いつものように学園を散策している時のことだった。
見知った魔力が溢れ返り、各地を縦横無尽に駆け巡る残光が目に入る。
「……」
不思議と、驚きはなかった。
「やっぱりそうだったか」というのが、ぼくが彼女に抱いた感想だった。
「きみも、やはり。」
口角がどうにも迫り上がる。
いけない、己の感情を律さなくては。
ぼくには役目があり、ここにおいては役を果たす程度には仮面を被り続けなければならないのだから、すぐにでも麗しい鉄仮面を嵌め直さなければならないというのに。
「ぱっと消えて、ぱっと現れる……ふふ。星にぴったりな動きをして、きみっていうのはそんなに綺麗な色の光を出すんだね?」
仮面はどうにも上手く嵌らないから、また言葉が漏れ出る。思いの外、
ミコの光の色は美しい白、あるいは淡い黄色を帯びた光らしい光。清らかで穢れを持たない絹よりも美しいその色は、罪なき純潔のようだ。
まるで流れ星のように魔法学園内を駆け巡るそれは、一人でに流星群を作り出していた。結局足を止めて、仮面を嵌める事も諦めて。しばらく彼女の軌跡を見つめる外になかった。
「どうしたら……きみのような綺麗な色になるのだろうね」
わたしの光はこうも穢れているから、どうしてもきみの光が眩しく見えてしまう。彼女との授業を思い返せばきみはアレが語る数々の知識に目を輝かせ、時には怒り、憐憫を見せたね。
わたしも正直なところ、ミコとは対等な友人であると認めざるを得なかった。彼女は黎明を迎えたばかりで、わたしはとうに午前を過ぎ去ってしまったけれど、それでも力と知識による対等さではなく、視点という意味での対等さがわたしたちにはあったと思う。
「あるいは……上から目線なだけの、ぼくの独りよがりかもしれないな」
★★★
『母上、どうしてこのような大役をわたしが勤めなければならないのですか?』
『プロドスィア、それはあなたがそのために作られたからです』
わたしには友達というものは存在しなかった。
親というものは親でなしであった。
故郷の名はノド。
わたしがわたしとして記憶する最初の時には既に存在しなかった。
何故なら、滅ぼされた後だったから。
『いやです、やめてくださいっ!勉強はいやなんです!』
『黙りなさい。あなたはそのために作られたのです、知識を受け入れなさい』
『いや!──あっ が ぐッ ぎ、ア』
母親の"熱心な"教育は嫌いだった。膨大な情報量が雪崩込み赤熱と破裂が脳を破壊していく苦痛。教育のため知識の移送魔法を受ける度、わたしは白目を剥き泡を吹いては失禁し、痙攣を起こしながらのたうち回るしかなかった。
『愛しのプロドスィア、あなたの役目は何ですか?』
『……ノドを復興させることです』
受け継いだ知識を元に幼い魔力を毎日枯渇寸前まで搾り出しては無人の家を立て、轍つくことない道を引いていく。その度に母親は満足そうにほんの少しだけ反応を見せた。嬉しくはなかった。
わたしが街を作る間、母親はどこかへと行って得意気に食料と水を確保してくる。それも次第に拙いものになっていって、最後にはわたしが街を作りわたしが食を確保し私が衣を縫ったけれど。
その理由は明らかで、知識を移送によって母親からは知識が失われていったのが原因だった。コピーではなく移送なのがこの魔法の欠点であり利点だった。
『スア、無理してはダメですよ』
そしてある日。母親はわたしに殆ど全てを受け渡して「慈愛溢れる母親」に成り果てた。最早これにはノドへの執着もわたしへの憎悪もなく、勝手に全てを押し付けて、勝手に一人善い存在へと成り果てたのだ。醜い感情と記憶を差し出した引き算は、見るに耐えない気色の悪い聖母を産んだというわけだ。
最終的にノドは再興した。人がなしに。
そしてわたしは、ノドを更地にした。
悪くない気分だった。
今や母親の憎悪と執着がわたしにあり、ノドにかける思いとわたしにかける憎悪と期待をわたしは全て背負っていた。しかし、それでも破壊する。
母親は無反応だった。せっかく積み上げた積み木を癇癪を起こして自ら壊す我が子を見るような反応をするだけで。
そうして、わたしは親も存在しないものと考えることにした。
ソレを連れて放浪する中でわたしは星を宿す。生きていくために麗しき仮面を被り、世話になった領地で幾人も友という存在を作り。百を超えた歳月の中で、時には星宿しも何人か見てきた。
それでも、真に話が通じるのは今この時初めて出会った。
だから……
★★★
「もう少し早く出会う事が出来ていたら、違った未来があったのかもしれない」
カフェ「メントル」で彼女がくれた言葉は訣別でしかないが、同時により深い友情の証左になった。あの時彼女には幾つかの選択肢がある中で、自らの意思をぼくに伝え……
そしてきっと、おそらくは。
彼女本来の、自らの呼称を伝えてくれた。
ぼくが望まない答えを出すことに対しての誠意なのだろう。彼女がそこらへん律儀で真面目なのは、数回の逢瀬の中で既に把握出来ていたからね。
彼女が動く方角に背を向ける。見ていられないからでも見たくないからでもない。彼女がああして己の星の光を発するのであれば、ぼくもまた、その光を糧として動きたいと感じたからに過ぎない。
彼女は美しく、ぼくは醜いもの。彼女は人の願いを尊び、ぼくは人の願いを踏み躙る。けれどきっと、ぼくのこの願いを踏み躙るのは彼女だけであると願って、学園に眠る「脈打つ瞳」を探り続ける。
空を見上げる。
風が出てきた。
風は嫌いだ。
ぼくを作り出した愚昧な女と同じ翡翠が、ぼくの視界を染めようとするから。