男の娘が魔女になって大変な目に遭う話   作:クエクト1030

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34話「世界に至るもの」

 席について教材とノートを広げ、ペンを握る。

 ソフィア先生の授業の出席するのはこれで三回目だ。今回もまた約束通り隣の席にはプロトが座っており、満面と言わないまでもにこやかな笑顔で僕を迎え、講義の開始を待った。

 

 

「今回は位階とはまた外れた位置の存在──魔法使いと、神についてお話します」

 

 

 先生の言葉と同時に、受講する全ての魔女の元にある一冊の本がふよふよと浮かび届けられる。

 

 

「本?タイトルは……」

 

「『落涙の魔女の紀行録』と書かれているようだね」

 

 

 3cm程度の厚さを持った本の表紙にはプロトの言う通り「落涙の魔女の紀行録」と書かれていた。そのタイトルを表すかのように本に施された装飾は涙を型取り、また鋭い直線が何本が引かれている。水色と銀色で彩られたその本は、そうぽんぽんと生徒に渡せる程安いものではないように見えた。

 

 

「その本には、『落涙の魔女』と名札を付けられた夢の位階の魔女の、一部人生が綴られています」

 

 

 がやがやと教室内はにわかに騒がしくなる。夢の位階、前回の授業で教わった夜の先に存在する言わば指名手配の魔女。それだけの力と可能性を秘めている事の証。

 

 そんな魔女の人生が記されている本をこうして配られたとなれば、騒がしくなるのも当然なのだろう。物理世界で例えると……個人的に言えば、織田信長の一生と銘打った本のようなものだろうか。

 

 

「『落涙の魔女』について知っている人も中にはいるかもしれませんね。彼女について軽く説明すれば、先ほど申し上げた通り夢の位階に指定された魔女であり……そして討伐され、既に死亡している者です」

 

 

 先生の説明を聞きながらも紀行録を捲る。喪失や不満といった、少し冷たい言い方だけれど……ありふれた不幸と、それによっておかしくなってしまった女性の話が綴られていた。

 

 

「しかし今回のテーマは、この『落涙の魔女』のお話ではありません。この『本』そのものにあります」

 

 

 なるほど道理で。題材として扱うには十分な存在であろう「落涙の魔女」であるというのに、先生はこの本を一頁もめくることなく、最低限の説明しかしなかった事に合点がいく。

 

 

「夢の位階、名札付きよりもこの本にこそ今回の神と魔法使いのテーマが近いだなんて、果たしてどんな理由なんだろうね?」

 

「自分の辛い人生を綴って広める事はあまり考えられないから違和感があるんだよね……そこが関係していたりしないかな?」

 

 

 プロトは好奇心を煽るように語り、返答として僕は好奇心より出た疑問を零す。その表情から察するに、どうもプロトはその理由と僕の疑問の答えを知っていそうではあったけれど、僕はそれ以上あえて彼女に聞こうとはせずに先生の話を待った。

 

 

「この本には、題名にもある通り紀行録──先ほども語った通り、特定人物の一部人生が綴られています。」

 

 

 同じ事を二度語るときというのは大抵重要なのだろう。残念なことにその想像は当たり、続けてある種悍ましい真実が告げられる事となった。

 

 

 

 

 

 

「この魔女を始めとし魔女の人生は紀行録として、ある時期に昇格したとある神により『魔女が死亡した際に自動的に生成される』ようになっています。」

 

 

 

 

 

 

 周囲はなんだそんな事かと落胆した反応だけれど、数秒、僕の中で時間が止まった。これは、あまりにも残酷な仕打ちじゃないか?

 

 

「さて、きみはどう思う?」

 

 

 プロトはまさに今この瞬間の僕の反応とその答えを待ち望んでいた。

 

 

「個人の情報を許可なく抜き取りあまつさえ頒布するのは……物理世界だったら幾つかの罪が重なると思う。何より……」

 

 

 ここは魔法世界なのだから罪状の話をしても何の意味もない。だけれどそんなことを抜いたところで残る不快感がそこにはある。

 

 

 

「何より自分勝手すぎる。この人の人生がもしこの通りのものだとしたら……一体誰がこんな経験をしたという事を自分で広めようと思うのかな。苦しい気持ちを誰にも知られたくない事だってある。なのに、これじゃあ、全部筒抜けじゃないか……!」

 

 

 

 彼女のありふれた不幸の積み重ねは、小さな不満を持ってはいたけれどそこ

そこの家庭を築いていた魔法世界の内地より始まり、黄昏の位階の魔女に妻を奪われ駆けつけた頃には無惨な姿に解体されていて……その光景に強い悲壮と憎悪と、哀しみを持たされていた。

 

 彼女は復讐のための準備を欠かす事なくそれを遂行した。けれど全てが終わった先では何もない涙が流れるから、泣く事以上に悲しい事はないと捻じ曲がった彼女だけの真理に至り、そして害悪なる慈愛を振り撒くようになった。

 

 

 

「後半はいいよ。必要以上の報復を求めたから最後は身を滅ぼした、そう解釈出来るしその罰になりえるんだから。でも一番最初の部分は彼女が本当に辛かった話なんじゃないの?今までの日常が崩れ去って、取り返しがつかなくなって。なのにそんな部分に限って緻密に文章が書かれてる」

