の内は分からないし、きっと彼女たち同士でも勝手が違うだろうね?」
確かに、人によって違うという事はありそうだ。別に星にも限らず人によって異なる物事というのは無数にある。趣味嗜好は最たる例だろうし。
個人差、か。
「星の位階は極めて特殊と前回言いましたね。星の位階は全く外れた場所に位置するもの、と。位階が太陽と月の浮き沈みに従いその深度を示すとすれば、星とはその更に背後でキラキラと他を照らすだけ」
教室の中で行われる雑談をあえて止めようとはせず、あくまで先生なりの解釈を補足として付け足すように、のびのびと言葉が流れていく。
「しかし……星とは自ら光を放つもの。私は、彼女らは特定の概念に基づき無限の魔力を引き出すと言いました。つまり、彼女たち星宿しにとって『動くべき動機』を与えてしまうと、夢の位階以上に危険な存在となります。故に、これを知る魔女たちが取るべき事はどちらか二つの行動になるでしょう。謙虚に他者を慮って行動するか、もしくはそんな魔女よりも強くなって変わらず傲慢に振る舞うかの、二つ。」
また一段と騒然な教室に変わっていく。多くはそんな事言ったってどうしようもなくない?といった声。当たり前の反応と言えば当たり前だ。周囲八方、すべての人間に対して埋まっている心の地雷を踏まないように常に気をつけろなんて、無理な話だし。
その一方で、言葉にせずとも顔つきが引き締まる者も何人か見受けられた。それは日頃の自分の行いを見つめ直そうと思ったのかもしれないし、もしくはそんな奴らよりも強くなろうと決意したのかもしれない。
結局、僕も人は見たその目でしか判断出来ないものだから。
「膨大な魔力というものは地脈を始めとした脈から取るもの。それを無しに、星宿しは無限に魔法を振り回す。更に極端に言えば。彼女らは完全単独での『創世魔法』を可能にしてしまいます」
「……創世魔法ってなに?」
「結界魔法の更に先、結界範囲内の魔法法則への添削をも可能とする至高の魔法のことだよ。確か物理世界にもその手の概念を取り扱った創作物があるんだろう?」
「あー……分かりやすい」
幾つかの例が浮かぶ。名前は出さないけど。
魔法はインスピレーションも大事になるから、好きな漫画の技の再現なんてつもりで作ると良くできたりするものだけど……そう考えると漫画ってとても良い教材なのかもしれないな、別に漫画に限らないけどさ。
「けど創世魔法は使用する魔力があまりにも膨大なんだ。脈には三つの種類がある事は知っているね?地脈、霊脈、龍脈。創世魔法には最低でも霊脈以上、出来れば最上級である龍脈は欲しいと聞くね」
「それを単独で、かぁ」
「いやぁ恐ろしいね」
無限に魔力が湧き出す感覚を思い出す。あれは身体から力が漲るというよりも、よく分からない塊のような何かから魔力を引き出し続けるようなイメージの方が近いように思える。
井戸に釣瓶を落として、魔力という水を引き上げるという表現が最も適しているかもしれない。重要なのはいかに多くの魔力を桶に納められるかと、いかに早く落とし、早く吊り上げられるか。
「……星を宿す人たちは、その通りに生きていて楽しいのかな?」
「必ずしも望んで力を手に入れるとは万事限らない。ただそれを喜びと感じ自ら成ったのなら、この上なく幸せな人生になりそうだとぼくは思うね」
「望む力、望まない力かぁ」
「もう一つ。覚星者になる手段には、自らの経験等から発露させるという内的要因の他に、他者からの期待や羨望、信仰によって星となる者もいます」
「石クズが寄りによって塊になって……星になるようなものかな」
「そしてそんな他者からの願い星も、時がくれば光を放つ姿を見せるだろうね」
他者からの望みが集まり星となるなんて……
「実に悍ましい事だ、きみもそう思うだろう?」
「……」
息が詰まり彼女を見る。
それはプロトが僕の頭を覗き込んだのかと思うほどに、同じ意見を口にしたから。
