自室で僕とリーベさんはベッドに腰をかける。カチ、カチと音を鳴らす置き時計は午後5時であることを短針が示していた。
肝心の二人の空気と言えば、あまり良い雰囲気では無い──怒っているわけではないが──というよりも、まるでお通夜のようにどんよりとしていた。
「その、無理に誘ったのに上手くいかなくってごめん。怒って、る……?」
「あ、いやその……僕こそリーベさんとのデートなのにぼんやりしてて……」
遡ること、昨日。
授業も終わり事実に戻ってノートに書き留めた中身を反芻していると、帰ってきたリーベさんが言葉を詰まらせながら「明日お出かけデートしない?」と僕の袖を引っ張り、デートに誘ってきた。
なので先ほどリーベさんが言ったように、無理に誘われたわけではない。
当然了承し、今日は外を歩き回ったりあるいは空を飛んで回ったり、お店を巡る等ある程度の充実した一日を過ごさせてもらった……
……のだけれど。
リーベさんは途中途中で何故かあたふたとしていて、いつになく失敗をしていた。
例えばソフトクリームをお互いに食べさせようとした時、手が震えて僕の顔面にべちゃっと全てが飛び込んだり。あるいは空を飛んでいる中、降りる際に滑って転んでいたのもそうだろう。
最初はおっちょこちょいな一面も見れてかわいいなと思っていたんだけど、何回も続くから流石に様子がおかしいと思って「どうしたんですか?もしかして体調が悪かったり」と顔を覗き込めば。
『いい、いや何でもないよ、うん!私ってばほら、おっちょこちょいだから!』
と返される。さっき僕はおっちょこちょいな一面を見れたと言ったけど、一面を見れたという言葉を使う以上、リーベさんの本質がそうドジなわけではない事はまだ一年経たない付き合いの僕でも理解していた。
その後も何度か体調を心配して声をかけるけど、いつもとやっぱり様子が違って、何かと自分を卑下して謝るばかり。
あまりそう自分を否定して欲しくないと思い「その、あんまり自分を卑下しないであげてください。僕はそんな風には思ってないですよ」と伝えると気まずそうに話さなくなってしまって……
「「……」」
そうして、無言のまま僕の部屋に帰り、今に至る。
どうすればいいんだ……!?
「み、ミコくんっ!」
「はいっ!?」
突然大声が隣で聞こえ耳が悲鳴を上げる。
「ミコくん……その、正直に言って大丈夫だから。ススピロのこと、気になってるんだよ、ね?」
「…………」
ん……?
んん……??
…………????
硬直。疑問。唖然。その全ての処理が脳に加わる。
なに、どういう……よりにもよって何故ススピロ?
「はい……?ススピロ?え、なんで……?」
「だって、この前告白されてたじゃん!」
「あぁ……いや、僕ススピロの事好きじゃないですよ。むしろ嫌いです」
「え」
「嫌いですね、はい」
リーベさんが固まる。しまった、他人な上に嫌いな奴とは言え告白してくれた以上、もう少しオブラートに包んだ方が良かったかな?いやでも襲ってくるような奴にオブラートもクソもないか。
「じゃ、じゃあ一方的に私が勘違いしていた、だ、け……」
首を垂れて安心したようなどっと疲れが出たような声を吐き出す。
……もしかしてススピロに僕が盗られるのかと思ってたってこと!?
