この日、初めて僕は衝動的に、自らの意思で、気に食わないという理由で。
大切な友達と喧嘩をした。
「うーん美味しい。きみは魔法に業術だけでなく料理の腕まで立つのだね、見事に臭みが無く個性の範疇に肉を肉として留めている。もしや物理世界でも狩りの経験が?」
「舌に合ってるなら良かった。流石に野生動物の狩りの経験も調理の経験もないよ。ススピロが定期的に料理教室を開いてくれるからそこで色々教わっただけ。普通の授業もいいけどプロトも料理教室来てみる?ちょっとした息抜きになるよ」
「きみが誘ってくれるなら是非とも。ぼくも料理は出来なくはないが、食べられるものを作るって程度の話だからね、後学のためにもきみのお嫁さん候補に教えを請いに行くとしよう」
「ふん。ふざけた事言う人にはこれ以上お肉あげません」
「ははは悪かった……いや悪かったって、取り上げないでくれミコ」
僕とプロトは「
「しかし目標には困ったものだね、まさか許可なく単独で山に潜ってそのまま音信不通とは。依頼人であるご友人に前もって素材を採りに行く話を漏らしていなかったら凍死か食べられてか、まぁどっちにしろその命を終えるのが確実だったろうね」
「もう既にそうなってる可能性もあるけどね……」
「弱気だね?まぁぼくもそうなっていておかしくないとは思うけどね、ふふふ」
余った肉の燻製具合をちょくちょく見つつ、二人で即席の小屋の屋根の下で空を見上げる。冷たい森は季節を問わずその名の通り寒冷で、春であっても秋であっても時には雪が降る事すらあるのに対して今は冬、つまり雪が降っている。おかげで水分確保のために必要な魔力が少し節約できてはいるけど……
外気温はー25℃程、焚火を離れるなら常に体温を保つための魔法をかけ続ける必要があって、動くだけで体力と魔力を使い続ける必要がある事を意味している。
ついさっきまでこの森に生息する魔法生物と遭遇して狩りをしたから今は休息の時間をとっている。動くだけで消耗をするのだから戦闘となればより多くの消耗を強いられるのは自明の理だろう。
「次はどうする、たまたま食料は確保できたわけだが」
「むしゃむしゃ。うーん、目標を見つけようにも森全体に魔力が覆いかぶさるように満ちてるから判別が難しいんだよね……」
「ははは、きみ得意のお助けレーダーも使えないわけか」
「どこで聞いたのそれ。はぁ……その通りだよ。あと私自身緊張してるからか普段の調子も出ないし。これで学園の敷地内でまだ安全な場所なんでしょ?はあ……」
「ぎゃあああああああ!!!!!」
……悲鳴が山林に響き渡る。
「うん……いやぁ、はは。話しをすれば何とやらだね」
「いくよ!」
プロトは半ば呆れつつも、僕と共に走り出した。
☆☆☆
「いいいい!?やだやだやだちょっとそれ以上はダメだってそんなの私に入らないよこの獣畜生が私のことお前らの同類だと思ってんのかお前ら熊野郎でもそんなに詰め込めることなんか出来ないだろおえっぶえっ!私に食い物詰め込むよりお前らのクソガキに食べ物詰め込んでやれよ私は熊じゃねぇ熊の
「これは……」
「どういう状況?」
そこには先ほど殺して肉にした魔法生物をもう一回り大きくした個体に、無理やり口へと様々な食べ物を給餌されている姿の魔女……もとい捜索目標がいた。
彼女は熊の耳と真っ白な髪の毛を持っている獣人で、彼女の今の発言からしてこの熊に自分の子供か何かと間違えられているものと推測される。
「アッ!あんたらもしかして私を探しに来てくれたの!?助けて!!」
「その前に個人の確認をしようか、きみの名前は?」
「もうそんなの今はどうでもいいでしょプロト、助けるよ!」
「ふむ、ではそうしようか」
僕はスタッフを、プロトはナイフを現出させて熊へと向けやる。僕たちの戦意を見て熊は立ち上がり雄たけびを上げて歩み出た……魔女の都合で申し訳ないけど、大人しくなって貰うしかない。