 

 

 最初の小さな不満とそこそこの家庭を築いていた頃、そして妻を奪われ、その先で見た妻の姿への記載こそが、この本の半分を占めている程に緻密に重厚に描かれていた。

 

 「落涙の魔女」の細かな感情の変化と、溢れでた言葉の一つ一つの要因。身体中の血液が凍てついたような感覚に襲われていただとか、過呼吸に苛まれたこと、妻との最後の出会いが再生する事もなくオブジェクトとしてそこに存在している姿だったこと……

 

 

 

「いくら大量殺人犯だとしても……いや、彼女に限らない。死んだあとにその人の人生を勝手に書き記した本を生み出すなんて酷すぎる」

 

「そうだ。そしてそれが──」

 

「それが神と、魔法使いという者たちです」

 

 

 僕の憤りをプロトが認め、先生が続ける。

 

 

「神と魔法使いの違いはただ一つ。世界そのものと一体化しているかどうか、それだけでしかありません。どちらも理論上は魔法法則への直接的な修正が可能です。神としてのあり方の方が、それがしやすいというだけで。」

 

「神と魔法使いって、何なんですか?」

 

 

 

 自分でも珍しく、癇癪を起こした子供のように感情のまま先生に質問をした。納得のいかない答えに対して説明責任の要求。だけどソフィア先生はその感情も認めて、変わる様子なく諭すように続ける。

 

 

「神と魔法使いは、この世界を理解している者たちです。分かりやすく言えば、ランク10の属性・魔法を操る事に至った者です。属性を始めとした魔法におけるランクとは、魔法法則をどれだけ理解しているかの度合いです」

 

 

 ランクが1であれば、1割を理解する。

 10であれば10割を。

 即ち全てを理解しているという理屈。

 

 

「当然、万物を理解しているわけではありません。しかし、事実としてランク10を操れるほどの者は世界の法則そのものを理解し、そして手で触れる事を可能にしています」

 

「そんなの誰だって神にも魔法使いにも、最終的に行き着けちゃうじゃないですか」

 

「その通りです」

 

 

 嬉しくない肯定が返る。

 

 

「つまりこういう事だね。魔女である以上は努力を続ける限り世界へと至る可能性を持つ。それはここにある本を始めとして、多くの理不尽と、あるいはより素晴らしい転換をもたらすかもしれない。」

 

「結局、どこまでいっても弱肉強食なんだね」

 

「神も魔法使いも、魔女の延長線上の存在なのだから。きっとそうなのだろうね」

 

 

 プロトは自嘲するように笑った。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「まだ怒ってるのかい?」

 

「……ごめん、機嫌悪くて」

 

 

 授業が終わった後、教材をひとまとめにしている僕にプロトは話しかける。僕は未だ治りきらない感情を擦りつけるように答えた。

 

 

「口直しになるか分からないけれど、授業の後にもう少し話さないかい?ぼくが知る限りではあるけれど、神々と魔法使いについて知る事があってね。是非ともこの知識を共有したいのさ」

 

 

 翡翠色の髪の毛を耳に乗せて、いつもと変わらない様子で話す。機嫌の悪さで他者を操ろうという考えは悪い事だと思う。そして今の自分がまさにそれだ。

 いつもはこんなにマイナスの感情を表にする事はあんまりない……と自分では思ってるんだけど。プロトの前ではどこか取り繕いにくいような気がする。良くも悪くも、素の自分でいられるといった感じだろうか。

 

 しかしそんな中でもプルトは声色を変える事も、ある意味僕の機嫌なんざ知った事じゃないといった様子で、次の用事を持ちかけてくる。

 

 正直、そんな所にはどこか救われる気持ちがあって。

 同時に彼女を尊敬している部分の一つでもある。

 

 

 

「けほん……うん、でも教材だけ置いてからでもいいかな?」

 

「勿論だ。ぼくは先に向かって席を取っておこう。昼顔区地脈ー4ー139ー2にあるカフェ『メントル』だ。最近見つけて気に入っていてね、個室があるから他の騒音に気にせず話あえるいい場所なんだ」

 

 

 

 分かった、と了承して僕たちは一度分かれる。

 自室に戻り教材を置いて、訓練も兼ねて毎日作っている魔力の結晶を入れたポーチを確認する。単純な結晶的な構造から始まって、最近では動物の形になるように変形させながら作る事にハマっている証が底に見える。

 

 そのまま圏域外派の衣装部屋から借りている服に着替え、持ち物を整理しながら部屋を出る直前のことだった。

 

 今更ながら僕はある事に気がつく。

 思い出した、と言ってもいいかもしれない。

 

 

 

 プロトはソフィア先生の授業の中で、教材を持ち込んでいなかった。

 

 

 

 だと言うのに彼女は先生の話す内容をはじめから知っているかのように振る舞う。僕と受ける授業はすべて二回目の授業だからなのだろうか。

 

 それとも、本当にはじめから全てを知っているのだろうか。

 プロトも僕も……お互いに知らない事がまだあるようだった。

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