「もしかしてススピロに僕が盗られるんじゃないかって思ってたんですか?今日の挙動不審具合は動揺を隠せなかったせい……?」
「ぎくっ。そ、その通りです……だ、だってぇミコくん何だか最近上の空だし」
「あ、あ〜……最近ぼんやりしているというか、ちょっと考え事をしてまして……それのせいですね、紛らわしくてごめんなさいリーベさん」
「何考えてるのよぉ、心配したんだよ!アンちゃんとかフレスノちゃんならともかく、ススピロみたいなのにうつつを抜かすなんて事あったらって……」
頬を膨らませながらぽかぽかと僕の腕が叩かれる。
こんな可愛い人がいるのにススピロなんかに移り技するわけがないじゃないか……いやリーベさんの言い方だと、まるで圏域外派内の人なら二股オッケーみたいな意味になってるけれど。
「最近、夜の位階の魔女が講師にきているじゃないですか。その授業で受けた事を何回も反芻したり、あとたまたまその授業で気の合う友達が出来まして」
「至って健全な……悩み事どころか本当に考え事してただけって事!?」
「え、えぇまぁ。悩みと言えば悩みもありますけどね?」
リーベさんはまた「はあぁ」とため息をついて後ろに倒れ寝っ転がる。
「それで、悩みってなーに?」
「話すほどの事でもないで──すよおぉっ?」
「んっ。話したくないならいいけど、私たち恋人なんだからさ。悩んでることあるなら話してよ。解決方法が無くなって話すだけ話したら少しは気持ち楽になるよー?」
僕もまた、後ろからリーベさんに胴体ごと引っ張られ、リーベさんの身体をベッドにして仰向けに寝っ転がることになる。悩み事がある所が気になったのか、あるいは頼られていないと思わせてしまったのか。少しむすっとした声だた。
「え、えっと……けほん。さっき夜の位階の講師に授業を受けたって言ったじゃないですか。そこで位階について教わったんです。夜の先にも位階は存在していて、夢と星が存在するって」
頭を撫でる手を引いて、頰を撫でてもらいながらちょっとした悩みを話してみた。
「……♪それで、特に星の位階について知った事で色々と考える事が出来たんです」
「へー、星の位階かぁ。夢は聞いたことあるけど星はなかったなぁ」
「リーベさんも今度受けにいきましょうよ、教え方も丁寧で分かりやすいですよ」
撫でてもらいながら、ここ二回のソフィア先生の授業やプロトとの出会い、星宿しと呼ばれる存在と自分との類似点を共有する。そして天星者として生まれたであろう自分が、これから先どうすればいいのかという悩みも。
「リーベさんを追い出したあの時……一歩間違えていたら取り返しのつかない事になっていたのかもしれないって、思ったんです。自分の悪癖の事を僕は『私』って呼んでいるんですけど、そいつに任せる事でしか力を引き出せないなら、ずっと黙らせておいた方がいいのかなぁ、って」
「なる、ほど……黙らせておくって言ってもそんなこと出来るの?その星って本来極まった自我なんでしょ、自分より強い意識をよくそんな抑え込めるね?」
「気合いです」
「気合い!?」
耳元でリーベさんの声が耳を劈く。
一応イメージ自体はある。「私」という自分の首を常に絞め続けるようなものだ。でも結局それは自分の心を絞めあげるのと同じ事だし、自分を常に否定する苦痛を生む。
その苦痛に常に耐える事も、苦痛に耐えながら普通に動こうとするのも、結局気合いとしか言えないから……気合いで押さえ込んでいる、というわけになる。
「疲れないの?」
「疲れますよ、すごく」
「そうだよねぇ、おーよしよし」
また髪の毛にリーベさんの細い指が通って、頭が撫でられる。こうして褒めて認めて貰えるから頑張れている……と伝えるのは流石に恥ずかしくて言い出せなかったけど。
けど、この穏やかな幸せがあるからこそ、あともう少しだけ頑張ろうと思えるのだな、とふと反芻して、自然と笑顔になった。
「今回は私たち、お互いに変に考え事しちゃってたんだねぇ」
「そうですね……その、勝手に違う事考えていた身でまた勝手ですけど……今度こういう時がまたあったら、お部屋デートにさせて貰えませんか?一人で考えるのもいいですけど、リーベさんがいてくれるとあんまり思い詰めないで済むと言いますか……」
リーベさんの目がぴかっと光るかのように見開かれ、その気配を背後から感じとる。僕が珍しく(比較的)
「もちろん!その時は〜お茶菓子も持っていって、ゆったり過ごそうね!」
「ふふっはい、お願いします。リーベさんチョイスのお菓子は基本アタリばかりですからね」
「基本って何よ。いっつも美味しいでしょ〜?」
「たまに変なのあるじゃないですか。この前なんかヘビの抜け殻チョコとかいつ変なの持ってきましたし。まさか本当にヘビの抜け殻使ってるとは思いませんでしたよ、ああいうのって普通そういう形してるチョコじゃないですか」
「え、えへへ。面白そうだったからつい」
……とまぁ、たまにとんでもない冒険をする事があるけれど、基本的にはリーベさんは選ぶセンスが良いのである。そう、基本的には。
「ふー、誤解も解けたし。今日はどうする?」
「もうちょっとだけ……こうしててもいいですか?」
頭を撫でる腕に手を添えて振り向く。まだ少し頭の中で判然としないモヤがあるけど、今はこうして心の充電をしたいと思ったから。
ただ、その時の仕草で
「〜〜!!」
「〜〜!?」
強く抱きしめられて、危うく窒息しかけたのは……また別の話。
評価のゲージつきました、ありがとうございます!初めてついたぁ!!