夜だった。
鬼が出た。
音もなく、人でなしが肉でなしへと変わり果てる。
ただ血黙る人型の何かへと更に果て。
そうしてまた一匹、鬼の血化粧の一液へと滴った。
「次から次へと蛆のように湧いて……」
血濡れの金が月明かりもない真っ暗な夜の中に溶けていく。
「──」
「十一匹目……」
また一匹、滴る。
ある復讐鬼は以前の事件の賠償として、ある任務を言い渡されていた。
それは、学園に押し寄せる害虫の駆除。
血の鎌を行く度も降って首を刈り、血の槍で幾本も串刺し晒し上げ。
血の雨を降らして空が明けに染まるまで、地を朱に染め続けていた。
「精が出ますこと、復讐鬼さん」
黒い羽根と緻密なドレス、夜にも限らず指す傘が舞い降りる。
「……烏が何の用。進展あったわけでもないならさっさと巣に帰ってくれない?私今日生理なんだよね、血がいっぱい出ててさぁ〜、もう少し血を見てもいい気分なんだけど?」
「あまり睨まないでください。自分を制御することの出来ないお子様に上から石でも落としたくなってしまうでしょう?あぁいけない、ただでさえ頭が悪いというのに更に頭が悪くなってしまうかしら。」
鬼と烏だった。
鬼は狩りを、烏は耳を働かせるのが課せられた賠償だった。
真っ二つに引き裂かれた
「さて。学園長の言葉通り、外部講師らの動きに不審点が幾つも見受けられますね。それも、どうやら内二人が無防備にも会議とやらの内容を学園内でぺらぺら話していたとか」
軽口をそこそこに、烏は淡々と報告を上げる。
「私の方はキリがない。こいつら自分たちのことを『天使』とか言ってるけど、気持ち悪いったらありゃしない。洗脳魔法でも受けてるのかと思って少し検査してみたけど、精神干渉系魔法の反応はなかったし、この気持ち悪い笑いは何んなんだろうね、ホント」
鬼もまた同様。
鬼が血の杖で見下ろしながら突く二つとなった虫は、半分が笑い、半分が笑っていた。死んでもなお笑って見上げる表情はこちらを嘲るかのようだった。
「それと……もう一つ、これは確証がない段階での情報ですが」
「アンタが?へぇ、聞かせて」
烏は珍しく不安げで自信のない様子を鬼に漏らす。鬼はその姿を面白く思いながらも慎重かつ耳を傾ける。忌々しい怨敵故にこそ、烏の迷い言は聞くに値すること鬼は知っているから。
「転校生の中に、サバトの素月のメンバーが潜入している可能性があります」
「……」
鬼はそっと俯いた。
鬼の大切な魔女が一人、転校生の友達が出来たという事を思い出したから。
まさか、ありえない。あってはならない。そんな事がありえては……そんな考えが頭を占領せども、その思考の奥には決まって必ず「殺す」という絶対的な回答がまた占領している事を、鬼は自覚している。
「怪しいのは?」
「ジロフソニアという黎明の位階の魔女。これは偽装と考えています。彼女は水面下で洗脳魔法によりこの『天使』とは異なる手駒を増やしているようです。サバトの素月との関連性はまだ確認できていませんが……」
「そう」
鬼は立ち上がりながらも、内心胸を撫で下ろす。
恋人の友達を奪い去る必要がなくて良かった、と。
「あなたは?」
「……こっちは何にも。『天使』の数が少しずつ増えているて事くらいかしらね」
烏はふぅん、と探るような声を出すも、鬼は顔を背けて次の狩りに向かった。既に血溜まりは綺麗に無くなり、代わりに鬼の纏う血の気は増えて、彼女が飛ぶ様は鬼というよりも死の宣告を下す死神のようだった。
鬼は恋人の友という存在を伏せたのだった。
疑わしきは罰せよ。それが鬼の本性であるが、恋というのは時にルールを捻じ曲げてしまうようで、彼女は例えどんなに疑わしくとも先ほど浮かんだ最悪の選択肢を自分に対して偽るために、生じた疑念を揉み消した。
「片付けたら今日は撤収しましょう。後はアストライア先生が引き継ぐらしいわ、気兼ねなく今日は終わりに出来る」
「そう、先生なら安心」
「天雷」アストライア。名札ではなく生徒間でつけられた渾名。彼女は学園に存在する数少ない夜の位階の魔女の一人であり、常に全身甲冑を身につける変人にして、魔女の中でも希少な極めて善良な性格の持ち主であった。
実力もまた、言わずもがな。
故に双方は何の心配もなく、今日の務めより帰還する事が出来た。
鬼と烏はそれぞれ別の巣へと帰る。
鬼の巣には恋人が既に夢の中へと入っている姿で寝床に横たわっており、無防備で無垢な愛らしさが、今宵も血に濡れた鬼の心を少しずつ洗い流していく。
「すぅ〜〜……はぁ〜〜……♪」
魔法で全身を綺麗にしてから彼にそっと抱きつき、その首元に鼻を当てがい肺いっぱいに香りを吸い込む。荒んだ心に甘い香りが染み込んで、疲れた鬼は番う気を起こすまでもなく彼の隣で瞼を落とした。
「おや……す……み……」
眠りに落ちた対は腕を脚を絡めてお互いの存在を確かめる。
朝になった。
鬼は消えた。