男の娘が魔女になって大変な目に遭う話   作:クエクト1030

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44話「飛んで火にいる夏の虫」

 これは学園に招かれた夜の位階の外部講師、その一人によるある日の授業。

 その日その教室はいつになく浮足立っていて、人間には口を閉じる機能があるという事を思い出す者はいないようでいて、教材にもノートにも目を向ける者はいなかった。

 

 そんな騒がしい教室の中、教壇にいて空に座り、黙している魔女がいる。

 名をクラティラ。僕ほどかあるいは少し小さい程度の身体を持った、可憐な少女にしてこの教室の主であり……これからこの騒然とした世界を支配する女。

 

 これはある日のこと。

 

 彼女が死亡事故を起こした、ある日の授業。

 

 

 

 

 

 

「静かに。時間になりました」

 

 

 空の椅子からすらりと降りて教室を見下ろす。彼女の言葉は小さく、騒然とした室内においてはまるで聞こえるはずもないけれど、それでもその一つの言葉仕草で教室はシンと静まり返った。

 

 

「約束通り良いやんちゃ(・・・・)を教えましょう。着いてきてください、散歩にいきますよ」

 

 

 

 小さな身体がふわりと床に降りつき、コツン、コツンと小気味よいヒールの足音が廊下を鳴らしだす。群がる青虫たちたちはその音に誘われて、少女の後ろを盲進する。

 

 

 

 この授業が彼女が初めて受け持った日ではなかった。当然、前回あるいは前々回とそれ以前に行った授業は存在している。そして、前回の授業中においても、彼女の話を聞く生徒というものはそう多くなかった。

 

 理由は単純で、身なりが小さければ声も小さい。魔力という判断材料があっても五感で感じられる情報だけで人を判断する魔女は多い。

 いつもの魔女たちであっても流石に夜の位階の講義となれば意欲的な生徒のみが参加する……と考えるのはどうやら甘いようで、実際にはそう真面目な人間ばかりいるわけではなく、受講に制限がないとなれば悪ふざけで集う者もそう少なくないのが現実。

 

 特にこの学園には魔女が無数に在籍している。噂では在校生の数は一万だとか十万だとか。本当かどうかは分からないけれど、とにかくその内を占める素行不良児が無数にいるという事が問題だった。

 僕の身の回りで言えば、マリシオのように。

 

 

 

 クラティラは生来より、どうにも大きな声を出す事の出来ない女性だった。故に、いつまで経っても自分の言葉を聞こうともしない虫の声を煩わしく思い、ある日の授業中、とある提案を持ち掛ける。

 

 

 

「元気な皆さんに、とっておきの悪戯を……とっておきのやんちゃを教えましょう」

 

 

 

 夜の位階の考える悪戯。そのアイデアに好奇心を擽られない午前の魔女はいなかった。当時の教室中の魔女は揃ってその目を輝かせクラティラの言葉を傾聴しだして授業は滞りなく進んだ。

 

 今日に至っても同じ事で「授業中、私が言葉を発したら悪戯を行いにいく合図とします。それまではご自由にしてください」と彼女は語り、そして現在。約束の刻限に至ったがために一同は目的地へと足を運ぶ。

 

 

 

「さぁこちらです。我こそは勇気ある才覚溢れた魔女であると思う方は、前へ。」

 

 

 

 クラティラが足を止めた先はどこにでもある教室の一つ、その扉の前だった。質素で古びたような扉に少し蜘蛛の巣がかかっている姿は年期を感じさせる。

 

 誰しもがクラティラの悪戯の正体を愚行する。

 悪戯の内容は杖を掲げて教室へ飛び込む授業妨害をすることだろうか?魔法学、あるいは魔法薬学の実習最中であれば盛大な不幸な(・・・)事故を引き起こせるかもしれない。

 しかしそれが魔法生物学や歴史といった座学でしかないのならそんなアイデアは平凡も平凡だ、何故ならその程度の悪戯ではただ騒いで終わりな上に、今ではありふれすぎているやり口だから。

 

 やはり聞くに値しないちんけな魔女の児戯、大した事のない凡人のアイデアか。夜の位階なんて大したことないな……そう思い始めた時。

 

 

 

「この中には夜の位階の魔女がいます」

 

 

 

 一同に戦慄が走り、次第に彼女らは理解する事になる。

 「夜の位階の魔女を相手に悪戯」する事の恐ろしさを。

 

 

 

 自分たちが侮っていた目の前の少女もまた夜の位階であるという、畏敬と恐怖を。

 

 

 

「おや。私の授業ではあれだけ騒々しかったあなた達が……今更何を恐れるというのでしょうか。」

 

 

 淡々とクラティラはその小さな声で生徒たちを唆し続ける。恨みのような色もなく、バカにするような色でもなく。ただ事実という名の石を水の中に放り投げて、その波紋を眺めるかのように鈴のような声は鳴る。

 

 

