「っぐ、な、んで……いま……!」
二限目の授業を受けて寮へと変える中途、突如息苦しくなり胸痛がにわかに生まれ、その苦しさのあまり視界がぼやけ床へと這いつくばる。
別になんてことのない、ただの持病の発作。
魔女にあっても病というものは存在する。確かに物理世界由来の病や異常であれば代謝に任せて完治するけれど、「魔女の病」というものはまた別の問題。
「あ、ぁー……」
舌の根がせり上がり気道がぴったりと塞がる不快な感触が喉で生まれる。空気を求めて間抜けにも胸が上下して、馬鹿みたいに広い廊下の隅で、馬鹿みたいな醜態を晒しているのはきっと私だけだろう。
魔女の病はその大体が魂の不調を意味している。魔女は存在を肉体、精神、魂の三つにより構成されていると定義している。魂がある故に肉体が生まれ、肉体が生まれたが故に精神が生まれ、精神があるが故に魂を認知出来る。
私の持病は、魂が異変を起こしているために時折身体中の制御が効かなくなるというもの。異常な肉体の設計を魂がしてしまうのだ。
とはいえしばらく時間が経てば魔女の再誕によって直ることには違いない。でも、私は一生この爆弾を抱えたまま生きていく事を余儀なくされた。
唯一治療出来るのは命属性の術師だけれど……その全ては莫大な手術費を求めるものだから、私には縁のない話だった。
「ぶく、ぶくぶく……」
鈍い痛みような重りのような何かが私の頭の中を占領し出し、何もかもが見えなくなり、外よりのあらゆる感覚が失われていく。
外から見える私は白目を向いて泡を吹いていたけれど、そんなことはこの時の私も含めて。誰の知る由もないことだった。
「──、!、か」
身体が動いている。いや、揺さぶられている。
誰かが私の右隣にいて、倒れた私の肩を揺さぶり声をかけている。
「大丈夫ですか!」
幼く可愛らしくもけたたましい声が、聴覚を失いつつあった私の鼓膜に響いて脳を引き裂く。次第に泡により塞がった苦しみと、全身の制御を失っている不快感が私を襲い出す。
「泡吹いてる、一旦魔法で不要な泡を引き抜いて……よし、あとは専門的な人に診てもらった方が確実……!」
痙攣する身体が抱き抱えられる。私を抱えるその腕は細く、小さかった。浮き上がった高さもそう高いものではなかったことを身体が覚えている。それでも彼女は重さを感じるそぶりを見せるわけでもなく、ぐっと身体が動く感覚を最後に私の意識は暗闇に消えていった。
保健室のベッドの上で目を覚ます。
仰向けに見えるのは石の紋様、四方のパーテーション、柔らかい毛布。
「ここは……保健室?私はどうしてここに……」
重い頭をひっくり返して記憶を探るけれど、倒れた辺りの記憶は靄がかかって思い出すことは叶わなかった。
「倒れていたところを保健室まで運んでくれた親切な子がいたのよ」
パーテーションをそっと開けて保健室の先生が安心した顔を浮かべた。
「魔女が?まさか。いやでも魔女以外そもそも学園にいないか……」
「たまには善良な子だっているってことね」
身体を起こして先生へと向き直る。頭は重いけれど身体はそう悪くないようだ。特に呼吸は安定していて、もう一度発作が出るのは当分先であろう事を経験則から判断できる。
「それで、助けてくれた人は誰ですか?」
「秘密だそうよ。あんまり知られたくないんだって」
「それって……」
「そ。噂の
まさか、自分も経験するとは思わなかったけど。
「先生はその子のこと見てるし知ってるんでしょ?いいなぁ……」
「ふふ、役得役得〜♪」
この職権濫用ババアめ……出来れば私だって恩人の顔くらいは見たい。魔女社会に生きる身だけど、だからこそ受けた恩くらいは返したいし。