「え、ちょちょちょちょっと私まだここにいますよ巻き込まないでくださいね私捜索して貰ってるんでしょう無傷の生還が何よりなんじゃ──」
無断登山者の意見は無視した。
「こんなものか」
「ねぇプロト、殺す必要なんて──」
「ぼく達はどの道この子の刃を折る他にない。しかしそうすればこの子は他の子との競争は出来なくなるだろう?そして魔力による自然再生を待つのは極めて難しい。まさかぼく達が刃まで再生させるとでも?仮にそれしたとしても、この子がそれまで大人しくしてくれるはずもない、はっきり言ってそれ以上の言葉は悪しきエゴだよ、ミコ」
目の前には肘の刃が切断され、両脚が砕かれ、頸を切り落とされた熊の死体がある。当然……僕とプロトで殺した命だった。捜索目標を見つける前と後で奪った命の差は、前の僕たちには食料が必要だった点。今回の僕たちは殺す必要まではなかったという点。
「……」
とはいえ、プロトの言う事も最もだから反論は出来ない。中途半端な優しさが何の意味もない事なんて僕が一番理解してるはずだから。
「あの、私のことを心配してくれる人はいないのでしょうか。戦闘に巻き込まれて片足ちぎれて滅茶苦茶痛いんですけど、見てください泣いてますよ?ねぇ、ねえねぇ!!」
「うるさいお前は自業自得だ。魔女なんだからそれくらいでいちいち泣くな」
「酷っ!?」
「ふふっ。それでいいのさ、納得いかないならぼくがどうこうする前に、きみがどうこう出来るようになればいいだけだしね?さて、目標は確保したから次は下山だね」
「ふんっ」
片足の千切れた目標を魔法で浮かばせながら山道を降りていく。木々をかき分けながらの下山行、当然整備されていないため殆どが襲撃を警戒しながらの獣道走破になる。
いちいち森を潜っていくのには理由がある、それは森を抜けて上空を飛んでいくのにはリスクがあるから。この森は熊の魔法生物がそこらに存在しており、普通の熊と異なり冬にこそ最も活発的に行動をする。そして……
森にはヌシが存在しているのが付き物だ。
「っ、何この揺れ!?」
「拙いね。ミコ、目標をしっかり持って先行したまえ。撤退戦だ、ぼくが殿を務める」
「いやああああまた無理やり入れられちゃううううう」
「黙ってろ!」
それが近づくにつれ、揺れの一波は木々の根っこを翻す程大きくなっていく。大地に自立する事は難しくなり、一歩、二歩。十もしない程で巨躯が影を作った。
振り返ればそこには天を覆う程の熊がいた。その毛皮は他のどの個体よりもずっと白銀に煌めいていて、曇天の代わりに真っ白な夜空が頭上に広がる。
彼ら、この森の熊の魔法生物の名前は「白い血」、あるいはサングレ・ブランカ。彼らの一生は深い赤の、より黒に近い色の毛皮から始まる。多くの生き物を食べ続けるとその血肉と魔力を取り込み、それによって毛皮は白へと近づく。くすんだ青へと変わり、灰色へと染まり、白へと至る。白に染まれば最早この森で視覚で見つける事は困難になり、そうなれば森の一流の狩人を名乗るのに不足はないだろう。
けれど、目の前のソレは三十メートルを超える体躯で白銀に輝いていた。こんなにも大きく美しければ隠れるという概念が最早存在するはずもなく、彼らサングレ・ブランカは狩人ではなく鯨飲の自然こそが終着点のようだ。
「まさか森そのものと同化する程の個体がいるとはね……ふふ、はははは!これじゃ神と同じだ。安全とされる内地、それも夜区とはいえ学園内にこんな生き物がいるとはね!」
そこにあったはずの真っ白な木々は立ち上がる。それは巨熊の逆立った体毛であり、坂は皮だ。穏やかな大地はただただスケールの異なる単位で眠っているだけで、目を覚ませばその鼓動が大地を揺らすのは当然の理。
後ろより一匹、左右に三匹。次々と山が起き上がり、侵入者を睨みつける。
その銀光に、プロトは目を見開く。
キイィィィィィィィィィン……。
「うるさっ……って、なっこの音!?」
「?」
担がれている彼女には聞こえていない耳鳴りが響く。