「私は魔女をどこまでも飛びゆく可憐で流麗な蝶であり、蛾であると考えています。故にまだ若いあなたたちは青虫であると。しかしどうでしょうか、あなた達は空へと羽ばたく気概を見せ、あるいは高らかに声を上げ理想を語るのでもなく。ただ狭い井戸の中で一生騒ぎ立てるだけの蛙だったようです」

 

 

 薄暗い廊下の中、彼女は掌に炎を生み出し扉、そのドアノブをわざとらしく照らす。

 

 

「種族ごと見間違えてしまうとは。私もあなた方蛙のようにもう一度午前へと戻り、初心に返って勉強をし直した方が良いかもしれませんね」

 

「あたしが行ってやるよ、センセ」

 

 

 一人の蛮勇な魔女が名乗りをあげた。

 

 

「ソット。では、前へ。」

 

 

 魔女の名はソット。ミニスカートに幾つもの斬り込みを入れ、多弁の魔法の込められたピアスを舌に穿った、この教室きっての全くの健康不良少女。しかしそんな素行不良を他所に、実はソットは真昼に位階に位置していた。それはこの魔法学園に在籍し学ぶ余地が余り残らない、優秀な証を意味している。

 

 彼女は内心では震え怯える恐れを虚栄でないと信じる心でもって抑え込み、ノブに手をかけがちゃり、とその扉を開けた。

 

 

「……え?」

 

 

 しかし、何事にも勇気と心得があるだけではどうにもならない事がある。

 

 

「うあああああぁぁ………!?」

 

 

 扉が開かれた瞬間、真黒で何も見えない部屋の奥深くより艶やかな帯が何枚も飛び出で、腕を掴み、脚を浚い、抱きしめ、次第に遠のく悲鳴だけを残して、ソットという存在を廊下から連れ去ってしまう。

 

 

 

「ふふ。さて、では中継を見てみましょうか」

 

 

 

 目の前で同類であり頭角に位置する一人の魔女が伸びた蜘蛛の糸に捕らわれた事で、教室の時とは異なる騒音が奏でられる。反面、クラティラは分かり切っていたという顔で淡々と魔法の映像を映し出す。

 

 中継先は当然、今まさに連れ去られたソット。

 映像は彼女の視線より物語られる。

 

 

「ひっ!な、なにこの……布!?」

 

 

 彼女の四肢を絡めるのは先ほど見えたものと同じ──いや、どれも柄が異なり、それでいてその全てが美しく、可愛らしく、あるいは悲壮的で。この上なく芸術的な「帯」だった。

 

 

「こんなもの千切って……!」

 

 

 腕を縛る帯はしかし、手で掴む余地を残していた。彼女はいじらしく必死の体で力を込めて、己を縛る布地を千切らんとする。正反対の方向に引っ張り、引っ張り、引っ張る。

 

 

 

 けれども帯は、切れませんでした。

 

 

 

「無駄よ」

 

 

 

 暗闇の奥より冷たい声が鳴る。

 それは帯の織り手にしてこの闇の主、蜘蛛の巣を張り続けん者。

 そして……「帯」の名札をつけられた、学園に五人といない夜を背に負う魔女。

 

 

 

 「帯の魔女」の巣へと、ソットは放り込まれていた。

 

 

 

「貴女何も知らずに……私の巣の中に入ってきたの?」

 

 

 呆れるような、憐れむような声が犠牲者に投げかけられる。

 名札通り、その魔女は帯だった。全身を服ではなく帯で包み、とんがり帽子にすら帯が巻き付き。そして蜘蛛の巣に自らかかった目の前の犠牲者を帯で包んでいく。

 

 まるで繭のように。

 

 

 

「~~!!」

 

「真昼の位階……名前はソット。風属性への適性が最も高いけど、相反属性の音属性の精神干渉魔法に最も力を入れている。魔法学園アストヒクの朝顔区で生まれ育つ──」

 

 

 ソットの姿は帯に包まれて消えていく。発言が許される事はなく彼女の存在という存在が帯への染みついて、蜘蛛の巣の主はその文様を読み解きその人生を読み上げる。

 

 

「──ここへ来たのは、夜の位階の外部講師クラティラによって嗾けられたため」

 

「ふふふ」

 

 

 そこで映像はブチッと音を立てて途切れ、それと同時に映像を映していた魔法が硝子のように鋭い破片に砕けて飛散する。割れた硝子の破片はクラティラと青虫たちを引き裂いて、痛々しい傷でもって返礼した。

 

 

「夜の位階に位置する魔女というのは、かくも恐ろしい存在ですね」

 

 

 クラティラは楽しそうに笑った。

 

 

 目の前で頭に位置する者を間接的に抹殺した者と、直接殺した者と。夜の位階の恐ろしさと悪辣さと、自らの好奇心と愚かさとを扇動されたという確信。

 かくして、彼女は午前の魔女たちを支配した。以後彼女の授業は騒がしいものではなくなり、クラティラの一挙手一投足が生徒たちの行動の全てを束縛する。

 

 

 

 可憐な少女は満足げに、鈴の音でもって講釈を述べるだろう。

 

 

 

「皆さんは、自ら火にいる虫けらにはならないようにしましょうね」

 

 

 

 と。

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