恨めしく睨みつつも部屋を見渡していると、所々に菓子が置かれている姿に目が吸いつく。駄菓子にしては上質すぎる。かといってこの保健室の先生が買っているものとも思えない。この魔女、けっこうケチな性分だし。
「あぁこれ?あなたと同じように、助けられた魔女の何人かが保健室にお菓子を置きにくるのよ。必ず保健室に置きにくるんだから、その帰りに少しでも持っていって貰えればって考えでしょうね。皆んな、考えることは一緒でちょっと可愛いわ〜」
「なるほど……私もそうしようかな」
長く保健室に居座る理由もないので、ベッドから完全に起き上がり床に立つ。少しの会話の時間だけでもだいぶ身体が回復したようで歩くのには問題がなさそうだ。
「じゃあ私も見習うってことでまた今度顔出しますね。ありがとうございました」
「はーい、気をつけてね」
嗚呼、妖精なんてのはロクでもない種族で、魔女なんてのもロクでもない生物だっていうのに。皮肉にも妖精の名で噂されるその子は、どうしてこうも優しい存在なのだろうか。
真実が何であろうと、例え会えずに謎めいたままでもどうか噂が消えませんように。次の発作でどうしようも無かった時をつい想像してしまう時でも……私の心を少しでも慰めてくれる存在だから。
だから私も、妖精さんへのお供え物を買いに行くのだった。
☆☆☆
「失礼しまーす……」
「いらっしゃい」
こっそりと扉を開けながら中の様子を伺う。
ベッドは全席空で、今は先生しかいないことを確信する。
「ふぅ」
安堵の息を一つ。そのまま何故か備え付けられている冷蔵庫(もちろん魔法道具の)を何気なく開けて、オレンジのラベルの貼られ封のされた瓶を一つ取り出して喉を濡らしていく。
甘味よりもやや酸味が勝るオレンジジュース。キンキンに冷やされているので、悪癖の善行をしてきた後に飲むにはむしろ具合がよく、身体に沁み渡る。
「ふー……生き返る」
「おや小娘じゃないか、いい飲みっぷりだねぇ」
「……は、ライゼンデさんいたんですか!?」
いないと確信した保健室には一人、招かれざる客がいた。その老婆は薄汚れた旅装を纏う鷲鼻であり、妖精への貢物に手をつけそれをつまみに酒を空けている。彼女の名前はライゼンデ、この前行き倒れていた所をとりあえず助けたらカモにしてきた……まぁ変なお婆さんだ。
「流石内地、いい暮らしさせて貰ってるわ。はっはっは」
「働いてください」
「アンタだってタダ飯ならぬタダ菓子貰ってるじゃないか」
「私は正当な対価を正当に受け取っているだけですよ」
「そうねぇ、ライゼンデさんは妖精さんのおこぼれにあやかってるだけだものねぇ〜、それに保健室を寝床にしてるし。仮病はお呼びじゃないのよ〜」
「厳しいねぇ、ババアには優しくしておくもんだよ小娘ども」
「はいはい。じゃあいつも通りお菓子、幾つか貰っていきますね」
彼女が軽口を叩いてまた一つお菓子を貪るのを尻目に、ウキウキでお菓子を見繕う。圏域外派の皆にも持っていく予定だから多めにね。特にお茶に合いそうなお菓子をチョイスだ。クッキーにケーキ、シュークリーム。もうちょっと多めに取って行って勉強のおやつにも……
「じゃあ、引き続きナイショでお願いしますね。分け前でほら、お菓子好きに食べていいですから。ライゼンデさんもですよ」
「はいはい、可愛い妖精さん」
「お前が働いてくれるおかげでババアはタダ菓子が食える。よし頑張れ、次は肉とチーズの差し入れがあると嬉しいよ」
「いや知りませんよ!?」
僕と先生とで呆れた顔をして、保健室を後にした。
ロビーに戻れば皆は笑顔で僕を迎えてくれて、今しがた貰ってきたお茶菓子と一緒にお茶をしたり、あるいは稽古をつけてもらったり勉強をしたり。心の燃料を注いでくれる。
とまぁ。
これが噂の正体で。
何でもない