聞いたことのある騒音、流星の前触れ。
三度の予兆、その始め。
「まだもう少し親睦を深めてからそれとなく自己紹介したかったのだけれどね、仕方がない仕方ない。先にぼくにとっての敵が出てきてしまったとなれば喜んで前倒しをしようじゃないか」
キイィィィィィィィィィン。
「五月蝿くてすまないね。そして……聞こえてくれてありがとう」
「まさかプロト、キミ──」
「きみ考え、まさにまさにその通りだとも。ぼくがこの音を発する事ができるという事はそういう事で、この音を聞くことが出来るということはきみはそういう事で。これも運命これも出会い。ぼくは敵を以って、ぼくという教科書を広げよう!」
キイィィィィィィィィィン。
酷い耳鳴りが冷たい山林に木霊する。
担いでいる彼女は気絶し、神のような熊もその歩みを一歩、確かに踏み留まった。それは目の前に白と黒の光を身体に纏い、より鋭さを増したように見えるナイフを撫でる彼女が……
その本性を露わにしたから。
「ミコ、その目に焼き付けるといい。小さな神が殺される、この時を」
その言葉と共にナイフが空を描く。白の光が山肌に細かな境界線を引き、黒の光は塗りつぶすようにその多角形の面積を染め上げる。
「消えてる……!?」
黒く塗りつぶされた山肌は、よく目を凝らすと何の凹凸もないただの黒いのっぺらに変わっていた。山肌こそが毛皮である熊たちは皮をごっそりと奪われたその苦痛と憤怒の雄叫びを上げてまた一歩、引き下がる。
「逃すか」
「ちょ待ってプロト逃げようよ!」
プロトの目には確かな殺意が宿る。僕の言葉に耳を傾けるつもりなど微塵もなく、山と比べてしまえば豆粒でしかないプロトが迫る。熊は背を向けて逃げていったが、それでも追う事をやめない。
僕はその姿に釣られてプロトに追随する。
『これは違う』から。
止めなければならないから。
「星の光は心の光。ぼくの世界の規則の執行」
プロトの瞳からは十字状に白と黒の光が放射されていた。初めて見る他人の星の光は美しく、恐ろしく、危うく今のこの蛇足を忘れさせるところだった。
「もう熊は逃げてるじゃん、いいでしょこれで!?どうしちゃったのプロトおかしいよ!ねぇもう止めて帰ろう、目標だって回収してる!」
「……ふふっ」
速力を上げて先回りしてプロトの前に立ち塞がった僕を見て、彼女はその足を止めて笑った。透き通った翡翠の髪に白黒の光が乱反射する。
その笑顔は凶行に及ぶ者のイメージにある歪んだ笑顔でもなく、無理に作った笑顔でもなく。あまりにも自然で──それこそ今まで見てきたプロトの笑顔の中で一番──優しい笑顔だった。
「止めなかったらどうするんだい?」
「……私が君を止める」
「何故。こいつらが危険分子なのはきみだって理解出来るだろう?そしてぼくが星の力を持っている事も、その力の強さだってきみは分かっている。出来るし、それが全体に良い結果をもたらす。何なら死骸からあの美しい毛皮を剥ぎ取って、更には胆を持ち帰ろうものなら皆大喜びだ。違うかい?」
違わない。きっと喜ぶ人ばかりだ。物理世界でも熊胆は薬だし、どんな動物でも美しい毛皮なら高値で取引されるだろう。この狩りを禁じる法律もないし、むしろ強大な魔法生物を狩った事は良い箔をつける。何もマイナスは無い、狩れるという前提を満たしている以上、この熊を殺し尽くす事にメリットしか浮かんでこない。
それでも、どうしても。
僕はこれを善い行いと思えない。
どうしても看過できない。
「違わない」
「ならどうしてまだぼくの前に立つのかな」
プロトは言葉を待ってくれるけど、頭を捻っても反論は思いつかなかった。
「はは……えっと」
僕の内から耳鳴りが聞こえる。
言葉によってどちらの意見がより適しているかと議論出来ずにただ力を誇示しようとするのなら、僕の方が悪なのかもしれない。
「ふふ。なんでもいいよ言ってごらん?」
「……
三つ目の耳鳴りが鳴り響く。ここに二つの世界が対峙した。