「他者からの願いによる星は……幸せなのかな」
「どうだろうね。他者の願いというものは酷く勝手なのは相場が決まっている。勝手に期待した挙句勝手に失望してくるのが常だからね」
その言葉もまた、僕と同じ考えだった。まだ二日しか時間を共にしていないというのに、彼女と僕は根底的な部分で似ている事を再認識する。
同じ苦しみを知り、同じ思考に至れる。仲間という意味では彼女こそが最も親しめる仲間であり友人であると言える。
鐘の音がまた鳴り響き、授業が終わる。
僕とプロトは何か言うでもなく一緒に廊下を暫く歩き続けた。
記憶した夢の位階と星の位階について思い耽る。どちらも他者からの視線に晒されるもので、おそらくは悪意ある存在であると衆目は断じる存在。彼女たちはその視線に晒されながらどうして歩き続けることが出来るのだろうか。
「……」
なんて。僕は何かについて考える事がかなり好きなのだと自分で思う。初めは理由をつけることが発端だったかな。母親に怒られた時、その点をどう改善しどう矯正すれば怒られなくなるか、その原因を自分で全て考えなければならなかったから。
結局のところ、母親は悪いところを血眼になって探し回し、怒りたいだけだと気がついたのだけれど。それは中学の2年の途中のことで、その時には僕の心は限界を迎えていた。今では自分のあまりの愚鈍さが少し笑えるけどね。
「ミコ、ぼくが思うに星宿しはなんて事の無い魔女だよ。何故なら彼女たちはただそういう生き物というだけだろうからね。出来る事だって結局のところ、個人の範疇からは出ないはずさ」
「なんて事の無い魔女だとしたら、余計にかわいそうじゃないかな。だって突出した側面があったってそれ以外が常人の心と同じなら、奇異に思われる視線に晒されるわけじゃない?」
「そうさ、かわいそうな奴らさ。自分の意志だけで星に成った者以外みんな不幸だろう。過ぎた力は身を滅ぼすとも言う、仮にその無限の魔力とやらが暴走してしまったら……想像するだけでも恐ろしいね」
リーベさんと喧嘩をして日のことを思い出す。どうして「私」が決して間違いなく断じてリーベさんを傷つけないと断言出来るのだろうか。一歩間違えればリーベさんを本当に傷つけてしまったかもしれないというのに。
プロトは思い悩む僕の肩をまたぽん、と叩く。
「ぼくはね、きみともっと語りたいと思っている。だけどきみはまだ悩み事が多くて集中しきれないようだ。思うに、きみは一つの事柄に一喜一憂し過ぎているんだよ。例え星を宿す者や夢を抱く者が不幸な運命にあろうとも、他人は所詮他人なんだよ」
彼女の語り口は母親が子に諭すかのような優しい声色をしていた。
例えその言葉が、自分が良ければそれで良いという意味であっても。
「他人だとしても、自分の事だけしか考えないようにはなりたくないんだ」
「それが見たこともない本当に赤の他人だとしてもかい?」
「うん」
プロトは「そうか」と深く頷く。
「それがきみの生き方というわけだね。それならぼくはこれ以上とやかく言うわけにはいかない。だから未来の話をしよう。次の講義の内容は覚えているかな?」
「魔法使いと神について、だよね」
「あぁそうだ。ぼくはその話題についてきみと意見を交わしたいんだ。別に思い悩むままでもいい。ただきみの意見を聞きたいんだ。そしてきみがぼく期待してくれたように、ぼくもきみに期待をしていいかな?ミコ」
「何を期待されているかは分からないけど。そうだね、いいよ。こっちが勝手に期待しちゃったんだからそれでおあいこって事で」
「よし、じゃあ次に会うのはソフィアの授業日だ。ぼくも投げかけたい言葉の数々をしっかりと考えておかなきゃね。それじゃあ」
彼女はにっと笑顔を浮かべて立ち去る。
その笑顔は、もし僕以外の男子が今の笑顔を見たらイチコロだったと思うほどに、快活として、蠱惑的で、透き通るように魅力的な笑顔だった。