男の娘が魔女になって大変な目に遭う話   作:クエクト1030

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39話「善性の星」

 人助けには色んなものがあるよね。

 お家の中ならお皿洗いをすること、お掃除をする事。後はお風呂を沸かしたりお料理したり。あとはお母さんに肩叩きをするとか!

 家の外ならどうかな?先生のプリントを代わりに持つとか、後は通学途中のお婆ちゃんを助けてあげるとか。轢かれそうな犬や猫を掬いあげるのも通学途中で小学生を見守るのもそうだよね。

 

 でも、一人じゃ出来ないこともいっぱいある。

 

 例えば……皆は落とし物を見つけた時どうするかな?

 周りに落とした人がいないか探すよね。それで見つからなかったらお巡りさんに届ける。けど見つけられなかった時って……わたしがどれだけ役に立たない人間なのかって思い知らされるの。

 だって、もっと早く私が見つけてあげられてればその人は交番に行く必要もないし、物を無くしたことで悩む時間だって少なくて済むよね?

 

 

「えっと……あ、ありがとう」

 

「どういたしまして!」

 

 

 魔法世界に交番はないから自分で探し出して届けてあげなくちゃいけない。だから魔法世界の悪いところはお巡りさんがいない事なんだけど……良い所もきちんとあるんだよ。

 

 

「ミコお前……何やってるんだ?」

 

「落とし物を届けてあげてるの!」

 

 

 それはね。物理世界よりもずっとずっと、自分で探す事も届ける事も、簡単な所!

 落とし物に残った魔力と同じ魔力を探し出して、その人の元へ縮地でぴょーん!物理世界の時は見つからなかったらお巡りさんにお願いするしかなったけど、魔法世界で頑張ってるわたしならどこへでも跳んでいけるんだ!

 

 

「……そう、か」

 

「あの……ミコちゃん。急にその、落とし物探しを始めて2時間ですけど大丈夫です、か?」

 

「へーきだよフレスノお姉ちゃん!あのねあのね、皆ね、落とし物届けたらお礼してくれるの!あ、勿論物理世界の時もそうだったよ?でも物理世界は……たまに心無い言葉をかけてくる時もあって……ううん。だからね、魔法世界にきてからはこうやって人助けしても酷い事言われなくて、お礼も言って貰えるの!」

 

「お礼を言って貰える事と……2時間も物を見つけては届を繰り返す事に関係が?というか休憩を──」

 

「えへへ、大アリだよ!」

 

 

 だって、人助けをするだけで気持ちがいいのにお礼を言って貰えたらもっと頑張りたくなるから!みんなだってありがとうって言って貰えたら嬉しいよね?

 

 

「なんだか弱ってる人がいるみたい。保健室に届けてきまーす!」

 

「え、あっちょっとミコちゃんまっ──行っちゃった……その、大丈夫でしょか」

 

「危険性だけなら……ないだろうな。だが」

 

「えぇ、例の──無限に魔力が湧き出る状態(・・・・・・・・・・)になっています」

 

「フー……何なんだろうな、アイツは」

 

 

 

 

 

 

 そんな先輩がたの心配を他所に、僕は学園内を駆け回ってひたすらに人を助けていた。手助けは「私」にとって最も身近な善行だから。

 幼児化してしまった僕……「わたし」と言い分けるべきかな。「私」により近い「わたし」という幼児。

 

 昔から僕は利他的な衝動に突き動かされていた。それは今だって同じだけれど、たかが15年の年月としても人を助けることの無意味さと、考えなしに善行を行うことの迷惑さを学習しているから……だから、この衝動を抑えることが出来る。

 

 

「大丈夫?保健室に運ぶからね!」

 

「ヒッ!?……って、保健室……!?」

 

「バイバイ!」

 

 

 でも、理想の状態に変容している「わたし」は僕が獲得した理性を失っている。何故なら僕にとっての……理想は。

 

 

 「愛されること」

 

 ……だから。

 

 

 とても安易な考え。小さければ、幼ければ愛されるだろうという。

 本当に幼くなってしまえば……それも精神ごと幼くなってしまうのなら。善性の下に突き動かされる本性を抑えることも出来ず、こうして時間のある限り他者のために行動をしてしまう。

 

 魔女になってしまったのも、良くなかった。

 きっと、僕にはこの本性故の天賦の才があったんだろう。他者が困っていることに限定すれば、単純な魔力の探知能力がとても高かった。フレスノ先輩と同じ例えをするのなら、東京都の端から端まで誰かが困っているのならそれが手に取るように分かってしまう。

 

 

「ただいま!」

 

「「……」」

 

 