彼女に大義があり、僕に大義はない。
だってこんなの──
「気に入らないから、としか理由がつかないんだもん」
「ははは。よし、それでいいんだよ」
プロトは笑った。今度はあどけない少女のように。
この笑顔もまた今まで見たことがない色だった。心底楽しそうで、心底嬉しそうで。何の邪気も気にする事なくただ自分の感じた喜楽を受け入れられた声で。
「それでいい……ふふっ。そう、そのまま。だってきみも
「なに、僕を試したってこと?」
「正解、けど一つしか答えがないわけじゃない」
楽しそうな少女はナイフをくるりと回す。
「きみの教科書になるのも本当、きみを試したのも本当。わたしがこいつらを殺したいと思うのも本当で、きみがわたしと違う意見でもって行手を阻むのが嬉しいのも本当。全部本当だよ」
「楽しそうだね」
「まぁね、きみだって気楽そうじゃない?」
「まぁ……あはは、そうかも」
喜楽と気楽が笑い合う。自分の心の音のままに動くのは誰だって気持ちがいいものだろう。その結果がどう自分に返ってくるものであれ、素直で正直に動く事は心底心地いいものだから。
「わたしね、友達と喧嘩するの初めてなんだ」
「僕も友達と喧嘩するのは初めてかな」
曇天が見える。
また酷く吹雪いてきた。
「さぁ、追いついてごらん!」
「待て!」
一瞬のホワイトアウトと共に追いかけっこが始まる。僕たちの目標は既にすげ代わり「白い血」を絶やすか守るかの勝負となっていた。プロトは白と黒の光を自在に使い分けて次々と山肌を塗りつぶす。その度に地響きが鳴って木々が消えていく。
「させ、ない……!」
「止められるかな!」
線が振り下ろされる狭間に介入する。白い線は分断の性質を持っているのか展開した防御魔法を否応無しに真っ二つ、後ろの毛皮がまた一面染められた。
「ミコ〜、それじゃダメだよ。星の力は意志の力。自分を知らねば自分を表現できるはずもなく、目先に惑わされれば自分すら見失う」
線ではなく魔力が飛来する。
「っ……!」
プロトは僕よりも圧倒的に星の力というものを使いこなしていた。魔力の引き出し方も、そもそもの魔法の習熟度も。撃ち出された魔力の弾を防ぐために僕もまた心根から気合いを搾り上げ、その暴力的な塊を防いだ。
防ぐ事には、成功した。
「杖が!?」
爆発的な魔力に対処するため、爆発的な魔力を行使した。
必然、媒体は破損する。
プロトの魔力が減退し霧散するまでにミシミシと音を立てた僕の杖は完全に打ち消すのと同時に致命的な音を立てて端材にすらならない木屑に成り果てる。
「そしてわたし達の力は、到底杖が応えられる程の規模じゃない」
学びには苦痛が伴うと言いたげに、プロトはまた一面を黒く染める。
「わたしは神々が嫌いなんだよミコ。わたしが背負わされた責任も、わたしが味わった苦痛も、その全ての発端は神々にあったから」
ナイフの軌跡が吹雪を切り裂いた。
「神なんてものはロクなもんじゃない。こいつらだって同じだ、死んで口無し素材に成り果てた方がまだ可愛い!」
杖を失い魔力の精度が思うようにいかなくなる。白い線も黒い塗り潰しも背後で響く悲鳴も。止める術は僕の手にはなかった。
目の前の友達の叫びは、上手く吐き出す事の出来なかった、お腹溜まってしまった黒い気持ちをやっと吐き出せる機会を得て、拙く精一杯吐き出していた。そしてその受け皿になれるのは僕しかいない。彼女と同じ視点で見れるのはきっと、僕だけだから。
「だからこいつらを殺したい。どう?毛皮だって全部あげるよ。肉も内臓も全部きみの物だ。わたしはただ殺したい、それが満たされればいいんだからね」
「……」
やってる事が家にいた時と変わらないなんて考えが頭に浮かぶ。
また女の愚痴を聞くのが僕の役割なのだろうか?僕にしか出来ないから、それをやるしかないのだろうか、なんて。だって嫌なものは、嫌だから。
けど違う。
決して違うかって、何もかもが異なるだろう?
