「いやーあっはは!あれは危なかったですね!目をつけられた時は死ぬかと思いました、日頃から逆探知防ぐ術式構成考えててホント正解でしたよ!ぶふふっ」
「もう二度と盗聴の手伝いなんかしないですからね……!」
盗聴がバレた後フレスノ先輩はすぐに依頼人の元に行って情報を納品し、報酬を受け取ってからは早々に僕を街へと引っ張って、今では昼顔区に数ある酒場の一つのテーブルの前でエールの入った金属製のカップを煽っていた。
「んぐっんぐっ……ぷはー!いやぁ一仕事終えた後の一杯は格別ですね!」
「は、はぁ」
対して僕はミルクをちびちびと飲む。この酒場で出されているのは山羊の乳らしいのだけれど、飲み慣れた牛乳と違って飲み心地そのものはサラっとしているけど匂いに少しクセがあるから、こうしてちびちび飲んでいる。
「先輩って……お酒飲んでもいいんですか?」
ふと疑念を持って質問する。圏域外派の皆さんは誰もが高校生なり大学生くらいの見た目だから。これ法律的に大丈夫なのかな?
「飲んでもいいんですかって……ダメなんですか?」
キョトンとした顔でジョッキから口を離し、先輩は逆に質問を返した。
「もしかして魔女社会、未成年飲酒とかの概念ないんですか?」
「そんなのないですよ?というか未成年って何ですか、何を持って成年とするので?物理世界は数え年ですよね、でとそれ寿命の無い魔女に意味あると思います〜?」
瞬間、はっと悟る。タバコもお酒も未成年がやってはいけないのは健康被害は元より成長の妨げになるとかいう理由があったはずだ。でも魔女は健康被害だとか成長の妨げだとか関係ないから法律で縛る理由がないんだ。
いやぁまぁ、そもそも法律の数自体かなり少ないみたいだけど。
てかこんな事悟ってどうするんだ?
「魔女だとあっちで未成年がやっちゃいけない理由も何もないのか……」
「数え方だってそっちと違いますよ〜?私は内地出身だから内地全体で共通してますけど、場所が変われば別になるみたいですからね〜」
「え、先輩何歳……」
「ふふん、聞いて驚きなさい。何と54歳です!!」
しまった女性に年齢を、と思ったらすごい自信満々に胸を張りながら年齢を打ち明けた。その声を聞いた周囲の客からは「へぇ」とか「すごい」なんて声が漏れる。
「すみません、年齢の基準というか価値観って?」
「まぁ大体、歳取ってる程すごい魔女って感じですね!ちなみに50歳で一人前です。他にも位階で一人前とか半人前とか区別する事も多いですね〜、一人前の立派な成人である真昼の位階が大体50歳、つまり私は黎明ではあるけど真昼でもあるということ!」
おかわり!と叫んでまた一杯のジョッキが運ばれ、まるでスポンジのようにエールが消えていく。
「年齢は誕生日に増えるんですか?」
「誕生日?あー、まぁそういう基準取ってるところもあるっちゃありますね。基本は魔法を修めた数とかランク、あとは依頼に応じて、その都度格上の魔女から歳上がってもいいねぇなんて言われて、それでカウントするんですよ」
「めちゃくちゃ曖昧!?」
「校長先生から直々に言われた時なんかは嬉しいもんですよ!あ、ちなみにさっきの依頼達成した時に20歳くらい歳取ってもいいんじゃないとか言われましたね、つまり今の私は64歳なわけです!」
酔いが回ってどんどん上機嫌になっていく。冷や汗かいた経験でお金がいっぱい貰えるならまぁいいけど、年齢上がるのを喜ぶってのはちょっと分からないなぁ。
あと54+20は74だ。
「ミコちゃんだって私からしたらもうすぐ成人ですよぉ〜」
「自分の年齢聞きたくないなぁ……」
また一つミルクを口に含む。窓から外を見ると陽が傾いて来ているのが見えて、少しずつ薄暗く、また対して酒場の照明がより明るく見える。
「そういえば先輩って、何でそこまで通信魔法に拘るんですか?」
「ん〜?前にも言いませんでしたっけ〜?んふふ。既に通信魔法ってあるんですけどぉ、それって特許申請済みのものば〜っかなんですよぉ。しかもちょぉ〜高いのです」
呂律が怪しくなっている先輩からエールを取り上げて、店員さんに水をお願いする。先輩は口寂しそうに僕のミルクをひったくって、ぐいっと飲み干した。
「そう、ちょぉ高いの!!ムカつかないですか!?通信魔法がもっと簡単に誰でも学べたら遠くの家族にも友達にもずっとずっと誰でも話あえるはずなんれすよ!なのに魔導書の値段バカみたいに高いんです!!」
『アンタがいるからうちは貧乏なんでしょ!?はぁ、なに?言わないとわかんないの?早くワイン注いできて!!』
母親もこんな風に酔うと怒ってたっけかな。
うんうん、と頷きながら運ばれてきた水と先輩のジョッキをすり替えておいた。
「クソが、がつがつと利益を貪る事しか能がない馬鹿どもめ!特許料取るにしても加減ってものがあるでしょう、一冊取るために小さな丸々地脈一本分取るとか頭おかしいんじゃないですか!?いや頭がおかしいんでしょうね!うええーん!魔女には頭おかしい人しかいないんだぁああ」
「先輩も苦労していたんですね」
「分かってくれますか!!」
激昂すれば泣きもする。僕は怒り上戸しか見たことなかったけど怒りと泣き二つ両方持ってる人っているんだ、へぇぇ。
「うへへへへ、だからですねぇ。私はこの通信魔法の特許の市場をぶっ壊してやるんですよ。特許申請をすることで誰でも手にしやすくした上でクソ安くして、当然アストヒクにも卸すんです。権利を掲げて学びを妨げる悪女に鉄槌を!うおおおおお!!」
水入りのジョッキを片手に椅子に膝をついて叫び散らかす。周囲の酔っぱらいも同調して「よく言った!」「やれやれ小娘ー!」なんて囃し立てる声が飛び交った。
目の前のこの先輩は、酔っぱらいな上にプライバシー無視するし、刹那的な快楽主義者な所もあるし。結構ロクでもない人だと思うんだけど……
まぁでも……
その理念はちょっとかっこいいなって、思ったよね。
☆☆☆
「毎度あり〜。彼女ちゃぁん?フレスノちゃんの事よろしくね〜」
「あ、あはは……はい、ご迷惑おかけしました」
散々叫んだと思ったらぱたんと机に突っ伏してイビキをかいて眠った先輩を背中に抱え、代わりにお勘定を済ませて帰路に着く。空はもう暗くなって、雲に隠れて丸いお月様が顔を覗かせていた。
「んぐぐ……ぐごご」
背中には涎を垂らして幸せそうに寝ている先輩がいる。
普段から無邪気な彼女はいつにも増して無垢な顔をしている。
「まぁ、こういうのも悪くない……かな」
いつも頼ってばかりだからかもしれない。こうやって自分がお会計も帰りも信頼されて寄りかかられるのに妙な満足感があった。
今夜は雪も降らない月見日和。
だから、背中の暖かさを感じて。
ゆっくりゆっくり、寮へと歩いていった。
「……あ、何でデートしようとしたのか理由聞くの忘れてたな……まぁいっか」