 縮地は「己の全存在を特定地点に傾ける」事で転移する業術。

 マイケルジャクソンで斜め45°に傾くダンスあるよね。あれは靴とステージに細工があって出来る芸当で……でも普通は、ああやって身体を傾ければ倒れてしまう。縮地はそれに似ている。

 身体を倒してそのまま地面にぶつかる。その際にいかに恐怖に打ち勝ち綺麗に倒れる事が出来るのか次第。それを自分の存在っていう曖昧な精神的なもので行うだけ。

 

 僕は……ううん。本来の「私」や「わたし」はそれが出来てしまう。

 他人のためなら簡単に「自分の全存在」を投げ出せてしまうから。

 

 

 

 だから自分の探知範囲内の限り、どこへだって跳べてしまう。

 

 

 

 そうして今も、怪我をして歩けそうにない魔女を一人保健室に送り届けた。でも彼女は怖がってた。当然だよね、今の僕は無限に魔力が湧き出ているんだから。

 

 筋肉ゴリゴリの赤の他人がいきなりやってきて身体を持ち上げてきたら……果たして人は安心出来るのかな。善意であることを口頭で確認出来ても、絶対の安心なんて出来ないだろうね。だって、持ち上げられている以上は自分に逃げられる選択肢が無くなっているんだから。生殺与奪の権を握られている状態で安心できるわけがない。

 

 

 

「今度はどこへ行ってきた」

 

「えーっと、あっちの方にあるお山!」

 

「指を指してる方角的に……もしかして螺旋(エリセ)山脈?あそこは炎とか雹とか竜巻とか……基本属性の単純な性質とはいえかなり危険な災害が渦巻くように立ち昇る現象があったような。ただ、かなり離れていますよ……?」

 

「うん、そこに片脚を無くしちゃってる女の子が倒れてたの。だからその子を抱えて保健室に連れていったんだ!」

 

「……え、えぇ。とても、とてもすごい事ですよ、ミコちゃん」

 

 

 二人は苦笑いを浮かべる。フレスノ先輩のみならず、ムネメ先輩までもが。

 ムネメ先輩は僕に縮地を教えなければ良かったと、この時初めて後悔したという。適性や才能はあれば良いものだけれど、あり過ぎる事も不幸の種である事を彼女は知っているから。

 

 

「あ」

 

「……ミコちゃん、今日あとはフレスノお姉ちゃんに付き合って貰えませんか?」

 

「えっ、えー……ごめんなさいっ行ってきます、誰かが危ないみたい!」

 

 

 フレスノ先輩もやっと「わたし」の異常性飲み込めてきたのだろう。自分の都合と偽って止めようとする。けれども「わたし」は危険な状態にある人を勝手に探し出して、一人勝手に跳んでいく。

 

 例えそこに、どのような危険があるとしても。

 

 

 

 

 

 

「いやああああ!誰か、誰か助けてぇ!」

 

 

 跳んだ先は鬱蒼とした森の中で、じめっとした空気で満ちてた。わたしが感じ取った気配だと近くに魔女がいるはずなんだけど……悲鳴は聞こえても姿が見えない。どうしてだろ、早く助けてあげないといけないのに!

 

 

「な、なにっ!?」

 

 

 見えない何かに腕を掴まれる。咄嗟に杖を現出させようとするけどもう片方の腕も掴まれちゃって、腕の次は両脚も動かなくされて。蔦がわたしの口も塞ぎ、全身が拘束され身動きが取れなくなってしまう。

 

 わたしの四肢が拘束されるのと同時に、身体中ボロボロになって泣きべそをかいている魔女が見えるようになる。それに、私たちを拘束しているものの正体も。透明化の魔法は拘束されているもの……というか餌なんだろうね。犠牲者には視認できるようになるみたい。

 

 それはわたしの胴体ほどもある植物の蔦のような魔法生物で、わたしの服を突き破るとわたしの肌に吸い付いて、ちゅうちゅうと血液を吸い始める。決して勢いは強くないけれど、既に何時間か吸血されている女の子はぐったりしていて、さっきの悲鳴で残った元気も使い果たしちゃったみたい。

 

 

「むぐ(この……!)」

 

 

 腕を引っ張るけどびくともしない。

 足がつかないから縮地で抜け出す事も出来ない。

 

 

「う……ぅ……」

 

 

 目の前の女の子がどんどん弱っていく。さっきよりも血を吸う速度が速くなっているのか見る見るうちに肌が青ざめていって、反応も殆ど無くなってしまう。新しい餌が来たから今までのはいらないって事なのかな。

 

 この蔦を破壊しなくちゃいけない。でもわたしの腕の力じゃ引きちぎる事は出来ない。魔力で吹き飛ばすことは出来るけど、そうしたら女の子を巻き込んじゃう。杖を使えれば魔力の方向性の制御も魔法だって使えるけど、腕が封じられているから杖を操る事も出来ない。