彼女と僕は同じで、僕と彼女はお互いに唯一と言える友達で。
僕は彼女にどうしてやる義務なんてないし、彼女も僕に対してどうしてやる義務なんてものもない。だから僕が嫌いな
義務なんてない、
「でも止める。君のためとかじゃない。お説教なんてのもない」
ナイフが振り翳される。
白い線は僕を境に断ち切れた。
「どうして?」
「僕は虐殺を良しと思わないから。恨みで赤の他人を殺してしまおうとは思えないから。友達に自分勝手な殺しをして欲しくないと、自分勝手に思うから。」
僕の手には光の束で編み上げられた剣が握られる。
白い線をその刃で断ち切っていた。
例えきっかけが些細なものでも大きなものでも、素直に感情を溢してくれるのなら僕は受け止めてあげたい。僕が受けられなかった分だけ、僕が受けたかった分だけ、僕は大切な人に欲しかったものを贈りたい。
「……理解したんだね、使い方を」
「無限に湧き出る水を受け止めるには無限に大きくなる器を水で作ればいい。最悪な燃費の最高の可変道具が媒体の答えで、君がいつも手にするナイフの正体だ」
感慨深く彼女は自分のナイフを撫でる。
「このナイフが始まりだった」
鋭く振り抜かれた白い線に光の刃を合わせる。
線と刃は互いに千切れ飛び、砕けた光が薄暗い山林に散る。
幾太刀も合わせて飛び散る様は、線香花火のようだった。
「わたしは最初にわたしを殺した。死んだわたしの心で仮面を作って、背負わされた重荷に耐え続けた。精神は死んで魂は腐っていくのに肉体だけはよく蘇った。はっ、笑えるでしょ?」
「笑わないよ。君が苦しいって言うのなら、それは君にとって世界で一番苦しいはずでしょ。苦痛も喜びもどれがどれだけ大きくてどれだけ小さいなんて、他人と比べる事は出来ないと僕は思う」
「……ふふ、そっか」
また花火が上がる。
今度はそこそこの打ち上げ花火だった。
白と黒と黄色の花火が吹雪の中で咲き誇る。
「もっと早くきみと出会っていればこんなに苦しい想いを抱え続ける必要なんてなかったのに。このナイフと出会う事も、壊れる事もなかったのに……」
「──危ない!」
目を伏せて刃を見つめるプロトの背後から吹雪に隠れて巨大な刃が飛来する。それは明確にプロトを狙い、十分な魔力と殺意が込められていた。
「しま!……った……?」
空を跳躍し、刃を受け止める。
「ふ、ぅ……プロト、大丈夫?」
「ッ……!」
まだ僕の使い方が慣れていないせいだろう。刃と刃がぶつかって、僕の剣は砕かれた。直前に白い血の刃が軌道を変えてくれたおかげで肩の肉をごっそり抉られただけで済んだのは……僕たちを見てくれているからだろうか。
「殺す……!」
「ちょっと待って」
殺意を向ける彼女に声をかける。
蓋を開けてみればプロトはリーベさんと似ていた。きっと殺しても尽きることのない憎悪を抱えているから、誰かが止めてあげないといけない。降る血の雨が止む時まで傘を差してあげないといけない。あるいは彼女に傘を持ってもらって両手を塞いでいて貰わなきゃ。
「今の、僕の勝ちでいいでしょ?」
「……は?」
「いや〜完全に隙ありだったね。しかもプロトはまさか敵の攻撃に気づく事もなかった。けど僕はそれに気がついて君を救った。熊狩り神狩り競争で君は今までまだ一匹も狩れてない中で一旦ここでストップが入った。つまりこれは僕の勝ち」
「……なにそれ」
「だから帰ろう。ほら、放り出したままの回収対象だっているでしょ」
「きみを傷つけたあの──」
「でも僕の勝ちだよね?」
「……」
プロトは半ば呆れたため息を漏らす。
それでいい。報復の報復のそのまた報復の……そんなめんどくさい事をするんじゃなくて、僕がちょっと傷を負って時間を作れたのなら、これを機に適当にくっちゃべって帰るのが一番だろう。
「代わりにプロトに運んで貰うからね」
「……うん」
僕もプロトも光が弱まっていく。
意気が切れて息がついて、僕たちは山を降りていく。後ろから再び刃が振る気配はもう無く、点々と赤い染みが白い地面に彩りを残した。
「その」
「ん?」
消化不良と言いたげにプロトは咳払いする。
「ありがとう」
「どういたしまして」
僕たちは「冷たい森」を後にした。
この一件以来、プロトは僕の前ではあまり大人びた姿を取らないようになっていった。他の人の目があるときは以前の調子だけど、二人の時には一人称も口調も声色も、喧嘩した時みたいに少女のような姿を見せる。彼女が
だから僕も彼女の前では家族と同じように自然に過ごすようになった。
まぁ……彼女が僕を男と知るのは、またもう少し先になるけれど。