 

 大量の墨があっても素人が小さい文字を書くには小さい筆を使わなきゃ小さい文字を書けないのと同じように、「私」の力には杖という筆が必要だった。

 

 

 

 どうにかしなきゃ、助けなきゃ。目の前の命を救わなきゃいけない。

 

 

 

 頭の中でぐるぐると考えと使命感が駆け巡るけれど、打開策は一向に思い浮かばない。圏域外派の皆ならどうしたのかなって想像するけど、リーベお姉ちゃんとムネメ師匠はそもそもこんな状況にはならないって答えが自分から返ってくる。

 

 リーベお姉ちゃん。わたしを魔法世界に連れてきてくれた人で、大好きなわたしの恋人。とっても優しくてとっても綺麗でとっても強い憧れ。

 

 そうして、お姉ちゃんの事を考えていたら。

 

 

 

 一つの方法を思いつく。

 

 

 

「ん〜〜!ふんっ!!」

 

 

 

 蔦を破壊するくらいの魔力は杖を自由に使えないと調整が出来ない。でも、杖っていうのは外に魔力を出す時の調整っていうのが本来のお役目だから、自分に対して魔力や魔法で働きかける分には杖は必要ないんだ。

 

 

 

 だから。

 

 

 

 わたしは蔦に掴まれている左腕の、その上を自分の魔力で吹き飛ばした。

 

 

 

 大量に血が噴き出るけれど、すぐに魔法で腕を再生させる。

 リーベお姉ちゃんがわたしにしてくれた治療魔法を思い出す。あの魔法は光属性の魔法だから本来は扱いが難しいものだけど、多少の術式の齟齬があっても無視して使って、前に使ってもらった時の感覚から逆算して魔法を再現する。

 

 激痛と悪寒が、また別の激痛と灼熱で塗り替えられる。

 光属性の性質には「促進」がある。それを魔女の再誕に適用して無くなった腕の再誕に集中させれば理屈上は再生出来るはずで……

 

 

「……あは、あははははは!」

 

 

 土壇場での挑戦は成功した。

 不出来な再生だから、本来痛みなんて発生しない魔女の再誕でもぶちぶちって間違えて再生した筋肉が裂けて、ギィィィって音が鳴るように神経がすり潰される。

 

 あは、頭がおかしくなりそうなくらい痛い。

 

 腕を吹き飛ばすのは一瞬でも、再生するのは回数をいっぱい重ねているから。何回も裂けて、何回も擦りつぶれて、何回も引き千切れる。

 

 でも肝心なのは再生すること。魔力はどれだけでもあるんだから、例え属性のランクが1で規模が小さくても……例え術式が間違ってても。大体が合ってるなら無理やり魔法を回し続ければ再生出来るわけで。

 

 どれだけ不出来でも、動かせる腕になればそれでいい。

 

 

 

 これで人を助けられる。

 うれしい、うれしい。

 

 うれしいうれしいうれしいうれしい。

 

 

 

 嬉しさがわたしを埋め尽くす。

 わたしは善い行いが出来ているんだって、痛みが証明してくれる。例えわたしが未熟でも、多少の犠牲と覚悟があれば誰かに手を差し伸べたっていいんだって。

 

 

 

 だから腕が千切れた余韻も、不完全な治癒で引き継ぎれる筋肉と神経の弦の音も、あらゆる激痛を踏み潰す事が出来る。だって、命を救うための代償がただ痛いだけで済むなんて……これ以上ないくらい、お得なお買い物だから。

 

 魔法って、本当にすごいよね?

 

 

 

「ひゃ、あ(邪魔)。」

 

 

 再生させた腕で口を塞ぐ蔦を掴んで焼き潰す。魔法名が唱えられなくても手のひらっていう指向性があれば、簡単なランクかつ自分の周囲になら魔法が使えるから。

 

 

「ぷはっ……《杖よ現れよ》」

 

 

 杖を使えれば、あとはもうわたしの思うがまま。再び透明になってももう遅い、女の子の魔力の輪郭は捉えたから「それ以外の全て」を指定して力の本流を生み出して蔦を捻り潰し。落ちる女の子を抱き抱える。

 

 

「大丈夫?」

 

「う、うぅ……」

 

 

 女の子は何とかお目目を薄ら開けられるくらいで、かなり弱ってるけど……それでも何とか間に合ったみたい。これなら魔女の再誕でも自己回復出来そうかな。

 

 

「次はある程度吸ったら返してあげるんだよ?」

 

 

 もう一本分だけ腕を切り落として魔法生物にお詫びをしておく。腕を再生させたら……女の子を抱き抱えて保健室までまた跳んだ。

 

 

 

 ……魔法生物を殺さないのか?

 この子たちだって生きていて、この女の子が彼らの生息域に踏み入ったから、それで捕えられたんだよ。縄張りに踏み入れた女の子とわたしが本当は悪いんだから。それなのにこの子を殺そうとまでするのは……ちょっと違うでしょう?

 

 わたしが痛い思いをしたのなんて、どうでもいいしね?

 

 

 

 

 

 

「ミコちゃん……?」

 

「はーい!」

 

 

 保健室に魔女を送り届けたあと、圏域外派に戻る。リーベ先輩とアン先輩も戻っていて、二人が用事を済ませている間に僕……「わたし」が無茶苦茶をしていた事に複雑そうな表情を浮かべている。

 それときっと、魔力のことにも。

 

 

「え、えっと……いっぱい人助けしていたんだって、ね?」

 

「うん!……あ、でもお洋服破いちゃった……!ごめんなさい!」

 

「その腕は……?」

 

「えっとね、捕まってた人を助けるために跳んだんだけど、透明な蔦の魔法生物だったから私も捕まっちゃったの!しかも掴んでる蔦、全然引き剥がせなかったんだ。だから脱出して女の子を助けるために、自分の魔力で掴んでる蔦の上から腕を吹き飛ばして、リーベお姉ちゃんが前に使ってくれた治療魔法を真似したの!」

 

 

 

 元気いっぱいに「わたし」は答えるけれど、誰も褒め称える人はいない。当然だろう、むしろこんな事を褒めてはいけない。自己犠牲による救済は美談になるけれど、これは違うから。

 

 他に取りえないから自己犠牲を選ぶにしても、悩んだ末であるべきだ。自分を大切に出来ない人間が他人を大切に出来るわけがないのだから。けれど「私」と「わたし」はそれを理解できず、自分が犠牲になるとしてもそれが最も安全で確実な手段なら真っ先にその選択肢を選び取ってしまう。

 

 そんな在り方で幸福を掴めるはずなんかないのに。

 

 

 

「真似、って……治療魔法は上級属性だよ……?」

 

「えへへ、だから上手く出来なかったんだ。ぶちぶちーっていっぱい裂けたり千切れたりして痛かったけど、でもねでもね、助けられたよ!」

 

 

 

 また顔を歪ませる。リーベさんはかつて僕に「私」という悪癖の側面も素敵だと言ってくれた。その側面が今目の前にあって……そしてその発端は性転換のポーションを持ってきたことだという事実を突きつけられているに等しかった。

 

 

「──ごめん、なさい」

 

 

 僕を強く抱きしめて泣き出してしまう。

 

 どれだけ良い結果を出そうとも、僕が大切にしたいと思う人はいつだって僕が代価を支払う事を悲しむから。初めて僕が大切にしたいと思った友達が出来た時もそうやって泣かせてしまって、その時に初めて悟ったんだ。

 

 自己犠牲は決して善行なんかじゃないんだって。

 

 そんな、内から込み上げた昔の破片を再び飲み込んでからやっと。

 僕が「私」を抑え込めるようになっていった。

 

 

「泣かないでください、リーベさん」

 

 

 僕もリーベさんを抱きかえす。

 記憶が連続しているのは幸か不幸か、それでも自分の後始末を自分でつけられるんだから、幸と言うべきなんだろう。

 

 

「その、あはは。僕はもうこんな事はしませんから……ね?だからあんまり自分を責めたりはしないでください、可愛いお顔がくしゃくしゃですよ」

 

「ごめんミコちゃぁぁん」

 

「ふ、ふー……やっと戻りましたか。止めようとしてもすぐ行っちゃうから気が気でなかったですよ」

 

「きっと治療魔法の副作用でしょうね、魔女の再誕が加速したからそれで薬の効力も早く終わったんでしょう……リーベさん、今回は事故だったんです。それ以上でもそれ以下でもない。いいですね?」

 

「違う……」

 

「違わないです。僕だってちょっと女の子になってみたいなって軽はずみだったんですよ、誰にも予想なんて出来ませんでした。それに……」

 

 

 

「……その、素直になれた時間ではあったので。悪くはなかったんですよ」

 

 

 

 頬をかいて、小さな自分を見てくれた思いを伝えると、幾らでもケーキを食べさせてあげるだなんて泣きながら笑ってた。泣いてる本人がそんな様子なものだから、皆もくすくすと笑い出して。

 

 最後の最後には皆で笑う事が出来たのは……良かったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「ところでミコくんちゃん……身体、本当に戻ってます?」

 

「……」

 

 

 性別は間違いない戻っている。

 ということは……

 

 

「ま、魔女の変容進んだかも……」

 

 

 僕はより一層小さくなって、アン先輩を見上げるようになったのだった。

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